いま注目の官僚・古賀茂明氏の出処進退にみる 公務員制度の摩訶不思議
Diamond online 2011年7月14日 高橋洋一[嘉悦大学教授]
テレビなどに登場し話題になっている経産省の現役官僚の古賀茂明さん。私の旧知の人だ。経産事務次官から「肩たたき」(勧奨退職)を受けている。辞めろといわれたのだが、その期限は7月15日だ。
公務員を簡単に辞めさせることができるのかどうか。実はこの点に、古賀さんがやってきた公務員制度改革のポイントがある。
霞ヶ関の役人にはみんな出身省の背番号がある
古賀さんと私のつながりは、かなり前の公務員改革にさかのぼる。公務員改革の必要性は叫ばれていたものの、歴代内閣は当面の仕事を優先して、なかなか手をつけなかった。公務員改革に本格的に着手したのは安倍政権だ。私は郵政民営化・政策金融改革そのほかを小泉政権で担当していたが、安倍晋三元総理からの要請で安倍政権に残った。
実は、私は小泉政権での政治任用(竹中平蔵総務大臣補佐官)だったので、小泉政権の終わりとともに退職する予定だった。簡単に政治任用と書いたが、制度としては曖昧なので若干説明を要する。
霞ヶ関の役人にはみんな出身省の背番号があり、例えば官邸に出向しても、みんな各省の背番号を背負っている。その好例が、部内の座席表だ。座席の氏名の上に、○○省△△年と出身省と入省年次が記載されている。官邸での任務が終わると、それぞれ出身省に戻される。これが普通の任用だ。
しかし、政治任用では、事実上、霞ヶ関の背番号をとって、出身省に戻らない。だから、その政権が終われば退職するのだ。もっとも、今の制度では政治任用も普通の任用も明確な違いはなく、そこは本人の自覚次第である。
小泉政権の時に、政策金融改革で各省事務次官の天下り先であった各省の政策金融機関を1本化したために、出身省の財務省はカンカンに怒っていた。私も政治任用という自覚があったので、天下りあっせんを受けたい気持ちもなく、自分で探した某大学のポストに内定していた。そこに安倍さんからの要請があったので、そのまま安倍政権に残ったわけだ。
安倍政権で、公務員改革のプランづくりを行った。第1弾は国家公務員法の改正で、天下りあっせんを禁止した。第1弾は安倍政権の2007年6月に成立した。第2段は公務員改革基本法で、内閣人事庁構想などその後の公務員制度改革の基本となるプランが盛り込まれていた。第2弾の法律は福田政権の時に成立した。そのプランの実行部隊が国家公務員制度改革推進本部で、08年7月からスタートした。
私は安倍政権でも政治任用という自覚で内閣参事官(総理大臣補佐官補)だったので、安倍総理退陣の後08年3月に退職した。
「裏下り」は「天下り」でないとお墨付きを与えた民主党政権
公務員制度改革を強力に推進するためには、事務局に有能で志のある官僚が必要ということで、当時の渡辺喜美行革担当大臣が強く推して、古賀さんが国家公務員制度改革推進本部事務局審議官に内定した。しかし、渡辺大臣は08年8月の内閣改造で退任。麻生政権になると、公務員改革の動きはぱたっと止まった。公務員改革基本法の実質的な起案者で、渡辺大臣補佐官であった原英史氏も09年7月に退職した。
ここで、古賀さんも辞めるという手もあった。しかし、みんなが辞めていったので、古賀さんは、自分が辞めたら誰も公務員改革を行う人がいなくなってしまうとして、持ち前の責任感から職にとどまった。
もっとも民主党内では逆に公務員改革の動きが活発化していったため、古賀さんも私も民主党に大いに期待していた。
09年9月民主党に政権交代すると、今度は民主党が急に公務員改革推進から逆行しはじめる。おそらく、政権で初めての仕事は予算編成だ。しかも選挙の関係で、予算編成は待ったなしだった。ここで、脱官僚なんてことをいったら、財務省にそっぽを向かれて大変になると思ったのか、財務省らの霞ヶ関サイドが脱官僚なら協力できないと迫ったのかはわからない。ただ、事実としては、脱官僚は大幅に後退した。
古賀さんは当初、民主党政権を必死に支えていたが、09年12月に国家公務員制度改革推進本部事務局審議官を解任され、経産省官房付になった。官房付というのは、地方などへの人事異動の前に籍を置く一時的な待機ポストであり、1年半以上も留め置かれることはない。これは明らかな懲罰人事だ。
それ以降、特に、10年6月に民主党政権が、官僚の現役出向の枠を拡大して、それまで「裏下り」とかいわれていたものを、正式な制度として「天下り」ではないと位置づけたことは酷かった。古賀さんは、雑誌などで政府の公務員制度改革案を批判するようになった。
先進国では各省事務次官は政治任用と生え抜きが半々
理想としていた公務員制度改革の一つのポイントして、政治任用の制度化があった。これは、公務員改革基本法における官邸の国家戦略スタッフ、各省の政務スタッフがそれに相当する。もちろん国家戦略スタッフや政務スタッフの全ては政治任用でなくてもいいが、仕事にきっちり責任を持つためには、一部は政治任用のほうがいい。また、国家戦略スタッフや政務スタッフでは、外部登用を増やして開放度を高める狙いもあった。
世界の動向を見ると、それぞれの国の事情に応じて公務員の中立性との関係に配慮しながら、政治的即応性を重視して政治任用の重要性は高まっている。要するに、中立性と政治的な即応性のバランスをとっている。そうした状況に対応するため、中立性の高い公務員だけでなく、政治任用公務員を増やし、開放的で競争的な上級幹部公務員制度が作られている。
ちなみに、先進国では各省事務次官は政治任用と生え抜きが半々くらいという国が多く、日本のように全ては生え抜きという国はない。
こうした政治任用ポストは権限も大きければ責任も大きい。すぐクビにできるのだ。
しかし、日本では省庁幹部は、中立性の公務員だけで、いざクビにしようとすると、単なる労働者だといいはり、解雇はできないと主張する。中立性の公務員だけの今の制度では、この奇妙な主張も間違いとはいえない。
もちろん古賀さんは、こうした公務員制度がおかしいと主張しており、クビにしてもいいと言っている。しかし、役所のほうが辞めさせられないのだ。古賀さんを辞めさせたら、今度は自分たちもクビになるかも知れないと尻込みしているのは、なんとも滑稽な姿である。
経産省幹部に耳寄りな話を教えよう。もし古賀さんを辞めさせたければ、政治任用や上級公務員など、いつでもクビにできる公務員制度を作ればいい。そうすれば、古賀さんを辞めさせられる。古賀さんも自分が捨て石になるのだから本望だろう。
しかし、それはできない相談だろう。公務員制度改革は官僚が嫌う。増税を主張する政治家は「困難な決定から逃げていない」と言うがこれはウソだろう。官僚と闘い、公務員制度改革、民営化や政府の資産売却を実行するほうが真に強い政治家である。増税派の政治家は、弱い国民を相手にして強い官僚(財務省)から逃げているだけだ。
公務員制度の問題点については、近著『これから日本経済の大問題がすっきり解ける本』も参照されたい。
※なお、DOLでは近日中に、古賀茂明氏と高橋洋一氏の対談を掲載する予定です。ご期待ください(DOL編集部)。
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