対談 漂白される社会 なぜ、女の子は飛田新地で働くのか? 元遊郭経営者が語る飛田の現在 【スカウトマン・杉坂圭介×社会学者・開沼博】
Diamond online 2013年5月20日
売春島や歌舞伎町のように「見て見ぬふり」をされる現実に踏み込む、社会学者・開沼博。そして、大阪・飛田新地の元遊郭経営者であり、現在もスカウトマンとして活躍する杉坂圭介。『漂白される社会』(ダイヤモンド社)の刊行を記念して、異色の2人が漂白されつつある飛田の現在・未来をひも解く。
対談第1回は、大阪都構想に揺れる飛田のいま、そして飛田に生きる人々の意外な真実に迫る。
■ベールに包まれた飛田新地の実態
開沼 『飛田で生きる 遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白』(徳間書店)は本当に興味深く拝読しました。僕は社会学を専門としていますが、まさに社会学の研究のように、こういう仕組みで飛田は成り立っているんだ、という構造をわかりやすく丁寧に、かつ現地の生の声を通して分析されています。また、飛田の存続が脅かされる時代の流れ、まさに「漂白される社会」らしい動きがあることも読み取れました。今日はそれら2点をより詳しくうかがえればと思っています。まず、なぜこの本を書かれようと思ったのかを教えてください。
杉坂 この本を書くきっかけはいろいろありましたが、一番は人のご縁ですね。僕は今の仕事柄、飛田だけじゃなく信太山、松島、かんなみ等いろいろな新地で仕事をしてますから、どこもごく当たり前のように思いますが、東京、名古屋、北海道の人に聞くと、裏の世界だと言いながらも「ほかの新地は知らないけど飛田新地は知ってる」という人がほとんどです。にもかかわらず、それにまつわる話はほとんど出てきません。
ただ、街は写真撮影禁止とされていますけど、デジカメで撮影したような写真や映像がかなり露出していますよね?YouTubeにも動画があります。それから、2ちゃんねるや「飛田新地掲示板」というサイトでは結構リアルなことも書かれていますね。
最近では、井上理津子さんの『さいごの色街 飛田』(筑摩書房)もありました。あの本は女の目から見ていますが、男の目から見た、飛田で実務をやった人間の意見が1つはあってもいんじゃないかということを思いましたね。
開沼 なるほど。やはり興味深く思うのは、まさに飛田新地のように、これまでは「あってはならぬもの」として多くの人が目を背け、直視せずに済ませてきたものが、現代において可視化されていく状況があるということです。「みんなその箱があることは知っているけど、箱の中身は知らなかった」という状況から、「箱の中身が見えちゃっている」状況になりつつあります。
おっしゃる通り、情報化もそのプロセスを促していると思いますし、他方には、飛田新地というよりも、日本全体として繁華街等への取り締まりが強化されてきた結果、必ずしも「権力にとってもアンタッチャブルな場」ではなくなりつつあるという流れもあると思います。
杉坂さんが最後に書かれているように、見たくないものをとりあえず消していく、「なんとなく、猥雑なものを潰しちゃってもいいよね」という正論で進んでしまうことに多くの人は疑問を呈さないし、疑問を呈しにくい状況ができているのかもしれません。これはまさに『漂白される社会』(ダイヤモンド社)で扱ったテーマとも深く結びついていると感じました。
杉坂 世の中にはいろいろな種類の風俗があるなかで、組合方式でやっているのは新地系しかないんですよね。歌舞伎町のすべての風俗店が加盟しなくてはいけない協会のようなものはないと思います。どちらかというと無秩序な世界です。
ただ、飛田にせよ松島にせよ、新地系のように組合があることによって、守るべき秩序は守らせています。警察も許可を出していますから、何かがない限りは取り締まることもないと思うんですよ。
常日頃、組合側が店の前を歩いたりして、「玄関の女の子の服装の乱れはないか」「違反行為をしていないか」をチェックしています。逆に言えば、それだけしっかりと秩序を守っている街なので、残しておこうと考えてくださっているのかもしれないなと。これは僕の勝手な想像ですけど。
■大阪都構想で存続の危機が高まる飛田
開沼 「飛田に組合がある」という話は一般にもある程度知られていますが、秩序維持機能を持ち、ある種の「自主規制団体」的な役割を果たしているというのは興味深いですね。ほかにも組合が担ってきた意外な役割はありますか?
杉坂 あとは国のためになること、福祉的な部分はみんなで積極的にやっていこうという動きがあります。月2回、各オーナーさんたちが集まって街の掃除をしています。それから催し物をしたり、地元の人に対して夏祭りの神輿をしたり、冬は餅つき大会。飛田という名前を持つ団体には組合以外にもいろいろあって、さまざまな活動をしています。
開沼 まるで良質な地域づくりNPOみたいです。そういう飛田の事業者や地域社会を行政との間に入って中間的に取りまとめる組合があるがゆえに、一見すると猥雑で無秩序そうなものもほどよく管理されているということですね。
ただ、その一方で、地域と関わろうとするそうした活動は、飛田という、普段はその内実が外から見えにくい存在が可視化されるという機能も持つんじゃないでしょうか。そういう活動に対して、「目立つことをするな」と吊るし上げようという動きが出ているという側面もありますか?
杉坂 それはあると思います。
開沼 同じように、書籍として扱うとそういった動きを喚起してしまうため、書面に残すことを避けていた面、つまり「寝た子を起こすな」と内部の人が内実を語ることをしなかった傾向もあると思いますが、杉坂さんがあえてその内実を文章化し、書籍にしたことにはどんな想いがあったんですか?
杉坂 プラスに働くのか、それともマイナスに働くのかは、ある意味賭けでしょう。ただ、僕は飛田という街が残ってほしい、そのためにはもっと飛田を知ってもらいたいと思っています。これまで知らなかった人にも知ってもらいたいと思って書きましたね。
まず、いまの飛田が直面している問題を知ってほしい。もしかしたら橋下市長の「大阪都構想」にも入っているかもしれませんが、飛田がいま存続の危機に直面していますよと訴えたかったところはあります。
開沼 橋下市長が顧問弁護士をしていたんですよね?記憶はありますか?
杉坂 あんまりないんですよね、というか正直街には来ません。テレビに出る前はちょっと来てましたけど、それこそ当時は若造ですよね。もともとスタッフが来られてましたし、もちろん、いまとなってはまったく来ないですよ。
開沼 なるほど。飛田や西成の方々の中には、いまも橋下市長に対する恩義を感じている人はいるんですか?
杉坂 そうですね。なんやかんや言いながら西成を守ってくれるんじゃないかと、僕らは信じています。
■「生活レベルを落としたくない」と働く女の子
開沼 スカウト以外で飛田で働いている方、「親方」(経営者・オーナー)も「おばちゃん」(店の受付・管理を担当)も「女の子」(店で働く女性)も、それぞれいろんな想いを持って集まって来ていると思いますが、他方で、こういった街がこれから衰退していく、あるいは取り潰されていく流れが強まる可能性もあります。
杉坂 存続のためにいま打てる策は、飛田をクリーンなイメージに持っていこうということですね。それも組合が行っています。
開沼 なるほど。
杉坂 2年ほど前、イメージ広告的なホームページを作ろうという動きもあったみたいですが、それがいいのかどうかという話になっていまは保留になったようです。だけど、組合のトップのほうはまだ諦めてないと違いますか。ホームページを作ることで、プラスになるのかマイナスになるかをずっと考えてると思います。
この10年間に限っても、街路灯をきれいにしたり、狭い道ですけど歩道を作ったり、道路にオレンジのレンガを使って美しい街並みにする。店単位ではなく、組合に集まったお金で街並みを美化することで飛田を存続させようと努力しています。
開沼 もちろん、儲けたいと思ってやって来る人がいる反面で、他の仕事では儲けられない、いろいろな事情から借金を抱えているような人が集まっているというイメージもあります。だとすれば、飛田の街の機能として、そういった方たちをもう一度社会に包み込んでいく機能も持っていると思うんですが、いかがですか?
杉坂 借金抱えてやって来る人間はいますが、そういう人は逆に続かないんですよ。特に、娯楽によっておこした借金で来た女の子はまず続かないです。親の会社の負債や親が倒れて借金したという子は一所懸命なので、めちゃくちゃ真面目に働きますね。
ただ、「借金抱えたから飛田に来る」というイメージがすごく大きいですけど、借金抱えて飛田に来るしかなくなった子は、僕の見た限りでは2割程度でしょうね。ほとんどの女の子は、生活費の足しにしたいという目的です。
いままで25万稼いでいたOLさんが、残業がなくなって20万、15万の給料になってその差額を稼ぎたいと。夜の世界の女の子でも、いままで50万稼げていたキャバクラの女の子が、頑張っても30万くらいしか稼げないらしいんでね。その差を埋めたい、生活レベルを落としたくないという子が来ます。
開沼 なるほど。「真面目な人」じゃないと続かないというのは意外ですね。
杉坂 ただね、生活費を稼ぎにきた子は、ちょっと「稼げるな」と思うと、また金を借りる枠ができたなと思って借金を増やすんですよ。借金を作ってこっちに来て働いて、金を返し終わったら辞める。それで、また借金作ったら働く。辞めても借金の額はどんどん増えていくから、また来るんですよね。
でも、女の子はだんだん年いってくるから上がら(指名され)なくなってきますよね。女の子にはそういうジレンマがあって、飛田で働いても返せないくらいの借金になると、飛びます。
開沼 彼女たちがはじめにソープやヘルスに行かずに、飛田という大阪の特殊な業態にやって来るのは、飛田という場所がその地域では悪くない場所として分析されているからなんでしょうね。その認識はいまでも変わりませんか?
杉坂 仕事としてはそうでしょうね。あらゆる風俗の子に聞くと、「飛田の仕事が一番ラク」だって言いますよ。ほかの風俗はワンクール60分が基本ですよね?飛田は15分が基本なので。正直、ほとんどの女の子が知らない客と長時間はいたくないんですよ。仕事内容が月とスッポンくらいラクだと言います。
容姿だけでは稼げない夜の世界
杉坂 うちらのデメリットは、写真で選んでもらうんじゃなくて、すべてが実物の女の子を見てからの指名なので、稼げる子と稼げない子の差が激しいことです。稼げない女の子が「飛田は稼げないよ」と結構言っているみたいでね、「飛田は稼げないって聞くんですけど」って聞いてくる女の子は多いですよ。
開沼 飛田のような「伝統産業」の対極には、「風俗全体のデリヘル化」があります。店舗型風俗の新規開業はもはや困難なため、風俗店を開業しようとする場合は業態としてデリヘルが選ばれる。店舗もなければ、店員とも電話で話しをするため、生身の人間と面と向かうこともありません。そこにあるのはWEBと電話番号だけです。
また、WEBではPhotoshop(写真加工ソフト)でいろんな修正を加えて女のコを小ぎれいに見せてはいますが、バックヤードで行われているのは、客から注文が入ったら、女のコを乗せながら一日中都内をグルグル回るワゴン車が指定場所に向かうような仕事。一度ワゴン車に乗ると10時間以上働いて、疲れても休憩はワゴン車の中です。
ネット上にはあらゆる情報が出ていて、価格競争も起こるためデフレ化も進んでいますし、労働条件は悪い。それを考えれば、たしかにおっしゃる通り、「伝統産業」たる飛田の労働環境は稼げる人にとっては相対的によいのかもしれません。もちろん、完全にラクな仕事ではないと思いますが。
杉坂 ほかの風俗では、フリーのお客さんが来た時に、女の子を選ぶ時にスタッフさんの力である女の子に誘導させることはできます。だから、ある程度の女の子は稼げるというのはありますけど、僕らはそれができません。入ってくるのはお客さんの自由なので。そういう面では本当に難しいところですよね。
10人面接に来たら、残れるのは1人か2人ですよ。僕らから見ても「この子は絶対に上がるな」という子でも、店の前に座ったら笑えないんですよ。ムスッとしてしまう。緊張してるから怒ってるように見えてしまって、1日目も2日目も上がらない。それで「やっぱ稼げないんだ」って辞めてしまう。そこがいま、飛田の悪循環ですね。
開沼 考えてみると、大昔から存在した「街娼」は、客と面と向かってはじめて取引成立という話ですよね。ほかではもう、ほとんどそういうものはなくなってきているのに、飛田にはその形式が細々と現代にも残っている。
杉坂 そうですね。そういう意味では昔ながらの形で残っています。
■警察のガサ入れは年々減少
開沼 ここ20年ほど、風俗に関する法規制は大きく変化してきました。にもかかわらず、顔と顔を突き合わせるという形式以外でも、街の雰囲気や商売の方法も変わっていないというのは珍しい事例ですよね。ガラパゴス的です。
さらに興味深いことに、その一方で、新しい試みとしてイベントを開催したり地域をきれいにしたり、「地域活性化」とも呼べる活動に長く取り組んでいたことは意外でした。最近の特徴的な取り組みはほかにありますか?
杉坂 SHINGO西成というラッパーがいますよね?一昨年、彼をトラックに乗っけて飛田をパレードをしようと計画しました。警察にも事前許可を取って、機材を全部詰めて、街の中をトラックで走ったんですよ。でも、3分で警察からストップがかかってしまいました。
開沼 そうなんですか。西成に根付いたラップを作るSHINGO西成は、ラップファンの間では全国的にも有名ですよね。おもしろい。
杉坂 結局、飛田の入り口の広場に移動しました。本来は、1周飛田を回ってからそこでライブをやろうという話だったんですけど。去年の正月には、街を回ることは諦めて、その広場でライブを開いています。3分で止められたときはSHINGO西成が1人で、2回目は10バンドくらいが出演しました。
僕が飛田に関わる以前は、夏祭りのように夜店を出したこともあるみたいですね。ただ、そういうことをするたびに、警察から「目立つな」と言われていたみたいです。
開沼 それは、飛田が目立つことで、警察に「なんで取り締まらないんだ!」というクレームがくるからですか?
杉坂 そうだと思います。あと1つの意見として「街に女を呼ばないと」という話しもあります。そのために、女優さんを連れてきて、映画の『吉原炎上』でもあったような花魁道中(おいらんどうちゅう)をさせたらどうかという話もあったみたいですけどね。なかなか実現までは至っていないと。
開沼 それも面白そうですね。普段は飛田に関わりのない人たちにとっても、飛田に関わる機会になりそうです。その一番の障害となるものはなんですか?
杉坂 警察の許可が出るかでしょうね。結構厳しいですから。
開沼 警察の考えもなかなか簡単には変わりませんか?
杉坂 変わらないと思いますね。「目立ったことしたら、お前らしょっぴいてもいいんだぞ」という意識はあると思います。いろんな政治的な見解があるのかどうかは別として、10年ほど前までは毎年数件はガサが入っていました。でも、ここ数年間でガサが入ったのは3件くらいだったと思います。
開沼 ガサが減ったのは、目立たず大人しくしているからですか?
杉坂 この街で仕事をするならルールを守りなさいっていう暗黙の了解があったんじゃないですか。ただ、「違反したら処罰する、黙ってはおけないよ」ということで、道路に出っ張ってる看板の撤去、営業時間の厳守、女の子の年齢を守る、こうしたことを徹底してさえいれば何もしないということだったみたいです。
「漂白される社会」で生き残り続ける飛田新地。しかし、そんな飛田も、風俗業界を取り巻く価格競争の波や規制強化と無縁ではない。「あってはならぬもの」を「見て見ぬふり」はしきれない時代、飛田はいかなる内情を抱えているのか。次回更新は5月27日(月)を予定。
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*杉坂圭介(すぎさか・けいすけ)
大阪府出身。繊維製品卸問屋勤務を経て、飛田新地の料亭経営者へ。10年間店の経営に携わった後、名義を知人に譲り現在女の子のスカウトマンとして活躍している。著書に『飛田で生きる 遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白』(徳間書店)がある。現在、次回作を執筆中。年内発売予定。
*開沼 博 (かいぬま・ひろし)
社会学者、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。1984年、福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。専攻は社会学。学術誌のほか、「文藝春秋」「AERA」などの媒体にルポルタージュ・評論・書評などを執筆。読売新聞読書委員(2013年〜)。主な著書に、『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『フクシマの正義「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)など。
第65回毎日出版文化賞人文・社会部門、第32回エネルギーフォーラム賞特別賞。
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【ダイヤモンド社書籍編集部からのお知らせ】
大人気連載「闇の中の社会学」が大幅に加筆され、ついに単行本化!
*『漂白される社会』(著 開沼博)
売春島、偽装結婚、ホームレスギャル、シェアハウスと貧困ビジネス…社会に蔑まれながら、多くの人々を魅了してもきた「あってはならぬもの」たち。彼らは今、かつての猥雑さを「漂白」され、その色を失いつつある。私たちの日常から見えなくなった、あるいは、見て見ぬふりをしている重い現実が突きつけられる。
*杉坂圭介氏の著書、『飛田で生きる 遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白』(徳間書店)も好評発売中です。
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漂白される社会 なぜ、女の子は飛田新地で働くのか? 元遊郭経営者が語る飛田の現在
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