防衛駐在官という任務 〜38度線の軍事インテリジェンス〜 (ワニブックスPLUS新書)
ここ数年、インテリジェンスの任務を担当したことがある元自衛官の回顧録が相次いで出版されている。人づてに聞いた話だと、社会科学の分野において、インテリジェンスをテーマにした本は結構、売れるらしいので、それならば、実務経験者から現場でのエピソードを大いに披露してもらおうという企画が、出版社でも通りやすいのかもしれない。出版不況が長引く中で、少しでも売れ線を追求することは、企業努力として当然のことである。
もちろん、そうした回顧録が世に出ることは、出版社にとって経済的な利益につながるだけでなく、一般の読者にとっても、情報活動の内容や実態について知る機会を与えてくれる。信じ難いことだが、以前、ある会合で政治家を志す人たち、いわば「政治家の卵」と話した際、いまだに情報活動をジェームス・ボンドの世界で見られるようなものとして認識していることに、正直、驚きを隠せなかった。将来、政治家になって日本を改革しようと考えている人たちでさえ、エンターテイメントの影響を強く受けてしまっているのだから、一般の読者については、推して知るべしだろう。
その点で、本書においては、防衛駐在官という任務を通じて、インテリジェンスが普段、どのように実践されているのかを把握することができる。防衛駐在官とは何か。端的に言えば、在外公館に駐在して、軍事に関する情報収集を担当する職員のことである。戦前は、駐在武官と呼ばれていたが、敗戦によって、その制度は廃止された。しかし、1954年、自衛隊が発足すると、駐在武官と同じ趣旨で「防衛駐在官」制度が開始されたのである。
著者の福山隆氏は、1990年、韓国の日本大使館に防衛駐在官として派遣され、その後、約3年間にわたって、朝鮮半島情勢に関する情報収集や情報分析を担当してきた人物である。したがって、本書の内容は、基本的に福山氏自身の経験や視点を中心に書かれていて、防衛駐在官の任務全般を広く解説するものではない。だが、インテリジェンスの現場に立つ人間の感覚や雰囲気といったものを知るためには役立つものだと言えるだろう。
さて、防衛駐在官の情報活動とはどんなものなのだろうか。福山氏によると、その性格は外交官と同じで、情報を持っている関係者から密かに情報を聞き取ることが主体であるという。これは、いわゆる「人的情報収集(human intelligence、HUMINT)」と呼ばれるものだ。こう言ってしまうと、怪しげなスパイ活動に関わっていたのではないかというイメージを与えてしまうかもしれないが、早い話、政府高官やマスコミ、場合によっては、事情通といった人脈を地道に構築して、できるだけ精度の高い情報を入手することが目的である。組織に侵入し、機密文書を写真に収めて帰還するといった工作活動は行なわれていない。
集められた情報は、事前に決められた調査テーマや政府の要望などに応じて分析にかけられる。福山氏によると、このときに大事なことは、分析対象となっている地域の歴史や地政学を頭に入れつつ、起こり得る複数のシナリオを作り上げることだという。その上で、その後、入手される情報から裏付けが取れるシナリオを残していき、絞り込みをかけて、最終的に残ったシナリオがインテリジェンスになるのだとしている。
福山氏が韓国に派遣されていた時期は、ちょうど「民主化宣言」が出されて間もない頃であり、韓国の国内政治は安定化を模索する時代であった。一方、北朝鮮は国際的に孤立を深め、近いうちに内部崩壊するのではないかと見られていた。その場合、北朝鮮から難民が韓国に流入するかもしれなかったし、国内の不満を外に向けるために北朝鮮軍が韓国に攻撃を仕掛ける可能性も懸念された。
そうした中で、福山氏は、防衛駐在官として忙しい日々を過ごしていたのだが、実際のところ、インテリジェンスの任務で忙しいというよりも、たとえば、日本から政府高官が来韓した際の準備に追われるというのが真相といった感じだ。本書にも記されているが、3年間で1,000人以上の公式・準公式の韓国訪問者や旅行者のアテンドをこなしたそうである。総理や外務大臣が訪韓した時には、「配車係」を担当していたというから驚きだ。こんな状況では、インテリジェンスの任務に集中することは難しい。せいぜい何らかの事件が起きた時、新聞や雑誌などで客観的な事実を確認しながら、事情に通じた人に話を聞くといった程度のことしかできないだろう。
また、インテリジェンスの任務自体に関しても、非常に孤独な作業となっている。福山氏は、インテリジェンスに携わる人間には膨大な知識と教養が必要だと指摘しているが、現実として、それはなかなか難しいだろう。そのため、集合知として成立させるために、インテリジェンスの作成段階においては、分析官同士が積極的に議論して、シナリオの妥当性を検討するといった作業が求められるのだが、そういった場面は、本書においてまったく出てこない。
最大の原因は、人員不足である。1990年において、韓国に配置されていた防衛駐在官は、陸・空自衛官各一名のみであり、海上自衛官は派遣されていなかったそうだ。現在は、陸・海・空自衛官各一名が置かれるようになったようだが、現場でのインテリジェンス能力を向上させるのであれば、もっとスタッフを充実させる必要があるだろう。あるいは、防衛駐在官の任務が、情報分析ではなく、情報収集や情報交換に力点が置かれているとしても、上記のような体制では、貧弱と言わざるを得ないのではないだろうか。
特に朝鮮半島は、ちょうどアメリカと中国の勢力圏の境界上に位置しており、世界的に見ても、軍事上、最も危険な地域の一つといっても過言ではない。本書を通して、防衛駐在官の日常を垣間見ることができるのはよいとしても、幾分、そうした心許なさを感じずにはいられなかったのであった。
*上記事の著作権は[Intelligence News and Reports]に帰属します
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◇ 【福山隆】スパイに学ぶ人間学 チャンネル桜 2013-08-20 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉
【福山隆】スパイに学ぶ人間学[桜H25/5/29] http://www.youtube.com/watch?v=nEu1jer6bGY
公開日: 2013/05/30
元陸将の福山隆氏をお迎えし、韓国にて防衛駐在官をつとめられた御経験などを踏まえながら、内閣情報調査室への諜報部員配置の検討において軍事面のつながりが軽視されている問題や、国家にとってのヒューミント(人的情報収集)やインテリジェンス活用の重要性、さらには、スパイ特有の能力や資質から導き出す「使命」や「人間力」の在り方などについて、お話を伺います。
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【福山隆】韓国大統領・訪中を読み解く[桜H25/6/28]
公開日: 2013/06/28
韓国で防衛駐在官をつとめられた御経験もある元陸将の福山隆氏をお迎えし、朴槿恵氏が韓国歴代大統領として初めて、就任後最初の訪日よりも先に中国を訪問した意図や背景をどのように御覧になるか、華夷思想などの歴史的背景や、対米関係や対北対策とも関わる韓国の事情、そして太平洋における覇権を踏まえた中国の思惑と、均衡点が東進しつつある米中間のパワーバランスなどについて御指摘いただきながら、日本の取るべき道も併せ、お話を伺います。
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◇ 『 防衛省と外務省 歪んだ二つのインテリジェンス組織 』 福山隆著 幻冬舎新書 2013-08-07 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉