日本経済の幻想と真実 福島第一原発事故の「真犯人」は霞が関にいた 東電に責任を押しつける無責任体制は解体すべきだ
JBpress 2013.08.29(木)池田信夫
福島第一原発の汚染水は、東京電力の説明では300リットルを超え、1日に1000トンの地下水が原発の敷地に流れ込んでいる。これが地下水から湾内へ、そして外洋に出るおそれも出てきた。原子力規制委員会は汚染水を「レベル3」(重大な異常事象)に指定し、その処理は緊急の問題になってきた。
茂木敏充経済産業相は8月27日の記者会見で、「汚染水問題は東電まかせでは解決は困難だ」と述べ、政府が人員や資金の面で積極的な役割を果たしていく考えを示した。これは事故処理の主体を東電とし、政府は原子力損害賠償支援機構で「支援」するという今までの処理体制の変更を意味する。
*「支援機構」という奇妙なスキームはなぜできたのか
しかし福島第一原発事故が東電だけで処理できないことは、2年前から明らかだった。放射能汚染の賠償だけで5兆円を超し、除染や廃炉まで含めたコストは10兆円を超す。これを通常の発電事業から上がる利益で賄うことは不可能だ。
民主党政権は最初「政府は費用を負担しない」という建て前で支援機構をつくったが、2012年、1兆円の資本注入で東電を実質的に国有化した。しかし東電がこれまで政府から受け取った資金の多くは交付国債による融資の形を取っており、将来は政府に返済しなければならない。
政府は汚染水問題の処理班を結成し、汚染水が原子炉建屋に流れ込むのを防ぐための地下凍土壁を構築すると発表したが、現在の処理主体はあくまでも東電なので、国費を直接投入できない。このような処理体制には限界があり、政府が責任を持って問題の解決に当たるべきだ。
しかし現在の「支援機構」という制度が、こうした迅速な対応を阻んでいる。国が主体になってやるためには、上場企業である東電に際限なく税金をつぎ込むわけにはいかない。発電事業をする事業会社と事故処理をする国費の受け皿会社に分離する破綻処理が条件だ。
しかし東電の破綻処理には、銀行が強く反対している。事故当時、経産省の松永和夫次官が「銀行の債権は保全する」と約束したためだと言われている。
なぜ松永氏は、そんな経産省に権限のない約束をしたのだろうか?
*無責任体制を生んだ経産次官の責任逃れ
実は霞が関では、松永氏が福島第一原発事故の「真犯人」だと言われている。彼は1974年に通産省(当時)に入省し、2004年に原子力安全・保安院の院長になった。このとき阪神・淡路大震災の教訓をもとにして原発の耐震基準を見直し、2006年に新しい耐震設計審査指針ができた。
ところが15ページあるこの指針のうち、津波についての言及はわずか3行しかない。地震で起こる事故としては配管の破断が想定され、津波の被害は想定されていなかったのだ。しかも福島第一原発の津波の想定は5.7メートルで、全電源喪失は想定しなくてもよいことになっていた。東電はその基準を守っただけである。
班目春樹原子力安全委員長(当時)は、国会で「国の安全基準は明らかな間違い」と認め、指針の作り直しを決めた。ということは、間違った安全基準を設けた過失責任は国にあるので、政府も賠償責任を負うのが当然である。
原子力損害賠償法では、原発事故の場合に政府の払う保険金の限度額は1200億円で、それ以上については第3条に「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない」という但し書きがある。これを使えば、国が無限責任を負うことができる。
ところが民主党政権は、東日本大震災は「異常に巨大な天災地変」には当たらないとして、この但し書きを適用せず、東電に無限責任を負わせたため、東電の債務超過は確実になった。こういう場合は前述のように破綻処理し、政府は受け皿会社に財政支出して事故処理を行うのが普通だ。
しかし松永氏が「東電を生かして国が賠償する」(第3条但し書きを適用する)と銀行に約束したため、破綻処理ができなくなった。東電を処理主体にして役所は「支援機構」として裏に回る奇妙なスキームは、当初は(債権を保全したい)銀行の仕組んだものと言われたが、真犯人は松永氏なのだ。
それに乗せられた銀行が2兆円も緊急融資したため、口約束で「担保」を提供した松永氏はますます逃げられなくなった。東電を破綻処理すると、債権順位としてはまず株主資本が100%減資され、次いで借入金が清算される。賠償債務や一般担保つき社債は保全される可能性もあるが、銀行の融資は(緊急融資も含めて)ゼロになる。
当時、銀行団は5兆円近く東電に融資していたため、これが全部吹っ飛ぶと、メガバンクといえども深刻な経営危機に陥る。そこで経産省と協力して、東電を生かしたままスケープゴートにする無責任体制をつくったのだ。
*最終的には電力利用者と納税者が数十兆円を負担する
しかし東電は、実質的に破綻した「ゾンビ企業」である。彼らが賠償する資金はほとんど国からの借金であり、実質的には「親会社」である支援機構が決めないと何もできない。それ以外の除染や廃炉などには、国の支援は得られない。
そこに今度の汚染水問題が、致命的な打撃になった。これは支援機構の対象外なので、東電の資金では無理だ。そもそもこういう事態になった原因が、汚染水を貯蔵するタンクを補修するコストが足りなかったためだ。東電がこれ以上の(おそらく兆円単位の)費用を負担することは不可能である。
おまけに東電の電気料金は、新潟県の柏崎刈羽原発が動いていることを前提にして計算しているが、泉田裕彦新潟県知事が原子力規制委員会の安全審査を妨害しているため、柏崎は再稼働できない。今年、家庭用の電気代が8.5%上がったが、柏崎が動かないとさらに8.5%の値上げが必要だ、と東電は言っている。
被災地の瓦礫の搬入を「殺人」呼ばわりするような知事が再稼働を妨害している状況を、私がツイッターで批判したところ、新潟県の「広報広聴課長」なる人物から抗議文が来て驚いた。それによれば、知事は「刑法の説明」をしただけだという。
こういう非常識な官僚たちが東電を食い物にして損害を拡大し、事故処理を妨害しているのだ。今のような官民バラバラの無責任体制では、事故処理のコストは際限なく膨らんでゆく。まず原発を再稼働してコストを捻出するとともに、現在の支援機構を解体して東電を破綻処理し、国が全責任を負って事故の処理にあたる必要がある。
それができるのは安倍晋三首相しかいないが、法律で決まった増税もできない彼に、そんな判断ができるとも思えない。この無責任体制のままでは、電力利用者と納税者には、これから数十兆円の負担が回ってくるだろう。
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福島第一原発事故の「真犯人」は霞が関にいた 東電に責任を押しつける無責任体制は解体すべきだ 池田信夫
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