【国際情勢分析 矢板明夫の目】 刑務所で“待望論”待つ 薄被告、無期懲役の公算
産経新聞 2013年08月31日20時36分
中国で収賄と横領、職権乱用の罪で起訴された重慶市の元トップの薄煕来被告(64)に対する公判が、山東省済南市の裁判所で22日から26日まで行われた。
薄被告は起訴された3つの罪状をすべて否認し、検察側と全面対決の姿勢を示し、無罪を主張することで政治迫害を受けた悲劇の英雄を演じてみせた。今回の裁判を受けて、保守派や貧困層の間で根強かった薄被告支持の声がさらに強まったと指摘される。共産党元幹部は「有罪になることは事前に決まっているが、堂々と戦ったことで自身のイメージ回復に成功した」との感想を漏らした。
中国当局は、法廷でのやり取りのほとんどをインターネットで公開した。5日間の裁判内容を文字にすると15万4000字に上り、単行本一冊の分量にあたる。そのうち、約半分が薄被告と弁護人の無罪主張である。裁判で、検察側の証人が突然、薄被告に有利な証言をし始めるなどのハプニングもあった。
裁判を取材した米国人記者は「薄被告の主張の方が検察側より説得力あった。アメリカで裁かれるなら無罪になる可能性が高い」と話した。
傍聴者がメモを取ることすら禁止される中国の裁判で、内容がすべて公開されるのは極めて異例だ。1949年の新中国建国後、同じ対応が取られた例は一度しかない。80年に行われた毛沢東夫人、江青女史らを裁く4人組裁判である。
共産党史に詳しい研究者によれば、4人組裁判も今回の薄被告裁判と同じく、党内の路線闘争が背景にあった。江青女史も薄被告も平等重視の毛沢東路線を推進しようとしたが、競争重視の?小平路線に敗れたことも共通している。
毛沢東路線は、いまでも党内外に大勢の支持者がいる。今回の法廷の情報公開は、「薄被告が汚職官僚であることを国民に見せることが目的」(元党幹部)とされるが、検察側が十分な証拠を固められなかったうえ、薄被告の予想以上の“健闘”により、その目的は達成できなかったようだ。
三権分立が確立していない中国では、司法は共産党の指導下にあり、薄氏のような大物政治家への量刑は、裁判長ではなく、共産党の政治局会議が決めるといわれている。
公開された共産党内の資料や関係者の回顧録などによれば、80年の4人組裁判の際、政治局で量刑について話し合われ、死刑を主張する意見が多かったが、保守派の重鎮、陳雲による「党内闘争で人を殺してはいけない」との鶴の一声で、江青女史ら被告人は、実質的な無期懲役にあたる執行猶予付きの死刑判決となった。
薄被告の判決は9月中に下されるとみられる。伝統を大事にする中国共産党はいまでも、「党内闘争で人を殺さない」ことを継承している。今回の裁判で薄被告が素直に罪を認めれば、量刑は若干軽くなり、病気療養の名目で数年後に出所できる可能性もあった。しかし、罪状を否認したことで、死刑判決を受けることはなくても、死ぬまで投獄される可能性が高い。
初公判の前に、複数の香港紙は、懲役15年から無期懲役の間と刑期を推測した。薄氏が無罪主張したため、当局もメンツを潰され、江青女史らと同じく執行猶予付き死刑の可能性が高まったとの見方が出ている。
裁判期間中、全国各地から薄被告の支持者が大勢、済南に駆けつけ、毛沢東の肖像画を掲げるなどして裁判に抗議した。インターネット上にも、「証拠不十分だ」「われわれの薄書記を返せ」といった薄被告を支持する書き込みが相次ぎ、すぐに当局に削除される事態が繰り返された。
最終弁論で薄被告は改めて無罪を主張し、自身が質素な生活を送り、貧しい庶民のために必死に仕事をしてきたことを強調した。この発言は、自身の支持者に向けられたメッセージだと指摘された。当局に屈することなく、汚職官僚であることを否定することで保守派の精神的な指導者としての地位を維持しようとしたとみられる。
薄氏は今後、政治家を収容する北京の秦城刑務所に送られる可能性が高い。貧富の格差などに不満を持つ民衆がますます増えるなか、今後、中国社会が混乱に陥った際に、民衆の間で「薄煕来待望論」が一気に高まることもあり得る。薄被告はそのときが来るのを、刑務所の中でじっと待つことにした。(やいた・あきお 中国総局)
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