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「米軍基地跡地にモスクとイスラム文化研究所を 中国が手出しのできない日本を作り、経済成長も」 福山 隆

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米軍基地跡地にモスクとイスラム文化研究所を! 中国が手出しのできない日本を作り、同時に経済成長も
JBpress 2013.09.02(月) 福山 隆
 8月15日の終戦記念日を目前に控え、中国海警局所属の船「海警」が8月7日から約28時間15分もの間、沖縄県・尖閣諸島周辺の領海に侵入した。これは、日本政府が昨年9月に尖閣諸島を国有化して以降、最長となる異常事態だった。
 領海侵入したのは海警4隻。昨年9月以降で最長の領海侵入だった14時間16分を大幅に上回った。中国の横暴はとどまるところを知らないようだ。
*政府の尖閣諸島防衛への取り組み
 7月9日、2013年度の防衛白書が公表された。中国が尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺などで挑発行為を繰り返していることについて「領海侵入や領空侵犯、さらには不測の事態を招きかねない危険な行動を伴うものがある」と指摘し、強い言葉で中国を批判した。
 政府は、このような中国の脅威に対処するために、日米同盟の強化を推進するとともに、独自の防衛力の強化を図っている。7月27日には、年末に策定する新しい「防衛計画の大綱」に向けた防衛省の中間報告が公表された。
 敵基地攻撃能力の保持を念頭に北朝鮮の弾道ミサイル抑止の対応能力を充実させると明記したほか、沖縄県・尖閣諸島周辺での中国の活動活発化を踏まえて、「機動展開能力や水陸両用機能(海兵隊的機能)」を確保することなどが盛り込まれた。
リデル・ハートの間接アプローチ戦略
 リデル・ハートは、戦場で敵戦力を破砕する直接的アプローチに対して、敵に心理的ダメージを与えることで勝利を得るという間接アプローチを提示した。間接アプローチ戦略(Indirect approach strategy)とは正面衝突を避け、間接的に相手を無力化・減衰させる戦略である。
 間接アプローチという観点から、以下説明するような、米軍基地跡地にモスクとイスラム文化研究所を設立することを提案したい。
米軍基地跡地にモスクとイスラム研究所を
 昨年、日本復帰40周年を迎えた沖縄県が、記念事業の一環として、返還が合意されている沖縄本島中南部地域にある米軍6基地の跡地利用計画を広く公募する「沖縄の新たな発展につなげる大規模基地返還跡地利用計画提案コンペ」が開催された。
 結果は、今年3月に発表され、「万国津梁の島(くに)−新しい沖縄の実現(トラム&グリーン・リンケージ沖縄21)が最優秀賞に、「“麗の海の邦”と“まちづくりマネジメント”(日本設計+泉設計)」および「アジアの成長を呼び込み、域内産業を形成する沖縄新社会資本戦略的整備(琉球大学都市計画研究室有志)」の2件が優秀賞に決まった。
 そもそも、私の、米軍基地跡地にモスクとイスラム文化研究所を設立する提案(構想)は、上記コンペに向けてあるスーパーゼネコンから米軍基地跡地利用構想について相談を受けたことに始まる。
 私の構想は、上記コンペでは残念ながらスーパーゼネコンの段階で黙殺され、日の目を見なかった。ここで改めて、私の構想について説明したい。
 本構想は、
 (1)日本とイスラム世界の紐帯の強化
 (2)中国の脅威に対する抑止
 (3)沖縄経済の振興
 (4)米国とイスラム世界の和解の仲介
 などを念頭に考えたものである。
 本構想は、米軍基地の跡地イスラム教のモスクを設立するというものだ。また、これとセットで北海道大学が共同教育研究施設としてスラブ研究センターを運営しているように、琉球大学にイスラム文化研究所を設けることも想定している。
 沖縄がイスラム文化を包容する地域になれば、中国や北朝鮮はイスラム教徒を敵に回すことを避けようとするため、日本に容易に手出しできなくなるはずだ。
 さらに、アジアだけでも3億5000万人にのぼるイスラム教徒が沖縄観光に訪れれば、いっそう経済振興を図ることができる。
 中東の石油会社を経営する富裕層も沖縄の観光客として取り込める可能性も出てきます。加えて日本がイスラム国家との架け橋をつくることで、中東情勢の安定化にも貢献する。
 米国はイスラム圏との関係修復に苦戦しているため、このプランに反対するかもしれないが、そのときこそ、政府(外務省)が米国政府に対して「本構想実現によりイスラム世界との和解を米国が真摯に希求しているとのメッセージを世界に発信できる」と説得すべきだ。
 これまで外交的政策的に貧弱だった日本が、米国とイスラム世界の宥和を仲介する役割を果たすことは、大きな意義がある。
 今日の日本を取り巻く情勢の中で、政府はインテリジェンス機能を強化する必要に迫られているが、沖縄にモスクを建て、イスラム文化研究所を併設すれば、世界に展開するイスラム世界の情報へのアクセスが構築できよう。
 冷戦構造崩壊後、宗教が国際政治や外交・軍事面に一層大きな影響を与える傾向が見られる。日本では、宗教という要素は軽視されがちだが、宗教は過去・現在・未来にわたり国際政治・社会に多大の影響を及ぼす重要な要素だ。日本の国際化は宗教についての理解と関与抜きには達成でいないのではないだろうか。
 この構想を実現するには、2つのアプローチがある。
 1つは、国家的(沖縄県の協力を含む)な関与による実現。これには、中国との軋轢が予想される。もう1つは、民間有志によるアプローチ。このやり方では、イスラム世界に対する日本のメッセージとしては相対的に見て薄弱なものとなるだろう。
むすび――知恵は力なり
 明石元二郎(元陸軍大将、1864〜1919)は、日露戦争において機密工作によりロシア革命を支援し、日本の勝利に大きく貢献した。
 陸軍参謀本部参謀次長・長岡外史は、「明石の活躍は陸軍10個師団に相当する」と評し、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は、「明石元二郎1人で、満州の日本軍20万人に匹敵する戦果を上げている。」と言って称えたと言われる。
 我が国の外交・安全保障の資源は、米国などと比べ貧弱である。しかし、知恵を絞れば策はいくらでもある。
 昨今の中国の横暴を見るにつけ、元自衛官として矢も盾もたまらず、リデル・ハートの間接アプローチ戦略をヒントに、中国の「天敵」を見方につける方策を提案した次第である。
<筆者プロフィール>
福山 隆 Takashi Fukuyama
  元陸将、現在は(株)ダイコー専務 1947年長崎県生まれ、70年・防衛大学卒業(応用科学専攻)、陸上自衛隊入隊。89年・1等陸佐、93年・第32普通科連隊長として地下鉄サリン事件の除染作戦を指揮。98年・陸将補、2003年・西部方面総監部幕僚長、2004年・陸将、2005年・退官、山田洋行顧問。2009年・ダイコー専務に就任して現在に至る
 *上記事の著作権は[JBpress]に帰属します
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『防衛省と外務省 歪んだ二つのインテリジェンス組織』 福山隆著 幻冬舎新書 2013年5月30日第1刷発行 2013-07-28 | 読書 
第1章 知恵なき国は滅ぶ
P12〜
 すべては情報が決する
 「情報」を制する者は天下を制す
 彼を知り己を知れば百戦して殆(あや)うからず------。
 言わずと知れた、兵法書『孫子』の一節です。これが書かれたのは、中国の春秋時代(紀元前770〜403年)のこと。それまで、戦争の勝敗は運不運に左右されると考える人が大半でした。そういう時代に、戦争には人為的な「勝因」と「敗因」があると考え、それを理性的に分析したのが、『孫子』の画期的なところです。
 冒頭に掲げた言葉は、その「謀攻篇」(実際の戦闘によらずに勝利を収める方法)に書かれたものでした。敵と味方の情勢を知り、その優劣や長所・短所を把握していれば、たとえ百回戦ったとしても敗れることはない。これは、戦争における「情報=インテリジェンス」の重要性を指摘した言葉にほかなりません。
 ちなみに、「謀攻篇」には、「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」という言葉もあります。
(p13〜)戦火を交えることなく敵を屈服させるのが最善だという意味ですから、もし情報戦で勝利を収めることができたとすれば、それにまさるものはないといえるでしょう。
p22〜
 敗戦と同時に「厚いコート」を脱いだ日本
 このように、アメリカは第2次大戦、9.11という大きな情勢変化が起こるたびに、情報機関という「防寒着」を厚めのものに着替えてきました。
 もちろん、これはアメリカだけの特徴ではありません。国家と情報機関の関係を如実に示す1例として今はアメリカのケースを挙げましたが、どの国においても、これが基本的なあり方だと考えるべきでしょう。
p23〜
 どんなに武力を整えても、それを効果的に使いこなす「知恵」のない国は滅びます。そして国家の「知恵」は情報機関の質と量に大きく左右されるのです。
p27〜
 軍事インテリジェンスはアメリカ頼み
 GHQによる占領統治が始まって以来、今日にいたるまで、外務省のインテリジェンスは専らアメリカのほうを向いていたといっていいでしょう。それも無理はありません。日米安保条約で日本はアメリカの同盟国となり、そのアメリカはCIAの設立などによって「情報超大国」としての地位を固めてきました。
p28〜
 しかも国内には米軍基地が置かれ、憲法9条によって戦力を放棄したため、日本の安全保障はアメリカ頼みです。自衛隊の前身である警察予備隊が組織されるまでは、国防を専門に担当する官庁も存在しませんでした。
 そのためわが国では、日米安保条約とそれに付随する日米地位協定を主管する外務省が、実質的な「国防省」の役割を担うことになったのです。
 外交を担当する外務省が、安全保障政策の最前線に立つ―今までこのような論説が指摘されたことはありませんが、これは国際的に見てかなり異例な体制といえるでしょう。日本では、国を防衛するための最大のツールを、外務省が持っている。その後、自衛隊を主管する防衛庁が設立され、第1次安倍政権下の2007年には防衛省に格上げされましたが、在日米軍と日本政府の第1の接点は相変わらず外務省です。
p28〜
 しかも国内には米軍基地が置かれ、憲法9条によって戦力を放棄したため、日本の安全保障はアメリカ頼みです。自衛隊の前身である警察予備隊が組織されるまでは、国防を専門に担当する官庁も存在しませんでした。
 そのためわが国では、日米安保条約とそれに付随する日米地位協定を主管する外務省が、実質的な「国防省」の役割を担うことになったのです。
 外交を担当する外務省が、安全保障政策の最前線に立つ―今までこのような論説が指摘されたことはありませんが、これは国際的に見てかなり異例な体制といえるでしょう。日本では、国を防衛するための最大のツールを、外務省が持っている。その後、自衛隊を主管する防衛庁が設立され、第1次安倍政権下の2007年には防衛省に格上げされましたが、在日米軍と日本政府の第1の接点は相変わらず外務省です。
 そうなると、少なくとも安全保障に係るインテリジェンスについては、アメリカに頼っていれば問題ありません。アメリカの動向を把握しつつ、必要なことはアメリカに教えてもらえば事足りる。いわば外務省は、アメリカという分厚い防寒着の下に着る薄手のセーター程度のインテリジェンス機能を持てば十分だったのです。
p31〜
 アメリカの戦略で動いた日本の「戦後レジーム」
 それも含めて、戦後日本のインテリジェンスは、基本的に超大国アメリカが打ち出す戦略の枠内に収まっていました。これは、いわゆる「戦後レジーム」がもたらした弊害の1つといえるでしょう。
 東京裁判や現行憲法の話を持ち出すまでもなく、日本の尖閣体制がアメリカ主導で構築されたことは明らかです。これがさまざまな点で日本社会のあり方を歪めたからこそ、かつての第1次安倍政権も、「戦後レジームからの脱却」を掲げました。
p32〜
 しかしその自衛隊も、実質的には米軍の世界戦略にはめ込まれた1つのピースにすぎません。もちろん形式上は組織として独立していますが、米軍と無関係に独自のオペレーションを実行することはほとんどできないのです。(略)
 そんな次第ですから、自衛隊のインテリジェンス機能もまた、基本的には日米同盟を前提としたものになっているのです。
p33〜
 それだけではありません。より広い意味の「情報」について考えた場合も、戦後の日本人はアメリカの影響を強く受けてきました。国民に正確な情報を伝えるべきマスメディアが、アメリカの情報戦略に巻き込まれてきたからです。
 たとえば、日本最大の発行部数を誇る讀賣新聞。その「中興の祖」とも呼ばれる正力松太郎氏は、もともと警察官僚でした。いわゆる特高警察に所属し、一説には関東大震災の際に朝鮮人暴動のデマを組織的に流布したともいわれています。戦後は東京裁判のA級戦犯に指名され、公職追放となったものの、不起訴処分で釈放。アメリカの公文書には、正力氏がその後CIAの非公然工作に長く協力していたことが記載されているといいます。釈放と引き替えに協力したと思われても仕方ありません。
 CIAのコードネームも持っていたといわれるほどの人物がトップに君臨していたのですから、その新聞や系列テレビ局が流す情報がどのような操作を受けるかは、想像がつきます。それが、アメリカの国益に反するものになるとは考えにくい。そして、これは「大正力」が実権を握っていた時代だけの「昔話」ではないと私は思っています。
p34〜
 アメリカは日本が再び「強い国」になるのを恐れている
 一方、その讀賣新聞とはライバル関係にある朝日新聞にも、アメリカの息はかかっています。
 私はかつてハーバード大学のアジアセンターで客員研究員を務めていたのですが、そのとき、「ニーマンフェロー」の存在を知りました。ユダヤ系の大富豪ニーマンの寄付金で設立された「ニーマンジャーナリズム財団」が、ジャーナリズム界のリーダーを育成するために、世界各国から新聞記者を集めて1年間無償で研修を受けさせるのです。
 ニーマンフェローは毎年24名で、12名はアメリカ国内のメディア、残り12名が外国のメディアから呼ばれます。その中の「日本枠」は、常に朝日新聞の指定席。たとえば、かつてテレビの討論番組にもよく顔を出していた「朝日ジャーナル」元編集長の下村満子氏も、このニーマンフェローでした。ここでアメリカナイズされた優秀な記者たちが、やがて朝日新聞の幹部になるのですから、その論調が親米的なものになるのは自然な成り行きでしょう。
p35〜
 朝日新聞といえば「左寄り」で、旧ソ連や中国と結託して戦前の日本を断罪するという印象がありますから、「親米」と聞くと意外に思う人もいるかもしれません。たしかに、憲法9条を擁護して日本の「軍国主義化」を警戒したり、首相の靖国神社参拝を批判したりするのは、---ソ連や中国---の国益にかなっています。
 しかし実は、それがアメリカの国益にもかなっていることを忘れてはいけません。(略)
 インテリジェンスに必要な機能は、情報の「収集」だけではありません。情報を「操作」することで、自分たちに有利な状況を作り出すことも重要な機能の1つです。
p36〜
 そして日本の「戦後レジーム---アメリカの従属国」は、アメリカの巧妙な情報操作によって、より強固なものになりました。アメリカに飼いならされたのは、ジャーナリストだけではありません。日本からは、多くの言論人や学者たちが若い時期に留学生としてアメリカでの生活を経験しています。そこでアメリカに洗脳された人々が帰国し、オピニオンリーダーとして活躍する。その影響を受けて、日本の世論全体がアメリカナイズされてきたのです。

 第2章 二つのインテリジェンス――軍事と外交
p44〜
 軍事と外交の担うインテリジェンスの違い
 憲法9条と安保条約という二本の手綱
 さて、現在の日本が抱えるインテリジェンスの問題は、おおむね「戦後レジーム」の中で生じたものだと考えていいでしょう。それ以前から対外インテリジェンスをあまり重視しない傾向はありましたし、それについても後述するつもりですが、やはり敗戦とそれに続くアメリカの占領統治は実に大きな転換点でした。
 その転換をもたらした最大の要因は、1946年に公布されて翌年に施行された日本国憲法の第9条です。戦力の放棄を定めたこの条文によって、日本は軍隊をもたない国となりました。
 しかし、軍隊をもたずに国家を維持することはできません。かつて日本社会党が唱えた「非武装中立」などというものは、単なる絵に描いた餅です。安全保障のためには、当然、何か別の手立てが必要になる。そこで登場したのが、日米安全保障条約です。
(p45〜)日本の戦後を考える上で、憲法9条と日米安保条約はワンセットでかんがえるべきでしょう。
 そしてこれは、アメリカが日本という「馬」をコントロールするために用意した2本の手綱のようなものでした。憲法9条によって日本を弱体化させ、さらに安保条約によって米軍基地を日本国内に駐留させる。これによってサンフランシスコ講和条約の発効で日本が独立を回復して以降も、ある種の「占領状態」を続けることができたわけです。
 さらに、日米安保条約は、米軍基地内においては米軍が第1次裁判権を持つことを定めた日米地位協定とワンセットになっています。その安保条約と地位協定の両方を主管するのが、外務省にほかなりません。
 ちなみに、この2つを実際に担当する北米局日米安全保障条約課は、外務省の中でももっとも優秀なエリートが登用されるセクションです。いずれ事務次官やアメリカ大使になるような人材が、ここに配属される。安全保障は国家の最重要課題ですから、それも当然でしょう。しかし、ここでアメリカの「伝声管」を務めたエリートたちが省内で出世するとなれば、外務省全体がアメリカの言いなりになりやすくなるのもたしかです。
p46〜
 ともあれ、戦後の日本では、本来は外交を担当する官庁―外務省―が、日米間の条約や協定をコントロールするという名目の下に、実質的な「安全保障庁」として機能してきました。
p109〜
 軍事インテリジェンスは何のためにあるのか
 軍事インテリジェンスの「究極」の目的
 さて、そうまでして行うべき軍事インテリジェンスの目的とは何でしょうか。もちろん、時と場合によってそこにはさまざまな目的があるわけですが、「究極の目的」は次の2つに絞られます。
 先ず第1に、「われわれが決定的にダメージを被る情報」。軍事の目的が国家、国民、国土を守ることである以上、これを察知しなければ軍事インテリジェンスの役割を果たしたことにはなりません。
 たとえば1941年のソ連にとって、もし日本が「北進」する意思を持っていたとすれば、これはソ連に「決定的なダメージ」を与えかねない情報だったといえるでしょう。
p109〜 日本がシベリア側から攻めてくれば、西から攻めてくるドイツとのあいだで挟み撃ちになってしまいます。だからこそ、ゾルゲがつかんだ「南進」というインテリジェンスには最高の値打ちがありました。
 一方、自分たちが決定的なダメージを受ける情報を掴みそこなったのが、敗戦間際の日本です。それは、アメリカによる「原子爆弾の投下」にほかなりません。歴史に「if」はないとはいえ、1945年8月に広島と長崎に落とされた2発の原爆に関する情報を日本軍がきちんとキャッチしていたら、日本の戦後史はもっと違うものになっていたのではないでしょうか。
 ただし原爆については、全く情報がなかったわけではありません。同年7月16日には、「ニューメキシコ州で新しい実験が行われた」との外電情報が入っていました。しかし日本はそれが何の実験かを突き止めようとしなかった。1発目の「リトルボーイ」が広島に投下されるまで、その「実験」と「原爆」を結び付けて考えることができなかったのですから、情報軽視と言われても仕方ありません。
p110〜
 さらに原爆投下の直前にも、大本営はその前兆を察知していました。それまではB52が何百機もの大編隊を組んで日本の本土を空襲していましたが、そのときはコールサイン(航空機を識別する信号)が異なる十数機の編隊が日本に向かっていたのです。それが原爆を搭載したB-29だったわけですが、大本営はその正体を見抜くことができませんでした。
 もちろん、仮に見抜いたとしても、原爆投下を防ぐことはできなかったかもしれません。日本軍の戦闘機はb-29の飛ぶ高度まで上がるだけの性能を持っておらず、したがって撃墜は不可能だったという説もあります。しかしたとえそうであっても、原爆という「決定的なダメージを被る兵器」に関するインテリジェンスをあらかじめ得られていれば、何かしら被害を減じる手立ては講じられたのではないでしょうか。
p142〜
 そういうレベルの日本研究者=「ジャパノロジスト」が、歴史、政治、経済、社会、教育、国防などあらゆる分野にひしめきあっているのがアメリカです。かつて駐日大使を務めたエドウィン・O・ライシャワーや、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』のエズラ・ボーゲルなどが日本では「知日派」として有名ですが、それは決して珍しい存在ではありません。ジャパノロジストの裾野はきわめて広いのです。
p143〜
 そういった学者に加えて、日本ではCIAをはじめとするアメリカの情報機関要員があちこちで活躍しています。しかも、ロシアや中国などの情報員(スパイ)に対しては厳しくマークする公安警察も、同盟国であるアメリカについてはほぼ野放しの状態だといっていいでしょう。一方、日本は対米情報を含めた対外インテリジェンスをアメリカに依存しており、ましてや直接アメリカに対する情報活動はほとんどしていません。日米間には、実に大きな情報格差があるのです。
 そしてアメリカは、その情報格差を利用する形で、終戦直後の占領状態を継続し、日本をコントロールしてきました。そこで重要な役割を果たすのが、「ジャパン・ハンドラーズ」と呼ばれる人々です。政治学者のマイケル・グリーンやケント・カルダー、ジョセフ・ナイといった名前を見聞きしたことのある人も多いでしょう。
 ジャパン・ハンドラーズの正体
 そんなジャパン・ハンドラーズの中でも、もっとも知名度が高いのはリチャード・アーミテージだろうと思います。2001年の「9・11」を受けて日本に対テロ戦争での共闘を求める際に、「Show the flag」という発言をしたことで知られる人物です。
p146〜
 このアーミテージ・レポートも、それと同じく、甚だしい内政干渉だと言わざるを得ません。この文言の裏側には、“属国”日本をアメリカの国益のために利用しようという意図が透けて見えます。例えば、ここで原子力発電の推進を主張しているのは、アメリカやフランスの原発産業が持っている利益を守るためでしょう。
p147〜
 米中情報戦に利用された尖閣諸島問題
 また、この中で「日中韓」という東アジアの情勢に触れていることもきわめて重要な意味を持っています。後ほど詳しく述べますが、今後、アメリカの軍事戦略における最大のテーマが「対中国」であることは言うまでもありません。
 他国を自らの支配下に置こうとするとき、アメリカの戦略は「ディバイド・アンド・ルール」が基本です。これは、かつての西欧列強が植民地を支配した時のやり方にほかなりません。植民地の民族を分断し、お互いに争わせることによって、宗主国への抵抗を和らげ、統治しやすくする。ディバイド・アンド・ルール戦略に照らし、東アジア地域で日本・中国・韓国が諍いを起すことは、アメリカにとって歓迎すべきことなのです。
 したがって、先ほどの第3次アーミテージ・レポートも、額面通りに読むわけにはいきません。「日米韓の強い同盟関係が重要」などといっていますが、本心では、日韓が永遠に対立することがアメリカの国益になると思っているはずです。「日本は韓国との歴史問題に正面から取り組むべきだ」というのも、懸案が解消して日韓が親密になることを願っているのではなく、この問題がさらにこじれることを期待しているに違いありません。
p148〜
 対中国も同じです。アメリカとしては、いまのところ中国とのあいだで本格的な衝突は起したくありません。そのため、日本と中国が諍いを起すように煽る一方で、水面下では中国と出来合いのレースをするのではないでしょうか。
 そんなアメリカの思惑が見え隠れしたのが、2012年4月に始まった「尖閣諸島購入問題」だったと私は見ています。当時の石原慎太郎東京都知事が「東京都は尖閣諸島を買うことにした」と宣言したことに端を発し、紆余曲折を経て最終的には国が地主から買い上げることになり、それを契機に、日中関係は緊張が高まりつつあります。
 あれは日本と中国の外交問題であって、アメリカは関係ないのではないか―そう思う人も多いでしょう。しかし私は、石原氏があの宣言をアメリカのワシントンで行ったことが気になります。本人にはその自覚がないままに、米中の情報戦の中で「パペット(操り人形)」として踊らされていた可能性があるのです。
 もちろん、これは明確な根拠に基づく話ではありません。しかし、インテリジェンスの世界に身を置く人間は、あらゆる人のあらゆる発言を疑い、「裏」に何かある可能性を考えるのを常としています。もし「性善説」と「性悪説」のどちらかを選ばなければいけないのであれば、性悪説を取らざるを得ないのです。
 また、この世界には「英雄には気をつけろ」という格言めいた言葉もあります。大衆的な人気の高い人物が目立つ発言をしたときは、その背後に大きな陰謀が隠れている可能性がある。何らかの意図でマスコミや世論を沸騰させたい陣営が、謀略によってそれを、「言わせている」ことがしばしばあるのです。
p151〜
 それはともかく、太平洋越しに覇権を争う米中にとって、尖閣諸島は地政学的にたいへん重要な意味を持っています。不動産としての「所有権」と国家の「領有権」は別物ですから、国内的には地主が民間人であろうが東京都であろうが、日本にとってはさほど大きな問題ではありません。しかし中国にとっては、「民有」から「都有」を経て「国有」になることは、中国がこの海域で狙っていることを前に進めるためには好都合でした。中国にとって尖閣諸島は、第1列島線を突破し太平洋に進出する際の重要な“軍事的要衝”です。したがって、何か隙があれば一気に情勢を動かそうと鵜の目鷹の目で狙っていた。その格好のきっかけを与えたのが、石原発言でした。
 石原氏の発言をアメリカが誘導したのかどうか、誘導したとすればどのようにやったのか、いずれも確たることはいえません。しかし石原氏ほどの大物政治家になれば、その周辺ではアメリカや中国の情報関係者――より端的な言葉を使うなら「スパイ」――が蠢いているのは間違いないと私は見ています。石原氏に対して影響力を持つ人物が、外国の意向を受けて何かを吹き込んだり、けしかけたりすることも十分に考えられます。また、日常的に電話やメールはすべて盗聴・監視されているものと思います。
p152〜
 いつまでも日本をコントロール可能な国に
 いずれにしろ、陰謀は外から「見えない」からこそ陰謀なのですから、そのプロセスについては想像の域を出ません。しかし結果的に当事者以外に「得」をした者がいるのであれば、その第3者による陰謀があった可能性が疑うのがインテリジェンスの基本です。
 そして、石原氏の尖閣購入発言によって、アメリカは間違いなく「得」をしました。発言に反発した中国が日本への敵意を剥きだしにした結果、日本がアジアで孤立し、アメリカの懐に逃げ込まざるを得ない情勢が作られたからです。
p154〜
 米国の凋落と中国の台頭
 何度も繰り返しますが、石原発言の背後に外国の陰謀があったかどうかはわかりません。しかしアメリカや中国に、それを実行するだけのインテリジェンス能力があることはたしかです。そして現在、米中両国は太平洋をはさんでお互いの動向を探り合っている。この両大国にはさまれている日本は、好むと好まざるとにかかわらず、その覇権争いに巻き込まれています。地政学上、これは避けることができません。
p156〜
 アメリカの軍事費は世界全体の軍事支出の40〜50%にも達していますが、アメリカの実質経済規模は世界経済の20%程度にすぎません。明らかに、国力を超える軍事力を抱えています。もはや「仮想敵国」である中国に国債を買ってもらわなければ財政破綻してしまう状態ですから、軍事予算の削減は避けられません。事実、オバマ大統領は2012年1月に、今後10年間で国防予算を最低でも4500億?(日本円で44兆円)も削減すると発表しました。
 一方の中国は、改革開放政策によって目覚ましい経済成長を続けており、2010年にはGDPで日本を抜いて世界第2位の経済大国にまでなっています。(略)遅くとも2050年あたりにはGDPベースで中国がアメリカを逆転し、世界1の経済大国になると予想されます。
 この経済力が軍事力の拡大に直結することは、いうまでもありません。これまでも中国は凄まじい勢いで軍拡を行ってきました。過去20年間の国民予算は、2010年度の7・5%を除いて、常に二桁の伸び率となっています。このまま経済成長が続けば、中国の軍事力はますます強大化するでしょう。
p170〜
 戦後から今にいたる現実
 そして現在も、日本人のインテリジェンスに対する姿勢はあまり変わっていません。
p171〜
 自分の出身母体の悪口はあまり言いたくありませんが、旧日本軍時代よりはさまざまな点で進歩したとはいえ、防衛省のインテリジェンス機能もまだまだ十分なものとはいえないでしょう。
 「第1国防省」である外務省の外交インテリジェンスとの棲み分けがきちんとできていないこともその一因ですが、防衛省自体にも問題がないわけではありません。第1章に「外務省はアメリカの伝声管になっている」といった意味のことを書きましたが、防衛省や自衛隊にもアメリカに依存する体質はあります。
 たとえばアメリカに赴任する防衛駐在官は、独自のインテリジェンス活動をほとんどする必要がないと言われます。ワシントンの米軍関係者から情報をもらうのも、日本国内で在日米軍から情報をもらうのも、その中身に大差はないからです。自衛隊の中でも昇任の序列が高いエリートが箔をつけるためにそのポジションに就くのですが、それだけに、ある種の名誉職になっているのは否めません。
 何度も述べてきたとおり、今後も永遠に日米安保体制が続き、日本がアメリカの属国のような立場でいることを受け入れるならば、それでもいいでしょう。(p172〜)しかしアメリカの国力や軍事力が凋落を始めている今、インテリジェンスをアメリカにばかり頼るわけにはいきません。
 防衛駐在官としてアメリカに乗り込むなら、ただアメリカがお仕着せで与えてくれる情報を取るだけではなく、むしろアメリカが日本に知らせたくない情報こそ入手すべきです。アメリカが日本国内でやっているように、日本もアメリカにスパイを送り込んで、盗聴をはじめとする諜報活動をを行う。それが本来あるべきインテリジェンス活動というものでしょう。その際、イスラエルの対米諜報活動が参考になることでしょう。
 ところが防衛省や自衛隊にかぎらず、日本人はそういうことをあまりやろうとしません。しかも、外国にはスパイを送り込もうとしないのに、国内では外国のスパイたちにやりたい放題やられている。いわゆる「スパイ防止法」が存在しないためです。法案は国会に提出されたことがあるものの、報道の自由を制限されることを懸念するマスコミの反対などもあり、実現していません。いつまで経っても、日本は「スパイ天国」と揶揄される状態にあります。
p173〜
 民間企業も大学もやられ放題
 情報のプロテクトが甘いのは、国家レベルだけの話ではありません。民間企業も同じようなものですから、これは日本人に共通の性質といわざるを得ないでしょう。
p178〜
 かつて日本はインテリジェンス大国だった
 日本人が周囲に対する警戒感を持たず、そのためインテリジェンスという「防寒着」をあまり重視しないのは、四面環海の島国で暮らしていることも一因かもしれません。隣国と地続きの国では、周囲の動向や思惑に敏感にならざるを得ないからです。(略)
p179〜
 そして戦後はすでに述べたとおり、日米安保条約によりアメリカの庇護を受けるようになったために、自立した国家的インテリジェンス機能を持つ必要がなくなりました。この状態が70年近くも続き、ますます日本人のインテリジェンス感覚は鈍ってしまったように思います。
 また、戦後の日本が強力なインテリジェンス機関を持てなくなった背景には、「戦前に戻ることへの警戒心」も横たわっているのではないでしょうか。
p180〜
 どんな薬にも副作用があるように、情報機関も時に社会の「毒」となります。戦前の特高警察や、独裁国家の情報機関のことを考えれば、それは明らかでしょう。情報機関の権限や能力が強化されればされるほど、国民に対する監視の目も厳しくなるのです。
 戦後の日本は、新憲法の下で「人権」を重んじる社会になりました。公共の利益のために個人の自由や権利を犠牲にすることは厳しく批判されます。それが時に行きすぎることもあるのがいわゆる「戦後民主主義」の問題点の1つだとは思いますが、そういう社会では、個人のプライバシーを侵害する恐れのある政策や法律は歓迎されません。しかも「戦前」に対するアレルギーのようなものも広く共有されているので、強力な情報機関の設立には国民の抵抗感が強かったのです。
 もちろん私も、情報機関に「負の側面」があることを否定はしません。それによって生じる副作用は、プライバシーの侵害だけに留まるものではないでしょう。
 たとえばアメリカのCIAが南米に送り込んでいる工作員たちは、情報を取るために殺人、拉致、脅迫といった犯罪行為に手を染めることをためらいません。しかも地元の麻薬販売組織に便宜を図ることで収入を得て、それを工作活動の財源にもしています。中東で余った武器を密売したりもしている。国家権力を背負いながら、ヤクザまがいの行為を平気でやるわけです。そこまでいくと、もはや「暴走」としかいいようがありません。
P181〜
 副作用を覚悟しても服用すべき薬がある
 ただし一方で、情報機関に対する日本国民のアレルギー反応が、ほかならぬアメリカにとって好都合だったのも事実です。日本が戦前のような「強い国」になることを恐れているアメリカは、メディアなどを使いながら終戦直後から今日にいたるまで、「いかに戦前の日本が国民を不幸にしてきたか」を宣伝してきました。情報機関への抵抗感も、そんな刷り込みによって生じた面が大きいといえるでしょう。
 もちろん、情報機関の強化を図るときには、その暴走を抑止するための安全装置を組み込んでおかなければいけません。しかし完璧なシステムなどあり得ないので、それでもなお、ある程度の副作用は残るだろうと思います。その副作用を許容できるかどうかが、現在の日本に問われているのではないでしょうか。
p182〜
 アメリカの情報操作に強い影響を受けながら作られた戦後日本の「反戦前」的なメンタリティを捨てられないのであれば、今後もわずかな副作用さえ受け入れることができず、情報機関の強化はなされないでしょう。しかしその場合、いずれ日本社会はインテリジェンスという防寒着を失い、極寒の国際社会に放り出されて野垂れ死ぬかもしれません。
 薬の場合も、ある程度の副作用を覚悟して飲まなければいけない状態というのはあります。薬だけではありません。命を救うためには、手足を失うリスクを冒してでも手術をしなければいけないこともあるでしょう。何かを失ってでも守らなければならない大切なものが、人間や社会には存在するのです。
 私は、いまの日本がそういう時期を迎えていると思います。アメリカが凋落し、米中のパワーバランスが逆転するのが2025年だとすれば、それまであと12年しかありません。設備や機材の調達、要員の育成などに時間がかかることを考えると、いまかtら情報機関の強化に取り組まなければ間に合わないのです。
 「すでに国家としての情報機関はあるのだから、それを使えばいいだろう」と考える人もいるでしょう。しかし、ここ数年の危機における政府の対応を見る限り、現状のままで国際社会の過酷な荒波を乗り切れるとは思えません。
p183〜
 たとえば2010年9月には、尖閣諸島付近で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突する事件が発生しました。(略)
 そして結果的に、那覇地検は「日中関係を考慮して」中国人船長を処分保留で釈放しました。そこに、当時の菅内閣の意向が働いていたことは間違い安倍首相ありません。
 これは、インテリジェンスの観点から見ても大変な失態でした。貴重な情報を取るチャンスを、みすみす逃してしまったからです。あのような事態が発生した場合、軍事的にも外交的にも、国家として知りたいことは山ほどあります。
p184〜
 あの中国人船長は単なる漁業従事者なのか、それとも中国政府や人民解放軍の意を受けた人間なのか。もし後者だとしたら、尖閣諸島に近づいた真の目的は何なのか――。
 それらの情報は、「山」を作る「塵」としてきわめて重要な意味を持っています。そういった情報を積み上げることで、「究極のインテリジェンス」が見えてくる。この場合、日本がもっとも知りたい究極の情報は、「中国が本気で軍事力を行使して尖閣諸島を獲りに来るのかどうか」でしょう。これはまさに、「自分たちが決定的なダメージを被る情報」にほかなりません。
 ところが当時の民主党政府は、その重大なインテリジェンスにつながるかもしれない情報を取ろうとしませんでした。まともに機能する本格的な情報機関があれば、そんな展開にはけっしてならなかったのではないでしょうか。

     日本は生き残れるか
 3・11――戦争に匹敵する事態
p185〜
 国家的なクライシスを迎えた場合、まず第1にやるべきことは情報の収集です。質・量ともに十分な情報がなければ、「次の一手」について正しい判断や決定はできません。尖閣諸島漁船衝突事件のような事態が起きた場合、国のトップは、外務省、防衛省、警察庁、内閣官房内閣情報調査室といった部署に「収集すべき情報は何か」を伝え、そこから上がってきた情報を総合的に分析した上で、意思決定を行うべきです。
 しかしあのとき、そういったことが迅速に行われた形跡は、少なくとも私の知る範囲ではありません。おそらく、日頃からそういった危機に備えた訓練もなされていないのでしょう。対外情報機関(日本版CIA)も、情報を一元的に集め処理する機関も存在しないので、いざというときに総合的なインテリジェンスをどのように機能させるかという準備ができていないのです。
 菅政権時代には、戦争にも匹敵する事態が起こりました。いうまでもなく、2011年3月11日に発生した東日本大震災と、それに続く福島原発の事故です。
 あのときに菅直人という政治家が首相の座に就いていたのは、国民にとって実に不幸なことだったといわざるを得ません。というのも、彼が総理大臣になってから初めて自衛隊幹部と面会した時の第1声は、こんなものでした。
p186〜
 「私が陸海空自衛隊の最高指揮官だそうですね。初めて知りました」
 国家を預かる最高責任者の言葉とは到底思えません。国家の安全や国民の生命、財産を守るリーダーとしての自覚を全く持っていなかったのです。
 私は防衛駐在官としてソウルに赴任中、朝鮮戦争時の英雄として知られる白善?(ペクソニヨプ)氏に親しくしていただき、いろいろなことを教わりました。韓国陸軍の創設に参加し、最初の陸軍大将に任じられた人物です。その白氏に、私はあるとき、「大軍の将はいかにあるべきでしょうか」と問いました。
 「大軍の将は、いま起きているありとあらゆることをすべてしらなければいけない」
 白氏は、そう答えました。つまり「インテリジェンスが大事」だということでしょう。
 戦場には、リーダーが知るべき情報が山のようにあります。例えば、現場の地形や気象、海軍なら、海の潮流や温度分布もそうです。潮流の具合によって音波の屈折も変わりますから、それがわからなければ敵を探知することもできません。
p187〜
 独裁的な権力を発動しなければならないのが「危機」
 そういった細かい情報をすべて知らなければいけないのが、「大軍の将」です。(略)
 これは、口で言うのは簡単ですが、なかなか実行できることではありません。自衛隊でも、指導力に欠ける人ほど現場で気づいた「小さなこと」をワーワーと隊員に指図します。
 「それではいけない」と白氏は言いました。「現場で兵隊を激励するのはいいが、感情の起伏をあらわにして騒ぎ立てると、前線の兵隊は臆してしまう。じっくり見た上で、何か本質的な問題があれば、後で中央から電報で全軍に布告すればいい。それが大軍の将というものですよ、福山さん」
p188〜
 ここで私が言いたいことは、もうおわかりでしょう。福島で原発事故が起きたときに菅総理が取った行動は、まさに「大軍の将」がもっともやってはいけないことでした。官邸に腰を据え、現場で起きていることをすべて把握するよう努めるべきところを、現場に乗り込んであれこれと口を出したのです。
 こうした失態は、もちろん総理の個人的な資質による部分も大きいでしょう。しかし、そこだけに原因を求めるわけにはいきません。どの政治家が総理のポジションにあったとしても、現在のインテリジェンスシステムでは同じようなことはいくらでも起こり得ます。日頃から危機に備えた準備や訓練を綿密に行い、さまざまな情報を統合的に管理するインテリジェンス機関がなければ、こうした事態に対応することはできません。
 日頃から実在するインテリジェンス機関を意のままに総合的に動かし、あらゆる情報を自分の下に集約できるシステムを構築し、タイムリーに適切な判断を下すのが、「大軍の将」としての総理大臣の役割です。その運営は、ある意味で全体主義国家に通じます。
p189〜
 戦後日本において、これはもっとも忌み嫌われるスタイルです。もちろん私も、平時は民主主義的な意思決定が重要だと思います。
 しかし民主主義的な手続きは、意思決定までに時間がかかるのも事実。国家的なクライシスにおける意思決定は1分1秒を争うものですから、平時と同じ手続きを踏んでいる余裕はありません。一定の範囲で「大軍の将」である総理に決定権をゆだね、独裁的な権力を発動しなければ、国や国民を守ることはできないのです。
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