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「シリア空爆のシナリオ アサド政権の化学兵器使用と恐怖政治」 黒井文太郎

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シリア空爆のシナリオ アサド政権の化学兵器使用と恐怖政治 
週刊朝日 2013年9月13日号配信掲載) 2013年9月4日(水)配信
 オバマ政権はシリアのアサド政権が化学兵器を使い、少なくとも1429人を殺害したと結論づける報告書を8月末、公表した。シリアを20年間みてきたジャーナリストが暴く、中東の北朝鮮=アサド独裁国家の恐怖政治の実態。米軍の空爆など軍事行動の行方は? 軍事ジャーナリスト 黒井文太郎
 オバマ大統領は、まもなく踏み切るとされているシリアへの空爆を化学兵器の再度の使用を防ぐための「懲罰的」な短期の軍事行動と示唆し、5隻の駆逐艦を地中海に派遣した。
 巡航ミサイル「トマホーク」による爆撃の準備もすでに整え、おそらく潜水艦も周辺海域にスタンバイさせているはず。
 しかし、対シリア軍事介入の旗振り役だったイギリスは8月29日、下院が参加を否決。あえなく戦線を離脱したが、アメリカに加えてフランスは軍事介入参加へ積極的な姿勢を崩していない。
 フランス国防省はすでに臨戦態勢に入り、地中海にフリゲート(軍艦)を派遣。
 アラブ首長国連邦のアブダビとジブチのフランス軍基地に戦闘機ラファールを配備した。結局、米仏軍による作戦ということになりそうだ。
 今回、こうした事態になったのは、8月21日にシリアで化学兵器が使用され、426人の子どもを含む1429人が犠牲になったからだ(米政府報告より)。
 シリアでは2011年3月に民衆による反政府デモが発生して以来、政府軍による弾圧と、それに続く反政府軍との内戦で、すでに10万人以上の死者が出ているが、アサド政権を支援するロシアと中国が拒否権を行使し続けたため、国連安保理が機能せず、これまで国際社会は何も手を出せないできた。
 しかし、今回の化学兵器使用で、これまで介入に消極的だったアメリカのオバマ政権も、ようやくその重い腰を上げたのだ。
 しかし、それでも国連安保理決議なしの軍事介入は国際法の裏づけがないため、アメリカは、化学兵器はシリア政府軍によって使用されたということを、説得力あるかたちで国際社会に証明しなければならない。
 今回の化学兵器使用に対し、アサド政権は当初、「すべて嘘だ」と化学兵器使用疑惑そのものに否定的だったが、後に一転させ、「反体制派によるもの」「我々がやったというのなら、確たる証拠を見せて欲しい」と主張するようになった。
 しかし、英米仏の政府首脳は、それぞれの軍のインテリジェンス情報に基づいて「アサド政権側によるものだ」と早くから断定。
 とくに米政府は8月末に公表した報告書で、政府軍の化学兵器攻撃の準備状況が確認されていたこと、軍事衛星によって、当時の政府側地域から被害地へのロケット弾攻撃が確認されていること、政権側によって化学兵器が使用されたことを確認するアサド政権高官の通話内容が傍受されていること、などを明らかにし、政府軍によって実行されたことの証拠とした。
 イラク大量破壊兵器問題で誤謬を犯し、世界中から批判されたアメリカが、不確かな情報でここまで言うことは考えにくい。
■筆者にスパイ嫌疑 シリア秘密警察
 化学兵器攻撃は政府軍によるものであることは間違いないといっていいだろう。
 子どもを含む一般住民を化学兵器で殺害するなど、世界でも過去最悪の極悪非道な政権というしかない。
 しかし、筆者は当初から、アサド政権は独裁体制を守るためなら、どんな非道なことでも躊躇しない政権だと確信していた。それには個人的な理由があった。
 私事になるが、じつは筆者の元妻はダマスカス出身のシリア人である。
 親族に支配政党「バース党」の党員はおらず、政府機関の関係者もいない。
 多数派であるスンニ派に属するごく普通の家系で、シリアでは、秘密警察の監視下にある一般国民の側といっていい。
 筆者は元妻と結婚してからこの20年間、シリアを何度も訪問し、かの国の社会と、元妻の親族を通じて深い繋がりを持った。
 シリアではシリア人男性と外国人妻という例は珍しくないが、シリア人女性と外国人夫という例は非常に少ない。行くたびに空港で別室に連行され、結婚の経緯や筆者の素性などを事細かに尋問された。
 筆者と元妻の親族は、秘密警察「アムン」(総合治安局)の徹底的な調査対象となった。アムンは公安専門機関で、アメリカあるいは日本政府のスパイとの嫌疑をかけられた。
 また、おそらくもうひとつの秘密警察である「ムハバラト」(総合情報局)の監視対象でもあったはずだが、ムハバラトは完全に裏の組織なので、どのような監視・調査を受けていたかは筆者にも詳細はよくわからない。
 また、筆者は当時、海外の紛争地取材を専門として、いわゆる戦場カメラマンをしていたため、自分の職業を「海外の風景などを撮るカメラマン」と説明していたが、メディア関係者ということでも警戒された。
 日本にいるときも、東京・乃木坂のシリア大使館に何度も呼び出された。
 紳士的な雰囲気ではあったが、筆者が何者であるか、さまざまな質問を受けた。 筆者はとくに何も感じなかったが、同行した元妻は大使館内では、端でみてわかるほど緊張し、がくがくと震えていた。
 一般のシリア人にとって、アサド政権の政府機関はそれほど恐ろしいのだ。
 ちなみに、当時筆者たちを担当した公使(後に代理大使になった)は、シリアで強大な権力を持つ特殊部隊司令官の実弟だった。
 本国の親族も、ダマスカスのアムン事務所に何度も呼ばれ、徹底的な尋問を受けた。シリアでは、国際結婚の最終承認を外務省や内務省ではなく、アムンが行うのだが、彼らが筆者の婚姻を最終的に認定したのは、シリア外務省が結婚届を受理してから10年も後のことだった。
 シリアでは秘密警察の目が街中に張り巡らされていた。筆者と元妻が日本語で会話していたとき、なにげなく「アサド」という単語を口にしたら、居合わせた義弟に「日本語でも絶対その名前を話すな」とよく注意されたものだ。
 シリアでは、どこでも大統領の写真が溢れていた。最初は先代のハーフェズ・アサド大統領と、その後継者となることが決まっていた長男のバーシル・アサドの写真。長男が1994年に交通事故死した後は、父アサドと次男のバシャール・アサドの写真である。露骨な個人崇拝の強制だった。
 個人崇拝、言論統制、国民の徹底監視、それに独裁政権の世襲に至るまで、シリアはまさに北朝鮮と同じだ。筆者は北朝鮮にも一度行ったことがあるが、シリアは北朝鮮の警察国家的な雰囲気に、アラブ特有の猥雑なエネルギーを足した感じに思えた。
 そんな国だから、11年3月に民衆デモが蜂起したとき、彼らの気持ちは痛いほどわかった。
 あの国で政権に異議を唱えるということが、どれほど危険を伴う行為かを知っている筆者からみると、立ち上がった人々の勇気は賞賛に値する。
 筆者はシリアにいる親族や友人たちとフェイスブックやスカイプで連絡を取り合い、民衆蜂起の経緯を日本からフォローし続けた。 デモの主導グループとも知り合い、その中心人物のひとりとは、同年7月に隣国レバノンで直に会った。
 もちろん親族や友人の多くも、デモに加わったり、反体制活動の支援を行ったりした。
 義兄はアムンに1週間拘束された後、国外に逃れて反体制組織に加わった。
 義弟もアムンに逮捕され、4カ月も拷問を受けたが、親族が多額のワイロで釈放させ、国外に逃がした。だが、70歳代の叔父は街中を歩いていて政権側民兵のスナイパーに射殺され、叔母の姪にあたる女性は乗っていたミニバスが政府軍に銃撃されて、小学生の子ども2人ともども即死した。
 運よく犠牲者は出なかったものの、筆者がシリアに行くたびによくしてもらっていた叔母の自宅は、政府軍の砲撃で全壊した。
 筆者の親族が特別なのではない。シリアでは誰もが同じような目に遭っていた。
■日本の報道論調  現地とは温度差
 こうしてシリア国内に住む友人・知人たちから話を聞いていると、国外で報道されている論調、とくに日本で報じられている“反政府軍=テロリスト”的な論調と、現地からの声に大きな温度差を感じた。
 筆者の友人・知人の多くはごく一般的なシリア国民だが、彼らは一貫して「戦いは、独裁政権に対する民衆の抵抗」と言っている。
 最近は外国からの義勇兵も増え、アルカイダばりの過激なイスラム思想を掲げる民兵グループもシリアで台頭してきてはいるが、反政府軍の主流は今も、地元有志が立ち上がった革命軍で、武器も海外からの支援ではなく、政府軍拠点を攻略して鹵獲(ろかく)したものを使っている。
 ダマスカス近郊カーブーンの反政府軍に加わっている従兄弟の息子も「自分たちの部隊に海外から武器が届いたなんて聞いたことがない」と断言している。
 カタールやサウジアラビアなどが購入した少数の武器が反政府軍に入っていることはたしかだが、その配給を受けているのは、国境地域を中心に、一部の部隊に留まっていると聞いている。
 彼も含め、国内で反体制派に参画している誰に聞いても、「海外勢力の代理戦争」というような海外での論調を一蹴していた。
「オレが外国に扇動されたテロリストだって? そりゃ面白いジョークだ」
 カーブーン生まれの従兄弟の息子は最近、そんなメッセージを元妻に送ってきたという。
 とにかく今、化学兵器まで使用したアサド政権軍による国民への無差別攻撃を、誰でもいいから、なんとか止めてほしい……。
 それが反政府軍に加わっていない知人たちも含めた、現地の悲鳴だ。
 シリア国民、少なくともアサド政権の暴力に晒されてきた人々は、もう2年半前から、国際社会が救いの手を差し延べてくれることを期待し続け、裏切られ続けたことに失望してきた。
 アメリカは「軍事介入はあくまで化学兵器使用を抑止する限定的攻撃」と強調するが、南部ダラア県で反政府軍に加わる友人のアハマドはこう言う。
「米軍が政府軍の飛行場を破壊してくれれば、やつらの航空戦力が無力化する。そうなれば、あとは米軍の支援なしでも、我々だけで勝利できるはずだ」
 軍事介入をきっかけにシリア国民が救われることを祈るばかりだ。
・くろい・ぶんたろう
 1963年生まれ。月刊「軍事研究」記者、「ワールド・インテリジェンス」編集長などを経て軍事ジャーナリストに。著書に『ビンラディン抹殺指令』(新書y)、『北朝鮮に備える軍事学』(講談社+α新書)など
◇*上記事の著作権は[@niftyニュース]に帰属します *強調(太字・着色)は来栖
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