藤田正美の時事日想:中国の防空識別圏に日本はどう対応すべきか
2013年11月27日 07時30分 更新 [藤田正美,Business Media 誠]
国外、国内問わず米国の影響力が落ちてきている。これを見計らったかのように中国が日本の領空上に防空識別圏を設定した。米国の援護が見込めない今、日本はどう対応すべきか、正念場を迎えている。
いま世界の力関係が変わりつつあるように見える。最も大きな変化は米国の凋落(ちょうらく)だ。オバマ大統領は2期目に入って1年しか経たないのにもう「レームダック」(足の悪いアヒル――影響力を失った大統領を指す言葉で、通常は再選がない2期目の後半になると言われる)になってしまったかのようだ。
外交面ではシリアでの失敗が大きい。「アサド政権が化学兵器を使った」という話が出て、それまでシリア内戦には不介入という立場を取ってきたオバマ大統領は選択を迫られた。大量破壊兵器(WMD)という言葉に米国は敏感だ。2003年のイラク戦争も、イラクのフセイン大統領が核兵器を開発しているという情報が最大の理由だった(核兵器開発の証拠は発見されず、その情報は誤っていたことが証明された形ではあるが)。
オバマ大統領はとりあえずシリアに介入する意思を表明するも、議会に意見を求めた。というのも、その直前に英国でキャメロン首相が議会によって介入を否決されたからである。しかし、結果的に米連邦議会が決定を下す前にロシアが仲介し、アサド政権は化学兵器を放棄して、国際社会の管理下に委ねることを承諾した。その立役者になったのはアサド政権と関係が深いロシアのラブロフ外相である。
ロシアは米国が振り上げた拳を横から押しとどめ、シリアの全面譲歩を勝ち取った形となった。フォーブス誌による企画「世界で最も影響力のある人物」の第1位がロシアのプーチン大統領だったのも、このシリア問題を手際よく解決したことによる。一方の米国はシリア問題での右往左往したことで、同盟国からは頼りにならないとされ、対立する国からは見くびられる結果となった。
*“防空識別圏”問題の解決に米国の援護は見込めない
このような米国の状態を見て、動き出したのが中国だ。日本側に大きく張り出し、しかも尖閣諸島を含む上空に防空識別圏を設定した。防空識別圏そのものは各国が勝手に決めるものだから、通常口を出すことではない。しかし今回のケースは日本の領空を含むということで大きな問題となった。日本の領空を日本の航空機が飛行するときに、それこそ中国からとやかく言われる筋合いはないからだ。
米国も素早く反応した。国務省はケリー国務長官の声明として「中国による一方的な現状を変更しようとする行為について米国は深く憂慮している」とし、「領空を侵犯する意図のない外国の航空機が、防空識別圏を飛行したからといって、国籍を明らかにせよなどと威嚇して要求することのないように」と注文をつけた。
中国がこれによって「偶発的衝突」を狙っているとは思わない。もしそうしたトラブルが起きれば、それこそ外国企業は中国から資本を引き揚げ、中国の経済が大きなダメージを受けてしまう。人民解放軍がどう考えようが、損が大きいことは明らかだ。ASEAN諸国が反発する可能性も高い。南シナ海で同じことが起こり得るからだ。
安倍首相は国会で「米国と緊密に連絡を取りながら」対処すると答弁した。それはそうなのだが、尖閣で「有事」が発生したら日米安全保障条約第5条に基づいて米軍が出動するかと言えば、その答は「ノー」である。米国は中国に対して“口先介入”でとどめたいのが本音だろう。「尖閣は日米安保条約の適用対象だ」というのが精一杯かと思う。
米国の影響力は明らかに落ちた。オバマ大統領はアジアへのコミットメントを明言したが、果たしてそれがどの程度の実効性を持つかASEAN諸国は様子を見ている。米国の出方次第で、日本の立場は変わるだろう。米国がASEAN諸国の期待に添えなかったときに、彼らに本気で手を差し伸べるだけの胆力があるか、日本の外交が正念場を迎えていると言える。
著者プロフィール:藤田正美
「ニューズウィーク日本版」元編集長。東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」
◎上記事の著作権は[Business Media 誠]に帰属します
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
石原慎太郎著『新・堕落論』 新潮選書 2011/7/20発行 2012-07-25 | 読書
(抜粋)
p74〜
沖縄返還に関して、有事の際の核の持ち込みを認める密約が明らかになり、それが国民への配信のごとく騒がれましたが、当たり前のことではないか。日本に戦略基地を構え、安保に依って日本を守る約束を(一応)しているアメリカが有事の際でも日本人の奇矯な核に関するアレルギー、というよりも非核のセンチメントに気兼ねして有力な兵器の持ち込みをしないなら大層危ない話だし、敵に乗じられることにもなる。
若泉敬はその著『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』の中で持ち込みの密約についての苦衷を述べていますが、そんなことより、実は彼も当時の佐藤総理も、アメリカの核の抑止力なるものがはなはだ当てにはならぬということを知っていたということです。しかしなお、この際沖縄は取り戻すべきものとしてとりあえず取り戻そうということだったのでしょう。
先年、当時の自民党政調会長を務めていた中川昭一議員が、日本もそろそろ核の保有についての議論をかまえてもいいのではないかと発言しただけで、当時のアメリカ政府のナンバー2的存在だったライス国務長官が急遽飛んできて、アメリカは必ず核兵器によって日本を守るからそうした発言を控えてくれと抑制したものでした。中川氏の発言の余韻はそれきり消えてしまったが、まさかそういわれて誰しもがまたぞろアメリカのいい分を信じ直した訳でもありますまい。
中川の発言はさまざま討論の余地はあろうが、しかしその前に我々は国家の命運に関わる重要な問題を、こと核問題に限らず自分自身のこととして考え討論するという、国家、国民としての当然の習いを忘れてしまったのです。現実に我々が我事として考え討論すべき問題を決めるのはまず実質的統治者であるアメリカであって、我々ではありえない。ことの結論を決めるのは、決め得るのは、我々ではなしに日本を囲い者として収奪しているアメリカという旦那でしかない。こんな危ない、馬鹿な話があるものか。
p76〜
日本の核保有に関して、私と、もう一人複雑な思いを抱えていた若泉敬にとって極めて印象的な思い出があります。ある機会に私はかつて強い影響を受けた、サルトルと並んで戦後のフランスにおける実存主義の旗手の一人だった哲学者のレイモン・アロンとの知己を得て以来彼が来日する度会って会話を楽しみましたが、ある時親友の若泉を伴って会食したことがあります。
その時話題が世界の核に及んだらアロンが、
「日本は何故自ら核兵器をもとうとしないのだ。世界で核を保有する権利が最もあるのは、世界で唯一の被爆国の日本以外にありはしないのに」と詰問してき、何か言い訳をしようとした若泉を遮って、
「日本にはドゴールのような指導者はいないのか。我々は我々の危機に及んでの、友人と称する他国の善意を信じることはあり得ない。君ら一体何を根拠に他国の善意なるものを信じようとするのか」
といわれ返す言葉がありませんでした。
p77〜
若泉にとってその時の会話はよほど肺腑をえぐるものだったらしく、彼はその後すぐに生まれた次男に核という名前をつけましたが。
現代この時点で核戦略に関する議論は新しい技術体系を踏まえてさまざまあり得よう。核兵器による攻撃は弾道ミサイルで運ぶ以外に、潜水艦からの発射や巡航ミサイル、あるいは今日では宇宙船搭載による等。しかし日本という狭小な国家は、今日の水爆ならばただの2発で全滅してしまいます。そんな国が、例えばまず1発の水爆で半ば消滅しかけているのに、それを救うべく他の一体誰が自らの危険を冒して乗り出してくるだろうか。
特に中国が「軍民統合、平戦結合、以民養軍、軍品優先」なる16文字政策によって1989年から2006年にかけての17年間に軍事予算をなんと8倍に増やし、核に関しても十分な抑止力を超えた装備を備えた今、彼らのいうように「中国の国防は純粋に自衛のためのもの」と信じる者はどこにもいません。今限りで中国がいずれかの国に対して直接武力による侵犯を行う意図はうかがえぬにしても、日本との間にある尖閣諸島周辺の資源開発問題や、あるいは領土権そのものに関しての紛糾の際に、その軍事力はさまざまな交渉の際の恫喝の有効な手立てとなってくるのです。
p79〜
しかしその間中国の潜水艦は沖縄の島々の間の海峡を無断で通過するという侵犯を敢えて行い、日本側はそれに抗議するだけにとどまる不祥事がつづき、日本側は、本来なら警告の爆雷投下ぐらいはすべきだろうに放置してきました。これがもし日本の潜水艦が中国なり北朝鮮、いや韓国の領海にしても無断で押し入ったなら当然撃沈されるされるでしょう。それが「国防」というものだ。国防のためにすべきことを行わない国家にとっては、領土も領海も存在しないに等しい。
この尖閣問題はさらに今後過熱化され、日本、アメリカ、中国三者の関わりを占う鍵となるに違いない。要はアメリカは本気で日米安保を発動してまで協力して尖閣を守るかどうか。守るまい、守れはしまい。
p81〜
尖閣諸島への中国の侵犯に見られる露骨な覇権主義が、チベットやモンゴルと同様、まぎれもなく、この国に及ぼうとしているのに最低限必要な措置としての自衛隊の現地駐留も行わずに、ただアメリカ高官の「尖閣は守ってやる」という言葉だけを信じて無為のままにいるこんな国に、実は日米安保条約は適応されえないということは、安保条約の第5条を読めばわかることなのに。後述するが、アメリカが日米安保にのっとって日本を守る義務は、日本の行政権が及ぶ所に軍事紛争が起こった時に限られているのです。
つまりあそこでいくら保安庁の船に中国の漁船と称してはいるが、あの衝突の(略)アメリカはそれを軍事衝突とはみないでしょう。ましてその後ろにいるのが中国としたら、アメリカの今後の利害得失を踏まえて本気のコミットメントは控えるに決まっている。
安保条約への誤解
ちなみに現時点ならば、核兵器に関しては別ですが日本が独自に保有する通常兵器での戦力は中国を上回っています。(p81〜)F-152百機による航空集団はアメリカ空軍に次ぐ世界第2の戦闘能力があり、その訓練時間量は中国の寄せ集め機種での実力に勝っているし、制海権に関しても関しても保有する一次に7発のミサイルを発射し得る6隻のイージス艦を旗艦とする6艦隊は中国の現有勢力に十分対抗し得る。予定のイージス艦10隻保有が達成されれば日本独自で制海権を優に獲得し得る。ということを、政府は国民に知らしめた上で尖閣問題に堂々と対処したらいいのです。
もともと尖閣諸島に関する日中間の紛争についてアメリカは極めて冷淡で、中国や台湾がこれら島々の領有権について沖縄返還後横槍を入れてきていたので、日本はハーグの国際司法裁判所に提訴しようとアメリカに協力を申し入れたのに、アメリカは、確かに尖閣を含めて沖縄の行政権を正式に日本に返還したが、沖縄がいずれの国の領土かということに関して我々は責任を持たないと通告してきています。
さらに、かつて香港の活動家と称する、実は一部軍人が政府の意向に沿って民間船を使って尖閣に上陸し中国の国旗を掲げたことがありましたが、一方同時に沖縄本島ではアメリカ海兵隊の黒人兵3人が小学校5年生の女の子を強姦し県民が激怒する事件が重ねて起こりました。
p83〜
その時アメリカの有力紙の記者がモンデール駐日大使に、尖閣の紛争がこれ以上拡大したら、アメリカ軍は安保条約にのっとって出動する可能性があるかと質したら、大使は言下にNOと答えた。
しかし不思議なことに日本のメディアはこれに言及せず、私一人が担当していたコラムに尖閣の紛争に関してアメリカの姿勢がそうしたものなら安保条約の意味はあり得ないと非難し、それがアメリカ議会にも伝わり当時野党だった共和党の政策スタッフがそれを受け、議員たちも動いてモンデール大使は5日後に更迭されました。
丁度その頃、アメリカでは中国本土からの指令で動くチャイナロビイストのクリントン政権への莫大な献金が問題化しスキャンダル化しかかっていたが、それとモンデールの発言との関連性ははたしてあったのかどうか。(略)
p84〜
さて、尖閣諸島の安保による防衛に関してのモンデールの発言ですが、実はこの発言には、というよりも安保条約そのものにはある大切な伏線があるのです。はたして彼がそれを熟知して発言したのかどうかはわからないが。
彼だけではなしに、政治家も含めて日本人の多くは、安保条約なるものの内容をろくに知らずに、アメリカはことが起こればいつでも日本を守ることになっていると思っているが、それはとんでもない思い込み、というよりも危ない勘違いです。
「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全をあぶなくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
前記の武力攻撃およびその結果として執ったすべての措置は、国際連合憲章第51条の規定に従って直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執ったときは、終止しなければならない」(日米安保条約第5条)
p85〜
ここで規定されている日本領土への侵犯を受けての紛争とは、あくまで軍事による紛争です。尖閣でのもろもろの衝突事件は日米安保の対象になり得ないというアメリカの逃げ口上は条約上成り立ってしまう。
だからヒラリー国務長官がいくらアメリカは日本の尖閣を守ってやると大見得を切っても、その後彼女の子分のクローリー国務次官補が圧力をかけてきて日本の政府にああした措置をとらせてきたのです。
日米安保に関するもう一つの大きな不安要素については、ほとんどの日本人が知らずにいます。
それはアメリカのれっきとした法律、「戦争権限法」だ。これは戦争に関する大統領の権限を強く拘束制限する法律です。大統領はその権限を行使して新しい戦争を始めることは出来るが、それはあくまで剥こう60日限りのことで、その戦争のなりゆき次第で議会は60日を過ぎると行われている戦争に反対しそれを停止させることもできるのです。
しかしこれは彼等白人同士の結束で出来ているNATOが行う戦争には該当され得ない。
p86〜
だから現在アフガンで行われている不毛な戦闘には適応され得ないが、彼等が作って一方的に押しつけた憲法にせよ、それをかざして集団自衛権も認めず、日本にとっても致命的なインド洋のタンカールートを守るための外国艦船への海上給油作業も止めてしまうような国での紛争に、果たして長い期間の戦闘を議会が認めるのかどうか。ここらは日本人も頭を冷やして考えた方がいい。
私の発言でモンデールが更迭された後、フォーリーが就任するまでなんと1年近くもの間アメリカの駐日大使は不在のままでした。つまり日本などという国には、ことさら大使を置かなくとも何の痛痒も感じないということだろう。 *強調(太字・着色)は来栖
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『帝国の終焉 「スーパーパワー」でなくなった同盟国・アメリカ』日高義樹著 2012/2/13第1刷発行 2012-10-02 | 読書
(抜粋)
p149〜
日本では、アメリカの軍事力が中国を封じ込めているので日本は安全だと信じられてきたが、情勢は逆転しつつある。中国国内の政治が不安定になれば、中国の新しい戦略が発動されて、日本を脅かす危険は十分にある。しかも中国だけでなく、北朝鮮も軍事力を強化している。ワシントンの軍事消息筋は、北朝鮮がすでに数十発の核弾頭を保有し、地対地ミサイルや小型艦艇に装備したミサイルで日本を攻撃する能力を持ったと見ている。
p150〜
北朝鮮はすでに述べたように、世界各国にノドン、テポドンといったミサイルを売り、核爆弾の材料である濃縮ウランの製造にも協力をしている。北朝鮮は、軍事技術の輸出国として莫大な資金を稼ぎ始めているが、その北朝鮮の仮想敵国はまぎれもなく日本である。北朝鮮は中国の政治的な支援を背景に、日本を攻撃できる能力を着実に高めている。
中国と北朝鮮だけではない。いったんは崩壊したと見られるロシアが再びプーチン大統領のもとで軍事力を増強し、極東の軍事体制を強化している。
p151〜
ソビエトは共和国を手放し、ロシアと名を変えたが、冷戦が終わって資源争奪戦の時代に入るや、国内に大量に保有している石油や地下資源を売って経済力を手にし、それによって軍事力を強化し始めている。(略)
ロシアは現在、石油や地下資源で稼いだ資金をもとに、新しい潜水艦やミサイルの開発に力を入れ、ヨーロッパではNATO軍に対抗する姿勢を取り始めている。2009年と10年には、日本海で新しい潜水艦の試験航海を行ったのをはじめ、偵察機や爆撃機を日本周辺に飛ばしている。
ロシアもまた、極東における新たな軍事的脅威になりつつある。ロシアの究極の敵は国境をはさんだ中国といわれているが、海軍力では中国に勝るロシアが、日本列島を越えて中国と海軍力で対立を深めていくのは当然のことと思われる。
p152〜
中国はアメリカに対抗するため、大陸間弾道弾や核兵器の開発に力を入れている。すでに55発から65発の大陸間弾道弾による態勢を確立している。この大陸間弾道弾のなかには、固形燃料で地上での移動が可能な長距離ミサイルや、液体燃料を使う中距離ミサイルなどがある。
中国は潜水艦から発射するミサイルの開発も終わっている。これは中国の核戦略の対象がアメリカであることを示しているが、日本を攻撃できる射程3,000キロのミサイルの開発にも力を入れている。日本が中国の核ミサイルの照準になっていることに、十分注意する必要がある。
中国がアメリカに対抗できる核戦略を持ち、アメリカの核抑止力が日本を守るために発動されるかどうか分からなくなっている以上、日本も核兵器を持つ必要がある。「日本が平和主義でいれば核の恫喝を受けない」という考えは、世界の現実を知らない者の世迷い言に過ぎない。
すでに述べたように、中国は、民主主義や自由主義、国際主義といった西欧の考え方を受け入れることを拒み、独自の論理とアメリカに対抗する軍事力によって世界を相手にしようとしている。第2次大戦以降続いてきた平和主義の構想がいまや役に立たないことは明らかである。日本を取り巻く情勢が世界で最も危険で過酷なものになっているのは、中国が全く新しい論理と軍事力に基づく体制をつくって、世界の秩序を変えようとしているからである。
p153〜
第2部 アメリカはなぜ日本を守ってきたか
外務省をはじめ日本の外交関係者や政治家たちは、冷戦が終わったあともこれまで通り「古いアメリカ」としか付き合っていない。アメリカが大きく変わり、日本に対する安全保障政策も変化したために、アメリカの旧日本担当者と話しても意味がないことに気づいていないようである。
p156〜
話を元に戻すと、ワシントンの情勢が大きく変わり、アメリカの政治が中国やヨーロッパを向いている時に、日本の指導者や専門家は依然として、昔から日本を取り巻いてきたワシントンの二流どころの下級官僚に取り込まれている。
2011年の秋、日本の若手政治家たちがワシントンへやってきた時、私がメンバーになっているケンウッドゴルフ場でその一人と顔を合わせた。若い政治家は私に挨拶すると「マイケル・グリーンさんに会いに来ました」と言った。マイケル・グリーン氏は、民主党系の若い官僚としてホワイトハウスに入り、ブッシュ政権では日本専門家がいなかったために、民主党員でありながら、そのままホワイトハウスで日本問題を担当した人物だが、わざわざ日本から会いに来るほどワシントンで影響力を持っているわけではない。
コンドリーザ・ライス前国務長官が、国家安全保障担当補佐官としてホワイトハウスで活躍していた頃、グリーン氏が日本問題を取り扱っていたのは事実である。だがライス補佐官はロシア専門家で日本にほとんど関心がなく、グリーン氏は会議の運営を手伝う端役の仕事しか与えられなかった。それでも日本から見ると、ホワイトハウスにおける最高の日本担当者である。ブッシュ政権下では、このほかにも数人の日本専門家がホワイトハウスにいたが、日本の政治家たちが考えるほどの権力も立場も与えられていたわけではない。こうしたギャップがいまも尾を引いている。(略)
オバマ政権下のホワイトハウスには、日本専門家はいない。ドニロン国家安全保障担当補佐官の下で中国系のアメリカ人が中国問題と一緒に日本問題を取り扱っているが、彼らにとってはむろん中国問題が最も重要で、日本はそのついでに過ぎない。日本の若い政治家がワシントンへやってきて、日本担当者に会おうと考えても、グリーン氏レベルの人物にしかたどり着けないのは当然である。
この問題を私が取り上げたのは、グリーン氏クラスの日本専門家は、評論家としては日本問題について意見を持っているとしても、オバマ政権の対日政策とは全く関わりがないことをはっきりさせるためである。現在の緊迫した東シナ海の情勢のもとで、アメリカがどのような戦略を立て、日本との軍事関係をどう構築しようとしているか、彼らには知るすべがない。
p161〜
第3部 誰も日本のことなど気にしない
アメリカは莫大な財政赤字を抱えて、日本を守ることができなくなった。もちろんアメリカ政府が正式にそう発言しているわけではない。だが2009年にオバマ政権が成立し、アメリカの財政がうまく立て直せないと分かり始めた頃から、アメリカの指導者が私に「日本が核兵器を持っても構わない」と言い始めた。
これまで「日本に核兵器を持たせない」というのが、アメリカの日米安全保障政策の基本だった。「日本はアメリカが守る。だから核兵器を持つ必要がない」とアメリカは言い続けてきた。だがアメリカは日本を守ることができなくなり、守るつもりもなくなった。
p162〜
2010年、私の新年のテレビ番組のために行った恒例のインタビューでキッシンジャー博士はこう言った。
「日本のような経済的大国が核兵器を持たないのは異例なことだ。歴史的に見れば経済大国は自らを自らの力で守る。日本が核兵器を持っても決しておかしくはない」
p166〜
日本では左翼の学者や政治家たちが、核をことさら特別なものとして扱い、核兵器を投下された場所で祈ることが戦争をなくすことにつながる、と主張している。私は、こういった考え方を持つ進歩派の政治家の発言に驚いたことがある。
福島原発の事故の担当になった民主党政権の若い政治家が、「これからどのような対策をとるのか」という私の質問に、「原子力は神の火で、軽々しくは取り扱えない」と答えた。「神の火」とは恐れ入った表現である。核エネルギーは石油や石炭と同じエネルギーの1つである。核爆弾も破壊兵器の1つに過ぎない。
日本に関するかぎり、核爆弾を特殊扱いする政治的な狙いは的を射た。日本人の多くが、核を「神の火」であると恐れおののき、手を触れてはならないものと思い込み、決して核兵器を持ってはならないという考えにとりつかれている。この状況が続く限り、日本人は核を持たないであろうとアメリカの政治家は考え、日本の指導者に圧力を加え続けてきた。だがその状況は大きく変わり、シュレジンジャー博士のように「持つも持たないも日本の勝手」ということになりつつある。
p168〜
第4部 日本はどこまで軍事力を増強すべきか
日本はいま、歴史的な危機に直面している。ごく近くの隣国である中国は、核兵器を中心に強大な軍事体制をつくりあげ、西欧とは違う独自の倫理に基づく国家体制をつくりあげ、世界に広げようとしている。すでに述べたように、中国は人類の進歩が封建主義や専制主義から民主主義へ向かうという流れを信用していない。中央集権的な共産党一党独裁体制を最上とする国家を維持しながら軍事力を増強している。そのような国の隣に位置している日本が、このまま安全でいられるはずがない。
日本はいまや、同じ民主主義と人道主義、国際主義に基づく資本主義体制を持つアメリカの支援をこれまでのようには、あてにできなくなっている。アメリカは、歴史的な額の財政赤字を抱えて混乱しているだけでなく、アメリカの外のことに全く関心のない大統領が政権に就いている。こうした危機のもとで、日本は第2次大戦に敗れて以来、初めて自らの力で自らを守り、自らの利益を擁護しなければならなくなった。
第2次大戦が終わって以来、日本人が信奉してきた平和主義は、確かに人類の歴史上に存在する理念である。だが、これほど実現の難しい理念もない。
p170〜
国家という異質なもの同士が混在する国際社会には、絶対的な管理システムがない。対立は避けられないのである。人間の習性として、争いを避けることはきわめて難しい。大げさに言えば、人類は発生した時から戦っている。突然変異でもないかぎり、その習性はなくならない。
国連をはじめとする国際機関は、世界平和という理想を掲げているものの、強制力はない。理想と現実の世界のあいだには深く大きなギャップがあることは、あらゆる人が知っていることだ。
日本はこれまで、アメリカの核の傘のもとに通常兵力を整備することによって安全保障体制を確保していたが、その体制は不安定になりつつある。今後は、普遍的な原則に基づいた軍事力を整備していかなければならない。普遍的な原則というのは、どのような軍事力をどう展開するかということである。(略)
p171〜
日本は、「自分の利益を守るために、戦わねばならなくなった時にどのような備えをするか」ということにも、「その戦争に勝つためには、どのような兵器がどれだけ必要か」ということにも無縁なまま、半世紀以上を過ごしてきた。アメリカが日本の後ろ盾となって、日本にいるかぎり、日本に対する戦争はアメリカに対する戦争になる。そのような無謀な国はない。したがって戦争を考える必要はなかった。このため日本はいつの間にか、外交や国連やその他の国際機関を通じて交渉することだけが国の利益を守る行為だと思うようになった。
よく考えてみるまでもなく、アメリカの日本占領はせいぜい数十年である。人類が戦いをくり返してきた数千年の歴史を見れば、瞬きするほどの時間にすぎない。日本人が戦争を考えずに暮らしてこられた年月は、ごく短かったのである。日本人はいま歴史の現実に直面させられている。自らの利益を守るためには戦わねばならない事態が起きることを自覚しなければならなくなっている。
国家間で対立が起きた時、同じ主義に基づく体制同士であれば、まず外交上の折衝が行われる。駆け引きを行うこともできる。だがいまの国際社会の現状のもとでは、それだけで解決がつかないことのほうが多い。尖閣諸島問題ひとつをとってみても明らかなように、外交交渉では到底カタがつかない。
p172〜
ハドソン研究所のオドム中将がいつも私に言っていたように、「常にどのような戦いをするかを問い、その戦いに勝つ兵器の配備を考える」ことが基本である。これまでは、アメリカの軍事力が日本を守っていたので、日本の軍事力は、アメリカの沿岸警備隊程度のものでよかった。日本国防論は空想的なもので済んできたのである。
p173〜
ヨーロッパで言えば、領土の境界線は地上の一線によって仕切られている。領土を守ることはすなわち国土を守ることだ。そのため軍隊が境界線を守り、領土を防衛している。だが海に囲まれた日本の境界線は海である。当然のことながら日本は、国際的に領海と認められている海域を全て日本の海上兵力で厳しく監視し、守らなければならない。尖閣諸島に対する中国の無謀な行動に対して菅内閣は、自ら国際法の原則を破るような行動をとり、国家についての認識が全くないことを暴露してしまった。
日本は海上艦艇を増強し、常に領海を監視し防衛する体制を24時間とる必要がある。(略)竹島のケースなどは明らかに日本政府の国際上の義務違反である。南西諸島に陸上自衛隊が常駐態勢を取り始めたが、当然のこととはいえ、限られた予算の中で国際的な慣例と法令を守ろうとする姿勢を明らかにしたと、世界の軍事専門家から称賛されている。
冷戦が終わり21世紀に入ってから、世界的に海域や領土をめぐる紛争が増えている。北極ではスウェーデンや、ノルウェーといった国が軍事力を増強し、協力態勢を強化し、紛争の排除に全力を挙げている。
p174〜
日本の陸上自衛隊の南西諸島駐留も、国際的な動きの1つであると考えられているが、さらに必要なのは、そういった最前線との通信体制や補給体制を確立することである。
北朝鮮による日本人拉致事件が明るみに出た時、世界の国々は北朝鮮を非難し、拉致された人々に同情したが、日本という国には同情はしなかった。領土と国民の安全を維持できない日本は、国家の義務を果たしていないとみなされた。北朝鮮の秘密工作員がやすやすと入り込み、国民を拉致していったのを見過ごした日本は、まともな国家ではないと思われても当然だった。
第5章 オバマはアメリカをイギリスにする
p200〜 第2部 アメリカは財政赤字で分裂する
オバマ大統領は福祉費を減らそうとは考えてはいない。金持ち階級に対する増税を主張し、階級闘争を煽っていると非難されているが、保守派がつくっているティーパーティーはどんな形にせよ増税には反対で、赤字を減らすためには福祉費を切れ、と要求している。アメリカはこの2つのグループの対立がやむ様子はなく、ひどくなるばかりである。
アメリカが国家として存在していくためには、歯止めのきかなくなった財政赤字の増加を食い止めるための方法をどうしても見つけ出す必要がある。まず考えられるのは、福祉費や社会保障費の増大を食い止め、軍事費をこれ以上増やさないと同時に、何はともあれ、国家の収入を増やすことである。
p201〜
オバマ大統領が増税とは言わず「国家の収入を増やす」と言っているのは、オバマ大統領の得意とするレトリックで、意味するところは増税である。
アメリカでは50%の人が税金を全く払っていない。しかも、その税金のほとんどを20%、つまり10人に2人が払っている。富裕層に対するオバマ大統領の増税政策に対して共和党が反対しているのは、これ以上金持ちに増税をすれば、その差がもっと大きくなると腹を立てているからだ。
金持ちに対する増税とは、金持ちからお金を取り上げて、働かない人にお金を与えることを意味している。アメリカに移民してくる人人々は、そういったアメリカの仕組みの恩恵にあずかろうとしてやってくる。
ほとんどがリベラルなアメリカのマスコミは、ほとんどが共和党を批判し、オバマ大統領を支持している。
「国民の多くは、豊かな人に増税をしろというオバマ大統領を支持している。社会保障費を減らせという共和党に批判的だ」
アメリカの新聞は世論調査を使って、こう主張している。だが、世論調査の結果がオバマ大統領支持になるのは当然といえる。
p202〜
つまり45%の人はお金をもらうことに賛成しているが、ほとんどが税金を払っていない人々である。こういったアメリカのマスコミの報道は、アメリカでの民主主義に大きな歪みがあることを示している。
「お金が欲しいという貧しい人々は、お金をタダでくれる政治家を支持する。アメリカの国がどうなろうとも、楽な暮らしができればいいと思っている」
『ウィークリー・スタンダード』のフレッド・バーンズ編集長はこう指摘しているが、オバマ大統領が社会主義的な福祉政策を推し進めた結果、アメリカでは、働かないで国からもらうお金で食べる人が増え続けている。そういった人々が、タダで食べさせてくれる政治家に投票するのは当然である。民主主義では、多数が事を決める。したがって大衆の欲するように政治が行われる。民主主義、すなわち衆愚政治といわれるゆえんである。
タダで食べさせてくれる政治家に投票する人々は、国家の将来や、産業問題、安全保障などについては考えない。ここから「民主主義は国家のためにならない」として民主主義を否定する、中国共産党の思考様式が生まれてくる。そして先進諸国は、民主主義のもたらす衆愚政治を避けることができるか、という大きな疑問に直面している。
ヨーロッパはいま重大な経済危機に瀕しているが、ヨーロッパは、アメリカよりも手厚い福祉政策をとり、国民を完全に甘やかしてしまった。
p203〜
ギリシャでは、定年退職したあとも給料とほとんど同じ額、つまり100%の年金をもらえるシステムや医療費を全く払わずに済むシステムが確立している。したがって、この特権が奪われそうになれば、国民は暴動を起こし、首相を追い出してしまう。
p206〜
もともとアメリカはキリスト教の国である。だが自由、平等、民主を国是にする国でもある。したがってキリスト教に対立的な回教も、平等の考え方から受け入れている。だがそれにしても、回教徒を軍人に採用して、中東で戦わせたのは、思慮に欠けるやり方だった。第2次世界大戦でアメリカ政府は、日系アメリカ人兵士を太平洋ではなく、ヨーロッパに送ってドイツと戦わせた。
p207〜
日本にも、アメリカ的な自由、平等といった考え方に共感する人は大勢いる。だがその共感が世界国家主義につながっているケースが多い。国境がなくなり世界が一つになれば、人間はもっと幸福になるという考え方である。だがすでに述べたように、人類のDNAが突然変異を起こさないかぎり、世界国家が実現することはない。
人と人との対立は人間の自然のあり方なのである。人は己の利益を守ろうとして対立する。思想や宗教で対立する。ハッサム中佐は、アメリカという国に、同じ回教徒である人々に銃を向けろと命令されたことに反発し、悩んだ末に回教徒ではない人々に銃を向け殺傷した。
アメリカだけではなく、世界のあらゆる場所で人種や宗教からくる対立が起きている。つまりアメリカだけの問題ではない。人間そのものの問題なのである。簡単に言ってしまえば、理念や考え方、宗教が異なる人々が、一緒の行動をとることは非常に難しいということである。だからといって一人ひとりが勝手な行動をとり続ければ、アナーキー、無政府状態の混乱に陥る。人を国に置き換えれば、世界国家というものがいかに現実離れした考えかがよく分かる。
p208〜
国が真二つに分裂して混乱に陥っているアメリカは、自由、平等という建国の父たちの理想を受け継いでいくことができるのか。(略)
情報化と国際化が拡大する新しい状況の中で、アメリカは235年前に歴史が始まって以来の危機に陥っている。このアメリカの危機は、ある意味では人類全体の危機でもある。
p225 第5部 アメリカが社会主義国家になる
p228〜
オバマ大統領の新しい国民健康保険制度は、オバマ大統領が推進している社会主義的な政策の象徴である。アメリカは、もともとがチャンスの国といわれ、成功した人々が途方もない報酬を手にすることができる。機会は平等だが、結果は平等でないのがアメリカという国なのである。
p229〜
アメリカ政府の統計によると、アメリカ人が支払っている2兆?の税金のうち、半分に近い41%を1%のアメリカ人、つまり300万人が支払っている。そしてその300万人の人々は、アメリカの国民総生産のほぼ5分の1、1兆?を稼ぎ出している。日本のGDPは5兆?あまりといわれているが、ほぼそれに匹敵する国民総生産を300万人のアメリカ人がつくりだしているのである。
すでに述べたように、アメリカ人の半分近くの人は税金を払わず、アメリカ政府から生活保護費、医療費、それに食糧クーポンまでもらっているのである。
「これはまさに社会主義」
『ウィークリー・スタンダード』のノミエ・エネディ記者はこう述べているが、こうした状況が、アメリカを窮地に追い込んでいるのである。
p230〜
アメリカ人の3分の1にのぼるヒスパニックやアフリカ系のアメリカ人が全てではないが、その多くが「アメリカに行けば、ただで国が養ってくれる」と考えて、アメリカにやってきた人々である。オバマ大統領が推し進めている福祉拡大政策は、民主党特有のものであると同時に、三つ目のアメリカを構成している人々の考え方を反映しているのである。
=========================================
◆ 『なぜアメリカは日本に二発の原爆を落としたのか』日高義樹著
-------------------------
◆ 『世界の変化を知らない日本人』日高義樹著 2011年5月31日第1刷 徳間書店
-------------------------