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【虚像に押しつぶされた男=猪瀬直樹氏 / 「あっ首相から電話だ」=上杉隆氏】 石井 孝明 

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 虚像に押しつぶされた男--猪瀬直樹都知事
 アゴラ 2013年12月20日08:54 石井 孝明
「水に落ちた東電を打て」--猪瀬氏の傲慢
 東京都の猪瀬直樹知事が、病院グループ徳州会から無担保で5000万円を借りた疑惑で辞任した。同会は売却予定の東電病院の取得の意向を猪瀬氏に示した後で金を貸しており、背任などに発展する可能性もある。
 猪瀬氏は辞任会見で、「政策を一生懸命やればいいと思っていた。政治家としてアマチュアだった」と、自分を語った。
 本当にそうなのか。
 私は経済記者としてエネルギー問題に、ある程度の知識があり、政策の妥当性を分析できる。副知事時代から猪瀬氏はエネルギー問題を石原都知事(当時)から丸投げされていた。その分野での猪瀬氏の行動は、かなりおかしかった。
 福島原発事故の後で、「原発どうする」など、エネルギーをめぐるさまざまな問題が噴出した。立場ごとに、取り組むべき優先課題は違う。東京都は電力では「消費地」という立場だ。その制約条件から考えれば、消費の抑制と安定供給手段の確保、福島など原発立地県の方への感謝が、東京都の最大の課題であるし、今でもそうであろう。
 ところが、ある会合に出席した時、猪瀬氏の驚愕する発言を聞いた。(報告記事
 「水に落ちた犬は打てという。東電を叩くのは今だ」。
 原発事故を起こした東電は批判されるべきだし、私は同社をかばうつもりはない。しかしここまで敵視をする必要はない。普通の社会人の発想は、攻撃ではなく、協力によって問題を解決する。猪瀬氏はかつてそうだったというが、これは政治活動家の発想だ。さらにこの発想は、とても下品だ。
 さらに猪瀬氏の打ち上げた各種の政策もおかしい。都が100万kw超のガスタービン発電所を建設する構想を2011年に打ち出したが、今年になって断念した。「餅は餅屋」で、素人がいきなり巨大発電所を建設できないし、建設しても成功するわけがないと私は分かっていた。
 猪瀬氏の主導で都の持つ水力発電所の東電への販売を取りやめる、また東電以外のところから公共施設の電力を買う取り組みもあった。2011年、12年時点の東京都の政策の優先課題は、電力不足解消だった。なぜその時期に、こうした東電への、無駄な嫌がらせを行うのか疑問に思った。(解説記事「東京都の電力販売への違和感」)それどころか、一連の東電イジメは、徳州会に東電が病院売却をうながすためかと、勘ぐりたくなる。
 猪瀬氏による一連のエネルギー政策の非合理性と態度の傲慢さに、私はうんざりしていた。都民のことではなく、自分の業績と説明でき、大衆受けする派手な政策を追求した。私の知るエネルギー分野でもこうだったのだから、他分野の政策もそうかもしれない。
「あっ首相から電話だ」
 ちょっと話は変わる。メディア関係者の間で、最近繰り返される「笑い話」がある。自称ジャーナリストの上杉隆氏のネタだ。
 あるメディアが、彼の名前が多少売れた第一次安倍政権の直後に、上杉氏にコンタクトを取ったそうだ。初対面の編集者と話す際に、上杉氏はいきなり携帯電話を取り出し「あっ官邸からだ」と話し始めたそうだ。
 編集者は「すごいですね」とお世辞を言ったが、帰社後に上司へ「官邸から連絡なんて嘘くさいし、取材源をぺらぺらしゃべるなんて信じられない。付き合わない方がいい」と、上杉氏に関わらないように進言し、その会社はそうした。上杉氏はその後、報道内容の真偽で社会的な糺弾を受け続けている。(「上杉隆氏についての検証」」参照、この膨大な情報を整理した人の執念と、膨大な嘘を繰り返す上杉氏の異常さの双方に怖さを感じるが…)この会社の人は「関わらなくてよかった」と話していた。
 同内容の話を別の編集者からも聞いた。その会社では、上杉氏の電話を受けた時のセリフが「あっ〇〇さん(有名政治家の名前)からだ」だったという。その人は「彼を使うメディアがあったらバカだ」と、笑っていた。これらの話の「裏取り」はしてないが、上杉氏の行状からすると、ありそうな話だ。
 猪瀬氏にも同じ話があるという。ただし話のネタ元は、佐高信氏という、他人の悪口を下品な言葉で繰り返すタレントで、怪しげであることは認める。
 佐高氏の文章から。「(小泉に重用されはじめたころ)猪瀬は講演で演壇に携帯電話を置き、「総理から連絡があるかもしれませんから」
と断って話を始め、途中で電話が鳴ると、それに出て、「いま、総理から相談がありました」と言ったという。
笑い話にしかならないことを本気でやる人間なのである。」
猪瀬氏の誤りは誰にでも起こる
 事実としたら、彼らの内面の重要な部分を、これらのエピソードは示しているように思える。等身大ではなく、無理をして虚像をつくり、大きく見せようとしている。それらの姿は、横から見ると、とても醜い。そして哀しい。
 2人は社会的エリートでもなければ、日本のエスタブリッシュメントの出身でもなかった。また日本のジャーナリズムの中でメインストリームを歩んだ人でもなく、40歳代に突如、社会的に浮上した。「俺には何もない」。その焦りが、滑稽なパフォーマンスを生んだのだろうか。
 上杉氏は、はったりだけで内実がなく、病的に嘘をつく人物に思える。猪瀬氏はその点が違う。私はノンフィクション作家として、猪瀬氏を業績から評価している。本質をスパッと解析するような知的鋭さはないが、取材が丁寧だった。『昭和16年夏の敗戦』、近代天皇制の姿をさまざまな側面を丁寧に取材して浮き彫りにした『ミカドの肖像』、続編というべき『ミカドの国の記号論』『土地の神話』、さらに『ペルソナ--三島由紀夫伝』は、労作だ。
 ところが猪瀬氏は04年に道路公団の改革委員になったころから、文章に変化が見え始めた。ジャーナリストに必要な客観性が消えていったように思う。そして実際の政策も、行動も、文章も、少し見ただけの私でさえ浮ついたものを感じるようになった。
 ただし上杉氏と違って、猪瀬氏の姿を私は笑えない。実力のある人なら40歳を過ぎるころには、仕事の成果を出し、自信と社会にある程度の評価、つまり社会像を示しているだろう。猪瀬氏は、実力と努力で、社会像を作り出せた。ところが、その像が実際の姿と乖離していった。優れた側面、そして冷静な視点を持った猪瀬氏が、自分のつくった虚像をつくることで大きく変質して行ったように思える。
  私は、経済記者として多くの優れた経営者と付き合うことができた。時代の寵児とされた人がこんなことを話していた。「俺には虚像ができている。けれど、それがあるうちは徹底的に利用してやるつもりだ」。その人は、凄まじく頭が切れ、優秀だった。ところが作った企業グループの不正を指揮したとして、お縄になってしまった。猪瀬氏がかつて批判的に「ペルソナ」(仮面、転じて虚像)が、自殺へと駆り立てたと分析した、作家の三島由紀夫もそうだった。
 多くの優れた人の落ちた落とし穴を思い出し、猪瀬氏の今の姿も「またか」と、私には印象深かった。今回の辞任に至る騒動は、彼が「出世」をする中で作り出した自らの虚像によって、力を過信し、傲慢となり、高揚感の中で、現実が見えなくなったことが一因としか思えない。良きジャーナリストに必要なことは、「クールヘッド、ウォームハート」という。その双方を猪瀬氏は確かに持つ人だった。そのために、それをなくした現在の醜態は余計、哀れだ。
 この事件で、今の時点ではなかなか示されない「誰もがたどりかねない過ち」という内面分析の視点から猪瀬氏を観察し、それぞれの人が自分の「虚像」を考えるのも興味深いだろう。
・石井孝明
 経済ジャーナリスト
 メールishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター@ishiitakaaki
 ◎上記事の著作権は[アゴラ]に帰属します
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