竹島問題を注視するロシア この問題に対して日本政府が腰が引けた態度を取っていると、ロシアに足許を見られる
佐藤 優
現代ビジネス2011年08月16日(火)
8月1日、鬱陵島の視察を目的に韓国を訪れた自民党の「領土に関する特命委員会」に属する3人の国会議員(新藤義孝衆議院議員、稲田朋美衆議院議員、佐藤正久参議院議員)が、金浦空港で入国を拒否された。本件について、産経新聞はこう報じた。
〈 韓国政府は入国管理法の「公共の安全を害する行動を起こす恐れがある」との規定に基づき入国を拒否したため、3氏は入国を断念し、同日深夜、帰国した。
日本の国会議員が入国拒否されるのは異例。新藤氏は1日夜、羽田空港で「テロリストに適用される法律で入国を拒否され、平和的な視察が認められず残念だ。静かな環境で友好的な視察ができるように外交努力が必要だ」と語り、今後も鬱陵島視察を目指す考えを示した。
3氏は2、3両日に鬱陵島を視察予定だったが、1日午前11時すぎ、金浦空港に到着直後、入国不許可を告げられた。在ソウル日本大使館は入国許可を韓国政府に要請したが認められなかった。
韓国外交通商省当局者は1日、3人の入国拒否について「混乱を招いて身辺の安全を保証できない。韓日関係を考慮した上での判断だ」と説明。「日本は韓国を刺激する行動をとり続けている」と批判した。〉(8月2日MSN産経ニュース)
視察団の1人である稲田朋美衆議院議員は、〈 「国と国の本当の友好は、自国の立場をきちんと主張し、相手方の主張もきちんと聞くことにある。今回韓国を訪問したのは日本の領土である竹島を実効支配している韓国の立場を冷静に客観的に認識しようということが目的であり、友好国である韓国が私たちの入国を認めなかったことは大変残念に思っている。/また、その理由がテロリストに適用する韓国の利益を脅かす危険な人物ということであり、それで拒否されたことは納得できない。大使を通じて韓国政府に見解を求めているので回答を待ちたい」 〉(8月1日MSN産経ニュース)と述べている。
稲田氏の主張には説得力がある。ここで興味深いのは、韓国による入国拒否について、稲田氏が「大変残念に思っている」「納得できない」という表現にとどめ、「われわれを入国させよ」という要求を韓国に突きつけていないことである。どの外国人を入国させるか否かの判断は国家主権に属する重要事項だ。韓国側に「わが国の主権事項に介入するのか」とつけ入る隙を与えないように、韓国側の対応が理不尽なので、それに対する釈明を求めるという稲田氏のアプローチは賢明である。
韓国は、独島(竹島に対する韓国側の呼称)は、韓国が実効支配する韓国領で、日本との間に領土問題は存在しないという立場を取る。東西冷戦期に北方領土問題に関してソ連がとった姿勢と同じだ。これに対して、ゴルバチョフ書記長がペレストロイカを進める過程で、領土問題の存在を認め、ソ連崩壊後のロシアは、択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島からなる北方4島の帰属に関する問題を解決して、日本と平和条約を締結することについて合意し、今日に至っている。
領土は国家の礎だ。自国の領土を実効支配できない国家は、一人前とはいえない。北方領土がロシアによって、竹島が韓国によって不法占拠された状態にあるというのが日本政府の立場だ。領土問題に関しては、その存在を認め、交渉によって解決することに合意しているロシアの方が、問題の存在すら認めず、外交交渉に応じない韓国よりはマシだ。
今回、韓国の李明博大統領が〈 「身の安全が憂慮されることを日本政府に公式に伝えて協議するように」と外交通商省に指示した 〉(7月27日asahi.com)。「身の安全が憂慮される」というのは、身体に危害が加えられるということだ。一国の国家元首が、外国の国会議員に対してこのような警告をするのも尋常な事態ではない。大統領の警告、入国拒否などのエキセントリックな対応を韓国が示したことにより、国際社会では、日本と韓国の間に深刻な領土係争問題が存在するという認識が深まった。今回の韓国による常軌を逸した反応は、竹島問題の存在について国際社会の認知を進めることになり、結果として見れば、日本にとってプラスになった。
この状況を注意深く観察しているのが、北方領土問題を抱えるロシアだ。自民党視察団が韓国を訪れる前日の7月31日に国営ラジオ「ロシアの声」(旧モスクワ放送)が日本向け放送で、「竹島(独島)問題 ロシアの視点から」と題するリュドミラ・サーキャン氏の名前による興味深い論評を行った。「ロシアの声」は国営放送なので、個人名の論評でも、ロシア政府の見解に反する論評は行われない。興味深い内容なので全文を引用しておく。
〈 日本の最大野党自由民主党の議員4人(引用者註* 当初、視察団に参加する意向を表明していた平沢勝栄衆議院議員は直前になって訪問を取りやめたため、視察団員は3人になった)は近く、日韓双方が領有権を主張している竹島(独島)を近くの島から視察するため訪韓する考えだが、現在この計画が韓国内で、大きな抗議の嵐を呼び起こし、ソウルの日本大使館の建物前では、デモが行われている。イ・ミョンバク大統領は26日、韓国外交通商省に、日本人議員の訪問は市民グループの怒りの的になり、身辺安全上憂慮していると日本政府に通知するよう指示した。これを受けて韓国外交通商省報道官は「訪問は両国関係に肯定的な影響を及ぼさない」として議員達に対し、訪問を控えるよう求めている。
一方日本の枝野官房長官は「議員個人や市民の海外渡航計画に、政府はコメントする立場にはない」と述べた。
なぜ日本政府は、訪問が韓国においてどのような反響を呼び起こすか良く知っているにもかかわらず、それを止めさせないのか? ロシア科学アカデミー極東学研究所コリア研究センターのコンスタンチン・アスモロフ主任研究員は、新聞「イズヴェスチヤ」の取材に次のようにコメントした---
「領土問題をめぐる騒ぎは常に、政治家によって、彼らの人気を引き上げるために利用される。野党自由民主党の4人の議員の行動は、菅首相の退陣と選挙を目前に、まさにそうした目的の為なされている。それゆえ、南クリール(北方領土)問題も先鋭化する可能性がある。」
またソウル大学のアンドレイ・ラニコフ教授は、VOR(引用者註*「ロシアの声」)の取材に対し、次のように指摘している---
「韓国と日本の間の領土問題が、例えそれが韓国国内で極めて激しく受け止められたとしても、両国の経済的協同行動を妨げることはまずない。韓国では、南クリールの島々をめぐる領土問題がロシア国内で受け止められているよりも、はるかに激しい反応がある。 韓国人達は、独島(竹島)への日本のあらゆる行動に対して喜劇的で誇張されたように見えるほどの、一種お芝居やショーめいた反応を示す。争いは深刻だが、それが経済関係に影響することはない。
一方、ロシアと日本の間の領土争いは、また別だ。日本には、真剣勝負でロシアとの経済関係を発展させようという明確な関心はない。もしあれば、騒ぎがあったり何らかの行動がなされても、領土問題は忘れられるという事はないとしても、貿易やその他の交流を妨げることはないだろう。
例えば、韓国と中国の間には、領土問題ばかりでなく、韓国が極めて関心を抱いている密売・不法販売や労働力の問題なども存在している。そのため韓国人達は、そもそも、韓国と中国の間にいかなる領土問題が存在するのかに対し、あまり関心が向かないのだ。もちろん韓国人的な激した発言がなされ、騒がしい抗議行動は催されるが、それはその時だけの事だ。」
なお先日モスクワで行われたロ日協議では、南クリールにおける共同経済活動についての問題が提起された。日本側が、ロシアの提案に対し早急に、まして肯定的な回答をよせると期待する事は、おそらく難しいだろう。
しかし、国と国との間で領土問題が例えあったとしても、完全に正常な経済的協同行動を行う例、協力し合える例というものは、実際あるように思われてならない。なぜ、ロシアと日本は、そうした例に従って前へと進めないのだろうか。 〉(http://japanese.ruvr.ru./2011/07/31/53964577.html)
ロシア科学アカデミー極東研究所の朝鮮(コリア)研究センターは、韓国、北朝鮮の双方と交流するレベルの高いシンクタンクだ。この研究所には日本研究センターもあり、竹島問題に関しては2つのセンターが緊密に連絡をとって情勢を分析し、その結果をクレムリン(大統領府)に報告する。極東研究所は、自民党視察団が菅政権の退陣を選挙を想定した上で、ナショナリズムカードを切ったと分析している。そして、それが北方領土問題に飛び火するのではないかと警戒している。
さらに韓国の独島(竹島)をめぐる闘争について、ラニコフ教授は、「喜劇的で誇張されたように見えるほどの、一種お芝居やショーめいた反応を示す」という突き放した見方を示す。その上で、このような領土問題をめぐる激しい感情が噴出しても、それが日韓の経済関係に影響を与えていないことに注目する。
そして、日本が今後、北方領土問題をめぐりナショナリズムカードを弄ぶかもしれないが、竹島問題によって、日韓の経済関係が悪化しないことをロシアは参考にすべきであるという考えを示す。竹島問題に対して日本政府が腰が引けた態度を取っていると、ロシアに足許を見られる。
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