解体 ロシア外交
混迷極めるウクライナ 「ロシア化」のドミノを恐れる欧米
WEDGE Infinity 2014年03月06日(Thu) 廣瀬陽子・慶應義塾大学准教授インタビュー
――WEDGE Infinityのコラムでも昨年12月にご寄稿いただいていましたが(『ロシアの圧力でEU加盟見送り 大規模化するウクライナのデモ』)、デモが続いていたウクライナでついに政権崩壊に至りました。ヤヌコービッチ前大統領は逃亡し、暫定政権が発足。ウクライナ国内の動向やロシアと欧米諸国の動きが連日報道されています。
廣瀬:ロシアのプロパガンダ作戦もあり、かなり情報が錯綜しているようです。「ウクライナではもうたくさんの難民が出ている」「東部の人々がロシアに助けを求めている」など、眉唾ものの情報も多い印象です。確かに東部には親ロシアの人々が多いですが、全員がそうだというわけではありません。政府系テレビ「ロシア・トゥデイ」の女性キャスターが「ウクライナ問題のロシアメディア報道は嘘だらけ」「欧米メディアも含め虚報ばかり」と批判したことも話題になっています。
――ウクライナ国民はどのような反応なのでしょうか。東西分裂の可能性は?
廣瀬:拙稿で触れたように、国民の基本的な志向(主に、東側と南部が親ロシア、西側が親欧米)はあるのですが、今はウクライナという国の一体性を守りたいと考えている人が多いと思われます。
リボフという最も西欧的だといわれている西部の都市の知識人が、自分たちが大事にしないといけないのは国の一体性であり、すべての人の多様性を認めなければいけない、という趣旨の書簡を暫定政府に提出しました。これは、ロシア語の使用を希望する東部の人たちの文化も守るべき、ということを意味しています。欧米寄りの西部、しかも知識人から、このような発言があることを考えても、ウクライナの人たちは分裂を望んではいないのではないでしょうか。
――注目すべきは、政権崩壊後、すかさずクリミア半島に上陸したロシアの行動ではないでしょうか。
廣瀬:最も懸念されるのが、このクリミア地域です。1954年、ソ連の共産党第一書記だったニキータ・フルシチョフが、クリミアの帰属をロシア領からウクライナ領に変更しました。この理由は、公にはロシアとウクライナの友好のためだとされましたが、フルシチョフが自分の生まれ故郷のウクライナにクリミアを与えたかったからだという説もあります。ともあれ、クリミアには、長いロシア領の歴史からロシア系の住民が多く、今回もプーチンはこの人たちを守るという錦の御旗を掲げているわけですが、これはまさにグルジア紛争の論理とまったく同じです。最悪のケースは、クリミアが南オセチアとアブハジアのような未承認国家になってしまうということです。
また、クリミア半島のセバストポリに黒海艦隊の不凍軍港があることも、ロシアがクリミアを手放せない大きな理由です。ヤヌコービッチ前大統領はロシアのこの軍港の使用を、天然ガス価格の割引と引き換えに、2045年まで延長しましたが、その前のユシチェンコ氏は親欧米派で、黒海艦隊の早期撤退を求め、2017年までと決められていた使用期間を延長しないと主張していました。今回また親欧米政権が誕生すれば、同様の事態も考えられます。
ロシアとウクライナは双子のような関係と言っても過言ではなく、そのウクライナが親欧米化し、NATOやEUに入ってしまうという事態は、ロシアとしては絶対に許せないことなのです。
――ロシア国内の反応はどうでしょうか?
廣瀬:冒頭でも触れたように、ロシア・トゥデイのキャスターは、ロシアのメディア批判だけでなく明確に「ロシアがやっていることは間違っている」と非難しましたが、国民の反応は人によって様々、というところでしょう。ですが、やはりクリミアに関しては前述のような経緯から「もともとロシア」という感覚をもつ人が多いようです。
また、今回のロシアの行動は、国内政策の一環としての面もあると思われます。ヤヌコービッチ前大統領は問題だらけでしたが、それでも「合法的」な選挙を経て大統領になったというれっきとした正当性がありました。他方、暫定政権は議会で必要な信任票を獲得しているので既に合法ではありますが、その暫定政権が生まれるに至ったクーデターは「非合法」的な手段であり、それによって政権が崩壊するということがロシアの隣で起きてしまっては、国内への影響が懸念されます。ただでさえ、ソチ五輪を前に政敵・ホドロコフスキーやプッシーライオットなど、政権にとっての危険分子を釈放していたため、見せしめとして、ウクライナに対して強く出ている側面もあるでしょう。
なお、ウクライナの動向を静観した場合の影響については、国内的な懸念だけではなく、もちろん、国外、特に近隣諸国についても同じく危惧を強めていると思います。つまり、ウクライナのような流れが、冷戦末期の東欧革命のドミノのように、旧ソ連の他の諸国に広がることを何としても防ぎたいとも思っているはずです。
――西側諸国は一枚岩となって、ロシアを孤立化させようとしていますが、なかなかうまくいっていないようです。
廣瀬:残念ながら腰抜け、という印象を受けます。もともとオバマ大統領はこれまでの国内外の政策の失敗でボロボロですし、仮にロシアとウクライナで戦争が勃発したときにNATOも絶対に参戦したくない、というのが本音でしょう。コソボ紛争を繰り返したくないわけです。コソボはセルビアが相手でしたが、今回は大国・ロシアが相手です。NATOはもちろんロシアをずっと仮想敵国と見なしてきましたが、実際に戦争となると恐ろしいことに違いはありません。
EUの中でも、ドイツはパイプライン問題はじめ、様々な権益からロシアには強く出ませんし、フランスも2011年に締結したミストラル級強襲揚陸艦2隻をロシアに売却する契約の中止は検討していない、としています。一方、チェコがプラハの春の再現だと厳しく批判するなど、東欧やバルト三国などの旧社会主義国はロシアに対してもっと強く出るべきだと主張しています。そして、アメリカはウクライナに近いだけでなく、反ロ的であるポーランドやバルト三国との軍事協力を強化する方針を発表しました。このように、西側諸国の中でこそ、東西分裂が起きてしまっています。
また、ここにきて欧米がウクライナに対して金銭的な援助をしようとしていることにも注目です。
以前の拙稿でも触れましたが、ウクライナがEUに加盟しなかったのは、EUとIMFが提示した金融支援の条件が厳しすぎたためです。今もデフォルト寸前で、とにかく支援を求めるウクライナは、もうロシアに頼るしかありませんでした。ロシアから援助される状況で、EUに加盟できるわけありません。しかし、ここにきて米国とIMFや、EUもウクライナに対する支援を表明しています。それだけ、「ロシア化のドミノ」を恐れているのでしょう。それを示すように、アメリカはウクライナの隣国であるモルドバにも金融支援を表明しています。つまりモルドバをしっかり固め、ウクライナのような状況が拡散しないように必死になっているわけです。
ただし、暫定政権が発足したものの国全体を把握できていない状態で、金融支援が今のウクライナの窮状をどこまで救えるかは分かりません。
――これまでも国際社会ではロシアと足並みを揃えることが多かった中国も、今回は曖昧な態度をとっています。
廣瀬:中国はやはりウイグルやチベットなどの少数民族問題を抱えていますので、過去にはコソボの分離独立にも反対しました。しかし、グルジア紛争で「パンドラの箱」を開けてしまったロシアほど開き直ることはできません。グルジアのときも、中国は、グルジアの少数民族に対する非人道的な対応は批判しましたが、南オセチア・アブハジアの国家承認はしませんでした。ウクライナ問題でも、ロシアに対して賛成も批判もせず、曖昧な態度をとっています。
――北方領土問題を抱える日本は、どう対応すべきでしょうか。
廣瀬:安倍首相はプーチン大統領と信頼関係を構築しようとしていました。一方でもちろん日米同盟もありますし、G7のメンバーでもあるため、当然西側諸国と足並みを揃える必要があります。
安倍政権になってから、日本は米ロ両方とある程度良い関係が築けていたと思いますので、ここは仲介役になるぐらいの存在感を見せてほしいと思います。EUと比べても日本は中立的な立場をとれますので、そこをうまくいかして米ロ両方の信頼を得ることを目指してほしいです。
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