玄葉光一郎新外相へのシグナルは出ている ロシアが信頼を寄せる前原路線ならば北方領土・日露関係に大きな動きも
現代ビジネス 2011年09月07日(水)佐藤 優
ロシアは野田新政権の外交政策に強い関心をもっている。「ロシアの声」(旧モスクワ放送)の日本向け放送を通じ、継続的にシグナルを流している。「ロシアの声」は政府の統制下にある。ロシア政府が公式には言いにくい本音を日本に対して伝える機能を果たしている。ただし、ロシア政府の利益に反する報道や論評は一切行わない。
日本政治に関する「ロシアの声」が報じる論評では、ロシア科学アカデミー極東研究所のキスタノフ日本研究(調査)センター長が、観測気球をあげる役割を担っている。キスタノフ氏は、大阪の総領事館、東京の通商代表部で長く勤務した日本専門家だ。
9月3日、「ロシアの声」は、「日本の新内閣組閣発表」という目立たないタイトルの論評を放送したが、その中で玄葉光一郎外相にシグナルを送っている。それではこの論評を見てみよう。
*北方領土問題をめぐって野田政権とは対峙しない
〈 日本の新内閣組閣が2日に発表された。新内閣が行う外交路線にはいかなる変更があるのだろうか。
新内閣の顔ぶれを見ると、構成員全体が非常に若返ったのがわかる。また重要なポストにはまったく新しいメンバーが就いた。新外相に就任したのは47歳の玄葉光一郎氏だ。ここ最近、日本は領土問題で近隣諸国との関係を急激に悪化させてしまったことから、新外相は就任早々から関係改善の重い任務を背負うことになるのは必至だ。
玄葉氏は国家戦略担当、宇宙開発担当大臣を務めたものの、外交分野では経験がない。ロシア科学アカデミー極東研究所日本調査センターのキスタノフ氏はこの点を指摘し、次のように語っている。
「玄葉氏自体についてあまり知られていない。国際政治で彼はまだ『だめになってはいない』。しかしながら、野田首相の先に行った声明からある程度の推測を行うことはできる。というのも国際舞台で日本がどういう外交政策をとるかは野田首相の決定にかかっているからだ。新首相は領土問題で日本の国益を強く主張していく構えだ。
これはまず中国、韓国との問題においてそうであり、首相に就任する前の段階ですでに口にしていたが、就任後も同じことを繰り返している。南クリル問題では今のところ声明は表されていないが、全体として強硬なトーンであり、この問題に対する立場が近い将来柔軟化することはありえないと思う。」 〉(http://japanese.ruvr.ru/2011/09/03/55605354.html)
外交の経験がない玄葉氏を外相に据えた人事を、ロシアは野田首相が官邸主導外交を行おうとする強い意欲を示したものと見ている。領土問題に関して、野田首相は強硬路線を取るというのがロシアの認識だ。ただし、中国との尖閣問題、韓国との竹島問題が優先されるので、北方領土問題をめぐって直ちに野田政権とロシアが対峙するような状況にはならないと見ている。
*石橋湛山のロシア外交を引き合いに
「ロシアの声」は、玄葉外相の政治哲学に関しても強い興味を示している。
〈 玄葉新外相は個人サイトで座右の銘を「不失恒心」と書いている。これは自分の使命を忠実に守り、心に決めたことをやりとげることを意味する。
また尊敬する人物についてはチャーチルと石橋湛山を挙げているが、石橋氏とは1956年鳩山内閣の後首相に就任し、全体としては前鳩山内閣の路線を継続した政治を行って、「独立外交」と中国、ソ連との経済関係の発展を推し進めた人物だ。玄葉新外相も石橋氏、チャーチル同様、こうした健全な思考や柔軟性を発揮するだろうか? 〉(同上)
玄葉外相が、石橋湛山のようにロシアとの独自外交を展開する腹があるかと水を向けているのだ。ここで、キスタノフ氏がコメントを行う。
〈 キスタノフ氏は、玄葉氏は外相の座にあって進化することのできる人物だと期待したいとして、さらに次のように語る。
「前原前外相も就任当初は非常に強硬な態度で領土問題に臨んでいたが、就任中のたった半年間でも進化があった。私には、前原氏は南クリル諸島を自国の領土だとして一歩も引かない日本の立場と、島で協力を開始したいという願いをマッチさせるアプローチの方法を模索していたように思える。もし前原氏が影響力のある政治家として、こうした路線をとることが長期的視点では日本の国益に適うことを新内閣にわからせることができるなら、前向きな結果が生まれるかもしれない。
野田新首相は就任後初めて行った記者会見で声明を表し「中国、韓国、ロシアという近隣諸国と友好関係を維持していきたい。日本は経済外交に大きな意味を置いている。その目的は健全なアジア太平洋地域を創設することだ」と述べている。これが通常行われるような単なる外交的な発言ではなく、期待の持てるものであることを祈りたい。 〉(同上)
ロシアは前原誠司元外相を、柔軟かつ聡明な政治家であると高く評価している。それは、北方四島は日本固有の領土であるという日本の原理原則を崩さずに、ロシアと妥協できる方策を前原氏が外相在任中に本気で追求したからだ。
野田新政権が対露外交において前原路線を採用するならば、ロシアとしても妥協に応じ、北方領土問題を含む日露関係を全面的に発展させる可能性が生まれるというシグナルをロシアは野田首相、玄葉外相に対して送っているのだ。
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