中日新聞を読んで 新たな冤罪の危険性 後藤昌弘(弁護士)
2014/6/29 Sun.
24日付朝刊に「司法取引法制化へ」との記事が掲載された。薬物の密売などの事案では、薬物の使用者や売人を摘発しても、彼らが進んで仕入れ先や販売先を自白しないと全容の解明は難しく、別の客への販売自体が新たな犯罪となるためどうしても口が固くなる。その意味で、警察が司法取引の導入を望むのは理解できるが、この制度には極めて危険な一面がある。
「八海事件」という強盗殺人事件がある。1951年に山口県で夫婦が殺害され、最初に逮捕された真犯人が「4人の共犯者がいる」と供述。共犯者として逮捕された4人ともいったんは自白した。
裁判になって4人の共犯者は無罪を主張したが、結局、真犯人は無期懲役の判決となり、共犯者とされた4人も有罪となった。そのうちの1人は主犯と認定され、死刑判決を受けた。最終的には、巻き添えとなった4人は全員無罪となったが、無罪確定までには18年かかっている。
日本の裁判では、主犯であると認定された者が最も罪が重くなる。八海事件では、真犯人が単独犯であると認めたら死刑となった可能性が高かったが、自分は手伝っただけであると弁解したため無期懲役で済み、真犯人と誤認された者が死刑の判決を受けることとなったのである。
被告人には常に、第三者を主犯として自分の責任を軽くしたいとの心理が働く。司法取引はこれを警察・検察が唆すことを認める制度であり、無関係な第三者が冤罪に巻き込まれる危険性はさらに高くなる。今でさえ、被告人の自白を頭から信じる裁判官が少なくない(だから捜査機関が強引に自白させる悪弊がいまだに残る)。共犯者の自白であれば信用性がより高いと考える裁判官はさらに多い。
記事によると、適用対象となる犯罪はある程度限定されるようではあるが、結果的に冤罪が増えることに変わりはない。今の自白偏重の裁判官が放置されている中で、この制度を導入することに賛成できない。
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「司法取引」法制化へ 虚偽供述懸念も
中日新聞 2014/6/24 朝刊
捜査と公判の改革を議論している法制審議会(法相の諮問機関)の特別部会が二十三日開かれ、検察が捜査協力を受けた見返りに容疑者の起訴を見送ることなどができる「司法取引」制度が法制化される見通しとなった。法務省の示した試案に一部委員から反対論も出たが、法制審の答申に盛り込まれる。
司法取引は取り調べの録音・録画(可視化)で供述を得にくくなるとして、捜査機関が導入を求めている新たな捜査手法の一つ。弁護士らは「自分の罪を逃れるために虚偽の供述をし、関係のない他人を巻き込む危険がある」と懸念を示している。
可視化についても、法務省は二十三日の部会で、特捜部や特別刑事部が扱う検察の独自事件で義務づける修正試案を提示。裁判員裁判対象事件とともに法制化される見通しとなった。
法務省は三十日の部会で最終案を示す予定。
導入が見込まれる司法取引は三類型。柱となるのは、容疑者や被告が共犯者など他人の犯罪を解明するために供述したり証拠を提出したりすれば、検察官は起訴の見送りや取り消しなどの合意ができる「協議・合意制度」。
適正な手続きを確保するために協力者の弁護人の同意が必要で、被害者や遺族らの感情に配慮して殺人などの重要事件は対象から外した。
二つ目は、自分の犯罪について捜査機関に知られていない事実を供述した場合、刑を軽くすることができる「刑の減軽制度」。発覚前に自ら犯罪事実を申告する「自首」の要件を緩和したもので、検察官や裁判官が求刑や判決の際に考慮する。
三つ目は「刑事免責制度」と呼ばれ、検察官が裁判所に証人尋問を請求する際、その証言を証人に不利益な証拠にできないとの条件を付けることができるようになる。
捜査機関の委員は特別部会で「事件の解明に有効な手段」として導入を求めていた。日弁連司法改革調査室の河津博史室長は協議・合意制度について「取り調べの流れから、合意の結果として虚偽の供述が生じなかったかどうかを検証するため、少なくともこの制度の対象事件は取り調べの全過程を可視化すべきだ」と指摘している。
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「司法取引法制化へ」 新たな冤罪の危険性 後藤昌弘(弁護士)
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