中国から見た野田新政権 「中庸」の政治を期待するも「緊密経済」「離心政治」の矛盾は解決せず
Diamond online 2011年9月8日DOL特別レポート
中国では、野田新首相に対してA級戦犯発言に注目が集まる一方で、「中庸」の政治姿勢に期待する声もある。ただ、来年の日中国交正常化40周年を前にしても、緊密さを増していく経済と離心していく政治の矛盾は解決できそうにない。(在北京ジャーナリスト 陳言)
*戦犯問題と日米同盟 野田氏の政治的イメージ
日本では野田新内閣を表すのに「ドジョウ」という言葉をよく聞くが、野田新首相自身の言葉である「中庸」はあまり聞かない。しかし、中国のテレビ、新聞では、野田内閣を「中庸」内閣と見ており、あるいは中庸になってもらいたいという気持ちで、そのように野田内閣に期待をかけている。
台湾の学会に参加しながら、テレビの取材を受けた清華大学の劉江永教授は、「野田さんは、中庸の政治を行うだろう」と何度も話した。また週刊経済新聞の『経済観察報』(2011年9月5日付け)でも、日本人評論家の遠藤大介氏の記事が「オブザーバー」紙面のトップを飾り、さらに他の紙面も借りるほど、「中庸政治」について十二分なスペースを割いて論じている。
たぶん両者とも月刊誌に発表した野田新首相の論文「わが政権構想 今こそ『中庸』の政治を」を読んで、野田内閣をそのように見ていたのだろう。一方、大衆紙の『新快報』(2011年9月1日)は、中庸に期待をかけるより、先の民主党代表選では外交などはあまり議論されなかったことでもあり、「60日間ぐらいは、新内閣を静観しよう」と書いている。
遠藤論文では、あえて中国や日本で注目されている「A級戦犯と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではない」という野田新首相の持論にはまったく触れずに、野田内閣の対中外交の可能性については、以下4点にまとめていた。
1)アメリカの国益に背くような対中政策は取らず、
2)政治より経済と金融の面でまず中国と話し合い、
3)中日外交よりも多国間の外交を重視し、
4)日本の国家利益を優先にして、その利益に反する中国の行動に対してはしっかりとした措置を取る。
中国の一部マスコミがA級戦犯問題に論点を集中させているなかで、遠藤氏は、悲観的に中日関係を分析している。対話よりも遠回りの対立から、最終的には直接な対抗までエスカレートするだろうという予測が、彼の論文からは読み取れる。遠藤論文の順位付けから見ると、野田内閣は何よりもアメリカの利益を守り、その次に中日の経済、さらに中国とは直接な外交よりも、その他の国々も巻き込んでの対中外交を展開して、最後に日本の国益も守ると言っている。
中国で日本の政治経済について長く発信してきた評論家として、そのような論法は中国人読者に理解しやすいし、また遠藤氏なりに野田内閣の対中外交を予見してもいる。中国のマスコミも国内の評論家より、むしろ日本の評論家の論文を掲載して、本当の日本を紹介しようと努めている。
日米関係の強化は、野田内閣の最優先課題だという点では、劉江永氏も同様の考えを持っている。野田新首相は、たしかに財務大臣として外務大臣よりも多くの外国を訪問してきた。しかし、外交に長けているという話はあまり聞かない。中国については直接の発言はほとんど見かけない。日本の月刊誌の論文を読んだであろう劉氏たちには、どうしても日米同盟重視の印象が残る。
松下政経塾のOBとしては、その中国観は、まず民主党元代表の前原誠司氏(現政調会長)の姿勢が代表的なものであった。前原氏は「現実的な脅威」という言葉を好んで使っており、中国では「脅威」という言葉を直接使って中国人に話をしていた。野田氏は「脅威」とまでは言っていないが、日本の月刊誌に掲載した論文から見て、中国を懸念の対象と思っており、この点では松下政経塾の共通した認識だろうと思われる。
A級戦犯発言を別にして、野田首相の対中感情は、好き嫌いで分けるとすれば、とても「好き」の分野になく、またそれは松下政経塾のOB政治家だけでなく、現在の日本に漂っている嫌中ムードによくマッチしていると思われる。
*緊密さを増していく経済と離心していく政治の矛盾
40年前、中国と日本の国交正常化にあたって、「政経分離」か「政経不分離」かの議論を盛んに行った時期があった。冷戦構造の中では、短期的には政治的友好関係を結んだ時期もあったが、冷戦崩壊に伴い、中日間の政治分野では常に離心力のほうが強く、経済はそれに反して求心力が強かった。両者のバランスを取ることは、たいへん難しいことである。
政治的な混乱は、それをさらにエスカレートさせている。菅内閣までの5つの日本の内閣は混乱しており、野田内閣も引き続き混乱していくだろうと、日本の評論家である劉檸氏は見ている。
中日経済関係は相互補完を特徴としており、ほとんどの分野で直接な競合関係にはならない。国際市場でもそうであるし、中国国内市場で見ても、日系企業はハイテクなどの分野でものづくりをしており、物流でもそれなりの先進性を持っており、中国企業と直接に競合していない。
中国市場では、日系企業がまず韓国系企業と家電の分野で、台湾企業とハイテク部品の分野でそれぞれ競合しているが、本当に中国企業と直接対抗しているわけではない。経済については、この中日の相互補完関係はしばらく継続していくだろうと思われる。
しかし、政治の分野は必ずしも順調ではない。歴史問題は長年にわたって両国関係に影響を与えている。「歴史的な和解に至らず、結局、中日両国は相互信頼の関係をなかなか創り上げられない」と、中国社会科学院日本研究所長の李薇氏は言う。「戦争をめぐる日本社会の認識と記憶は、日本社会を分断している。国内に統一した歴史認識がないので、中国などアジアの被害を受けた国に向かい合うとき、日本から出された声は、往々にして曖昧であり、矛盾している」と、李所長は野田内閣が発足してからすぐ、大衆紙『環球時報』に小論文を公表した。野田内閣もそのような矛盾を解決することは、難しいだろうと思われている。
そうすると、野田内閣時代に、中日政治関係の好転はあまり予見できないだろう。政治と経済の関係においては、こらからも中日がこの相反する2つの方向を内包しながら展開していくが、野田内閣はバランスが取れるか、そもそもそのバランスを考えているかについて、中国の研究者はなかなか結論が出せないままである。
*政治安定は2013年以降迷うばかりの中日関係
前述した遠藤大介氏は、野田内閣が長期政権になるだろうと推測しているのに対して、劉檸氏は再び短命内閣になるのではないかと見ている。脱官僚、脱原発、脱小沢の3つの「脱」が、菅内閣の特徴だと劉は分析する。その3つの脱はほぼすべて未完成のまま、菅内閣は辞職した。次の野田内閣は、官僚や原発からの「脱」の文字は、「脱落」していくが、脱小沢は党内で引き続いて継続していき、禍根も残していくだろう。短命の原因は、そこにあると見ている。
財政、経済に詳しいと言われる野田首相は、増税というはっきりしたスローガン以外に、産業空洞化、エネルギー不足、財政赤字をどう解決していくか、明確な方針を持っているわけではない。円高が継続していくなか、日本経済は「失われた30年」という歴史上に希に見る難境に陥る可能性もある。
「日本国民はそのうちに、野田内閣が党内の闘争に明け暮れ、経済政策が欠如していると見抜くと、またすぐ忍耐力がなくなる。2009年にあれほど民主党に期待をかけた日本人は、今度、野田内閣にもう1回期待をかけているが、結局また早く失望していくのではないか」と、日本専門家は言う。自民党から民主党への権力移譲によって、日本の政治の混乱は続き、どうしてもあと1回は選挙をやらないと、「日本の政権交代は機能しないだろう」と、同専門家は見ている。
日本国内政治が不安定な中で、中日の政治関係が安定を保つことも難しい。来年9月29日に中国と日本は国交正常化して40周年に迎えるが、「不惑の中日関係を創り上げていく」ムードは、少なくとも現在の中国にはあまりない。
現在、中国人にとってわかりやすい「中庸」という言葉を、野田政権の分析のキーワードにして、あまり過激な中日関係(中日友好、あるいは逆に反日嫌中)をつくらないことが、なによりも重要であろう。短命内閣の噂を撃退するには、野田内閣の対中政策、アジア政策のお手並みを、早く拝見したいところだ。
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◆国際秩序 『乱』の時代 中国が世界とどのように付き合うかは、21世紀の国際政治の最大のテーマ2011-09-06 | 国際/中国
世界を語る 国際秩序 乱の時代
日本経済新聞 特集 2011/09/04Sun. 閻 学通(ヤン・シュエトン)・中国清華大学国際関係研究院長
中国が世界とどのように付き合うかは、21世紀の国際政治の最大のテーマといえる。中国を代表する外交論客、閻 学通・中国清華大学現代国際関係研究院院長に展望を聞いた。
ーー米国債は格下げされ、欧州は債務危機に陥っています。中国から見て世界はどのように映りますか。
「1文字で表せば『乱』。先進国だけでなく、中東でも衝突が続く。私に言わせれば至って自然なことだ。世界唯一の超大国だった米国が後退を始め、国際秩序は移行期に入った。移行期に国際政治は不安定になるものだ。
ーー世界は徐々に多様化に向かうのでしょうか。
「そうは思わない。経済力、軍事力など物質的な力、いわゆる『ハードパワー』で測れば世界は米中の2極体制に向かっている。今後10〜15年で、米国との力の差を縮小する国は中国しかいない。日本もドイツも英国も、米国との差は開いていくだけだ」
「しかし国力を定義するのはハードパワーだけではない。同盟国との戦略的な友好関係も力の源泉だ。米国は世界の70か国以上と同盟・協力関係を持ち『同盟の力』では断トツな存在だ。中国はパキスタン、北朝鮮とは友好関係にあるが本格的な同盟関係とはいえない。中国が米国に並ぶ超大国になるには、周辺国との戦略的な同盟関係を強化しなければならない」
ーー同盟関係はどのように築くものですか。
「周辺国に安全保障を提供することだ。経済的な結びつきがいくら深くても安全保障の連帯にはかなわない。例えば中国はもう何年も日本の最大の貿易相手国だが、米国に代わる存在にはなれない」
ーー多くの国が米国と同盟関係を結ぶのは、自由や民主主義という価値観を共有するからではありませんか。
「それは典型的な西洋型の解釈だが正しくない。米国がどこよりも多くの同盟関係を持つのは、どこよりも出費して安全保障を提供しているからだ」
ーーしかし尖閣諸島や南シナ海の領有権を巡る中国の姿勢を見て、同盟関係を結びたい国はないのでは?
「あなたは米国の友好国にしか注目していない。中国に安全保障を提供してもらってもいいと考えている国は少なくない。パキスタンが典型例だが、最低でも10か国はあげられる。北朝鮮もそうだし中国の西の国境に接するカザフスタン、キルギス、タジキスタン、東南アジアではミャンマー、ラオス、カンボジア、南アジアではネパール、バングラデシュ、スリランカが中国と安全保障関係に違和感を覚えていない。日本や韓国やベトナムだけがアジアではない」
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ーー世界が2極に向かうとすれば、中国はどんな「極」を担いますか。
「孟子、老子、荀子ら中国古代の賢人らは、それぞれの時代に中国がどんな大国であるべきかを盛んに議論していた。彼らは3つのリーダーシップがあるとみていた。『専制』と『覇権』と『王道』。専制は圧倒的な軍事力で世界の秩序を維持しようとする。覇権は軍事力と同盟関係の拡大で世界に影響力を行使していく。今の米国がこのタイプ。同盟国から信頼されなければならないので行動は自制され、専制よりはましだ。ただ、覇権はダブルスタンダードを招く。中東でも、米国は同盟国バーレーンには決して武力介入しないが、非同盟国のリビアでは為政者を排除するための軍事行動に参加する」
「古代の賢者が最適な道と考えたのは孟子が唱えた『王道』だ。わかりやすく言えば、『人情のある権威』だ。王道は軍事力と道徳規範の2つで指導力を発揮する。国際的な基準、ノルマを順守する。同盟国と仲良くするだけでなく『徳』によって非同盟国も味方につけていく。中国は王道を目指さなければならない。こうした方向性を世界に発信すべきだが、今の外交方針は永遠に先頭に立たないとの立場だ。これでは世界の疑心が深まるばかりだ」
ーー中国は国際社会でより責任ある行動を取るべきだということですか。
「そうだ。しかし、それには?小平氏が掲げた『韜光養晦(とうこうようかい)=能力を隠して力を蓄える』を改めなければならない。?小平氏は、まず中国の物質的な力を高めることを優先していた。当時の経済力は世界で8位や9位。世界2位になった今の時代には適さない」
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ーー日本人として中国の外交転換は心配です。
「日本は世界2位の地位を失ったばかりで心配するのは理解できる。しかし日本の後退は政治指導力の問題だ。『荀子』によれば、国は小さくても政治が強ければ、国は強くなる。10か月に1度、首相を取り換えていては強い指導力が生まれるはずがない」
ーー選挙を経ていない中国の政治は強いといえますか。
「強い政治とは何か。人々が幸せであることだ。人を幸福にするのはお金ではなく、フェアで公正な社会だ。今の中国では汚職や格差など社会の矛盾を修正し『調和のとれた社会』を目指す政治勢力と経済発展を重視する勢力が激しい闘争を繰り広げている。特に地方の書記や省長は経済発展を重視する。経済さえ成長すれば政治も安定するという見方が強いが、逆だ。?小平氏の改革開放政策が成功したのは毛沢東氏の階級闘争を大胆に切り替える政治力を発揮したからだ。
ーー徐々に西洋のように自由で民主的な国に向かうということではありませんか。
「違う。西洋型の自由民主主義は自由選挙と表現の自由さえあれば、たとえそれが混乱や貧富の差や民族間の衝突を生んだとしてもかまわないとする。結果よりプロセスの重視だ。私は結果を重視する。民主主義は社会秩序とセットでなければならない。秩序のない民主主義を混乱といい、民主主義のない秩序は全体主義と呼ぶ。インドやフィリピンは民主主義だが腐敗や社会の不公正は深刻だ」
ーー米国はどんな方向に向かうとみていますか。
「来年の大統領選挙で新しい指導体制が生まれれば衰退を食い止めることができるかもしれない。オバマ大統領は協調主義外交を取り、同盟の力を高める能力はある。しかし米国のハードパワーを高める能力が決定的に欠けている。借り入れに頼っていては復活できない。クリントン元大統領のように財政黒字を拡大し、ハードパワーを高めるレーダーを必要としている」 *強調(太字・着色)は来栖
閻 学通Yan Xuetong(ヤン・シュエトン)
1952年、天津市生まれ。黒竜江大卒、米カリフォルニア大バークレー校で博士号取得。政府系シンクタンクを経て清華大教授。専門は国際関係。文化大革命で東北部の農村に放され、16歳から9年間過ごした。「苦難を経験していない人は国際関係について楽観的になる傾向がある」と語る。2008年に米誌フォーリン・ポリシーが選ぶ「世界で最も影響力を持つ知識人 100人」に入った。
<インタビューを終えて>
先月、バイデン米副大統領が訪中した。四川省成都で専用機「エアフォース2」から出てきた副大統領が手にしていたのが閻教授の新著だった。6月に北京市内で開かれた外国特派員協会主催の講演でも、米、仏、スイスなど各国大使館の政務担当者が駆けつけ、立ち見が出るほど盛況だった。中国外交の先行きのヒントを得ようと多くの人が耳を傾ける。
タカ派のリアリストだ。ブッシュ前米政権で強硬外交を主導したネオコンになぞらえてネオコム(ネオコミュニスト、新共産主義派)と呼ぶ人もいる。主張は大胆で時にゾッとする。それでも不思議と説得力があるのは米欧の収縮と中国の拡大が目に見える現実として存在しているからだろうか。
言論統制がある中国で自国批判をする識者は少ない。閻教授が古代の賢者を引用するのは彼らに主張を代弁させている側面がある。辛口コメントもよく見ると現指導部への批判はない。
それでも政治・経済両面で?小平路線を「時代遅れ」と言い切るのは新鮮。共産党と政府の重要機関が集まる「中南海」はベールに包まれているが、そうした議論はあるのだろう。(北京=守安健)
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◆バイデン副大統領訪中で米国が見せた中国に対する配慮/日米中のトライアングル、米中2国間の関係に2011-08-30 | 国際/中国
毎年首相が交代する日本の不安定な政治によって、グローバルの場における日本の存在が薄れている ・・・・