福島第一原発:報道をはるかに超える放射能 死を覚悟する自衛官、国のリーダーにその認識はあるか
藤井 源太郎
JB PRESS 2011.03.18(Fri)
2011年3月11日に発生した三陸沖を震源とする「東北関東大震災」は、マグニチュード9.0の地震と大津波により甚大な被害をもたらしました。
この大震災によって原子力災害が発生し、被害は、政府や原子力安全・保安院、東電、マスコミの発表に反して日増しに拡大しつつあります。
今、喫緊の課題となっている原発事故に関連して、自衛隊の原子力災害派遣活動について国民の皆様に緊急にお知らせしたいと思います。
1 原子力災害派遣とは何か
3月11日、北沢俊美防衛大臣は原子力緊急事態宣言の発令を受けて、自衛隊に原子力災害派遣命令を発令しました。
ここで原子力災害派遣について振り返ります。1999年10月に茨城県東海村で発生したJCOウラン加工工場臨界事故の教訓を踏まえて、同年12月に原子力防災対策のため「原子力災害対策特別措置法」が制定されました。
これを受けて、自衛隊法が改正され「原子力災害派遣」の規定が新設されました。
原子力災害派遣(自衛隊法第83条の3)は、自衛隊法第3条で規定されている「いわゆる本来任務」の中の「第1項のいわゆる従たる任務」です。
自衛隊の主たる任務は、防衛出動です。これは、直接侵略および間接侵略に対し我が国を防衛することです。そして、必要に応じ、公共の秩序維持に当たるために行うのが、治安出動、災害派遣や原子力災害派遣などの「従たる任務」です。
この「必要に応じ、公共の秩序維持に当たる」とは、本来、公共の秩序維持は警察機関の任務であって、警察機関のみでは対処困難な場合に自衛隊が対処するという意味です。
「従たる任務」という観点から見ると、3月13日に菅直人政権は、自衛隊派遣を5万人体制から早々に10万人体制へ増強するよう打ち出しました。
しかし、領土問題などの極東情勢が緊張している今、「主たる任務」を手薄にすることの意味を踏まえた10万人体制の決断だったのか、疑問が残ります。
放射線が異常な水準で原子力事業所外に放出される事態などの原子力緊急事態が発生した場合に、内閣総理大臣が「原子力緊急事態宣言」を発出します。今回は、3月11日に発令されました。
これを受けて内閣府に「原子力災害対策本部」が設置されます。この災害対策本部長は、内閣総理大臣です。そして、この原子力災害対策本部長が、必要に応じて、防衛大臣に対し自衛隊の部隊等の支援を要請します。
この要請を受けて、防衛大臣は、自衛隊に派遣命令を発令します。それが、原子力災害派遣です。
原子力災害派遣における自衛隊の活動内容は、災害の状況、本部長の要請内容、人員・装備の状況によって異なりますが、主に、モニタリング支援、被害状況把握、住民の避難援助、行方不明者などの捜索救助、消防活動、応急医療、救護、人員および物資の緊急輸送、危険物の保安及び除去です。
自衛官の職務執行については、災害派遣と同じであり、警察権の準用です。火器および弾薬は携行しません(防衛大臣が別命する場合を除く)。
今回は、原子力発電所外における放射線検知と、被曝者の除染を行うとともに、原子力発電所内における消火と給水業務に当たっています。
2 命がけの災害派遣
福島第一原発所内での作業は、もはや年間許容被曝量をはるかに超えています。作業従事者の身体は、内部も外部も確実に放射線に汚染されています。命を失うことが目の前にあるにもかかわらず、命令に忠実に、職務の完遂を目指しているのです。
その証拠に、3月17日に人事院が、福島第一原子力発電所の関連作業に当たる一般職国家公務員に限り、放射線量の許容上限を従来の100ミリシーベルトから、250ミリシーベルトに引き上げる規則改正を行いました。これは自衛官にも準用されます。
これは、単純に、許容量を上げなければ作業ができないほど原発所内の放射線量が増加していることを意味しています。
ここで言う被曝限度とは実効線量限度のことで、これは外部被曝と内部被曝の集計で表されます。年間線量限度は50ミリシーベルトです。男性が緊急作業に従事する場合の実効線量限度は、100ミリシーベルトです。
政府や東電が発表している以上の放射能
これを、250ミリシーベルトに変更するということは、外部被曝だけを表す等価線量を300ミリシーベルト以上(目の水晶体)、1シーベルト以上(皮膚)にするということです。
政府や東電が発表している以上の放射線が、原子炉建屋付近に発生していると見て間違いないでしょう。
この危険な所内業務に従事しているのは、陸海空部隊ですが、特に陸上自衛隊中央即応集団隷下の中央特殊武器防護隊が中心的役割を果たしています。
中央特殊武器防護隊と聞くと、何だか凄い装備を持っていそうなイメージがありますが、そうではありません。
原子力災害で放出される放射性ヨウ素の予防という観点から見ると、ヨウ化カリウム薬剤が有効ですが、とても災害派遣自衛官全てに配布されているようには思えませんので、内部被曝も相当あると思います。
3月17日には、福島第一原発3号炉に対して、CH−47(陸上自衛隊)2機による空中からの給水が合計4回実施されました。
3号炉は、MOX(ウランとプルトニウムを混合した)燃料を使用しているため、特に放射線が強いと思われるので危険度が極めて高い状況にありましたが、ヘリ隊クルー19人はやり遂げました。
ただ、給水の有効性、搭乗員や機体の被曝リスクなどの観点から、今後再び空中給水は困難が予想されます。
同日、3号炉に対して地上からは、陸海空3自衛隊により、原子炉高圧放水可能な大型消防車5台による放水が34分間(約30トン)行われました。
放射線量は明言されていませんが、先ほど述べたように相当高い放射線量の中で、原子炉建屋から10メートルという至近距離から放水しました。この大型消防車も通常車両ですので、放射線対策は講じられていません。まさに、自衛官は命がけで前線に出たのです。
3 自衛隊の原子力災害装備に問題有り
放射線や核兵器に組織的に対応できる部隊は、陸上自衛隊にしかありません。具体的には、中央即応集団、各師団及び各旅団にある表記の部隊です(表参照)。 この特殊武器防護隊は、化学防護隊から発展したものですが、装備についての差は、生物兵器に対応する装備が増えた以外はほとんどありません。
このいずれの部隊も現在は、化学(Chemical)、生物(Biological)、放射性物質(Radiological)、核(Nuclear)による、いわゆるCBRNテロに対応するための部隊です。
これら防護隊の任務は、CBRNテロなどを「検知」、使用薬剤等を「識別・同定」、撒布量・範囲等を「監視」する「偵察」と、放射性物質や化学剤等の汚染を除去する「除染」です。対特殊武器衛生隊の任務は、使用薬剤や放射線の「同定」や「治療」の実施です。
特に、中央特殊武器防護隊は、有事に即応し得る高い機動性を持った中央即応集団隷下にあり、その隷下に第102、103特殊武器防護隊の2個実働部隊があります。
1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件に対応した第101化学防護隊から発展、改編された部隊です。
しかし、全国にこれだけの部隊があり、新たな脅威、多用な事態への対応強化という観点から年々拡充傾向にあると言っても、実際の規模は中隊または小隊規模でしかありません。
隊員が少なく交代要員がいない
つまり、隊員が少ないため、多量の放射線下で作業は何日間も持続できないのです。所属隊員が被曝して放射線量限界まで達した場合、交代しなければなりませんが、その交代要員が確保できません。
装備品も、放射性物質に対応しているのは、化学防護車(装綸)、除染車3型(B)、94式除染装置、線量計3形、CR警報機、化学防護衣4型、戦闘用防護衣、防護マスク4型、空気マスクですが、十分な量は装備されていません。
化学防護車は世界的に見た場合、いわゆる「NBC偵察車」に当たります。NBC偵察車は、汚染地域に進出して汚染状況測定やサンプル採取を行うものです。
この化学防護車は、α、β、γ線を遮蔽することができるのですが、1999年のJCOウラン加工工場臨界事故を受けて、さらに中性子線に対応できるよう、車両正面に水素原子を多く含む特殊素材を何重にも張り合わせた「中性子遮蔽板」が装備されました。
しかし、中性子線は鉛を透過するため、実際には半分程度しか遮蔽できません。
なお、本年度から後継車両であるNBC偵察車の部隊配備が始まります。
除染車3型(B)は、1995年の地下鉄サリン事件の際に出動し、除染剤を撒布していたことで有名です。
放射性物質の除染を行う場合、真水による外部の洗い流しが有効なので、本車両では、装甲車両や街路から放射性物質となっている塵や埃を、除染剤や温水等によって除去(洗浄)します。
しかし、本車両は部隊で使用している73式大型トラックをベースとしているため、β線以上の放射性物質から乗員を守ることはできません。このことは、73式中型トラックに搭載する94式除染装置についても同様に言えます。
ほぼ丸腰で放射能汚染地域へ向かう自衛隊員
いわば、丸腰で汚染地域での除染活動を行うことになってしまいます。
隊員が直接装着する個人装備には、化学防護衣、戦闘用防護衣と防護マスクなどがあります。化学防護衣は特殊ゴム素材による密閉型であり、夏場などわずか30分ほどで汗だくになる極めて作業効率の低下を招くものになっています。
戦闘用防護衣は、3層の通気性のある繊維状活性炭布を使用しており、同じく活性炭フィルタの防護マスクを併用して身体を完全に覆いますが、放射線を完全に防ぐことはできず、放射性物質の吸引による内部被曝を防ぐものという意味合いが強いものです。
このほか、圧縮空気を装面者に供給する空気マスクがありますが、マスク装着時は30分ほどしか作業ができません。
これらの個人装備では、α線やβ線を防ぐことはできても、γ線やX線、中性子線などの放射線を防ぐことはできません。
現在、恐らく放射性同位体である137セシウムなどからγ線や中性子線が出ているでしょうから、防ぐことは無理でしょう。
上述の通り、近年、ゲリラや特殊部隊による攻撃への対応や核・生物・化学兵器への対応といった、新たな脅威や多様な事態への実効的な対応を行うため、防衛省ではCBRNテロ対処装備の取得を行ってきましたが、取得途上にあることと、予算的制約により装備品が質、量ともに貧弱であることは否めません。
ですが、今現在、福島第一原発における事象対処(原発事故の場合、事故レベルが決定するまで事象と呼ぶ)のため、全国から終結し統合運用されている自衛官は、これらの装備を用いて基準値以上の放射線を浴びながら、命がけで作業を行っています。
被曝による自衛官の死傷者が、今後発生するでしょう。自分の生命が危険に晒されていることを知りながら、それでも多くの自衛官は、国民を守るために危険を顧みず、職務の遂行に当たっています。
4 服務の服務の宣誓と任務の完遂
自衛隊員になった者は、国家に対して服務の宣誓をして、特別権力関係を結びます。要するに、人権を制限し、国家が死を賭せと言えば黙々と命令に従うということです。
『自衛隊法施行規則第3節服務の宣誓−第39条 一般の服務の宣誓』
宣誓
私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な紀律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います。
確かに自衛隊員(自衛官や事務官など)は宣誓をしますが、今福島第一原子力発電所で作業している自衛官とて、人の子です。親があり、妻があり、子供がいます。被曝量によっては、もう家族や友人に会えないかもしれません。
ですから、どうか国民の皆様におかれましては、災害派遣は自衛隊の任務だからとか、服務の宣誓をしているのだから、自衛官が危険を顧みないのは当たり前だというふうには見ないで頂きたいのです。
死を賭して全国から集まっている原子力発電所職員、警察、消防職員同様、自衛官も英雄的精神をもって責務の完遂に邁進していることを理解して、支援して頂きたいと思います。
5 最後に
今さら装備品の追加は無理な要求ですから、今ある人員、器材で対処せねばならないとしても、隊員の士気を振作することは可能です。
隊員を喜んで死地に向かわせるのは、自衛隊最高指揮官である内閣総理大臣をはじめとする、防衛大臣などの各級指揮官の堅確な意志と熱誠を込めた言葉です。そして兵を死地に向かわせるなら、指揮官陣頭であるべきです。
本原発事象は長期化するでしょうから、是非、菅政権にあっては原子力災害派遣に従事する自衛官に対して、熱誠を込めた言葉で語りかけて頂きたいです。 〈筆者プロフィール〉
藤井 源太郎Gentarou Fujii
現役自衛官
国防 日米安保条約が締結されてから50年目が経ち、いつしか日米安保は空気のような存在となった。そんな折、日本では自民党政権が倒れ、沖縄にある普天間基地の国外・県外への移設を掲げる民主党政権が誕生した。普天間基地の移設問題では早くも日米間できしみが生じるなど、日本の国防が根底から揺らぎそうな雰囲気だ。一方、中国が軍事力、なかんずく海軍力を大幅に増強、北朝鮮からは核ミサイル発射の危険性も現実のものとなり、国を守ることを国民一人ひとりが真剣に考えなければならない時代を迎えている。
藤井 源太郎
JB PRESS 2011.03.18(Fri)
2011年3月11日に発生した三陸沖を震源とする「東北関東大震災」は、マグニチュード9.0の地震と大津波により甚大な被害をもたらしました。
この大震災によって原子力災害が発生し、被害は、政府や原子力安全・保安院、東電、マスコミの発表に反して日増しに拡大しつつあります。
今、喫緊の課題となっている原発事故に関連して、自衛隊の原子力災害派遣活動について国民の皆様に緊急にお知らせしたいと思います。
1 原子力災害派遣とは何か
3月11日、北沢俊美防衛大臣は原子力緊急事態宣言の発令を受けて、自衛隊に原子力災害派遣命令を発令しました。
ここで原子力災害派遣について振り返ります。1999年10月に茨城県東海村で発生したJCOウラン加工工場臨界事故の教訓を踏まえて、同年12月に原子力防災対策のため「原子力災害対策特別措置法」が制定されました。
これを受けて、自衛隊法が改正され「原子力災害派遣」の規定が新設されました。
原子力災害派遣(自衛隊法第83条の3)は、自衛隊法第3条で規定されている「いわゆる本来任務」の中の「第1項のいわゆる従たる任務」です。
自衛隊の主たる任務は、防衛出動です。これは、直接侵略および間接侵略に対し我が国を防衛することです。そして、必要に応じ、公共の秩序維持に当たるために行うのが、治安出動、災害派遣や原子力災害派遣などの「従たる任務」です。
この「必要に応じ、公共の秩序維持に当たる」とは、本来、公共の秩序維持は警察機関の任務であって、警察機関のみでは対処困難な場合に自衛隊が対処するという意味です。
「従たる任務」という観点から見ると、3月13日に菅直人政権は、自衛隊派遣を5万人体制から早々に10万人体制へ増強するよう打ち出しました。
しかし、領土問題などの極東情勢が緊張している今、「主たる任務」を手薄にすることの意味を踏まえた10万人体制の決断だったのか、疑問が残ります。
放射線が異常な水準で原子力事業所外に放出される事態などの原子力緊急事態が発生した場合に、内閣総理大臣が「原子力緊急事態宣言」を発出します。今回は、3月11日に発令されました。
これを受けて内閣府に「原子力災害対策本部」が設置されます。この災害対策本部長は、内閣総理大臣です。そして、この原子力災害対策本部長が、必要に応じて、防衛大臣に対し自衛隊の部隊等の支援を要請します。
この要請を受けて、防衛大臣は、自衛隊に派遣命令を発令します。それが、原子力災害派遣です。
原子力災害派遣における自衛隊の活動内容は、災害の状況、本部長の要請内容、人員・装備の状況によって異なりますが、主に、モニタリング支援、被害状況把握、住民の避難援助、行方不明者などの捜索救助、消防活動、応急医療、救護、人員および物資の緊急輸送、危険物の保安及び除去です。
自衛官の職務執行については、災害派遣と同じであり、警察権の準用です。火器および弾薬は携行しません(防衛大臣が別命する場合を除く)。
今回は、原子力発電所外における放射線検知と、被曝者の除染を行うとともに、原子力発電所内における消火と給水業務に当たっています。
2 命がけの災害派遣
福島第一原発所内での作業は、もはや年間許容被曝量をはるかに超えています。作業従事者の身体は、内部も外部も確実に放射線に汚染されています。命を失うことが目の前にあるにもかかわらず、命令に忠実に、職務の完遂を目指しているのです。
その証拠に、3月17日に人事院が、福島第一原子力発電所の関連作業に当たる一般職国家公務員に限り、放射線量の許容上限を従来の100ミリシーベルトから、250ミリシーベルトに引き上げる規則改正を行いました。これは自衛官にも準用されます。
これは、単純に、許容量を上げなければ作業ができないほど原発所内の放射線量が増加していることを意味しています。
ここで言う被曝限度とは実効線量限度のことで、これは外部被曝と内部被曝の集計で表されます。年間線量限度は50ミリシーベルトです。男性が緊急作業に従事する場合の実効線量限度は、100ミリシーベルトです。
政府や東電が発表している以上の放射能
これを、250ミリシーベルトに変更するということは、外部被曝だけを表す等価線量を300ミリシーベルト以上(目の水晶体)、1シーベルト以上(皮膚)にするということです。
政府や東電が発表している以上の放射線が、原子炉建屋付近に発生していると見て間違いないでしょう。
この危険な所内業務に従事しているのは、陸海空部隊ですが、特に陸上自衛隊中央即応集団隷下の中央特殊武器防護隊が中心的役割を果たしています。
中央特殊武器防護隊と聞くと、何だか凄い装備を持っていそうなイメージがありますが、そうではありません。
原子力災害で放出される放射性ヨウ素の予防という観点から見ると、ヨウ化カリウム薬剤が有効ですが、とても災害派遣自衛官全てに配布されているようには思えませんので、内部被曝も相当あると思います。
3月17日には、福島第一原発3号炉に対して、CH−47(陸上自衛隊)2機による空中からの給水が合計4回実施されました。
3号炉は、MOX(ウランとプルトニウムを混合した)燃料を使用しているため、特に放射線が強いと思われるので危険度が極めて高い状況にありましたが、ヘリ隊クルー19人はやり遂げました。
ただ、給水の有効性、搭乗員や機体の被曝リスクなどの観点から、今後再び空中給水は困難が予想されます。
同日、3号炉に対して地上からは、陸海空3自衛隊により、原子炉高圧放水可能な大型消防車5台による放水が34分間(約30トン)行われました。
放射線量は明言されていませんが、先ほど述べたように相当高い放射線量の中で、原子炉建屋から10メートルという至近距離から放水しました。この大型消防車も通常車両ですので、放射線対策は講じられていません。まさに、自衛官は命がけで前線に出たのです。
3 自衛隊の原子力災害装備に問題有り
放射線や核兵器に組織的に対応できる部隊は、陸上自衛隊にしかありません。具体的には、中央即応集団、各師団及び各旅団にある表記の部隊です(表参照)。 この特殊武器防護隊は、化学防護隊から発展したものですが、装備についての差は、生物兵器に対応する装備が増えた以外はほとんどありません。
このいずれの部隊も現在は、化学(Chemical)、生物(Biological)、放射性物質(Radiological)、核(Nuclear)による、いわゆるCBRNテロに対応するための部隊です。
これら防護隊の任務は、CBRNテロなどを「検知」、使用薬剤等を「識別・同定」、撒布量・範囲等を「監視」する「偵察」と、放射性物質や化学剤等の汚染を除去する「除染」です。対特殊武器衛生隊の任務は、使用薬剤や放射線の「同定」や「治療」の実施です。
特に、中央特殊武器防護隊は、有事に即応し得る高い機動性を持った中央即応集団隷下にあり、その隷下に第102、103特殊武器防護隊の2個実働部隊があります。
1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件に対応した第101化学防護隊から発展、改編された部隊です。
しかし、全国にこれだけの部隊があり、新たな脅威、多用な事態への対応強化という観点から年々拡充傾向にあると言っても、実際の規模は中隊または小隊規模でしかありません。
隊員が少なく交代要員がいない
つまり、隊員が少ないため、多量の放射線下で作業は何日間も持続できないのです。所属隊員が被曝して放射線量限界まで達した場合、交代しなければなりませんが、その交代要員が確保できません。
装備品も、放射性物質に対応しているのは、化学防護車(装綸)、除染車3型(B)、94式除染装置、線量計3形、CR警報機、化学防護衣4型、戦闘用防護衣、防護マスク4型、空気マスクですが、十分な量は装備されていません。
化学防護車は世界的に見た場合、いわゆる「NBC偵察車」に当たります。NBC偵察車は、汚染地域に進出して汚染状況測定やサンプル採取を行うものです。
この化学防護車は、α、β、γ線を遮蔽することができるのですが、1999年のJCOウラン加工工場臨界事故を受けて、さらに中性子線に対応できるよう、車両正面に水素原子を多く含む特殊素材を何重にも張り合わせた「中性子遮蔽板」が装備されました。
しかし、中性子線は鉛を透過するため、実際には半分程度しか遮蔽できません。
なお、本年度から後継車両であるNBC偵察車の部隊配備が始まります。
除染車3型(B)は、1995年の地下鉄サリン事件の際に出動し、除染剤を撒布していたことで有名です。
放射性物質の除染を行う場合、真水による外部の洗い流しが有効なので、本車両では、装甲車両や街路から放射性物質となっている塵や埃を、除染剤や温水等によって除去(洗浄)します。
しかし、本車両は部隊で使用している73式大型トラックをベースとしているため、β線以上の放射性物質から乗員を守ることはできません。このことは、73式中型トラックに搭載する94式除染装置についても同様に言えます。
ほぼ丸腰で放射能汚染地域へ向かう自衛隊員
いわば、丸腰で汚染地域での除染活動を行うことになってしまいます。
隊員が直接装着する個人装備には、化学防護衣、戦闘用防護衣と防護マスクなどがあります。化学防護衣は特殊ゴム素材による密閉型であり、夏場などわずか30分ほどで汗だくになる極めて作業効率の低下を招くものになっています。
戦闘用防護衣は、3層の通気性のある繊維状活性炭布を使用しており、同じく活性炭フィルタの防護マスクを併用して身体を完全に覆いますが、放射線を完全に防ぐことはできず、放射性物質の吸引による内部被曝を防ぐものという意味合いが強いものです。
このほか、圧縮空気を装面者に供給する空気マスクがありますが、マスク装着時は30分ほどしか作業ができません。
これらの個人装備では、α線やβ線を防ぐことはできても、γ線やX線、中性子線などの放射線を防ぐことはできません。
現在、恐らく放射性同位体である137セシウムなどからγ線や中性子線が出ているでしょうから、防ぐことは無理でしょう。
上述の通り、近年、ゲリラや特殊部隊による攻撃への対応や核・生物・化学兵器への対応といった、新たな脅威や多様な事態への実効的な対応を行うため、防衛省ではCBRNテロ対処装備の取得を行ってきましたが、取得途上にあることと、予算的制約により装備品が質、量ともに貧弱であることは否めません。
ですが、今現在、福島第一原発における事象対処(原発事故の場合、事故レベルが決定するまで事象と呼ぶ)のため、全国から終結し統合運用されている自衛官は、これらの装備を用いて基準値以上の放射線を浴びながら、命がけで作業を行っています。
被曝による自衛官の死傷者が、今後発生するでしょう。自分の生命が危険に晒されていることを知りながら、それでも多くの自衛官は、国民を守るために危険を顧みず、職務の遂行に当たっています。
4 服務の服務の宣誓と任務の完遂
自衛隊員になった者は、国家に対して服務の宣誓をして、特別権力関係を結びます。要するに、人権を制限し、国家が死を賭せと言えば黙々と命令に従うということです。
『自衛隊法施行規則第3節服務の宣誓−第39条 一般の服務の宣誓』
宣誓
私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な紀律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います。
確かに自衛隊員(自衛官や事務官など)は宣誓をしますが、今福島第一原子力発電所で作業している自衛官とて、人の子です。親があり、妻があり、子供がいます。被曝量によっては、もう家族や友人に会えないかもしれません。
ですから、どうか国民の皆様におかれましては、災害派遣は自衛隊の任務だからとか、服務の宣誓をしているのだから、自衛官が危険を顧みないのは当たり前だというふうには見ないで頂きたいのです。
死を賭して全国から集まっている原子力発電所職員、警察、消防職員同様、自衛官も英雄的精神をもって責務の完遂に邁進していることを理解して、支援して頂きたいと思います。
5 最後に
今さら装備品の追加は無理な要求ですから、今ある人員、器材で対処せねばならないとしても、隊員の士気を振作することは可能です。
隊員を喜んで死地に向かわせるのは、自衛隊最高指揮官である内閣総理大臣をはじめとする、防衛大臣などの各級指揮官の堅確な意志と熱誠を込めた言葉です。そして兵を死地に向かわせるなら、指揮官陣頭であるべきです。
本原発事象は長期化するでしょうから、是非、菅政権にあっては原子力災害派遣に従事する自衛官に対して、熱誠を込めた言葉で語りかけて頂きたいです。 〈筆者プロフィール〉
藤井 源太郎Gentarou Fujii
現役自衛官
国防 日米安保条約が締結されてから50年目が経ち、いつしか日米安保は空気のような存在となった。そんな折、日本では自民党政権が倒れ、沖縄にある普天間基地の国外・県外への移設を掲げる民主党政権が誕生した。普天間基地の移設問題では早くも日米間できしみが生じるなど、日本の国防が根底から揺らぎそうな雰囲気だ。一方、中国が軍事力、なかんずく海軍力を大幅に増強、北朝鮮からは核ミサイル発射の危険性も現実のものとなり、国を守ることを国民一人ひとりが真剣に考えなければならない時代を迎えている。