2014年08月22日(金) 週刊現代 賢者の知恵
佐世保「高1同級生惨殺」事件 すべて私のせいなのか……人生はある日突然、狂い出した 早大卒・弁護士・53歳加害者の父「悔恨と慟哭の日々」
妻を亡くして、3ヵ月で再婚したのはいけないことなのか/再婚相手に何と説明したらいいのか/予兆はあったが/これから娘とどう向き合えばいいのか/何もかも失って……
熱心に築き上げてきた地位や名誉は一瞬で消え去った。同級生をバラバラにするという類を見ない事件が、加害者の父を絶望の淵に追い込んでいる。親娘はどこで道を誤ってしまったのだろうか—。
*完全無欠の一家だったのに
「あれほどの事件を起こした娘の親となれば、佐世保で弁護士を続けるのはもう不可能でしょう。仕事がなくなるんだから、この街にはいられなくなるんじゃないですか。有名人だったのが、かえってアダになってしまった。いままで外面が良かったぶん、騙されたと失望する人も多いですよ」(加害者の父の知人)
もしかして、自分は子育てに失敗したんじゃないか—。子を持つ親なら、誰でもそう不安になる瞬間があるはずだ。だが親子のすれ違いが、ここまで取り返しのつかないことになるとは、誰が想像できただろう。
7月26日、長崎県佐世保市内で起きた事件を、簡単に振り返ろう。それは、国道35号線沿いのマンションで起きた。地元の高校に通う16歳の女子生徒(以下J子)が、中学校からの親友、松尾愛和さん(15歳)を惨殺し、バラバラにしたのだ。
犯行時刻とみられる20時ごろ、2人はJ子がひとり暮らしをするマンションの一室で過ごしていた。2人きりの空間で、J子は愛和さんの頭部を何度も鈍器で殴ったのち、実家で飼っていた犬のリードで絞殺。さらに遺体の首と左手首は切断され、事件現場には、腹部を切り裂かれた愛和さんの無惨な姿が残されていた。
事件後、J子は警察の取り調べに対し「中学生の時から殺人欲求があった」「(中学の頃から繰り返し行っていた猫の解剖を)人間でも試してみたかった」などと淡々と供述。凶器として使われたハンマーやノコギリは事前に購入されたものであることが判明し、殺人が計画的なものだったことが明らかになった。
日本中を驚かせたこの事件の加害者となったJ子の育った家庭は、傍から見れば完全無欠に近い、誰もが羨むエリート一家だった。
冒頭で知人が語っているように、父親のA氏(53歳)は、佐世保市内で「超」がつくほどの売れっ子弁護士だ。'85年に早稲田大学政治経済学部を卒業後、3年間にわたる猛勉強の末、司法試験に合格。'90年から市内の弁護士事務所で4年間の下積みをした後、独立し事務所を立ち上げた。現在市内に構える法律事務所は7名の弁護士が所属しており、「県内で最大、九州でもこんなに大きな弁護士事務所はないという規模」(A氏をよく知る弁護士の友人)だという。
弁護士としてのA氏の腕には定評があり、同市内に本社を置く大手通信販売会社「ジャパネットたかた」や、地元の老舗企業の顧問弁護士も務めていた。
「Aさんはこの街の『顔役』で、知らない人はいないというほどの有名人でした。弁護士として活動をはじめた時期に佐世保市の青年会議所に入り、最終的にはそこで理事長にまで登りつめ、140人を超える会員を率いていましたよ」(地元住民)
A氏は高校時代にスピードスケートで国体に出場するほどのスポーツマンでもあった。'01年には39歳の年齢で22年ぶりに国体のリンクに復帰し、それから14年連続で出場している。
「実際には、長崎県でスピードスケートをしている人なんてほとんどいませんから、『予選に参加すれば、即国体出場』のレベル。とは言え、そういうジャンルを選んで実績を作り上げるというのが、彼のやり手たる所以です。国体出場となれば地元紙などに取り上げられ、弁護士業のアピールに十分なりますから」(前出の地元住民)
ともあれ、弁護士として評判が高く、さらにスポーツイベントにも積極的に参加するA氏は、紛れもなく地元を代表する名士だった。「彼は政治家としての道も考えていて、近いうちに佐世保市長選に立候補するという話もでていた」(同前)という。
佐世保で異彩を放つ有名人だったJ子の父だが、昨年10月に急死した母親も、父親に劣らぬ存在感があったという。
J子の母は東京大学文学部出身で、結婚前はテレビ長崎の記者として働いていた。父は地元新聞の幹部、兄も東大出身という名門一家の生まれで、佐世保では指折りの才女だった。
「もともと、J子の両親はともに長崎市出身で、高校の同級生だったんです。高校を卒業してからは会っていなかったそうですが、佐世保で再会したのをきっかけに、結婚したと言っていました。当時父親はすでにこの街で弁護士をしていたんですが、奥さんの実家が仕事の関係で佐世保に引っ越してきて、彼女がたまたま遊びにきたときに再会したと聞いています。2人はすぐに意気投合し、結婚に至ったようです」(2人をよく知る知人)
母は、子育て支援やシングルマザーサポートのためのNPO法人を立ち上げるなど、女性の生き方を支えるボランティアをしてきた。また、'04年からの8年間は、市の教育委員を務めるなど、子ども教育への関心も高かったという。
「彼女がはじめた最初のボランティアは、盲目の方に本を朗読するというものでした。朗読した音声をカセットテープに入れて、目の見えない方々に読み聞かせていたんです。なので、市の福祉施設に出入りしていました。それをきっかけに、だんだんと子育て支援に力を入れるようになっていきました。シングルマザーの方が買い物をしやすいようにと、商店街に『親子広場よんぶらこ』という施設を作り、簡易託児所を設置していました」(同知人)
*家族の「秘密」
J子一家と付き合いのあった別の知人は、母親の人柄をこう評価する。
「彼女は東大出身ということをまったくひけらかさない、謙虚な方。恰好も質素で、いつもジーパンにポロシャツというカジュアルな服装で飛び回っていました。ボランティア活動を熱心にされていましたけど、それと同時に旦那さんの仕事も支えていたんですよ。旦那さんの事務所では電話番から雑務まで、裏方の仕事をこなしていました。『私にはこれくらいしかできないですからね』と笑っていたのを覚えています」
そしてJ子の兄も、エリートの両親と遜色のない優等生だった。兄は高校3年生時の模試で全国20位になるほど学業優秀で、母と同じ東大を目指していたという。結局、東大への進学は叶わなかったが、現在都内の有名私立大法学部に在籍している。
幼少期のJ子もまた、周囲を驚かせるほどに聡明な子どもだったという。
「J子ちゃんが4歳のとき、事務所に遊びに来てお父さんと話しているところに居合わせたことがあったんです。その内容が4歳とは思えないほど大人びていてね。私が『J子ちゃんは本当に利発やねぇ』と褒めると、あの子は『利発っておりこうさんって意味?』と返してきたんです。こんなに小さな子なのに、知らない言葉の意味をすぐに理解できるんだ、とびっくりしたのを覚えています。
毎年の年賀状も一家全員の姿が写った写真が使われていて、仲良し家族という印象でした」(同前)
そんな「華麗なる一族」の住まいは、市内を見下ろす高台にある。佐世保で富裕層が家を構えるこの地域のなかでも、その家は群を抜いて目をひく大豪邸だ。敷地は約80坪、建物は地上2階、地下1階という造り。敷地内には丁寧に手入れされた観葉植物が並ぶ。
家に招かれたことのある近隣住民の話では、屋内にはグランドピアノが2台置かれており、リビングでは、しばしば青年会議所のパーティが行われていたという。さらに敷地には通行人が足を休めることのできる庭が造園されており、そこにJ子の父が記した「夢いつまでも 自由に生きて」という言葉が刻まれたプレートが置かれている。
カネ、名誉、賢い妻、優秀で聡明な子どもたち。J子の父は誰もが「こうありたい」「こうなれればいいな」と願うもの、すべてを手にしていたはずだった。
だが、娘のJ子は、親友を絞殺し、遺体をバラバラにする事件を起こした。いったい、それはなぜなのか。実は、外見上眩しいくらいにきらびやかだった家庭は、触れればすぐ粉々に砕け散ってしまうほど大きなヒビが入っていたようだ。
それは父親の言動にも原因があったと語る人物がいる。J子の母と10年以上の付き合いがあった友人だ。
名家だけに、家長の発言力が大きかったのだろうか、この友人によれば、J子の父親は家庭内では妻を押さえつけるような言動を繰り返していたという。友人が明かす。
「ご主人はJ子さんが通う学校のPTA会長をするなど教育熱心で通っていましたが、家庭内では違ったようです。奥さんは、『夫がまったく子育ての手助けをしてくれない』と私に嘆いていました。小学校6年生のとき、J子さんが給食に漂白剤を入れて問題になった際も、ご主人は明らかに自分の体裁を気にした様子で『これ以上騒ぎを大きくしないでくれ』と被害者の両親に口封じを迫ったそうです。奥さんは『いつまでも子どもと向き合おうとしない旦那とはやっていけない。早く別れたい』とまでこぼしていました。
奥さんは外出するときにも、どこへ行くか、何時に帰るかご主人に報告していました。ご主人は、なんでも管理しないと気がすまなかったのでしょう。離婚を持ちかけても、受け入れてくれないとも悩んでいました」
*ウチの父親はゴミだから
夫婦揃ってエリートで、少なくとも母親の生前はほころびを外に見せなかったJ子一家だったが、母親はごく親しい人物にだけは、家庭の本当の姿を漏らしていたのだ。もちろん、両親の関係はJ子も知っていた。
またJ子の父A氏には、弁護士としての腕を評価する声がある一方で、その手法に疑問を持つ人々も、少なからずいた。一歩家庭の外に出れば「スーパーマン」だった彼も、かならずしもよい評判ばかりではなかったのだ。
「確かにあの人は弁護士としての能力は高かった。でも、Aさんは弁護士というよりも利益を追求する実業家タイプなんです。依頼人に求める報酬も高額で、訴訟になれば、通常の請求額の倍ほどのおカネをブン取ることもありました。訴訟では、相手を徹底的に潰しにかかる。私の周りでも、彼の情け容赦のないやり方に不満を持つ仲間はいました」(前出の弁護士)
A氏にしてみれば、自分の栄誉と同時に、家族に最高の生活を与え、子ども達に最高の教育を施すという家長としての自負がこうした行動につながったのかもしれない。
ただ少なくとも、娘にその気持ちはうまく伝わっていなかった。父と娘の溝が決定的になるのが、昨年10月の母の急死だった。
「昨年膵臓がんで奥さんが急死されたとき、数百人の参列者が集まったんです。事務所の社葬でしたが、参列者の大半は旦那さんの関係者でした。その葬儀で、旦那さんは1時間にわたって妻がいかにかけがえのない人だったのかを『独演』していました。けれど、私は正直、そのスピーチにも違和感を覚えました。亡くなった奥さんを悼んでいるようでいて、実は『悲しむ夫』の役を演じているような気がしたのです。娘のJ子さんも、そんな父親の姿には失望していたのではないでしょうか」(前出のBさんの友人)
今回の事件を起こすかなり前から、J子が父親を嫌い、憎悪すらしていたのではないかと疑わせる証言が、いくつもある。
「実はJ子さんが中学生の頃、一時的に母親のBさんと家を出ていた時期があったそうなんです。それも、父にJ子さんが暴力をふるうようになり、母親が連れ出したのだと聞いています」(J子の同級生を娘に持つ地元住民)
一部報道では、今年の春にも、J子が金属バットで父に襲いかかり、頭蓋骨を骨折させた、などと報じられている。その引き金となったのが、父の再婚だったことは想像に難くない。
「Aさんは妻が亡くなってから3ヵ月しか経っていないのに、20歳以上年下の女性と再婚しています。若い女性と街を歩いている姿も目撃されている。思春期の娘が父親のそうした行動をどういう目で見ていたのか、言うまでもありません」(地方紙社会部記者)
死んでしまえば、お母さんのことはどうでもいいの?やり場のない怒りをぶつけるように、J子は父に殴りかかった。その頃、J子は父に対しての憤りを、周囲にこう漏らしている。
「中学から高校にあがる前に、ウチの娘がJ子ちゃんと商店街で会ったんです。その時、娘はJ子ちゃんとファーストフード店で世間話をしたのですが、彼女が突然父親のことを『ゴミ』とこき下ろしはじめたそうです。Bさんの死後に開かれた校内の弁論大会でもJ子ちゃんは『マイ・ファーザー・イズ・エイリアン』と言い放ったと聞いています」(前出の同級生母)
父の早すぎる再婚を機に、父娘は別居状態に入った。表向きは「海外留学準備」のため。だが、父と娘の関係は、もはや修復不可能な状態に陥っていた。
ひとり暮らしを始めたJ子の部屋で、やがて惨劇が起こった。母を喪った痛み、別の女を家に迎えた父への憎しみ。鬱積したJ子の怒りが破壊衝動へと変わった時、それが向かった先は、たった一人の彼女の友だち、愛和さんだった。
J子の父は今、深い苦悩と悔恨の底に沈んでいるだろう。自分は、娘を育てることに失敗した。原因は、自分にあるのか。二度と、取り返しのつかない結果を招いてしまった……。
だが、妻が病死した後、53歳の男が若い女性と再婚するのは、それほど悪いことなのか。これから、どれほどの「罰」を受ければ赦してもらえるのか。否、もはや赦されることはないのか。
父親は「稀代の殺人少女の親」という烙印を押され、その十字架を一生背負っていかなければならない。確かに、娘が自分に襲いかかってくるなど、予兆はあったのかもしれない。しかし、発端は、ともすればどこの家庭でも起こり得る家族間の行き違いだった。それなのに、我々一家はまさに「すべて」を失うことになってしまった。
*父親への復讐は完了した
これほどの事件が起きてしまった以上、父親が若い新妻、つまりJ子にとっては継母となる女性と築くはずだった家庭の幸せも逃げていくだろう。新妻にとってみれば、血もつながっていない娘が、わずか半年ばかりの結婚生活を送った相手にいたというだけで、殺人事件の加害者家族になってしまったのだ。今後、新妻との生活を続けようとしたとき、父親は何をどう妻に伝えればいいのだろうか。いずれにせよ、2人が夫婦生活を続けることは、現実的には難しい。
父親を憎悪し、呪っていただろうJ子は、絶対にやってはならない殺人という犯罪を行うことで、父親の未来を完全に奪い去り、「復讐」に成功したとも言える。
「J子は未成年だから、何年かしたら社会復帰するでしょう。その時、Aさんはどうするんですかね。自分を殴り殺そうとし、友だちを実際に殺してしまったJ子を引き取って面倒を見ることができるのか。『今度こそ、殺されるかもしれない』。そう脅えながら生きていくのでしょうか……」(別の地元住民)
愛和さんの遺族は、一生J子たちを赦しはしないだろう。赦されることはないと知りながら、それでも遺族に謝罪と補償を続ける日々を送ることになる。
ジャーナリストの青木理氏はこう語る。
「被害者の立場になれば、加害者本人やその親が厳しく責任を問われるのは当然です。しかし、今回の加害者は16歳。立ち直りや更生には、父親の力が必要です。家族が支えてくれなければ、誰もあの子を支えてあげられなくなる。
父親はこれまで通りの暮らしは望めないかもしれない。それでも、少しでもきちんとした形で娘さんを支えて欲しいと思います」
もし同じ立場に立たされたとき、その覚悟ができている父親は、一体どのくらいいるだろうか。J子の父親の姿は、明日のあなたなのかもしれない。
「週刊現代」2014年8月16日・23日合併号より
◎上記事の著作権は[現代ビジネス]に帰属します
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