アメリカにとっての都合がシリア内戦の将来を決める オバマとイスラム国の戦争(その3)
JBpress 2014.10.14(火)黒井 文太郎
シリア北部ではいよいよトルコ国境の要衝であるアイン・アルアラブ(クルド名「コバニ」)の市内にイスラム国(ISIS)が侵入し、クルド人の民兵部隊「人民防衛隊」(YPG)をほぼ席捲しつつある。今後、イスラム国はトルコ国境までを押さえることになりそうだ。同市の内外に残された約1万3000人のクルド人住民が虐殺される恐れがあると、国連は警告している。
国境の北側ではトルコ軍が展開し、越境の準備をすでに整えた。トルコはシリア国内に緩衝地帯の設置を提案しており、NATO主導の有志連合という形を望んでいる。このプランにはフランスが賛成の意を表しており、アメリカとイギリスは「検討に値する」との立場をとっている。ただし、オバマ大統領は現時点まで、米軍の地上軍の展開はしない方針を堅持している(もっとも、同じく地上部隊の派遣を否定しているイラク戦線においては、軍事顧問としてすでに特殊部隊を中心に約1600人もの米軍兵士を送り込んでいる)。
空爆だけでイスラム国を撃退できていない状況に、米政界では米軍地上部隊のシリア派遣もやむなしとの声がちらほら出始めてきたが、いまだ主流にはなっていない。現在、アメリカはトルコに軍事行動を強く働きかけている模様で、今後の展開は未知数だが、いずれにせよトルコがどう動くかで状況は大きく変わってくるだろう。なお、マーティン・デンプシー米軍統合参謀本部議長は10月14日に、20カ国以上の軍の幹部と会合を行う予定とのことである。
アメリカは自分たちのために対外政策を決める
ところで、米軍による空爆の是非については、主に「それがシリアの状況にとって良いのか、悪いのか?」との観点で語られることが多い。良ければ「空爆支持」となるし、悪いとなれば「空爆反対」となる。その是非についてはまた稿を改めたいと思うが、ここで指摘したいことは、そうした観点だけのアメリカ支持あるいはアメリカ批判は、現実にはあまり意味を持たないということだ。
なぜなら、状況を変える力のある国は事実上アメリカだけであり、そのアメリカを動かすのはアメリカ国内の事情、すなわち米議会や米世論の動向だからである。アメリカはシリア人のためではなく、自分たちのために対外政策を決める。
シリアの状況にリアルに影響を与える選択肢は、「それがアメリカ国民にとって良いのか、悪いのか?」で決定されるのである。
仮にアメリカが「何もしない」という選択肢をとれば、それで話は終わりだ。「アメリカが何もしなかった」との米国外での批判は多く(シリア人にも多い)、筆者自身も「アメリカにもっと早く軍事介入してほしかった」との思いを強く持っているが、そうした声は残念ながら、状況を動かす力にはならない。
逆にアメリカが何かをした場合であれば、国際社会はそれを批判することはできる。そうした批判の高まりがアメリカの不利益になるなら、アメリカの対外政策を変えさせる可能性はある。だから、アメリカ批判あるいは支持もまったく意味のないことではないが、それでもそれはあくまで副次的なものだ。
アメリカとしてはもちろん、国際社会の批判が集中するような対外政策は、それ自体が自国の不利益になるので採用することは考えにくい。その点でアメリカは、対外的には自らの介入に正当性を主張する。多くの場合、賛否両論があるが、いずれにせよそれらをすべて総合して、アメリカ政府はアメリカのためにリスクを負って行動することになる。
アメリカが自らもダメージを受ける可能性の高いリスクを負う決断をするその理由は、なによりも自分たちの安全保障である。経済的利益の側面ももちろんあるが、単なる金儲けのために自国兵士の生命を犠牲にするような選択は、民主国家の指導者はとれない。また、民主国家の指導者は、国民世論を無視して政策を進めることは、一時的にある程度は可能かもしれないが、継続することはできない。
仮に国連が強力な「国連軍」というものを持ち、いわゆる「保護する責任」で軍事介入できればいいが、現実にはそうした仕組みは成立していない。したがって、いずれかの国が動くしかないわけだが、現在、自国から遠く離れた場所で、それなりの規模の紛争に介入できる軍事力を持つ国は、やはりアメリカをおいてほかにない。世界最強の米軍が本気になれば、イスラム国もアサド政権軍も、戦線において撃破することは容易である(その後の根絶や治安のコントロールは確かに難しいが)。
アメリカがリスクを負う判断基準とは
他の国にそのような力はない。他の西側主要国は、アメリカが決断すればそれに従うかどうかだけの話で、イラクやシリアのようなそれなりに規模の大きな戦線で自らが率先し、突出して軍事介入などはしない。したがって、現実的には、重要なのはアメリカの決断だけと言って過言ではない。
アメリカの指導者がまず考えるのは、リスクである。軍事行動に出た場合、自らも大きなダメージを受けることは避けられない。経済的にも打撃を受け、自国兵士が戦死し、将来も長く復讐のテロの対象になる。それを人道的介入の結果、アメリカだけが甘受しなければならないと、アメリカ国民が考えるはずもない。
かつてアメリカが「世界の警察」と呼ばれたのは、冷戦時代に米ソで世界を取り仕切っていた構造が崩れ、アメリカが唯一の超大国となった状況で、国際秩序の維持がアメリカの国益となっていたからだ。それも程度の問題で、自国の経済が大きく圧迫されたり、自国の兵士が大量に犠牲になったりしないような範囲内でのことである。
ところが、9・11テロ後のアフガン戦争やイラク戦争の後処理で、アメリカは多くの自国兵士を死なせた。アメリカ国民から見れば、当初は「テロとの戦い」という自衛目的を掲げていたものの、喫緊の脅威をほぼ取り除いた後も、大きな犠牲を払い続けることになった。こうした国内事情から、今後、アメリカが自国兵士を危険に晒すレベルの軍事行動に動くとすれば、アメリカ人の安全が危機に陥る状況しかない。
つまり、現実の世界でもっとも重要なのは、アメリカの安全保障という視点で、アメリカの国内世論がどう動くかということである。シリアに関していえば、軍事介入が自分たちにプラスなのかマイナスなのかということが重要なのだが、これに関してアメリカの世論の動向を振りかえってみたい。
状況を放置したオバマ大統領への批判
オバマ大統領は昨年、アサド政権がサリンを使用して住民を虐殺したことを受け、いったんはシリアへの軍事介入の方針を表明した。かねて「大量破壊兵器使用がレッドライン」とアサド政権に警告していたからである。大量破壊兵器の使用を黙認すれば、その歯止めが外れ、いずれ自国の安全保障も危機に晒されるとの判断だ。
ところが、これにアメリカの議会も世論も強く反対した。アサド政権がいくら化学兵器を用いてシリア国民を虐殺しようとも、直接アメリカが化学兵器の攻撃に晒されたわけではない。アサド政権は対米テロを志向していたわけではないのだ。
アメリカ国民からすれば、確かにシリアの人々は可哀相だが、その対処には世界中が責務を負うはずで、なぜ自分たちだけがリスクを負わなければならないのか、という話になる。それは当然のことだ。
ただし、それでオバマ大統領がシリアの状況を放置したことが、現在のイスラム国の台頭という脅威を招いたとの批判が、最近になってアメリカ国内でも出始めている。世俗派の反体制派をもっと本格的に軍事支援していれば、イスラム過激派の台頭を許さずに済んだはずだという批判である。
この批判は、もっぱらオバマ大統領個人に向けられている。アサド政権打倒を明確にし、反体制派を軍事支援すべきとの意見は、もっと早い段階から共和党の重鎮であるジョン・マケイン上院議員などが主張してきたことだが、オバマ政権内部にいたヒラリー・クリントン前国務長官、レオン・パネッタ前国防長官、デービッド・ペトレイアス前CIA長官なども賛同していた(パネッタ前国防長官は10月7日に発表した回顧録「Worthy Fights」でもその点でオバマ大統領を批判している)。
それにストップをかけたのは、オバマ大統領自身だ。アメリカが単独介入することのリスクを重くみたわけだが、それはアメリカ国民の世論とも合致していた。
今回、オバマ政権がまず8月8日にイラク空爆を開始したのは、イラクでイスラム国が凄まじい勢いで勢力を伸ばし、イラク第2の都市モスルを占領したうえ、バグダッドやクルド自治区の中心都市アルビルに迫るなど、イラク主要部がイスラム過激派に席捲される瀬戸際だったからだ。
当時、イスラム国はイラク北部でクルド人のヤジディ教徒に対する大虐殺と民族浄化を進めており、国際報道でも大きく扱われたが、米軍の介入は彼らを救ったことになったため、国際社会からの批判はほとんど生じなかった。その時点で、アメリカ国民がもっぱら懸念していたのは、他人の泥沼の紛争に、再びアメリカが巻き込まれないかということだった。
アメリカ国内の世論が大きく動いたのは、8月19日、イスラム国が米国人人質の処刑映像をネットで公開したときだ。9月2日には2人目の米国人人質が処刑され、イスラム国の脅威に対する反感が、さらに一気にアメリカ世論に広がった。
アメリカ国内の世論動向
従来、イスラム国はもっぱら近隣に勢力を広げることに力を注いでおり、アルカイダのような対米テロを志向してきたわけではなかったのだが、イラクでの米軍空爆により、アメリカとイスラム国は全面戦争に突入していた。今後、対米テロに動く可能性は高く、アメリカにとっての脅威度が増したのである。
かといって、まだ往年のアルカイダのように具体的に対米テロ作戦に動いているわけではないため、現時点ではアメリカ国内の危機感も、それほど切羽詰ったものとはなっていない。オバマ大統領はアメリカの安全保障を理由にシリア空爆に踏み切ったが、その是非についてはアメリカ世論にもさまざまな声がある。
現在、米政界で軍事介入を批判しているのは、オバマ大統領の政敵のような人物を別にすれば、主に「戦争より対話を」と主張する民主党リベラル派の一部と、逆に「アメリカは他人の紛争に関わるな」という共和党右派のティーパーティ運動系の一部である。その間の勢力は、やはり世論動向を見ているところと思われるが、少なくとも現在の空爆レベルの介入であれば、反対の声は大きくない。
国際的な世論動向としては、シリア空爆とほぼ同時に、イスラム国は冒頭に記したように北部のクルド人地域に侵攻し、クルド人住民が大変な災禍に見舞われたことから、国際社会では現在、アメリカ批判よりは「クルド人を救え」との声が強い。主要メディアも、トルコ国境に派遣された記者がクルド人の惨禍を連日伝えており、米国内でも軍事介入を支持する声が増えてきている。
ただし、現時点でアメリカでは、対イスラム国だけに注目が集まっており、アサド政権を打倒せよというところまではいっていない。前述したパネッタ前国防長官などのように、シリア内戦そのものへの毅然たる介入が必要だったとする声も徐々に出てきてはいるものの、アメリカ国内世論ではまだそこはリアルな脅威とまでは認識されておらず、主要な論点にはなっていないようだ。
空爆をしなければ将来アメリカが危ない
人道的観点からすれば、アサド政権の残虐行為は、イスラム国による残虐行為と同等に「打倒されるべき」ものということになるが、問題は「誰が打倒するのか」いうことであって、もしもそれをアメリカに期待するなら、アメリカへの脅威を示して米国内世論の変化を促すのがもっとも効果的であろう。
逆にアメリカの空爆に反対するなら、空爆によってアメリカへの脅威がむしろ高まるか、あるいは世界から孤立して大変な不利益を被ることを示さなければ、極論すれば、単なる自己満足の遠吠えに終わってしまう。
空爆をしなければ、アメリカがすぐにイスラム国に敵視されることはなかったろう。しかし、イラクとシリアで彼らの支配地が固定化し、極めて危険なイスラム過激派の聖域が誕生すれば、いずれ大変な脅威に成長することは疑いない。どちらがよりアメリカの将来にとって危険なのか? という議論こそが、もっとも現実世界を左右するのだ。
さて、今回は主に空爆の主役であるアメリカ側の論理と動向を中心に考えてみたが、次回は、より具体的な空爆の効果の検討、さらにはアサド政権の動向をめぐる動きについてみていきたい。
(つづく)
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