安倍晋三首相は何を目指しているのか PRESIDENT 2015年2月2日号 著者;瀧本 哲史
PRESIDENT Online 2015年1月15日(木)
■なぜ民主の代表選が総選挙より重要か
政治をめぐってメディアには様々な論評が載るが、個別の問題については専門家に意見を求めるべきだろう。たとえば特定秘密保護法は、憲法学者が条文を参照しながら論評すべき事案で、法律に疎い人物が特定のイデオロギーを主張するために書いた評論は優れたものとはいえない。だから本稿でも安倍政権の政治姿勢や政策への当否は述べない。代わりに戦略論やアライアンスの視点から安倍政権のこれからを考えたい。
まず、政治は、議席数という市場の中でのシェア競争である。憲法上そう決まっている。勝利条件は「衆参両院で過半数をとる」か「衆議院で3分の2」のどちらか。委員会の委員長の配分など細かい点はあるが、基本的にはこの勝利条件を満たすように選挙マーケティングで議席獲得し、アライアンスを形成するというゲームである。現在の多党分立と衆参で異なる選挙の制度、タイミングからすると衆参両院での過半数は意外に難しく(データ上も参議院選挙は「判官贔屓」の傾向がある)、1党で3分の2以上とるのも難しいので、現実的には、アライアンスによる3分の2になる。多数派から見た時に一番理想的なアライアンスは、勝利条件に必要な最小の規模、最少の政党数でアライアンスを組むべきだから、自公アライアンスが合理的な戦略となる(ヨーロッパの連立政権の歴史も似た傾向がある)。
また、勝利条件達成のための最後の票を決める政党は、議席数以上に強い力を持つことができることから、「要党(かなめ)」とも呼ばれる。要党の力は、議会内だけでなく、各選挙区でも発揮される。小選挙区制では最多得票数を競う戦いになるが、接戦であれば接戦であるほど、候補者を立てない少数政党への支持票が重要になるので、ここでも少ない票数で当落に影響を与えることができる。
ここまで書くと「選挙は政党が掲げる政策への支持・不支持である投票によって決まるのではないか」という疑問をもつかもしれない。しかし、実際には約半数の選挙区の当落結果は、選挙前から決まっている。これは驚くべき事ではない。アメリカの大統領選挙でも49の選挙区のうち結果が変わるのは八から12の選挙区に過ぎない。そのほかの選挙区は、民主党と共和党のどちらがとるかはいつも決まっている。
各政党の政策に違いがあるのかも疑問だ。自民党内でも金融政策、改憲、消費税などで相当見解の違いがある。いくつかのイシューについては民主党の一部議員の方が安倍首相の考えに近いとすらいえる。(※1)
さらにいえば、有権者が政策で政党を選んでいるかも怪しい。米ダートマス大学の堀内勇作准教授らは、政策を自動車などのスペックと同じように考えて、マーケティングでよく用いられる「コンジョイント分析」によって、政策支持と政党支持の関連の分析を試みているが、政党公約との整合性が十分とは言えないようだ。結局、二大政党制を担うはずだった自民党と民主党の政策差異は有権者には認知できなくなっている。
言い換えれば、「政策のコモディティ化」が進んでいるのだ。一方、政策を大きく差別化している日本共産党は比例得票を20%ほど増やしたが、今後ともニッチなプレイヤーに留まるだろう。以上を踏まえると、今回の選挙は、「自公で3分の2以上」にはなるが「自民単独で3分の2には達しない」という結果が、最初から決まっていた選挙だった。
それでは今回の選挙の意味はどこにあったのか。私は、現実的にはもう一つの選挙がより重要になってくると考えている。それは1月18日に行われる民主党代表選挙である。今回、自民党は、民主党幹部を狙い撃ちして、幹部の派遣や予算の配分を行ったことが報道されている。その典型例が、民主党の党首である海江田万里氏だ。
■バランサーの公明は「改憲」で外されるか
海江田氏は経済評論家から政治家に転身した人物で、高い知名度を誇る。一方、選挙区の東京1区ではライバルだった与謝野馨氏にたびたび敗れていて、必ずしも強固な地盤をもつわけではなかった。そこで、自民党は「人物ブランド」において、海江田氏と差別化できる候補を立てた。候補者に選ばれた山田美樹氏は、40歳の女性で、経済産業省から外資系コンサルティング会社を経て、ファッションブランド勤務という人物。80年代に野末陳平氏の秘書として「税金党」の結党に関わり、地元の商店主などに経済通のビジネスマンとして知られてきた海江田氏のお株を、完全に奪うキャラクターである。結果、海江田氏は落選。民主党代表を辞任することになった。海江田氏は特に安全保障政策において左派と目されていたため、今後、民主党の右派がまとまりやすくなり、自民党としては改憲でのアライアンスがつくりやすくなるはずだ。
自民党はこの手の「人物ブランド」の差別化戦略を意識していると思われる。たとえば東大法学部卒で公募出身の中堅幹部には、同じ東大法学部卒の公募候補をぶつけている。前者は転勤族で都内の私立高校を出ているが、後者は高校まで地元だ。「落下傘」対「地元」という構図がつくられた結果、民主党の中でも選挙が強かったこの中堅幹部も最近は比例復活が精一杯である。安倍政権が憲法改正を目指すのであれば、今後も、政党レベルではなく、議員レベルでマーケティング戦略を立ててくるのではないかと予想される。
一方、将来、民主党とのアライアンスを視野に入れると、現在のパートナーである公明党の動きが重要である。公明党は様々な政策において安倍政権に対するバランサーというポジションをとっている。今回、公明党は議席数を増やしたほか、自民党への選挙協力にも応じ、要党としての存在感を高めた。その点で公明党の交渉力は上がったといえるだろう。しかしここに「戦略のパラドックス」がある。実は、アライアンスパートナーとして強くなりすぎるとアライアンス瓦解のリスクも高まるのである。
今回、投票率が低かったため、自民党の議席数は予想ほど伸びず、公明党への依存度が上がった。このため自民党は次の参議院選挙において投票率を高くすることへのモティベーションを得た。これは、公明党が希望しない2016年の衆参同時選挙へのインセンティブが高まったということでもある。次の参議院選挙で、自民党が単独で参議院過半数をとれるならば、公明党とアライアンスをするメリットは減る。むしろ、衆参両方で3分の2を目指すのであれば、海江田氏の力が弱まった民主党とのアライアンスが合理的である。
しかし、民主党とのアライアンスはより大きな政党とのアライアンスとなるので、自民党の連立政権内でのパワーは減少せざるを得ないし、自民党内の統制すら容易でない(今回の解散総選挙は党内の反安倍政権派を統制する効果を狙ったとの報道もある)。安倍政権にとっては大きなギャンブルとなるだろう。
現実的には、衆参同時選挙や民主党との提携をBATNA(最も望ましい代替案)としてちらつかせながら、公明党とぎりぎりの交渉(たとえば改憲要件の緩和だけを求める改憲発議といった妥協策)を続けていくのではないだろうか。(※2)
安倍政権や各党の幹部がどのような原理で行動しているかは、うかがい知れない。ただ、戦略論に基づいてビジネス同様に合理的な分析で意思決定していると考えると、一見不合理に見える政治過程も、全く違う見方ができるのである。
※1:2012年、民主党執行部は消費増税法案をめぐって、「経済状況を好転させることを条件として実施する」という条件を付則18条に加えた。
※2:BATNA(バトナ)とは、「Best Alternative to Negotiated Agreement」の略。交渉に合意することに次ぐ最善の選択肢、という意味。詳しくは『武器としての交渉思考』(星海社新書)を参照。
京都大学客員准教授、エンジェル投資家 瀧本哲史
東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科助手を経て、マッキンゼー&カンパニーへ。主にエレクトロニクス業界のコンサルティングに従事する。3年の勤務を経て投資家として独立。著書に『僕は君たちに武器を配りたい』『君に友だちはいらない』などがある。
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