逆転無罪判決 裁判員制度にまた課題が
2011年10月20日 11:00 社説
心神喪失とは、精神の病などで、事の善悪を判断し、それに基づいて行動することが全くできない状態を指す。この能力が著しく低下したのが心神耗弱だ。
日本の刑法では、被告が心神喪失なら責任能力がないとみなされ、刑事責任は問われない。心神耗弱の場合は刑が軽減される。刑事裁判では精神科医の鑑定を参考に、裁判所が判断している。
ただ、裁判官でも見極めは難しい。一般市民の裁判員なら、なおさらだろう。この問題点が、控訴審での「逆転無罪」という形で浮き彫りとなった。
大分県竹田市で母親を殺害したとして殺人罪に問われた統合失調症の男性被告(51)に対し、福岡高裁が「責任能力を認めた一審判決は誤り」と指摘し、逆転無罪を言い渡した。最高検によると、控訴審が裁判員裁判の有罪判決を破棄し、全面無罪としたのは初めてだ。
一審の大分地裁でも被告の責任能力が最大の争点だった。弁護側は「心神喪失状態だった」と無罪を主張したが、判決は「善悪を理解する能力を失っていたとはいえない」として、犯行当時は心神耗弱状態だったと認定し懲役3年、保護観察付き執行猶予5年を言い渡した。
これに対し控訴審判決は、被告が急に犯行を思い立ったことや約1時間もしつこく攻撃を繰り返した異様さなどを挙げ「真面目で思いやりのある以前の人格と異なり」「当時は重度の統合失調症による心神喪失状態だった」と認定した。
最高裁司法研究所は裁判員裁判実施前に「控訴審は裁判員の判断をできる限り尊重する必要がある」と求めたが、一審に事実認定などで誤りがあるなら上級審で是正するのは当然のことである。
問題は、一審の大分地裁の裁判員裁判で審理が十分尽くされたかどうかだ。あらためて検証する必要があろう。
一審は今年1月25日から2月2日まで審理されたが、事件を話し合う評議は実質2日間とみられている。証拠には一般市民には難解な精神鑑定書も含まれていた。専門家から「日程が十分だったか疑問が残る」との声が上がっている。
被告を裁くとなれば「理解できない」では済まされない。一歩間違えば無罪の人を有罪にする恐れがあるからだ。
今回、控訴審は裁判官だけで初公判から判決まで約1カ月かけている。判決は多角的に責任能力を吟味したことがうかがわれる。裁判のプロでも、これぐらいの慎重さが要るということだろう。
責任能力の有無を争う裁判では、専門用語を分かりやすく説明し、十分な審理時間を確保することは欠かせない。
心神喪失が疑われる事件は裁判員裁判の対象から外すべきだ−という意見がある。今回の事態に照らすと、検討すべき課題だろう。市民感覚を生かすという裁判員裁判の趣旨とは別次元の話だ。
来年は裁判員法が「施行3年後」と定めた制度の見直し時期に入る。この問題も重要な見直し事項である。=2011/10/20付 西日本新聞朝刊=
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◆裁判員・被害者参加制度
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