中野剛志先生のよくわかるTPP解説―日本はTPPで輸出を拡大できっこない!
2011年11月10日
中野:TPPの議論で妙なのは、まず簡単に説明すると、もうご案内の方も多いと思いますが、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイという非常に小さな国が最初に協定を結んでいました。ところがこれにアメリカが入ろうといって、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、最近ではマレーシアがその交渉に参加するということになって、それで環太平洋連携協定(TPP)というものの交渉が行われ、ルールづくりが行われているという話になっています。貿易の関税自由化がかなり急進的に自由化を目指すと。貿易もモノだけでなくて人とかサービスも含めて包括的なものになっていると聞いています。交渉参加にあたって、あらかじめ、例えばコメは例外ですよとかいう自由貿易の例外品目を提示して参加するのは認められない。類似の自由貿易の協定で、よくFTAと聞くと思うんですが、あれはアメリカと韓国の2国間でやるものなんですけど、これは多国間でやる。
西部邁(にしべすすむ):FTAというのは、Free Trade Agreement。
中野:10月初旬に菅首相がこの交渉の参加を検討すると所信表明で言ってから、11月初旬のAPECまでわずか1カ月の間でこれだけ包括的な話を急にするという、唐突感がまず異常なんですが、この議論はかなり大切であるにもかかわらず、マスメディアだけでなく政府あるいは経済界が、「開国か鎖国か」「平成の開国をすべきかすべきでないか」とか、極めて単純極まりない分類でやっている。まず、日本はいま鎖国なんかしていないわけですよ。平均関税率でも世界的に見ると低いほうですし、農業に限定した平均関税率だって、かなり低いほうです。「完全な貿易自由化」と「完全な鎖国」との間に山ほどバリエーションがあるのにですね。
西部:さっき聞いてびっくりしたけれども、農業の関税ね、日本は700%前後でしたっけ。
中野:それはものによるんですね。
西部:ものによるのね。でもそれを平均で言うとEUより低いんですって?
中野:そうです。計算のしかたはいろいろありますが、EUより低かったりしているわけです。TPPの参加国はみんな農業国が多かったりするので、この中では日本は高めですが、世界で見ると、別に特に高いわけじゃない。議論のレベルがあまりにも単純だというのがまず非常に気になる。もう一つ気になるのが、なんかTPPで日本の農業が危ないというのは聞いてますよね。
秋山:ええ、聞いています。
中野:確かにそれはあるんです。ところが一方で、TPPをやると輸出を伸ばせる。製造業は得をするが、農業は損をする。
秋山:それで反対しているんですかね。
中野:ええ。で、どっちがいいのかみたいな、農業対製造業みたいな話で、議論がほとんどなっているんですが、私の見立てでは、製造業がTPPに参加して一層拡大するとかは、できません。まずTPPがアジア太平洋の貿易のルールの基本になるとか、これに乗らないと世界の孤児になるとか、そういった議論がされているんですが、交渉参加しているシンガポール、ニュージーランドうんぬんかんぬんが大体9カ国あるんですが、これに仮に日本を加えて、GDPでどれだけ大きなシェアがあるかというと、この10カ国のうちGDPはアメリカが67%、日本が24%、オーストラリアは5%で、ほぼ9割が日米なんです。
秋山:日米ですね。
中野:残りの7カ国で4%なんですね。しかもアメリカと日本以外の国は、みんな外需依存度が高い。GDPに占める輸出の割合が3〜4割と高い国が多いので、内需でもう1回計算し直すと、アメリカが73%。内需がですね。つまり日本が輸出できそうな場所ですね。アメリカ73%、日本は23%、オーストラリアは3.7%、残り7カ国で0.1%です。
西部:(笑)
中野:だからTPPでアジアの成長と共に日本が輸出を伸ばすとか言ってるんですけど、0.1%なんですよ。
西部:そうね。
中野:これはだからアジアの成長とか全然関係ないんです。これは実質的に「日米」貿易です。日米自由貿易なんです。
西部:アメリカとジャパンの関係であって、それに入らなければ世界の孤児になるということ自体が、統計上のまったくの間違い、嘘話ということですね。
中野:そうです。東アジアでこれが、本当に東アジアや太平洋のルールになるためには、韓国と中国が入らなければいけないんですけど、韓国はFTAを選んでいるんですよ。その理由はですね、こんなところに入ったら、これは日本とかアメリカに輸出したい国が7カ国もあって、みんなアメリカの味方になるので、ルールメイキングをしたら韓国や日本の味方にならないから、だから韓国は2国間で勝負しようとしているんです。この中に入るのは不利だから、韓国は2国間でやっているんですね。それから中国が入らないと意味がないんですが、中国は入りっこないわけです。中国は自由貿易、関税以前に、人民元問題といって、為替のコントロールをしちゃってるので、自由貿易以前の、基本的な段階でつかえているので、中国も入らない。そうすると大体このメンバーなんですけど、でも日米なんですよ、これは。
西部:そうだね。アメリカに対して工業、製造業の輸出増などは、関税撤廃しても見込まれないというのはどういうふうな。
中野:それはですね、まず日本は輸出を先というのは、アメリカに輸出をするということを考えなきゃいけないんですが、アメリカは、オバマ大統領がこう言っています。「5年間で2倍に輸出を拡大する」と。アメリカは貿易黒字を増やすと言っています。貿易黒字、輸出拡大戦略のためにTPPを活用すると言ってるんですね。つまりアメリカはTPPを活用して、アメリカの輸出を拡大すると言っているんです。そうすると、アメリカが輸出できそうな国って、この中だと日本しかないので。
西部:日本だけですね、これ。
中野:そうなんですよ。だから日本に輸出したいとアメリカは言っているんです。しかもアメリカはいま失業率が9.8%とかものすごいことになっていて、そんなところに日本が輸出なんかできっこないんですよ。その逆なんですね。で、一つそこで疑問なのは、じゃあなんで貿易黒字を増やしたいんだったら、アメリカは自由貿易を使用としているのかなんですよ。なんでアメリカが関税を撤廃しようとしているのかなんですが、これは理屈は簡単で、もはやアメリカが輸出を拡大する方策は関税じゃないんです。為替なんです。
西部:そうですね。
中野:だから関税なんかもう全然関係ないんですね。
西部:要するにドル安にして輸出をしやすくするということね。
中野:そうです。すなわちですね、アメリカの戦略はおそらくこうなんですね。まずアメリカに味方する国々がいっぱいある中に、日本を巻き込んで、多数決で自分の国に有利なようにルールを決めていく。で、確かに農業の関税を撤廃させる代わりに、アメリカも関税を撤廃してみせますが、そのあとアメリカはドル安に誘導するので、結局日本の工業製品の競争力は減殺されて、減殺されなければアメリカに現地生産をする。アメリカに工場を建てる。もうそうなっていて、為替リスクとかあるので、例えば自動車産業はアメリカで販売する車の66%がすでに現地生産のものなんです。もう関税も為替も関係ないんですよ。
西部:そうだよな。
中野:ホンダ自動車なんて8割ですよ。
秋山:8割。ホンダが。
中野:8割が現地生産なんで、もうすでに関税なんか関係なくなっている。ドル安に誘導すれば、この比率がどんどん高まるということで、アメリカは日本に輸出先を提供もしないし、日本企業に雇用も奪われることはないわけです。で、ドル安にして、日本の農業関税を撤廃させると、ドル安によって競争力をさらに強化されたアメリカの農産品が、関税の防波堤を失った日本市場に襲いかかってくるわけですね。そうするとアメリカは黒字が溜まっていく。こういう仕組みになっているので、どう考えたって日本がTPPで輸出なんか拡大できっこないということなんです。
西部:そういうことだね。言葉は汚いけども、なんか鎖国か開国かの前に、日本はアメリカに対して「レイプしてください」とかさ、男で言えば「去勢してください」と言っているような、哀れな姿ということですね。
中野:ええ、だから言い方は悪いですけど、私ははっきり言ってもうアメリカか中国の官僚になりたかったですね。もう日本をカモにするのなんて、本当にもう赤子の手をひねるようで、こんなに簡単にできる。
秋山:そんなもんなの。
中野:いや、そんなもんですね。日本にこういう条件を突きつけて、「鎖国したいのか」と言えば、もうみんな日本は開国しないと生きていけないと言ってこれに参加するという、こういう思考回路の人たちですから。それで経団連も政府もそういう調子なわけですね。それでいて日本国家には戦略がないとか、何を言ってるのか理解ができない。シンガポールとかマレーシアは、GDPよりも輸出のほうが大きいという、外需依存国の小国です。チリとかブルネイとかアメリカ、オーストラリアは鉱業品、鉱業というのはマイニングのほうですね、鉱物資源とか農産物の競争力がある、輸出力のある国ですね。ペルーもそうですね。それからベトナムやマレーシアやペルーやチリは、低賃金労働を輸出したい国ですね。
西部:なるほどね。
中野:この中に入って、よくTPPに早く参加したほうが日本に有利なルールがつくれると言うんですけども、このメンバーの中で日本に有利なルールをつくるためには、日本と利害が一致する国と組まなければいけないわけですよ。だけどみんな日本と利害が一致しないんですよ。みんな一次産品の競争力があったり、外需依存度が強い。だけど日本は一次産品の競争力がなくて、日本だけが、この中で日本だけがですよ、工業品の輸出国で、しかも内需が大きいんですよ。誰と組んでルールをうまくつくるんだと。日本の農業はですよ、為替リスクを回避したり、関税リスクを回避するために現地生産ってできないんですよ。
西部:できないよね。まさかね。
中野:だから農業は確実にやられるんです。いや、開国することがいいことだというのも、よくそういうバカなことを言うなと。まず「平成の開国」とか何とか言ってるんですけども、じゃあ幕末明治の開国は何だったのかという話なんですけど、幕末明治の開国はですね、むしろ開国をしたあとずっと富国強兵をやって日露戦争を戦ってとやって、日本は独立するために頑張って、関税自主権の回復のために戦ったんです。TPPは逆ですよ。関税自主権を失うためにやっている。この本(『自由貿易の罠 覚醒する保護主義』青土社)にも書いたことなんですけど、先ほど先生が自由と言ったらいいということではないということなんですけど、まさに自由貿易というのは安いもの、安い労働力の製品が国内に入ってきて、物価が安くなるということなんですね。だからTPPで言うと、コメも牛肉も関税がなくなったら、例えば牛丼がいま1杯250円が60円とか50円とかになるという話なんですけど、いま物価が下がる、デフレで困っているわけですよね。自由貿易になったらデフレがもっと激しくなるんですよ。しかもいまアメリカがデフレしかかってますから、アメリカで物価や賃金が下がっている、それで自由貿易をやるとアメリカの製品が入ってくるので、アメリカのデフレが日本に輸入されるんですよ。だからデフレがもっとひどくなる。デフレが困ると言ってるんだったら、TPPとか自由貿易なんてのは普通は出てこないですね。だからこのTPPをなんかイメージだけで、中国を包囲するためだとか、なんか戦略家ぶるヤツがいるんですよ。どうしてそうなるのか説明しないでですよ。でも今日説明申し上げたように、TPPで包囲されているのは日本なんですよ。お前が包囲されてるってぇのという、そういう話なんです。
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〈来栖の独白〉
中野センセイの解説を聞けば、下記中日新聞社説の能天気ぶりに笑ってしまう。とりわけ末尾。
“*日本が米中の橋渡しも
日本の最大貿易相手国は中国だ。TPPがゴールではない。たとえば「東南アジア諸国連合+日中韓FTA」を視野に入れながら、日中韓の交渉を加速する。米中の橋渡し役を務めるような攻めの外交も必要だ。
戦わずして有利なルールを獲得する選択肢はあり得ない。”
こんなことを言っていては、日本の製造業・食料・医療など生活の総てはアメリカに、尖閣は中国に乗っ取られてしまう。
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ルールづくりは戦いだ TPP交渉を決断へ
中日新聞 社説 2011年11月10日
世界貿易機関(WTO)の自由化交渉が難航する中、環太平洋連携協定(TPP)の焦点は新しい貿易ルールづくりだ。日本も正面から取り組まねば…。
民主党がTPP参加の是非をめぐる政府への提言について協議した。推進派と慎重派が党内を二分したため、しこりが残るのを恐れたのだろう。「交渉入り」をめぐる明確な結論は避け、最終判断は野田佳彦首相に委ねられた。
これを受けて首相は十日、交渉入りの姿勢を表明する。
*難航する多国間の交渉
首相はこれまで「早急に結論を出す」と言うばかりで、なぜTPPに参加するのか、その理由について発信を怠ってきた。
それどころか市場参入規制をめぐって、日本郵政グループに民間の保険会社より有利な商品を認めている扱いについて米議会関係者が議題にするよう求めてきたのに政府はその事実を隠してきた。
交渉が生活にどんな影響を及ぼすのか、国民は心配している。こうした説明を避ける姿勢は政府への不信を募らせるだけだ。
貿易交渉の潮流は大きく変わってきた。TPP交渉を主導する米国のお家の事情もある。そこに目を向けなければならない。
自由貿易のルールづくりは一九四八年、関税貿易一般協定(ガット)を舞台に始まり、WTOに引き継がれた。ところが、百五十に上る国・地域が加盟しているWTOでの交渉は難航し、新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)は開始から十年たった今も合意のめどが立っていない。
WTO閣僚会合では、中国とインドが農産品輸出大国の米国に対して、セーフガード(緊急輸入制限)の発動条件を緩めなければ交渉には応じられないと牽制(けんせい)した。新興国の発言力が強まって、当初の交渉日程は大きく後にずれこんでいる。
*主役は自由貿易協定に
そこで登場したのが、二カ国以上が互いに関税などの削減・撤廃を約束する自由貿易協定(FTA)だ。多国間交渉を補完する狙いで八〇年代から締結国が現れ、九〇年代以降、一気に増加した。WTOの機能低下が背景にある。
世界には二百近いFTAが存在している。二国間にとどまらず北米自由貿易協定など複数国にまたがるFTAも実現し、重層的な貿易網が形成され始めた。
TPPもFTAの一種だ。チリなど四カ国で二〇〇六年に発効した当初のTPPに米国が参加を表明し、拡大交渉を主導している。それは互いに自国に有利なルールをつくることが目的だ。
ルールづくりの主役が世界規模のWTOからTPPを含めたFTAに移っている現実を日本もしっかりと直視しなければならない。
カーク米通商代表は「アジア太平洋地域は米国の輸出、雇用を増やす」「TPP参加国は最高水準の拘束力のある協定を手に入れるだろう」「影響を及ぼす場所はアジア太平洋経済協力会議(APEC)だ」と語った。米国の通商戦略を端的に言い表している。
オバマ米大統領は今後五年間で輸出を倍増して二百万人の雇用を生み出すと表明した。米国の照準は成長著しいアジアに向かっている。例外なき関税撤廃などのルールを強化しつつ、ゆくゆくは二十一カ国・地域で構成するAPECを土台にして、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を実現するもくろみだ。
リーマン・ショックで米国の金融資本主義は大きく揺らいだ。世界の国内総生産(GDP)の約六割、貿易量も半分を占めるまでに膨らんだアジア太平洋の成長を吸い上げ、高水準にある失業率を低下させたい。それには自国に都合のよい貿易ルールづくりが早道と腹を固めている。
米国とすれば、自分たちが主導して新しいルールを広め、豊かな成長を達成することによって、やがては中国もひきつけたい。そんな狙いがある。
貿易交渉はルールづくりの戦いだ。その行方は日本経済の浮沈も決定づける。WTOの全加盟国が合意したルールを一律に適用する従来の方式から、FTAがより高い水準のルールを決めて自由化を先導していく。そんな現実から目をそらしていいのだろうか。
日本が腰を据えた交渉をためらっていては、不都合な貿易ルールを強いられかねない。コメの例外扱いも交渉の中で実現していく道を探るべきではないか。
*日本が米中の橋渡しも
日本の最大貿易相手国は中国だ。TPPがゴールではない。たとえば「東南アジア諸国連合+日中韓FTA」を視野に入れながら、日中韓の交渉を加速する。米中の橋渡し役を務めるような攻めの外交も必要だ。
戦わずして有利なルールを獲得する選択肢はあり得ない。
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◆『TPP亡国論』/怖いラチェット規定やISD条項(毒まんじゅう)/コメの自由化は今後こじ開けられる2011-10-24 | 政治(経済/社会保障/TPP)
米国丸儲けの米韓FTAからなぜ日本は学ばないのか 「TPP亡国論」著者が最後の警告!
Diamond online 2011年10月24日 中野剛志[京都大学大学院工学研究科准教授]
TPP交渉に参加するのか否か、11月上旬に開催されるAPECまでに結論が出される。国民には協定に関する充分な情報ももたらされないまま、政府は交渉のテーブルにつこうとしている模様だ。しかし、先に合意した米韓FTAをよく分析すべきである。TPPと米韓FTAは前提や条件が似通っており、韓国が飲んだ不利益をみればTPPで被るであろう日本のデメリットは明らかだ。
TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加についての結論が、11月上旬までに出される。大詰めの状況にありながら、TPPに関する情報は不足している。政府はこの点を認めつつも、本音では議論も説明もするつもりなどなさそうだ。
しかし、TPPの正体を知る上で格好の分析対象がある。TPP推進論者が羨望する米韓FTA(自由貿易協定)である。
■米韓FTAが参考になるのはTPPが実質的には日米FTAだから
なぜ比較対象にふさわしいのか?
まずTPPは、日本が参加した場合、交渉参加国の経済規模のシェアが日米で9割を占めるから、多国間協定とは名ばかりで、実質的には“日米FTA”とみなすことができる。また、米韓FTAもTPPと同じように、関税の完全撤廃という急進的な貿易自由化を目指していたし、取り扱われる分野の範囲が物品だけでなく、金融、投資、政府調達、労働、環境など、広くカバーしている点も同じだ。
そして何より、TPP推進論者は「ライバルの韓国が米韓FTAに合意したのだから、日本も乗り遅れるな」と煽ってきた。その米韓FTAを見れば、TPPへの参加が日本に何をもたらすかが、分かるはずだ。
だが政府もTPP推進論者も、米韓FTAの具体的な内容について、一向に触れようとはしない。その理由は簡単で、米韓FTAは、韓国にとって極めて不利な結果に終わったからである。
では、米韓FTAの無残な結末を、日本の置かれた状況と対比しながら見てみよう。
■韓国は無意味な関税撤廃の代償に環境基準など米国製品への適用緩和を飲まされた
まず、韓国は、何を得たか。もちろん、米国での関税の撤廃である。
しかし、韓国が輸出できそうな工業製品についての米国の関税は、既に充分低い。例えば、自動車はわずか2.5%、テレビは5%程度しかないのだ。しかも、この米国の2.5%の自動車関税の撤廃は、もし米国製自動車の販売や流通に深刻な影響を及ぼすと米国の企業が判断した場合は、無効になるという条件が付いている。
そもそも韓国は、自動車も電気電子製品も既に、米国における現地生産を進めているから、関税の存在は企業競争力とは殆ど関係がない。これは、言うまでもなく日本も同じである。グローバル化によって海外生産が進んだ現在、製造業の競争力は、関税ではなく通貨の価値で決まるのだ。すなわち、韓国企業の競争力は、昨今のウォン安のおかげであり、日本の輸出企業の不振は円高のせいだ。もはや関税は、問題ではない。
さて、韓国は、この無意味な関税撤廃の代償として、自国の自動車市場に米国企業が参入しやすいように、制度を変更することを迫られた。米国の自動車業界が、米韓FTAによる関税撤廃を飲む見返りを米国政府に要求したからだ。
その結果、韓国は、排出量基準設定について米国の方式を導入するとともに、韓国に輸入される米国産自動車に対して課せられる排出ガス診断装置の装着義務や安全基準認証などについて、一定の義務を免除することになった。つまり、自動車の環境や安全を韓国の基準で守ることができなくなったのだ。また、米国の自動車メーカーが競争力をもつ大型車の税負担をより軽減することにもなった。
米国通商代表部は、日本にも、自動車市場の参入障壁の撤廃を求めている。エコカー減税など、米国産自動車が苦手な環境対策のことだ。
■コメの自由化は一時的に逃れても今後こじ開けられる可能性大
農産品についてはどうか。
韓国は、コメの自由化は逃れたが、それ以外は実質的に全て自由化することになった。海外生産を進めている製造業にとって関税は無意味だが、農業を保護するためには依然として重要だ。従って、製造業を守りたい米国と、農業を守りたい韓国が、お互いに関税を撤廃したら、結果は韓国に不利になるだけに終わる。これは、日本も同じである。
しかも、唯一自由化を逃れたコメについては、米国最大のコメの産地であるアーカンソー州選出のクロフォード議員が不満を表明している。カーク通商代表も、今後、韓国のコメ市場をこじ開ける努力をし、また今後の通商交渉では例外品目は設けないと応えている。つまり、TPP交渉では、コメも例外にはならないということだ。
このほか、韓国は法務・会計・税務サービスについて、米国人が韓国で事務所を開設しやすいような制度に変えさせられた。知的財産権制度は、米国の要求をすべて飲んだ。その結果、例えば米国企業が、韓国のウェブサイトを閉鎖することができるようになった。医薬品については、米国の医薬品メーカーが、自社の医薬品の薬価が低く決定された場合、これを不服として韓国政府に見直しを求めることが可能になる制度が設けられた。
農業協同組合や水産業協同組合、郵便局、信用金庫の提供する保険サービスは、米国の要求通り、協定の発効後、3年以内に一般の民間保険と同じ扱いになることが決まった。そもそも、共済というものは、職業や居住地などある共通点を持った人々が資金を出し合うことで、何かあったときにその資金の中から保障を行う相互扶助事業である。それが解体させられ、助け合いのための資金が米国の保険会社に吸収される道を開いてしまったのだ。
米国は、日本の簡易保険と共済に対しても、同じ要求を既に突きつけて来ている。日本の保険市場は米国の次に大きいのだから、米国は韓国以上に日本の保険市場を欲しがっているのだ。
■米韓FTAに忍ばされたラチェット規定やISD条項の怖さ
さらに米韓FTAには、いくつか恐ろしい仕掛けがある。
その一つが、「ラチェット規定」だ。
ラチェットとは、一方にしか動かない爪歯車を指す。ラチェット規定はすなわち、現状の自由化よりも後退を許さないという規定である。
締約国が、後で何らかの事情により、市場開放をし過ぎたと思っても、規制を強化することが許されない規定なのだ。このラチェット規定が入っている分野をみると、例えば銀行、保険、法務、特許、会計、電力・ガス、宅配、電気通信、建設サービス、流通、高等教育、医療機器、航空輸送など多岐にわたる。どれも米国企業に有利な分野ばかりである。
加えて、今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が米国に対する条件よりも有利な場合は、米国にも同じ条件を適用しなければならないという規定まで入れられた。
もう一つ特筆すべきは、韓国が、ISD(「国家と投資家の間の紛争解決手続き」)条項を飲まされていることである。
このISDとは、ある国家が自国の公共も利益のために制定した政策によって、海外の投資家が不利益を被った場合には、世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」という第三者機関に訴えることができる制度である。
しかし、このISD条項には次のような問題点が指摘されている。
ISD条項に基づいて投資家が政府を訴えた場合、数名の仲裁人がこれを審査する。しかし審理の関心は、あくまで「政府の政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」という点だけに向けられ、「その政策が公共の利益のために必要なものかどうか」は考慮されない。その上、この審査は非公開で行われるため不透明であり、判例の拘束を受けないので結果が予測不可能である。
また、この審査の結果に不服があっても上訴できない。仮に審査結果に法解釈の誤りがあったとしても、国の司法機関は、これを是正することができないのである。しかも信じがたいことに、米韓FTAの場合には、このISD条項は韓国にだけ適用されるのである。
このISD条項は、米国とカナダとメキシコの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)において導入された。その結果、国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。
たとえばカナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、米国のある燃料企業が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この規制を撤廃せざるを得なくなった。
また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。
メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。
要するに、ISD条項とは、各国が自国民の安全、健康、福祉、環境を、自分たちの国の基準で決められなくする「治外法権」規定なのである。気の毒に、韓国はこの条項を受け入れさせられたのだ。
このISD条項に基づく紛争の件数は、1990年代以降激増し、その累積件数は200を越えている。このため、ヨーク大学のスティーブン・ギルやロンドン大学のガス・ヴァン・ハーテンなど多くの識者が、このISD条項は、グローバル企業が各国の主権そして民主主義を侵害することを認めるものだ、と問題視している。
■ISD条項は毒まんじゅうと知らず進んで入れようとする日本政府の愚
米国はTPP交渉に参加した際に、新たに投資の作業部会を設けさせた。米国の狙いは、このISD条項をねじ込み、自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲けることなのだ。日本はISD条項を断固として拒否しなければならない。
ところが信じがたいことに、政府は「我が国が確保したい主なルール」の中にこのISD条項を入れているのである(民主党経済連携プロジェクトチームの資料)。
その理由は、日本企業がTPP参加国に進出した場合に、進出先の国の政策によって不利益を被った際の問題解決として使えるからだという。しかし、グローバル企業の利益のために、他国の主権(民主国家なら国民主権)を侵害するなどということは、許されるべきではない。
それ以上に、愚かしいのは、日本政府の方がグローバル企業、特にアメリカ企業に訴えられて、国民主権を侵害されるリスクを軽視していることだ。
政府やTPP推進論者は、「交渉に参加して、ルールを有利にすればよい」「不利になる事項については、譲らなければよい」などと言い募り、「まずは交渉のテーブルに着くべきだ」などと言ってきた。しかし、TPPの交渉で日本が得られるものなど、たかが知れているのに対し、守らなければならないものは数多くある。そのような防戦一方の交渉がどんな結末になるかは、TPP推進論者が羨望する米韓FTAの結果をみれば明らかだ。
それどころか、政府は、日本の国益を著しく損なうISD条項の導入をむしろ望んでいるのである。こうなると、もはや、情報を入手するとか交渉を有利にするといったレベルの問題ではない。日本政府は、自国の国益とは何かを判断する能力すら欠いているのだ。
■野田首相は韓国大統領さながらに米国から歓迎されれば満足なのか
米韓FTAについて、オバマ大統領は一般教書演説で「米国の雇用は7万人増える」と凱歌をあげた。米国の雇用が7万人増えたということは、要するに、韓国の雇用を7万人奪ったということだ。
他方、前大統領政策企画秘書官のチョン・テイン氏は「主要な争点において、われわれが得たものは何もない。米国が要求することは、ほとんど一つ残らず全て譲歩してやった」と嘆いている。このように無残に終わった米韓FTAであるが、韓国国民は、殆ど情報を知らされていなかったと言われている。この状況も、現在の日本とそっくりである。
オバマ大統領は、李明博韓国大統領を国賓として招き、盛大に歓迎してみせた。TPP推進論者はこれを羨ましがり、日本もTPPに参加して日米関係を改善すべきだと煽っている。
しかし、これだけ自国の国益を米国に差し出したのだから、韓国大統領が米国に歓迎されるのも当然である。日本もTPPに参加したら、野田首相もアメリカから国賓扱いでもてなされることだろう。そして政府やマス・メディアは、「日米関係が改善した」と喜ぶのだ。だが、この度し難い愚かさの代償は、とてつもなく大きい。
それなのに、現状はどうか。政府も大手マス・メディアも、すでに1年前からTPP交渉参加という結論ありきで進んでいる。11月のAPECを目前に、方針転換するどころか、議論をする気もないし、国民に説明する気すらない。国というものは、こうやって衰退していくのだ。 *強調(太字・着色)は来栖
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