TPP議論も大切だが、アジアとの関係構築はもっと大切だ
柯 隆 JBpress2011.11.16(水)
かつてアメリカの中国研究学者であるジョンズ・ホプキンス大のランプトン教授が、米中関係を「同床異夢」と指摘したことがある。その状況は今も変わらない。
ただし30年前に比べて米中関係が大きく変化しているのは、今のアメリカには中国を封じ込める力がなくなってしまったということだ。
2010年に中国は世界で2番目の経済大国に成長した。一方、アメリカは100年に1度と言われる金融危機に見舞われ、経済力が急低下している。
その中で、アメリカ経済の再生のカギを握るものと見られているのが、TPP(環太平洋経済連携)である。
*メリットもデメリットも言われるほど大きくはない
野田政権はTPPへの参加をアメリカから要請されてきた。民主党のこれまでの基地問題の失敗から、日本はアメリカの要請を拒否することはできないのが実情である。
TPP参加を巡る世の中の論争を見ていると、賛成派の言うメリットと反対派の主張するデメリットのいずれも過大に語られているようである。
TPP参加のメリットとして、関税の引き下げと非関税障壁の撤廃により製造業の輸出が増加することが挙げられている。一方、デメリットとしては、海外の安い農産物の輸入増により農業が深刻なダメージを被ることなどが言われている。
だが、ここで気をつけなければいけないのは、現在、日本にとっての最大の輸出相手国はアメリカではなく中国だということである。中国はTPPへの参加を検討していない。したがって、TPPの参加で日本の製造業が輸出を大きく伸ばすことはない。日本の製造業の主戦場は中国だからである。
一方、デメリットも、言われているほど深刻なものではないはずだ。現在の農業は高関税によって守られているが、食料の自給率(カロリーベース)は40%程度しかない。農業従事者はどんどん高齢化しており、どんなに農業を保護しても食料自給率はさらに低下していくだろう。つまり、食料自給率の低下はTPP参加によるものではない。
たとえTPPに参加しなくても、日本の農業がこのままでは委縮してしまうことは目に見えている。しかも、将来的に財政難により農家に支払う補助金が徐々に減額されていき、農業の収縮が加速する可能性が高い。その上、今回の震災と原発事故の放射能汚染により農業は甚大なダメージを受けている。TPP参加とは切り離して、農業の強化策を早急に考案すべきである。
*日本の製造業の主戦場は中国
80年代以降、日本はアメリカの要請と圧力を受けて内需振興を図ってきたが、輸出志向の成長モデルはほとんど変わっていない。否、この30年間、日本では少子高齢化が進み、内需が弱くなる一方である。また、多くの日本企業は国際競争力を強化するために、工場の海外移転を余儀なくされている。日本にとって持続可能な経済成長を実現するには、輸出市場を開拓していくしかない。
日本の製造業の輸出戦略は今も成功していると思われる。現在、円相場は70円台半ばまで上昇している。だが日本の製造業は90年代以降、ドルと円を巧みに組み合わせる貿易決済、円高時の海外調達率の向上、組み立て工程の海外移転など、様々な円高対策を積み重ねてきており、なお強い輸出競争力を固持している。
輸出に頼る日本経済の基本的な構図は、おそらく今後も大きく変わることはないだろう。したがって、巨大輸出市場へのアクセスを確保しておくことは、日本にとって最重要な国家戦略である。
ただし、日本の製造企業にとっての主戦場は、すでに北米から中国を中心とするアジアにシフトされている。また、今回の信用危機により、欧米諸国の経済は深刻なダメージを受け、短期的にV字型回復を実現することはできないと考えられる。
こうしたことを考えれば、日本が経済成長を持続するために一番重要なのは、いかにして中国市場のシェアを獲得するかという点につきる。
*ASEAN諸国との関係を強化している中国
評論家の間で、TPPは日米の経済安全保障であり、アメリカ主導の「対中包囲網」だと指摘する声がある。しかし、すでに述べたように、アメリカには今の中国を封じ込めるほどの力はもはやない。
中国はアメリカ主導のTPPに強い関心を示しているが、参加する兆しはない。中国にとってアメリカは重要な輸出先であるが、最大の輸出先はユーロ圏である。したがってTPPは中国から見れば、NAFTA(北米自由貿易協定:アメリカ、カナダ、メキシコの協定)と同じような限られた地域の経済協定の1つに過ぎない。
日米関係がぎくしゃくする一方で、中国は東アジア諸国との関係強化を貫いている。97年にアジア通貨危機が起きた時、中国政府は人民元の切り下げを阻止することで東アジア諸国からの信頼獲得に努めた。
そして、2001年に朱鎔基総理(当時)はASEAN諸国に対して、中国の農産物市場の開放を条件に2010年前に自由貿易協定(FTA)を締結することを呼びかけた。今やASEAN諸国にとり中国は最も重要なフルーツの輸出先となっている。
歴史的に中国とASEAN諸国との関係は決して良くはなかったが、近年、ASEAN諸国とコモンマーケットの構築について利益が一致している。特に2001年の「9.11」以降、インドネシアやマレーシアなどのASEAN諸国では反米感情が急速に台頭し、ASEAN諸国と中国との急接近を促した。
その一方で、ASEAN諸国にとって日本の存在は薄れつつある。日米中のトライアングルが崩れて「米中」の対立軸が鮮明になってきたことが大きな理由である。戦後、インドネシアを中心にASEAN諸国は日本から巨額の経済援助を得てきたにもかかわらず、日本との距離が離れ始めている。
*TPPだけに捉われず高度なグローバル戦略を
以上を踏まえて結論づけると、日本はTPP参加のメリット、デメリットについて過剰に反応すべきではない。日米同盟を重視してTPPに参加する姿勢も重要だが、近隣の中国をはじめとするアジア諸国との関係強化にもう少し力を入れるべきだと思われる。
2012年は日中国交回復40周年にあたる。日本にとって、日中関係は日米関係と並ぶ最重要な外交関係の1つである。
日本は「日米関係」と「日中関係」を二者択一で考えるべきではない。両者との関係を同時に強化する外交戦略を考案すべきである。その上で、日本の国益を最大化する方向でTPP参加を考えればよい。TPPだけに捉われるのではなく、あくまでも国益の観点から高度なグローバル戦略を打ち立てるべきだ。 *強調(太字・着色)は来栖
<筆者プロフィール>
柯 隆 Ka Ryu
富士通総研 経済研究所主席研究員。中国南京市生まれ。1986年南京金陵科技大学卒業。92年愛知大学法経学部卒業、94年名古屋大学大学院経済学研究科修士課程修了。長銀総合研究所を経て富士通総研経済研究所の主任研究員に。主な著書に『中国の不良債権問題』など。
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TPP参加で日本の製造業が輸出を大きく伸ばすことはない。日本の製造業の主戦場は中国
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