オウム裁判終結 1995-2011
中日新聞2011年11月22日Tue.記事より抜粋
なぜ 問い続ける 暴走生んだ「共同幻想」 論説委員・瀬口晴義
解脱や悟りを求めて出家した青年がなぜ、人の命を奪ったのか。公判の傍聴だけでは、根本的な疑問には迫れないと感じ、地下鉄サリン事件や坂本弁護士一家殺害の実行役らと面会や文通を始めた。
地下鉄サリン事件の実行犯だった広瀬健一死刑囚など同世代の被告もいた。歯車が狂えば、立場が逆転していても不思議ではない。そんな思いにも後押しされた。
*ペテン師か?
面会を重ねたのは、1審で死刑判決などを受けた6人。彼らと交わした書簡は200通を超える。
30人近い元信者にも繰り返し取材した。見えてきたのは、麻原彰晃死刑囚を「宗教家を名乗ったペテン師」と決めつけ、狂信的な信者が操った異常な事件と矮小化すべきではないということだ。
麻原死刑囚は、ヨガや瞑想法の指導者として卓越した力を持っていた。超能力に関心を抱く若者に神秘体験を与え、「本物だ」と錯覚させるのは簡単だった。極貧の幼年時代、視力障害、逮捕歴・・・。挫折から生じた教祖の社会への破壊願望は、自らが「救世主」であるという妄想とともに膨れ上がった。
だが、彼の特異なパーソナリティは車の「片輪」にすぎない。生真面目であるが故にこの社会のあり方に強い違和感を抱いてた若者たち、空虚な生の感覚を満たしてくれる絶対的な存在を求めた若者たちがいて、「両輪」になった。
両者の「共同幻想」がなければ、教団はここまで暴走しなかったと、死刑囚たちの肉声を聞いて感じる。
出家番号4番。最古参幹部だった杉本繁郎受刑者(無期懲役の刑が確定)が、初公判で語った場面をよく覚えている。「教団にいた者すべてが教祖の歯車となり、教祖のため、真理のためとして自らの欲望を満たすためにそこに集合していた。教祖は私たちの『欲望の象徴』だった」
教祖と信者がお互いに依存する関係だったことをうかがわせる発言だ。側近の忠誠心争いが、教団を暴走させた背景にあることも見逃せない。
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〈来栖の独白〉
先週18日の中川智正被告確定判決に続いて昨日(21日)遠藤誠一被告の判決があり、オウム裁判終結ということで、メディア報道のターゲットは死刑「執行」へ移ったようだ。
裁判は終結したけれど、一連の事件は、私にあらためて多くを問いかけてやまない。わからないことが多い。
数年前、『死刑弁護人』という本を読んだ。著者は安田好弘さんで、松本智津夫死刑囚を始め、弁護を担当した事件と被告人のことが載っている。考えさせられたことは多々あるが、大雑把な感想として、名古屋アベック殺人事件(この事件も安田さんが弁護を務めた)の受刑者K君にも洩らしたように「安田さんが弁護した人たち皆が、まるで冤罪という書きぶり」だった。安田氏が寝食忘れて肩入れした被告人たちである。勢い、そういった熱のこもった筆致になったのかもしれない。
一方、光市事件記者会見で安田弁護士はこんな風にも言っている。「真実を明らかにして初めて真の謝罪ができ、事件を防ぐことができる」。
オウム事件の真実は、多くが明らかになっていない。死刑判決を受けた13名の元弟子のうち多くが、教祖に「真実を語ってほしい」と願っている。私一己の偏見なら許していただきたいが、その言葉の端の端に、自分たちを「教祖にマインドコントロールされた被害者」とでも云いたそうなニュアンスを感じたりもする。弁護団も、その線で死刑回避を求めているように感じられる場面があった。繰り返すが、私の偏見なら許していただきたい。
「グル」と尊称された松本智津夫氏は出廷せず弁護人との接見も拒否したまま刑確定したので、真相が語られることはなかった。弁護団が再審請求中とも云われているが、自ら出廷拒否した被告人の再審理というのも、如何にもリアリティに欠ける。延命のためか、と勘繰ってしまう。
(余談だが、東海テレビ制作の『死刑弁護人』のなかで、安田弁護士が木村修治死刑囚の執行につき「守るということでは一段弱い『恩赦願い』にしてしまった。『再審請求』にすべきだった。後悔している」と述懐していた。再審請求とは、まるで延命の手段のごとき(言い草)である。私自身、『再審請求』については、様々に考えるところがある。が、ここでは、長くなるので、述べない。)
上掲【なぜ 問い続ける 暴走生んだ「共同幻想」】は、そのような私の腑に落ちるところがあった。と言っても、これだけ大きな事件である。到底、理解できるはずもない。
メディアは話題を求めて先へ進みたがる。全員既決の先にあるのは、「執行」である。全員が東京拘置所に収容されているのだから、行政はかつて経験したことのない苦難を強いられるだろう。そういう「苦難」には、国民はお構いなしだ。「死刑とは何か」も知らずに、国民はメディアに煽動(先導)されるままに、第2幕を待つ。
〈附記〉
事件・裁判の過程で、被害者側加害者側を問わず、多くの悲惨を目にした。叫びを耳にした。
ヘルマン・ヘッセは言う。「どんな感情もつまらないとか、価値がないとか言ってはいけない」と。「憎しみにしろ・・・無慈悲にしろ・・・どんな感情もよいものです、非常によいものです」と。それは人間が本気で抱いた感情だから「よいもの」なので「どれかの感情を不当に扱えば、それは星を消してしまうことになる」と。
人間の内奥からの声なのだと厳粛な気持ちになる。
関連:死刑の刑場を初公開=東京拘置所 / 死刑とは何か〜刑場の周縁から〔1〕2010-08-27 | 死刑/重刑/生命犯 問題
論壇時評【「神的暴力」とは何か 死刑存置国で問うぎりぎり孤独な闘い】(抜粋)
日本は、「先進国」の中で死刑制度を存置しているごく少数の国家の一つである。井上達夫は、「『死刑』を直視し、国民的欺瞞を克服せよ」(『論座』)で、鳩山邦夫法相の昨年の「ベルトコンベヤー」発言へのバッシングを取り上げ、そこで、死刑という過酷な暴力への責任は、執行命令に署名する大臣にではなく、この制度を選んだ立法府に、それゆえ最終的には主権者たる国民にこそある、という当然の事実が忘却されている、と批判する。井上は、国民に責任を再自覚させるために、「自ら手を汚す」機会を与える制度も、つまり国民の中からランダムに選ばれた者が執行命令に署名するという制度も構想可能と示唆する。この延長上には、くじ引きで選ばれた者が刑そのものを執行する、という制度すら構想可能だ。死刑に賛成であるとすれば、汚れ役を誰かに(法相や刑務官に)押し付けるのではなく、自らも引き受ける、このような制度を拒否してはなるまい。(大澤真幸 京都大学大学院教授)
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◆オウム松本被告/松本被告「おれは無実だ」、訴訟能力裏付けか2006-09-11 | 死刑/重刑/生命犯 問題
(2006年9月11日14時2分 読売新聞)
「おれは無実」発言はねつ造…松本被告弁護団
オウム真理教の松本智津夫被告(51)が、今年3月、東京高裁が控訴棄却を決定した直後に「おれは無実だ」などと発言したことについて、松本被告の弁護団は11日、松本被告の言動を東京拘置所が記録した報告書に、同様の内容の記載があったことを認めた上で、「拘置所の報告書は、ねつ造であって信頼できない」とするコメントを発表した。
(2006年9月10日3時1分 読売新聞)
松本被告「おれは無実だ」、訴訟能力裏付けか
1審で死刑判決を受けたオウム真理教の松本智津夫被告(51)が今年3月、東京高裁の控訴棄却決定を伝えられた時の状況が明らかになった。
松本被告は姿勢を正して決定を聞き、数日後に「おれは無実だ」などと発言していた。弁護側は、松本被告には裁判で自分が置かれた状況を理解する「訴訟能力」がないと主張し、最高裁に特別抗告している。最高裁の審理は大詰めを迎えているが、今回判明した松本被告の言動は、被告が決定の意味を理解していることを示すとともに、訴訟能力を認めた高裁決定を裏付けるものといえそうだ。
複数の関係者によると、今年3月27日、東京高裁が控訴を棄却した決定文が、松本被告が収監されている東京拘置所に届けられた。
刑務官から、高裁の決定文が送達されて来たことを告げられた時、松本被告は独房に寝転がっていたが、起きあがって座り直し、背筋を伸ばしたという。
刑務官が、「控訴を棄却する」という主文を読み上げると、松本被告はブツブツと独り言をつぶやいた。そして、数日後、松本被告は、「おれは無実だ。おれははめられた」などの言葉を口にしたという。松本被告が示した反応について、複数の関係者は、「決定文の意味を理解していることを裏付けるもの」と指摘する。
刑事訴訟法は、被告に訴訟能力がないと認められた場合、公判を停止しなければならないと定めている。松本被告の2審弁護団は、「訴訟能力のない被告と、意思疎通できない」と主張。公判の停止を求め、定められた提出期限内に控訴趣意書を提出しなかった。
これに対し、東京高裁は精神鑑定を実施して松本被告に訴訟能力があることを確認した上で、今年3月、趣意書の不提出を理由に控訴棄却を決定した。弁護団は、異議を申し立てたが、同高裁が今年5月に異議を退けたことから、最高裁に特別抗告した。最高裁が2度にわたる高裁の判断を覆す可能性は低く、死刑判決が確定する公算が大きい。
松本被告は1審公判の途中から沈黙を続けているが、死刑判決を受けた2004年2月27日、拘置所に戻ってから「なぜなんだ、ちくしょう」と大声で叫んだとされる。控訴棄却決定では、こうした言動が、松本被告の訴訟能力を認める判断の有力な材料となった。
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◆地下鉄サリン事件から16年/「麻原は詐病やめよ」土谷正実被告死刑確定2011-02-17
◆オウム真理教元幹部豊田亨、広瀬健一被告の上告棄却--最高裁第2小法廷(竹内行夫裁判長)2009-11-06
判決によると、豊田被告は日比谷線、広瀬被告は丸ノ内線を走行中の電車内で、傘の先でサリン入りの袋を突き刺して散布し、それぞれ乗客1人を死なせた。弁護側は松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(54)によるマインドコントロールの影響を訴えて死刑回避を求めたが、小法廷は「幹部の指示で行ったことや反省している事情を考慮しても死刑はやむを得ない」と判断した。
◆遠藤誠一被告の上告棄却 オウム全公判終結/元幹部死刑囚たちの手紙/林郁夫受刑者/上祐史浩氏2011-11-21
◆16年目の終結 オウム裁判/河野義行さん/滝本太郎弁護士/元裁判長 山室恵氏/中川智正被告2011-11-18
◆麻原が「子供を苛めるな。ここにいる I証人は 類い稀な成就者です」と弁護側反対尋問を妨害 オウム事件2011-03-08 | 死刑/重刑/生命犯 問題
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オウム裁判終結/暴走生んだ「共同幻想」/教祖は私たちの『欲望の象徴』だった
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