死から公表までにかかった「51時間半の空白」。激しい暗闘の末、力の源泉を握ったのは…
核兵器を起動させる 「安全装置解除コード」は金正日の実妹ら「先軍政治派」の手に落ちた!
(SAPIO 2012年1月18日号掲載) 2012年1月23日(月)配信
文=惠谷治(ジャーナリスト)
「恫喝外交」を続ける北朝鮮と向き合う上で、「核のボタン」を誰がどのように握っているかを知ることは、死活的に重要だ。金正日は自らを中心に周到な管理システムを築いたが、指導者としての経験が圧倒的に不足する金正恩はどのようにそれを死守していくのか。本誌で「金正日急死シミュレーション」をレポートし続けてきた惠谷治氏が、ポスト金正日体制の“最大の焦点”に迫る。
共産主義国家の独裁者の死亡が、すぐに公表された事例は過去には存在しない。
謀殺でないことを証明するための解剖に時間がかかるし、何よりも独裁体制の下では、後継体制が密室で論議される。公表までの“空白の時間”に、側近たちが熾烈な権力闘争を繰り広げるのは、正当な手続きが決まっていないからである。
スターリンの場合は14時間10分、毛沢東のケースでは16時間50分が費やされた。金正日の父・金日成の場合はそれが34時間だった。この「発表までの時間」を比較するだけで、金日成の死後には相当激しい駆け引きがあったことが読み取れる。
それを踏まえて、今回の経緯を見てみよう。北朝鮮の発表によれば、2011年12月17日8時30分の金正日急死から同19日正午の公表までには、51時間30分を要している。金日成の時に比べても、さらに17時間以上も長い。
17年前とは、一体何が違ったのか?
現在の北朝鮮には、94年に存在しなかった重大な問題がある。
それは、金正日が最高指導者として開発に血道を上げた「核兵器」の扱いである。金正日死後の51時間半の間に、「核のボタン」を巡る激しい暗闘があったことは容易に想像できる。
■管理システムは「旧KGB方式」を採用
「核のボタン」の扱いを知るためには、まず金正日体制下で核がどう管理されていたのかを知る必要がある。
金正日は旧ソ連が用いた核管理システムを自国に導入していると思われる。旧ソ連ではKGB(国家保安委員会)第15管理総局が核の管理にあたり、その肝となったのが「PAL(パーミッション・アクション・リンクス)」と呼ばれる管理方式だ。全ての核兵器に電子ロックが何重にも装備され、KGB将校が最終的に「安全装置解除コード」を入力しない限り、格納庫の扉の開閉や起爆装置が起動できない仕組みである。軍人だけでは、核を動かせないようにチェックするシステムが機能していた。
金正日が核兵器の管理・警備を担当させているのが、“北朝鮮版KGB”といわれる国家安全保衛部(秘密警察)であることは、脱北者らの証言で明らかになっている。金正日その人を除けば、PAL方式の「安全装置解除コード」を知るのは国家安全保衛部の実質トップである首席副部長の禹東則のみだったと推測される。
新聞報道などでは北朝鮮について「核を握る軍部」という表現を見かけるが、そう単純ではない。金正日体制下で軍部は、あくまで核を使用する際のオペレーションを担うだけ。核の開発は党、すなわち朝鮮労働党の軍需工業部が担い、実際に核を起動させるための「安全装置解除コード」を知るのは金正日を含むごく一部の人間だけだった。
このコードこそ、金正日が北朝鮮という国家を統治するための権力の源泉としたものである。それはつまり、金正日死後の51時間半に、北朝鮮内部で起きた暗闘の「最大の焦点」が、このコード争奪戦であったことを意味する。
次に理解しなくてはならないのが、北朝鮮の権力中枢にある2つのグループの存在だ。私はかねてより、金正日が急死した場合、この2つのグループが主導権争いを起こすと指摘してきた。
一つ目のグループは、金正日が最も信頼を寄せた実妹・金慶喜(党政治局員)、そして生粋の軍人である朝鮮人民軍総参謀長・李英鎬を中心とする「先軍政治派」だ。全てにおいて軍事を優先し、人民軍など武装勢力の掌握によって体制を維持しようとするグループである。
本稿執筆時点で、後継者・金正恩の肩書は党中央軍事委員会副委員長というもので、同じ副委員長として並ぶのが李英鎬だ。党中央軍事委員会にはその他に、人民軍の空軍や陸軍の司令官が名を連ね、この組織は先軍政治派で固められていると考えていい。
一方、困窮した経済状況を打破するために中国式の経済改革を求める、「改革・開放派」とも呼ぶべき党幹部グループがある。このグループのリーダー格になり得るのが中国と関係の深い張成沢(国防委員会副委員長、党政治局員候補)である(張成沢は金慶喜の夫だが、この2人が“仮面夫婦”であることは、本誌で何度も指摘している通りである)。
張成沢が副委員長を務める国防委員会は、金正日が最高権力機関として作り上げたものだが、国防委員会の中には相当数の改革・開放派がいると考えられる。
金正日は自分の命があるうちに国防委員会から党中央軍事委員会へ、徐々に最高権力機関としての権力を移譲し、世襲の基盤にしたいと考えていたと思われる。しかし、それが完遂する前に急死。金正日が残した「矛盾」は、その死によって表面化した。
2つの勢力が壮絶な暗闘を繰り広げたことは、前述した51時間半もの“空白”が物語っている。
■コードを知る男・禹東則に見せつけた「銃殺刑」
金正日急死後の水面下での闘争の中身は、この対立構図を理解しなくては見通せない。例えば、金正日の遺体を父・金日成同様に「永久保存」するかどうかは、激しい論争のテーマとなったはずである。遺体の保存には、年間数億円単位のカネがかかる。先軍政治派は「偉大なる将軍様の遺体を保存しない選択などあり得ない」と主張し、改革・開放派は「そんなカネがどこにあるのか」と反対する。
では、最大の焦点である「安全装置解除コード」はどちらが手中にしたのか。
結果を導く鍵は、金正日が自分の死を前に、PAL方式の核管理体制に加えたいくつかの“修正”にある。
まず、2010年9月に、実妹であり先軍政治派とされる金慶喜に、朝鮮人民軍大将の称号を与えた。正恩の後見人として軍に睨みを利かせることがこの人事の目的だが、金慶喜に軍人としての実績は皆無だ。私は、この人事のタイミングで金正日から金慶喜へ「安全装置解除コード」が伝えられたと見ている。軍事の素人が軍部への影響力を手に入れるためには、それ以外の手段はないからだ。
さらに、最大のキーマンである禹東則に対しても手を打っていた。2011年4月19日、韓国国家情報院は、金正恩が国家安全保衛部長に就任したと発表した。「安全装置解除コードを知る男」の上司にあたるこのポストは1987年以降、金正日自身が兼務していたが、そこに後継者・正恩本人を据えたのである。周到なことに、それに先立つ1月初め、国家安全保衛部の柳敬副部長が公開銃殺処刑されている。部内での存在感を増していた柳敬の処刑は、正恩主導によるものだったと喧伝された。核のコードを管理する禹東則に対し、正恩の後継者としての権力を誇示した格好だ。
この時点で、金正恩は「安全装置解除コード」を握る立場になったと考えられる。金正日が金慶喜にコードを伝えたのは、あらゆる不測の事態に備えるためと考えられる。
現時点でコードを知るのは金正恩、金慶喜、禹東則の3人だけではなかろうか。つまり、金正日の存命中の“準備”の甲斐あって、現在「安全装置解除コード」は金正恩を支える先軍政治派の掌中にあると考えていい。
急死してなお、“金正日の亡霊”が核のボタンの行方を決めた格好だ。
金正恩がトップに据えられた金正日葬儀委員会の名簿を見ても、李英鎬が4位、金慶喜が14位の序列であるのに対し、張成沢は19位。上下関係で結果は示されている。
■そして「核の小型化」への計画は動き続ける
先軍政治派は言ってみれば現状維持派ではあるが、単純に今まで通り核が管理されていくわけではない。
金正恩はまだ28歳。政治力も権力闘争の経験も圧倒的に不足しており、周囲の補佐や支持が必要不可欠だ。「核のボタン(安全装置解除コード)」は、金正日の路線を引き継ぐ先軍政治派が握っていると考えるべきである。
最後に、核のコードを握った先軍政治派が、今後どのような動きを見せるのかについて触れておきたい。
彼らが限られた資源を注ぎ込むのは「核の小型化」と「長距離弾道ミサイルの実用化」である。
これまで先軍政治派は、担ぎ上げるべき金正恩の「後継者としての実績づくり」に注力してきた。李英鎬が中心となって作戦立案した2010年の延坪島砲撃などの軍事的冒険から、今後は「指導者としての実績づくり」へと段階が変わるだろう。
金日成のカリスマ性の源は、抗日パルチザン活動での戦闘経験であった。金正日は核実験の成功とミサイル発射実験で父親を乗り越えた。そして金正恩がそうした業績に肩を並べるためには、北朝鮮が未だ成し遂げていない「ミサイル弾頭に据えられる核の小型化」と「アメリカ本土に到達するテポドン2号の完成」しかない。
これらの計画は粛々と続けられている。先軍政治派が実権を握ったままであれば、北朝鮮という国家は近い将来、さらなる国際社会への脅威としてその存在を誇示することになるだろう。
【PROFILE】1949年生まれ。早稲田大学法学部卒業。民族紛争・軍事情報に精通するジャーナリストとして活躍。07年より早稲田大学アジア研究機構客員教授。『金正日大図鑑』『世界テロ戦争』(小社刊)、『ソ連軍事情報の読み方』(光文社刊)他著書多数。
◆原発保有国の語られざる本音/多くの国は本音の部分では核兵器を持ちたいと思っているようであり2011-05-10 | 政治〈国防/安全保障/領土〉
知らないのは日本人だけ? 世界の原発保有国の語られざる本音
JB PRESS 2011.05.10(Tue)川島博之〈東京大学大学院農学生命科学研究科准教授〉
4月の最終週に、ドバイ経由でエチオピアに出張した。出張ではホテルのロビーなどで外国人と何気ない会話を交わすことも多いのだが、今回出会った人々は、私が日本人と分かると、異口同音に「FUKUSHIMA」について聞いてきた。世界の人々が原発事故に関心を寄せているのだ。福島は広島、長崎と共に、広く世界に知られた地名になってしまった。
日本はこれからも原子力発電を続けるべきであろうか。それとも、原発は取り止めるべきなのだろうか。
報道各社による直近の世論調査では、賛否はほぼ拮抗している。多くの人が、地震が多い日本で原子力発電を行うことはリスクが伴うが、便利な生活を送るためには仕方がないと考えているのだろう。
現在は、原発から漏れている放射性物質の封じ込めや津波で破壊された町の復興に関心が集まっているが、一段落つけば、これから原発とどう付き合うか、真剣に議論しなければならなくなる。
その議論を行う前に、世界の原発事情についてよく知っておくべきだ。フランスが原発大国であることを知っている人は多いと思うが、その他の国の事情については、よく知られていないと思う。
筆者の専門はシステム分析だが、システム分析ではデータを揃えて広い視野から先入観を持たずに現実を直視することが第一歩となる。そこで本稿ではIEA(国際エネルギー機関)のデータを基に、世界の原発事情について考えてみたい。そこからは原発の意外な一面が見えてくる。
*原発を所有する国の意外な顔ぶれ
原発は最先端の科学技術を利用したものであるから、先進国にあると思っている人が多いと思う。しかし、調べて見るとどうもそうとは言い切れない。
現在、31カ国が原発を所有している。原発による発電量が最も多い国は米国であり、その発電量は石油換算(TOE)で年に2億1800万トンにもなる(2008年)。
それにフランスの1億1500万トン、日本の6730万トン、ロシアの4280万トン、韓国の3930万トン、ドイツの3870万トン、カナダの2450万トンが続く。日本は世界第3位だが、韓国も第5位につけており、ドイツを上回っている。
その他を見ると、意外にも旧共産圏に多い。チェルノブイリを抱えるウクライナは今でも原発保有国だ。石油換算で2340万トンもの発電を行っている。その他でも、チェコが694万トン、スロバキアが440万トン、ブルガリが413万トン、ハンガリーが388万トン、ルーマニアが293万トン、リトアニアが262万トン、スロベニアが164万トン、アルメニアが64万トンとなっている。
旧共産圏以外では、中国が1780万トン、台湾が1060万トン、インドが383万トン、ブラジルが364万トン、南アフリカが339万トン、メキシコが256万トン、アルゼンチンが191万トン、パキスタンが42万トンである。
その他では、環境問題に関心が深いとされるスウェーデンが意外にも1670万トンと原発大国になっている。また、スペインが1540万トン、イギリスが1370万トン、ベルギーが1190万トン、スイスが725万トン、フィンランドが598万トン、オランダが109万トンとなっている。
原発を保有している国はここに示したものが全てであり、先進国でもオーストリア、オーストラリア、デンマーク、アイルランド、イタリア、ノルウェー、ニュージーランド、ポルトガルは原発を所有していない。
ここまで見てくると、一概に原発は先進国の持ち物と言うことができないことが分かろう。
*多くの国は本音で核兵器を持ちたがっている
東欧諸国は旧共産圏時代に建設し、今でもそれを保有している。しかし、台湾やインド、ブラジル、南アフリカ、パキスタンになぜ原発があるのだろうか。韓国の発電量がなぜドイツよりも多いのであろうか。また、G7の一員でありながら、なぜイタリアには原発がないのか。
原発の有無は、その国の科学技術力や経済力だけでは決められない。
ある国が原発を所有する理由を明確に知ることは難しい。その国の人に聞いても、明確な答えは返ってこないと思う。しかし、原発を持っている国名を列記すると、その理由がおぼろげながら見えてくる。原発は国家の安全保障政策に関係している。
原子力による発電は原子力の平和利用であるが、ウランを燃焼させることにより生じるプルトニウムは原子爆弾の原料になる。また、原発を製造しそれを維持する技術は、原爆を製造する技術につながる。原発を持っている国は、何かの際に短時間で原爆を作ることができるのである。
北朝鮮が原爆の所有にこだわり、それを手にした結果、米国に対して強い立場で交渉できる。この事実は広く知られている。そのために、イランも原爆を欲しがっている。
米国が主導する世界では、世界の警察官である国連の常任理事国以外は核兵器を所有してはいけないことになっている。それ以外の国が原爆を持つことは、警察官以外が拳銃を持つようなものであり、厳しく制限されている。
しかし、各国の利害が複雑にぶつかり合う世界では、金正日が米国に強気に出ることができるように、核兵器を持っていることは外交上で有利に働くと考えられている。
多くの国は、本音の部分では核兵器を持ちたいと思っているようであり、原発保有国のリストと発電量を見ていると、その思いの強さが伝わってくる。
*フランスが原発大国でイギリスの原発が小規模な理由
日本では、フランスが原発大国であることはよく報じられるが、その理由が語られることはない。フランスが原発に舵を切ったのは、地球環境問題がやかましく言われるようになった1990年代以前のことである。フランスはCO2を排出しない発電方法として原発を選んだわけではないのである。
それには、西側にいながら米国と一線を画したいと考えるドゴール以来の外交方針が関連していると考えるべきであろう。同様の思いは、国防に関心が深いスウェーデンやスイスにも共通する。また、フィンランドは常にソ連の脅威にさらされてきた。
そう考えると、西側の中でもイギリスの原発発電量がスウェーデンよりも少なく、フランスの約1割に過ぎないことがよく理解できよう。イギリスの外交方針が米国と大きく異なることは多くない。原子力の力を誇示して、ことさらに米国と一線を画す必要はないのである。
韓国に原発が多いことも理解できる。米国が作り出す安全保障体制の中で原爆を持つことは許されないが、北朝鮮が持っている以上、何かの際に原爆を作りたいと考えている。
その思いは台湾も同じである。旧共産圏に属する小国が、多少のリスクに目をつぶって原発を保持し続ける理由もそこにある。東西の谷間に埋もれるなかで、少しでもその存在感を誇示したいと思っているのだ。
*「絶対安全」とは言えない原発の所有を国民にどう説明するか
このような力の外交の一助として原発を位置づけるという考え方は、多くの国で国民にそれなりの理解を得ているようだ。だから、フランスや韓国や台湾、ましてパキスタンで反原発のデモが繰り返されることはない。
しかし、日本、ドイツ、イタリアではそのような考え方は国民のコンセンサスとはなり難い。言うまでもなく、この3国は第2次世界大戦の敗戦国であり、多くの国民は力による外交を毛嫌いしている。そのために、原発の所持を安全保障の観点から国民に説明することが難しくなっている。
この3国では原発所持の理由を、経済性や絶対安全であるとする観点から説明することになる。しかし、それだけでは、使用済み燃料の最終処理に多額の費用を要し、また、福島の事故で明らかになったように、絶対安全とは言えない原発の所有を国民に説明することはできない。
イタリアはチェルノブイリ原発事故の後に国民投票を行い、原発を廃止した。また、ドイツも緑の党などが強く反対するために、福島の事故を受けて、原発の保有が大きな岐路に立たされている。
ここに述べたことを文書などで裏付けることは難しい。しかし、原発の保有国リストや発電量を見ていると、自然な形で、ここに述べたようなことが見えてくる。世界から見れば、日本の原子力政策も潜在核保有力の誇示に見えていることであろう。
これまで、日本における原発に関する議論は、意識的かどうかは分からないが、本稿に述べた視点を無視してきた。
しかし、原発の経済性と安全性の議論だけでは、なぜ、原発を持たなければならないのかを十分に議論することはできない。福島の事故を受けて、今後のエネルギー政策を考える際には、ぜひ、タブーを取り除いて議論すべきであろう。
戦後66年が経過しようとしている。少子高齢化も進行している。そろそろ、老成した議論を始めてもよいのではないであろうか。 *強調(太字・着色)は来栖
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