情報統制 暴走の危機 再浮上 秘密保全法案 政府の情報隠ぺい体質に拍車
中日新聞 《 特 報 》 2012/2/24日Fri.
東京電力福島原発事故では、放射性物質の拡散予測やメルトダウンの事実など数多くの情報が隠された。それを反省するどころか、政府は1980年代に廃案となった国家秘密(スパイ防止)法案の改悪版である「秘密保全法案」の今国会提出を準備中だ。国民の知る権利を「お上」が一方的に踏みにじれることになる。かつて情報公開を掲げた民主党。その変節ぶりはここに極まれり、といえないか。(出田阿生、上田千秋)
■・・・尖閣が契機に
参院議員会館で8日、秘密保全法案に反対する日本弁護士連合会(日弁連)主催の集会が開かれた。元毎日新聞記者の西山太吉さん(80)らが発言。同法案に反対を表明している日本新聞協会や日本民間放送連盟などの関係者も詰めかけた。
「雑誌は『疑惑』段階の情報を報じることが多い。特に打撃を受けるだろう」と訴えたのは日本雑誌協会の山了吉・編集倫理委員会委員長。社会保障や税に関わる共通番号制度制定の動きにも触れ「国家だけが情報をつかみ、国民には情報を知らせない時代がきた」と危機感をあらわにした。
法案が浮かんだ契機は、一昨年9月に尖閣諸島付近で発生した中国漁船衝突事件での動画流出問題だった。同時期に警視庁外事三課の作成とみられる捜査資料の漏洩(ろうえい)も起きた。政府は同年11月、秘密保持の法整備を検討する考えを表明。昨年1月、「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」(座長・県(あがた)公一郎早稲田大政治経済学術院教授)を設けた。
同会議が昨年8月にまとめた報告書では、「国の安全」「外交」「公共の安全及び秩序の維持」の3つの分野を秘匿を要する「特別秘密」の対象にすると指定。国の行政機関だけでなく、独立行政法人や都道府県警察などの地方公共団体、国などから委託を受けた民間事業者にも適用することを適当としている。
さらに、特別秘密を扱う人間の調査や管理の徹底が重要と指摘。適性があるかどうか、親類の状況や外国への渡航歴、薬物、アルコール、精神的な問題に関する通院歴なども事前に把握すべきだと主張する。
報告書は「特別秘密は特に秘匿性が高く、情報公開法の『不開示情報』に含まれるもの。国民の知る権利は害されない」としている。
だが、それは本当か。最も懸念されるのは、何を特別秘密とするかを決めるのが各行政機関に委ねられている点だ。秘密の範囲が明確でない上に、第三者も関与しないことから恣意的に運用できるとの批判が強い。未遂や教唆だけでも「処罰することが適当」とし、刑罰の上限は「懲役10年とすることも考えられる」と想定。国家公務員法(守秘義務)違反罪の刑罰(1年以下の懲役または50万円以下の罰金)よりも大幅に重い。
一般市民も重罰の恐れ
処罰の対象も情報を漏洩する側の公務員と、受け手であるマスコミ関係者だけ−と思われがちだが、実は一般市民にも大きく影響してくる。定義が曖昧で幅広い解釈ができるため、国が隠せる秘密の範囲が広がった。
法案は今国会に提出予定だ。所管する内閣官房の担当者は「内容を詰めているところ。昨年10月に意思決定した通り、法案提出の意向に変わりはない」と話した。
原発事故隠し 正当化も
■・・・研究にも「壁」
福島原発事故で、政府は「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」のデータ公表を10日以上遅らせた。細野豪志首相補佐官(当時)は「(放射性物質拡散の予測情報を)公表して、社会にパニックが起こることを懸念した」と釈明した。
秘密保全法があったと仮定すると「非公開にしたのは公共の安全・秩序維持のためだ」と強弁していたかもしれない。
ほかにこの法律によってどのような事態が予想されるのか。梓沢和幸弁護士は次のようなシミュレーションを考えた。
ある日、海底のヘドロから高濃度の放射性物質が検出された。公表すればパニックが起きると予想した政府は、汚染分布図のデータを特別秘密に指定。だが、この情報をつかんだ記者が情報を出すよう官僚を説得した。その官僚は悩んだ末に上司に相談、慌てた上司は警察に通報。記者はすぐさま逮捕されてしまった−。
市民も安穏とはしていられない。山下幸夫弁護士が考えたシミュレーションはこんな具合だ。
自衛隊に装備品を納入する企業の社員が、製品の性能を「特別秘密」と知らずに知人に話した。この単なる日常会話が漏洩とみなされ、処罰されてしまった−。
原発の安全性に関する情報が「特別秘密」に指定されたとすると、民間の研究者らは独自に研究した安全性のデータを公表することができなくなる。「一緒に研究発表をしよう」と仲間に持ちかければ共謀となる。
■・・・警察官僚の影
実は同種の法案は、中曽根康弘政権当時の1985年に「国家秘密(スパイ防止)法案」として、自民党議員から提出されていた。保護の対象を防衛秘密だけでなく、防衛上秘匿する必要がある外交秘密にまで広げ、最高刑は死刑とする内容だった。しかし、野党をはじめ、自民党のハト派からも懸念が続出。廃案に追い込まれている。
四半世紀を超えての似た法案の浮上について、梓沢弁護士は「今回は特別秘密の中に、警察の情報が含まれることが大きな意味を持つ。これは国家秘密法案にもなかったことだ」と指摘する。
「5年ほど前に警察官僚が書いた論文に、有識者会議の報告書と同じような中身が出ている。今回の動きの背景には『国民は何も知らない方が統治しやすい』という警察官僚の意向がある」
上智大の田島泰彦教授(情報メディア法)も、「国家秘密法案以降も政府は諦めていなかった。動画事件はタイミングが合っただけ」とみる。
田島教授は「米国は防諜(ぼうちょう)法という法律で、民間を含めて厳しい規制をかけている。2007年にGSOMIA(軍事情報包括保護協定)が結ばれ日米が情報を共有していく中で、日本も情報統制をしっかりやれ、といった外圧もあったのではないか」と推察する。
国家秘密法案と同様に今回の報告書でも「スパイ防止」を立法の動機に掲げる。しかし、田島教授は「規模の違いはあれど、日本を含めて各国とも諜報活動はやっている。日本で特にスパイが活発に動いているという客観的な証拠は提示されていない」と反論する。
72年の沖縄返還時に日米政府の間に密約があったことを報じ、国家公務員法違反罪で有罪となった西山さんは、8日の集会でこう訴えた。
「密約もそうだが、政府が隠したがる『特別秘密』は情報公開法の対象にはならない。(対象を広げることを目指す)情報公開法の改正が実現しても、秘密保全法がつくられれば何でも隠せるようになる」
■・・・愛知で学習会
愛知県弁護士会の連続学習会の日程などは次の通り。
第1回=3月15日、第2回=4月18日、第3回=5月18日。時間はいずれも午後6時から同8時までで、場所は名古屋市中区三の丸1、愛知県弁護士会館。参加費無料。
<デスクメモ>
1917年のロシア革命と戦後恐慌が重なり、20年前後は日本では争議が多発していた。23年に関東大震災が発生、その約1年半後に治安維持法が施行される。不況、アラブ世界での民衆反乱、東日本大震災。そして秘密保全法が再浮上した。歴史は繰り返すのか。それとも教訓として生かすのか。(牧)
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◆沖縄密約国賠訴訟
◆『沖縄密約』西山太吉・澤地久枝・吉野文六「嘘をつく国家はいつか、滅びるものです」/小沢一郎氏裁判2012-02-19 | 政治〈領土/防衛/安全保障〉