アサド政権支持の理由
木村 汎 北大名誉教授 拓殖大学客員教授
中日新聞 《 視 座 》 2012/02/26 Sun.
ロシアはシリアのアサド政権に対する国連非難決議に拒否権を行使した。これは、反体制派を武力弾圧する同政権を事実上助ける行為に他ならない。ロシアは旧ソ連時代以来、シリアの友好国であり、シリアとの間に密接な軍事的、経済的な利害関係をもってきた。この点を強調する見方がある。
確かにシリアは、旧ソ連圏を除くとロシア海軍にとって唯一の基地提供国である。実際、今年初め、ロシアの空母「アドミラル・クズネツォフ」はシリアのタルトス港へ寄港した。ただ、同海軍は、同港を必ずしも常時もしくは頻繁に使用しているわけではない。国際的な威信高揚や欧米牽制を主な狙いとして利用している疑いが濃い。
また、シリアは40年以上にもわたって、ロシア製兵器の購入先である。最近、ヤク130型戦闘機(36機)を約5億?(約400億円)で購入する契約も結んだ。とはいえ、シリアはさほど魅力的な武器市場ではない。ロシアがシリアへの兵器輸出を現在以上に増やすためには、シリアの未払い金を棒引きにしたり、多額の借款を与えたりする必要がある。
近い将来、もしアサド政権が倒れ、シリアに新政権が誕生する場合、ロシリはタルトス港の使用やシリアへの武器輸出を断念せねばならないとは限らない。逆に、アサド政権擁護を固執し続けるならば、次期政権の反発を買い、先に示した既得権益を喪う羽目にすら直面するだろう。
このようにして、ロシアによる対シリア決議案拒否の主要な事由は必ずしも経済、軍事的な利害ではなくなる。むしろ、次のような政治的、心理的な類いのものだろう。欧米諸国やアラブ連盟などの外部からくわえられた圧力によって、シリアの内政が左右される。下からの反乱を誘発し、「レジーム・チェンジ」(体制変更)を出来させる。いわゆる「リビア・シナリオ」を辿る可能性に関する懸念である。
さらに一歩突っ込んで言うならば、「自国ロシアで「アラブの春」のような事態が起こることに対する危惧である。ロシア現政権は、グルジアやウクライナで発生したような「カラー革命」がロシアで起こることに神経をとがらせているのだ。そのために、昨年12月以来、ロシアで抗議デモが頻発していることに、必要以上に敏感になっている。
ロシアの対シリア外交一般に関し、次のような見方を行っても差し支えないかもしれない。つまり、ロシア外交において、軍事的、経済的利益の追求はさほど大きな役割を演じない。むしろ、現ロシア政権の維持・存続を図るための政治的考慮の方が、より重要なファクターである。そのために、ロシアは外部から見ると、時として算盤勘定に合わないどころか、非合理にさえ映る言動様式を採る。
ロシア外交をこのように見ることは、わが国の対ロ交渉にも参考になる。ロシアは旧ソ連時代以来、日本に対して北方領土の返還を頑ななまでに拒んでいる。その理由として、北方4島とその周辺、オホーツク海地域で漁業資源、その他が持つ経済的、軍事的価値を強調する見方がなされてきた。だが、はるかに重要な事由は政治的、心理的な要因だろう。つまり、クレムリン指導部間に今なお支配的な「力」信仰の思考様式、国家としての威信やプライドの維持--これらが領土返還を拒む、より大きな障害物になっている。
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ロシアのアサド政権支持の理由と、わが国の対ロ交渉
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