チャイナ・ウォッチャーの視点
日本のメディアが伝えぬ北朝鮮の本当の脅威
WEDGE Infinity 2012年04月16日(Mon)富坂 聰(ジャーナリスト)
大山鳴動してネズミ一匹というべきか、とんだ空騒ぎというべきか――。
ネタ枯れのメディア界を数週間ほど潤わしてきた北朝鮮による「“人工衛星と称する”ミサイル発射」がついに4月13日の午前7時39分、予告通りに行われた。
結果、打ち上げは北朝鮮自身が朝鮮中央テレビで認めた通り「失敗」だった。北朝鮮の“脅威”を強調してきた日本のメディアにとって、これは少々肩すかしだったようだが、当日の新聞には例によって早くもミサイル発射情報をめぐる官邸の迷走――発表が発射から40分以上遅れたことや米軍の情報を1回否定していることなど――に焦点を移し始め、「危機管理がなっていない」と攻撃する論調が目立ち始めていた。
■ミサイル配備は国内向けの「パフォーマンス」
しかし、「危機管理」とメディアが声高に叫ぶ一方、実際に日々の生活を送るなかで本当に具体的な“危機”を覚えた日本人がはたしてどのくらいいたのだろうか。
仮に米国が「テポドン2」と呼ぶミサイルが、北朝鮮の予告通り沖縄上空を飛んだとして、それがどのような脅威だったのか。また、もっと長期的な視点から北朝鮮のミサイル実験が成功里に終わったとして、それが今後、日本にとっていかなる脅威となったのか。それを明確にイメージできた日本人が果たしてどのくらいいたのだろうか。
日本は、いわゆる「“人工衛星と称する”ミサイル発射」が予定の軌道を逸れて、破片などの落下物が領土内に降ってくることに備えて、東シナ海と日本海に海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を搭載したイージス艦と首都圏と沖縄県に地対空誘導弾パトリオットミサイルPAC3を待機させていた。だが、これ自体も大きな茶番であったと言わざるを得ない。
まず、世界中の非難が集中するなか「あくまで宇宙空間の平和利用」と言い張って発射を強行した北朝鮮が、さらに攻撃の口実となるような落下物を他国領土上に降らすことが考えにくかったことだ。少しでも軌道を外れた瞬間に自爆を試みたはずだからだ。
さらに迎え撃つ日本の側にも、そんな意志が本当にあったかといえば極めて疑わしいのである。
■日本へ向いた中国の警戒
弾道計算が可能なミサイルを撃ち落とすというのであればまだしも、落下物に当てる能力などSM3にもPAC3にもあろうはずもない。しかも、PAC3が配備された沖縄からは北朝鮮が通告してきた軌道まで300キロも離れていて、そもそも射程20キロのパトリオットミサイルが届く距離ではないのである。さらに落ちてくる金属片に対して一発数億円のミサイルを撃ち込むというコストパフォーマンスを考えれば、なおさら実現性の低い話だったことが理解できるだろう。
つまりミサイル配備は完全に国内向けのパフォーマンスに過ぎなかったのだが、その反面、対外的な影響力は日本人が考える以上に大きかったようなのだ。
■「対北朝鮮向けに軍事力を強化する日本」?
例えば中国である。3月末には新華社世界問題研究センター研究員の談話として、「日本が北朝鮮のこうした動きを利用して毎回自国の軍事力の強化を図っている」との見方を示し、4月上旬には『南方日報』が、〈(北朝鮮のミサイル発射という)機に乗じてミサイル防衛システムの検証を試みる日本〉と堕する記事を掲載。軍事力強化に向けた世論作りに利用していると批判したのに続き、『人民日報(日本語版)』にも〈朝鮮衛星の迎撃は日米にとって対中ミサイル訓練の機会である〉とした記事がアップされるというように、中国の警戒は北朝鮮よりもむしろ日本へと強く向けられたのだった。
日本の迎撃報道に反応したのは中国のような日本の動きを警戒する国々だけではなかった。韓国をはじめシンガポールやオーストラリア、タイ、フィリピンなど、北朝鮮のミサイル発射を警戒する国々のニュースでは、それを「けしからん」とする反応の代表例として日本の動きが常に紹介され、テレビのニュース番組ではものものしいPAC3の映像が大きく映し出された。その様子はさながら日本が対北朝鮮の最前線に立っているかのような印象を世界に与えるものだったのである。
普段国際社会で影が薄い日本が、突如、お調子に乗って主役級に押し出されてしまったようでつい気恥ずかしさを覚えずにいられなかったが、これは果たして日本が本当に望んだポジションなのだろうか。そうでなければもう少し慎重であるべきだったことは言うまでもない。
■日本でほとんど報道されない北朝鮮の主張
さて、そこで今回の北朝鮮の「“人工衛星と称する”ミサイル発射」問題を改めて検証してみたい。まず今回の打ち上げが正当だとする北朝鮮側の主張の根拠を大雑把に列挙すればこうだ。
(1)宇宙空間の平和利用は主権国家に与えられた権利であり、国連にも主権国家が自国の領土で地球観測衛星を打ち上げることを制限する規定はない。
(2)2009年4月のロケット(ミサイル)打ち上げに対する批判を受けて北朝鮮は同年、宇宙条約の加盟国になった。
(3)国連決議1718号(2006年)及び1874号(2009年)違反と責めるが、北朝鮮は両決議を受け入れたわけではない。
(4)衛星打ち上げについては、すでに昨年12月15日にアメリカ側に伝えている。
並べてみたなかで、(1)の地球観測衛星の必要性について北朝鮮は、ここ数年、気候変動によって農業分野に大きなダメージがあったこともその理由としている。また(4)については事前にアメリカに伝えたにもかかわらず、その時は問題にすることなく食糧支援再開の「二・二九」合意に至り、その後に非難を始めるとは「どういうことか」というのが北朝鮮の言い分だ。
どちらの言い分が正しいのかをここで検証することはできない。また軍事技術の絡む問題で北朝鮮の主張を鵜呑みにすることができないのは大前提だが、日本の報道には北朝鮮側の主張があまりに欠落していることが分かるのではないだろうか。
中国の国際情報紙『環球時報』は、〈朝鮮は、国際世論の反応に関心を払い、透明性を高める方式で意見の相違を解決しようとした〉として、北朝鮮の言うことにも少しは耳を傾けるべきだと書いた。この論に全面的に賛成するわけではないが、北朝鮮が何をやっても「すべて嘘」、と決め付けるのであれは、それは最終的には戦争しかなくなる。言い分を信じるか否かは別にしても、北朝鮮には国際世論との対立点を解消しようとの意思があったことは、今回のメディア対応からも汲み取ることはできたのではないか。
■北朝鮮を追い詰めても事態は進展しない
国連制裁の中身を見ても明らかなように、北朝鮮を取り囲む国際環境は、第二次世界大戦へと突き進んだ日本を取り巻く状況よりも厳しい。北京大学の孔慶東教授はかつて北朝鮮問題に取材に訪れたイギリス人記者に、「あなたの国がもしいまの北朝鮮のような制裁にさらされたら何日もつだろうか?」と質問して相手を絶句させたが、それほど厳しい内容なのだ。
相手が小さな国であれば寄ってたかって追い詰めることはできるのかもしれない。だが、その果てに本当に日本の国益があるのかどうかはもう一度日本が検証すべき課題ではないだろうか。事実、小泉純一郎首相の訪朝で一気に進展した拉致問題は、その後に日本が「強硬」一辺倒に転じて以降はまったく成果を得ることができていないのではないか。
金正日の死亡した昨年末から日本のメディアでは北朝鮮崩壊論がかまびすしい。そのなかには決まって“暴発”との表現も伴う。しかし、ここでも「暴発」の中身を具体的に描いている記事に出会うことはない。せいぜい「ソウルが火の海になる」、「難民が中朝国境に押し寄せる」といった程度の話だ。
■アメリカが恐れる北朝鮮の「脅威」の正体
だが冒頭の話に戻して、再度ミサイル打ち上げにも絡む北朝鮮の“脅威”について、少しここで触れておきたい。それは北朝鮮がここ数年繰り返してきた核実験とミサイル実験の意図がどこにあるのかについての一つの考察である。
発言者は、長年アメリカのCIAで核兵器専門家として勤務したピーターフライという博士である。同氏はVOA(ヴォイス・オブ・アメリカ)のインタビューに答えて、こう断じている。
「北朝鮮のこれまで2回の核実験は小型核のEMP爆弾実験だった」――。
EMP爆弾と聞いて直ちにピンとくる読者は少ないはずだから簡単に説明を加えておこう。それは300キロから400キロ上空で核爆発させることで強烈な電磁波を発生させ、地上の電気・電子機器を一瞬にして機能停止にさせてしまう爆弾のことだ。人間を傷つけることはないが、人間の生活に必要なインフラは一瞬のうちにすべて失われることになる。GPSや携帯電話どころか、電気がすべてストップする世界が現出するというのだから、まさにピーターフライ博士の表現する「百年前に戻ったまま、復旧には3年から10年を要する」破壊力なのだ。つまり3年から10年は家に明りさえ灯らない日々となるのだ。そして、さらに懸念されるのは、そのEMP爆弾による攻撃に対して、現在のアメリカは防ぐ術を持っていないというのである。
EMP爆弾はかつて米ソ冷戦時に競って開発された技術で、核爆弾を製造できる技術さえあれば開発は決して難しいものではない。北朝鮮には60年代にソ連からこの技術が渡り、独自で改良が重ねられてきたと考えられている。ちなみに、北朝鮮の2回目の核実験は「爆発の規模があまりに小さい」ため「失敗」と決め付けられているが、これもEMP爆弾だったと考えればつじつまが合うとピーターフライ博士は言うのだ。そしていま新たに持たれているのが、北朝鮮がすでに極めて広範囲に影響を及ぼすEMP爆弾を開発済みなのではないかという疑惑なのだ。
このEMP爆弾をアメリカまで運ぶ技術こそ、成層圏まで飛ばしたロケットの再突入であり、今回の実験にも通じてくるものなのである。4月2日には韓国国防部の広報官が、北朝鮮のICBMはすでに米国本土にも到達可能であるとの見解を示して話題となった。つまり、アメリカにとって悪夢の「9・11」が北朝鮮によって再現されれば、民間航空機が高層ビルに突っ込むという程度では済まない、本格的な悪夢にもなりかねないのだ。
■「金正恩赤っ恥」報道に浮かれる日本
このことに絡み最近ではアメリカや韓国でもEMP爆弾に関する報道が多く見られるようになり、一説には電気のストップで流通がマヒした米国では食糧の運搬がストップすることで人口の半分以上が餓死するとの予測まで出されているのだ。そうなればアメリカの食糧に依存する日本もただでは済まない。
それどころか、北朝鮮の問題で前記のように日本が最前線に立っているとの印象が続けば、北朝鮮が自ら有する兵器の威力を見せ付ける実験場として日本の一都市が標的となるとの可能性さえ出てくるのである。
現在のところ北朝鮮が本当にEMP爆弾を使用できる技術を得ているのかどうかは不明だが、最大の危機を念頭に外交を行うのは安全保障上の重要な見識だ。
かつて鬼畜米英と嫌ったアメリカから核兵器の実験場とされた日本が、21世紀に再び「時代遅れで貧乏な独裁国家」とバカにする北朝鮮からEMP爆弾の実験場とされることは何としても防がなければならない。少なくとも「“人工衛星と称する”ミサイル発射」の失敗を前に、「金正恩赤っ恥」と報じて喜んでいる幼児性からは、何も生まれないことだけは確かであろう。
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日本のメディアが伝えぬ北朝鮮の本当の脅威/北朝鮮のこれまで2回の核実験は小型核のEMP爆弾実験だった
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