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「北の核実験」で浮き彫りになったもうひとつの側面---TPPはアジア・環太平洋地域の外交安保問題だ

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「北の核実験」で浮き彫りになったもうひとつの側面を日本のメディアは見逃している---TPPはアジア・環太平洋地域の外交安保問題だ!
現代ビジネス2013年03月08日(金)長谷川幸洋「ニュースの深層」
 朝鮮半島情勢が一段と緊迫している。北朝鮮が朝鮮戦争休戦協定の白紙化に言及する一方、ニューヨークでは国連安全保障理事会が7日(日本時間8日未明)にも、対北制裁を大幅強化する決議案を採択する見通しだ。
 私は2月15日付コラムで、北朝鮮が昨年12月のミサイル発射実験に続いて3度目の核実験を成功させたことで「安全保障をめぐる従来の前提が一変し、まったく新たな次元に突入した」と書いた。そのうえで日米韓が合同軍事演習をするケースを例に挙げて、日本の「集団的自衛権の見直し問題が喫緊の課題になる」と指摘した。
 その後、事態はどう動いたか。コラムを公開してから1週間後の2月22日、日米首脳会談が開かれた。そこで安倍晋三首相とオバマ大統領は次のような認識で一致している。
■北朝鮮問題とTPPがどう絡むのか
 「両首脳は…北朝鮮の核実験に対する懸念を共有し」た(外務省ホームページ、以下同じ)。そのうえで、安倍首相は「北朝鮮は核開発、ミサイル開発を進めてきており、この現実に対して、改めて日米韓が一致結束して対応する必要がある旨述べた」という。
 北の核開発に対応するのに鍵を握るのは、日米韓という認識である。六カ国協議のメンバーである中国やロシアももちろん重要だ。しかし、まずは米国をハブにして互いに同盟関係にある日米韓なのだ。これが議論の出発点である。プレーヤーがだれか、という話をはっきりさせなければ、次に進めない。
 安倍は続けて「国連安保理が新たな強い決議を採択して制裁の追加・強化を実施することが重要である」と述べている。今回の国連決議はこの線に沿ったものだ。ここまでは、ごく自然な流れだろう。
 先のコラムで、私は「今回の事態は環太平洋連携協定(TPP)参加問題にも影響を及ぼす」とも指摘した。読者の中には「北朝鮮問題とTPPがどう絡むのか、関係ないのでは」と疑問を抱いた向きがあったかもしれない。だが、深い関係がある。
 コラムで書いたように、TPPは貿易自由化という通商問題であると同時に、米国を中心としたアジア太平洋の外交安保問題という2つの側面をもっている。これまでは貿易自由化論議の陰に隠れて見えにくかったが、貿易が国同士の相互依存を促すという根本原理を考えれば、貿易はもちろん国同士の関係安定化、すなわち外交安保につながっていく。
 米国がTPPによってアジア太平洋地域の団結を強化しようというときに、北朝鮮がまさに核実験を成功させた。北の核によってアジア太平洋(直接的には米国と韓国、日本)の平和と安定が現実的に脅かされ始めた以上、米国が対抗策としてTPPをてこに日本その他の国との結束を強めようと考えるのは、まったく合理的である。
 これまでTPPは貿易自由化という側面ばかりで語られてきた。だが、北の核実験によって否応なく外交安保の側面が強くなってきたのである。
■菅官房長官へのインタビュー
 米国にとって、自分たちが標的になっている以上「北朝鮮の脅威にどう対処するか」はもちろん重要課題だ。それは日本や韓国にとっても同じである。すると日本側から見ても、TPPへの対応は北朝鮮問題の下位問題になっていく。言い換えれば、北朝鮮の脅威に対応する文脈でTPPについても考える。安倍とオバマは、そういう構えでTPP問題に臨んだのではないか。
 この点を確認するために、BS朝日系列「激論!クロスファイア」(3月2日放送)に出演した際「私の仮説」と断って「TPPへの対応についても北朝鮮ファクターがあったのではないか」と菅義偉官房長官にぶつけてみた。
 すると、菅は「(そういう認識が)ないと言えば嘘になる。北の核実験の後、総理はオバマ大統領と電話会談した。その際、私はそばにいて聞いていたが、北の脅威に対して日米は同盟国としてしっかり対応していこうと総理の側から言いました。日本にとって日米同盟はアジア太平洋の基本であるとも言った」と語った。スタジオ外での雑談でも、北朝鮮ファクターの重要さについて、私とほとんど同じ認識だった。
 さてそうだとすると、先の日米首脳会談でのTPPについて、新聞やテレビの報道は不十分だったといわざるをえない。ほとんどの新聞が「すべての関税撤廃が交渉参加の前提ではない」という共同宣言を大きく取り上げて「だから交渉参加への流れが強まった」という調子で報じていた。
 それでは、あまりに近視眼的である。
 たしかに「関税撤廃が条件ではない」という合意は重要である。だが論理的に考えれば、これは当たり前の話なのだ。なにも日米首脳が共同声明という大げさな舞台装置を作って宣言するほどの話ではない。
 どの国にも、それぞれ守りたい重要品目はある。だからこそ何をどれほど、どういう時間軸で自由化するかをめぐって交渉になる。交渉参加の時点で「すべての関税を撤廃します」などと約束するなら、それで話は終わり。交渉する必要はなくなってしまう。
 通商交渉のプロから見れば、日米共同声明はイロハのイ、当たり前の話を確認したにすぎない。そんな共同声明を出さなければ参加表明できないほど、日本の政策論議が幼稚化したという話なのだ。
 いまとなっては、そんなところに首脳会談のポイントがあったのではない。会談直前に北の核実験という大イベントがあり、現実的脅威にどう日米が対応するか。それこそが最重要問題だった。
 脅威に対応する枠組みを作るために、日本のTPP参加は日米両国にとってプラスである。だから、当たり前の話を文書に書くくらいで日本が納得するなら、お安い御用で共同声明にまとめ、参加へのハードルは下げる。米国はそんな判断だったのではないか。
■木を見て森を見ない日本のメディア
 いまさら、なぜこんな話を書くかといえば、多くのメディアは相変わらずTPP参加と北朝鮮問題を別々に扱っているように見えるからだ。それでは本質を見誤ってしまう。
 似たような話は日韓関係についても言える。日本と韓国の間には竹島や従軍慰安婦のようなセンシティブな問題がある。だが、これも北朝鮮の核に比べれば、あきらかに下位問題である。いくら竹島や従軍慰安婦をめぐって日本と韓国がいがみ合っていたとしても、北が核ミサイルを一発発射すれば、吹っ飛んでしまうような問題なのだ。そもそも米国が日韓両国と軍事同盟を結んでいる以上、日本と韓国が軍事的に対立するような事態もありえない。
 安倍は6日に韓国の朴槿恵大統領と会談し、北朝鮮問題などについて会談した。そこで朴大統領は歴史問題についても言及したが、竹島や従軍慰安婦問題について具体的な言及はなかった。核の脅威が現実になった中、そんな問題を取り上げている場合ではないという判断だろう。
 日本のメディアがときに「木を見て森を見ず」のような状態になってしまうのは、記者が「おれは政治部」「あなたは経済部」「そっちは外報部」などと縦割りになっているのも一因だ。核問題やTPP、日韓関係などと担当が分かれているから、個別問題の細部には詳しくても全体像が見えなくなる。
 だが当たり前だが、首相や官房長官は記者たちのように問題を個別に扱っていない。全体を総合的に判断して、ときには「あっちは譲るから、こっちはよこせ」というように取引もしながら政策を展開している。北の核問題とTPP論議はメディアの力量不足も映し出している。(文中敬称略)
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