4年あまりで外相が7人変わった 日本の「線香花火外交」につきあう中国の裏側に「南沙問題」
現代ビジネス2011年07月11日(月)近藤大介「北京のランダム・ウォーカー」
7月4日、松本剛明外相は、習近平副主席、戴秉国国務委員、楊潔篪外相との会談を終え、日本に帰国した。本来なら、7月3日に楊外相と会談して、とんぼ返りする予定だったが、習副主席、戴国務委員が会見に応じることになり、国会が空転しているのをいいことに延泊したのだ。
だが、松本外相が主張した、日本の農産品の禁輸措置解除、レアアースの正常輸出、東シナ海のガス田協議の再開という「3点セット」に対しては、中国側の明確な回答は得られなかった。加えて、この8月にも東京で行うはずの日中経済ハイレベル協議は、日本側が議題に載せることすらできなかった。
この一連の会談から一週間を経たいま、今回の日中会談をお膳立てした日本の政府関係者たちは一様に、「徒労感が残ったのみだ」とこぼす。ホンネを言えば、「松本外相は、一体何しに来たのだろう?」という気持ちなのだ。
ワシントン訪問でも成果なし
松本外相は、実は4月末に、今回と同じ'経験'をワシントンでしている。クリントン国務長官との会談に臨んだものの、菅首相の訪米、及び「2プラス2」(日米安全保障協議委員会)の再開という二つの重要日程を決められずに帰国を強いられたのだ。まさに、ワシントンの日本の政府関係者にしてみても、「外相は一体、何しに来たのだろう?」と、ポトマック河の畔でボヤいたことだろう。
その後、「2プラス2」は6月21日に無事、開かれた。だが、「より深化し、拡大する日米同盟に向けて:50年間のパートナーシップの基盤の上に」「在日米軍の再編の進展」「在日米軍駐留経費負担」と題された3点の共同発表文書を精読すると、「5年の間、在日米軍駐留経費負担全体の水準が日本の2010会計年度の水準(日本の2010会計年度予算額1881億円が目安)に維持されることを確認した」「沖縄を含む日本における米軍のプレゼンスの重要性が高まっていることを強調した」など、アメリカの主張をそのまま受け入れたに過ぎない。これでは、「2プラス0」である。
また、菅首相の訪米に関してはその後、国連総会がNYで開かれる9月という「仮日程」を、ようやくアメリカから出してもらった。だがこれは実質、「次期首相に来てほしい」と宣言されたに等しい。
今回の松本外相訪中に関して、日本の政府関係者の寂寞とした心情は、痛いほど理解できる。何せ、松本外相の`上司`に当たる菅直人首相は先日、「近く退任する」と公言してしまった。となれば、松本外相も同時にお役ご免になる可能性が高い。
つまり、3月9日に就任したばかりのこの新外相は、就任わずか4ヵ月にして、早くもすでに余命幾ばくもない状態なのだ。そんな危うい立場で、アジア・ナンバー1の大国の首都に赴いて、一体どんな外交が展開できるというのだ?
しかもバツが悪いことに、松本外相が北京で一連の首脳会談を行っている最中に、東京では同じ「松本」という名の大臣が、暴言を吐いて、大騒動に発展した。ご存知、松本龍前防災担当大臣である。北京で重要会談が行われている最中の政権不安が、その日の外交に影響を及ぼしてくることくらい、菅首相は思い至らないのだろうか?
私は、6月8日に訪中して楊潔虎外相と会談した、「カダフィの代弁人」ことリビアのオベイディ外相を思い出した。この夏の線香花火のような存在であるという意味では、ほとんど同レベルだ。
温家宝との会談二日後に辞任を発表した鳩山首相
中国から見れば、このところの日本外交は、いわば「切腹外交」である。楊氏が外相に就任したのが、2007年4月。この時、楊外相のカウンター・パートナーである日本の外相は、麻生太郎氏だった。その後、楊外相が握手する相手は、麻生太郎→町村信孝→高村正彦→中曽根弘文→岡田克也→前原誠司→松本剛明と、4年余りで、実に7人に上った!
つまり楊外相は、一度外相会談を行った日本の外相と、ほとんど再会することはないのだ。これでは毎回、新外相と握手する手も、力が抜けようというものだ。
そもそも、一昨年9月に民主党が、永年執権党だった自民党を倒して、華々しく政権の座に就いた時、中国は大いに期待したものである。「アメリカ一辺倒の自民党外交から、アジア重視の民主党外交へ」という鳩山首相が掲げたキャッチフレーズは、中国側を奮い立たせた。実際、昨年5月に温家宝首相が訪日した時には、中国側の「気合い」が、ひしひしと伝わってきた。
ところが鳩山首相は、温家宝首相との重要な首脳会談を終えた二日後に、突然辞任を発表した。この時、ある意味で、日本国民以上に腰を抜かしたのが、温家宝首相だったに違いない。中国が民主党政権にプッツンしたのは、この時からだ。
それから2ヵ月余り経った昨年8月末、日中経済ハイレベル対話が北京で開かれ、日本から6人の大臣が顔を揃えた。日本側代表の岡田外相(当時)が、会議の閉幕の辞で、「次回は来年、日本でお目にかかりましょう」と重々しく述べた。すると、中国側代表の王岐山副首相は、次のように答えたのだった。
「来年日本へ行くのはいいけど、この中で一体何人残ってるの?」
王副首相からすれば、素朴な疑問だったのだろう。だが実際、それから2週間余り経って、訪中団代表の岡田外相を始め、6人中4人がクビを切られてしまった。その後、対中強硬派として知られる前原氏が外相に就任し、尖閣諸島問題で日中関係がグチャグチャになっていった経緯は、記憶に新しい。
日本の線香花火外交につきあう中国の本音
日本の外交関係者が嘆いて言う。
「このところ中国首脳の日本を見る目線が、だんだんと北朝鮮を見る目線に近くなってきた気がする。すなわち、『憐憫外交』だ。中国首脳は心の奥底で、貧しい北朝鮮から来た首脳を哀れむように、すぐに`切腹`させられる日本の首脳を哀れんでいるのだ。だから日本の首脳に対する態度が、妙に慇懃だ。
例えば今回、松本外相と会見した習副主席、戴国務委員、楊外相の3人とも、別れ際に笑顔で手を差し伸べ、『またお会いしましょう』と言った。これが『憐みの言葉』でなくて何だろう?」
外交とは、自国の国益の最大化の追求に他ならない。その意味で言えば今回、当初会見予定がなかった習副首相と戴国務委員が急遽、松本外相との会談を決めたのは、ただの「憐憫外交」ではあるまい。
中国は現在、ベトナム、フィリピンと、南沙諸島の領有権争いで一触即発の状態にある。アメリカはこれを、中国封じ込めのチャンスと見て、南砂問題をASEAN(東南アジア諸国連合)全体の問題に'格上げ'し、ASEAN(及びそのバックに控えるアメリカ)vs中国という対決の構図に持っていきたい。そうすることによって、中国包囲網を敷いて中国を孤立化させ、その台頭を防ごうとしている。
これに対して中国は、南沙諸島問題は、中国vsベトナム、中国vsフィリピンという「二国間問題」の枠内に収めたい。そのためにも、同じく東シナ海の領土問題を抱える日本とは、いま揉めたくない。だから大物二人(習&戴)が急遽、松本外相との会見に臨み、日中友好を世界にアピールしたわけだ(かつ中国メディアには、「東海は中国固有の領土であることを改めて日本に対して主張した」ときっちり書かせた)。
だが、東京の首相官邸では、中国の大物二人が出て来たことで、「菅外交の成果だ!」と喜び勇んでいるという。そして懲りずに今度は、この週末に海江田万里経産相を中国に派遣する予定だ。
もはや民主党政権は、末期的と言うしかない。北京在住の日本人としては、母国の「線香花火外交」など、これ以上見たくない。
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