【日曜に書く】論説委員・湯浅博 CIA元職員が気づかせた
産経新聞2013.7.14 03:03
◆フレンドリースパイ
インテリジェンスの世界では、友好国を相手の情報収集活動を「フレンドリースパイ」と呼んでいる。筆者が外務省を担当していた1987年、この形容矛盾する米国の情報活動が浮上したことがある。
当時、東芝機械がソ連原潜のスクリュー音を消すための工作機械を輸出したとされた事件が摘発された。きっかけは、東芝機械の通信を傍受していた米情報機関が、日本政府に伝えたことから始まっている。
外国の情報機関が敵対国の外交官の動きを探り、情報収集を妨害することは驚くに当たらない。宿泊先ホテルの会話や携帯電話が盗聴され、中国ならハニートラップにも要注意である。まして、在外公館が傍受されることは世界の常識だ。
米中央情報局(CIA)元職員、エドワード・スノーデン容疑者が、米国の国家安全保障局(NSA)による同盟国の在米大使館の「盗聴」も対象に含まれていたことを暴露した。しかし、日本政府が驚きもしなかったのは、東芝機械事件で先刻承知していたからだろう。
そこはオバマ大統領、「どの国の情報機関も非公開情報の収集は行っている」と半ば開き直りの姿勢をのぞかせた。同じようなことは、最近の英紙ガーディアンや仏紙ルモンドが伝えるように、英国やフランスの情報機関もやっている。
問題はむしろ、日本だけが情報世界の「お互いさま」という枠組みの外にあることである。米国がここまでやるから、敵対国の中国は推して知るべしであろう。日本は情報という武器を持たずに“丸腰”で対外交渉をしているようなものなのだ。
頼みの綱は、安倍晋三政権がこの秋に法案化する国家安全保障会議(日本版NSC)の創設である。事務局となる「国家安全保障局」の局長は、米国NSCを担当する大統領補佐官の交渉相手となる。局長の下に内閣情報官と危機管理監が入り、内閣情報調査室(内調)に「ヒューミント」と呼ばれる情報部員を統括する部門の設置を検討している。
◆日本こそ必要な情報力
ただ法案作成の過程で、またぞろ外務、警察、防衛の各省庁三つどもえの権限争いの話が流れてきた。この主導権争いに、中韓の顔色をうかがう野党やメディアが絡むと厄介なことになる。戦後の日本が「内閣直属のインテリジェンス機関」をつくろうとして果たせなかった歴史を振り返ってみてほしい。
宰相吉田茂はサンフランシスコ講和会議で日本が独立を果たすと、ひそかに情報機関の創設に取り掛かった。軍事顧問の辰巳栄一元中将とともに、英国をモデルに弱い軍事力を強力な情報力で補おうとした。吉田は昭和27年4月に外務、法務、警察の寄せ集めで内閣官房調査室を発足させ、やがては日本版CIAに格上げする意向だった。
初代室長には総理秘書官だった村井順をあてた。吉田は警察予備隊(後の自衛隊)に旧軍人を採用することは嫌ったが、新情報機関には元特務機関員や元海外駐在武官を起用した。
◆国益をそぐ内輪もめ
しかし、内閣官房調査室の創設をめぐっては、内務官僚だった村井室長と、外務省の曽野明との深刻な対立があった。外務省は対外情報にかかわる情報文化局第1課長の曽野を中心に、官房調査室が国内情報だけを扱うよう申し入れている。
外務省はソ連通の日暮信則を調査室に送り込んだが、29年に発覚したソ連代表部のラストボロフ亡命事件で、日暮がソ連の協力者であることが明るみに出た。日暮は取り調べ中に自殺してしまう。ソ連が調査室内の対立を利用して情報網を浸透させた疑いが指摘されている。
村井は辰巳元中将の助言をうけて、文書収集、通信傍受、工作員活動の3つからなる米CIA型情報局に拡充しようとした。吉田はこれをうけ、27年の国会答弁で、情報機関設立のアドバルーンを上げた。とたんに、野党とメディアから政府による言論統制につながると反発を受けた。与党内でも官房調査室を仕切る緒方竹虎が力を持つことを恐れる池田勇人ら官僚派の警戒感と重なった。
こうして、新しい情報機関をつくろうとした吉田の壮大な構想はついえた。従って、安倍政権の手になる新たな国家安全保障会議と内調の再編は、戦後日本が自立するための宿願であった。皮肉にもスノーデン容疑者の暴露が、そのことを日本に気づかせてくれた。(ゆあさ ひろし)
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関連; 『 防衛省と外務省 歪んだ二つのインテリジェンス組織 』 福山隆著 / 《 ヒューミントの重要性 》 2013-07-13 | 読書
「国防」と「外交」の要となるインテリジェンス(情報)とは?
週プレニュース[2013年07月09日]
防衛省と外務省という、ふたつの組織で働いてきた経験から「国防」と「外交」の要ともいうべきインテリジェンス(情報)の世界を解説しつつ、その重要性を理解していない日本の現状に警鐘を鳴らす『防衛省と外務省 歪んだ二つのインテリジェンス組織』。
尖閣諸島周辺の緊張が高まり、アメリカ政府の「通信傍受」が話題となるなか、国と国との息詰まるような「情報戦」の姿が具体的に、そして著者である福山隆氏の危機感とともに語られている。福山氏に聞いた。
――今回、こうして「インテリジェンス」、つまり「情報」をテーマに本を書かれた最大の理由は?
「この本にも何度も書きましたが、『知恵なき国は亡ぶ』といって、インテリジェンスは国が国際社会の中で生き残っていくためになくてはならない『防寒着』のようなモノです。また、そのように大切な『インテリジェンス』は、それを使う側にしっかりとした『志』があって初めて生きる……。逆の言い方をすれば『志なき国家に情報はいらない』というのが私の基本的な考えです。
ところが、戦後の日本が米国の占領政策の影響下をいまだに抜けられず、国家存亡のカギを握る『外交』『軍事』に関わるインテリジェンスもまた、米国と、その意思をまるで『伝声管』のように伝えるだけの外務省によって完全に支配されています。国防や軍事に関する情報までが防衛省ではなく、外務省経由でしか伝わらないという、極めて特異な状況が続いています。
私はかつて防衛庁(当時)から出向し、日米安保の最前線ともいうべき外務省北米局安全保障課や大韓民国駐在武官として働くなかで、こうした日本のゆがんだ状況を最前線の現場で身をもって体験してきました。この現状を多くの方々に知っていただきたいと考えたことがきっかけです」
――アメリカではNSA(国家安全保障局)が一般市民を含む大量の通信情報を傍受していたことが暴露され、話題になっていますが、いわゆるインテリジェンスの世界も技術の急速な発達で収集する情報の量が爆発的に増えて、ある意味「限界」にきてはいませんか?
「確かに技術の進歩により、集められる情報の量は飛躍的に増えていますが、その網にかかる大量の情報のほとんどが『ガラクタ』だというのが現実だったりもします。ですから時代が変わり、科学技術が発達しても、われわれが『ヒューミント』と呼ぶ人的な情報源、質の高いスパイの重要性は変わることがありません。
またどんなに質の高い情報を集めても、それを“どう生かすか”はその国のリーダーの資質にかかっているということも忘れてはいけないと思います」
――インテリジェンスという観点から日本は今後どうあるべきだと考えていますか?
「NHKの大河ドラマ『八重の桜』を観ていて思うのですが、会津藩は愚直に幕府への忠誠を尽くしたが故に、最後は徳川にも見捨てられ、悲劇的な最後を迎えることになりますよね。アメリカという大国の衰退が始まり、今や米中両国の覇権争いのはざまにいる日本が、このまま今のように対米追従でいては、近い将来、会津藩のような運命が待っていないとも限りません。そうした悲劇に陥らないためにも、日本は米国に依存しないインテリジェンスと、それを生かす『志』が必要です」
――最後にひとつ、防衛省を退官された福山さんが、こうした本を出版することで当局から監視や尾行の対象にはならないのですか?
「いやいや、詳しくは言えませんが、それは『イロイロ』とありますよ……(笑)」
(構成/川喜田 研 撮影/岡倉禎志)
* 福山 隆(ふくやま・たかし)
1947年生まれ、長崎県出身。防衛大学校卒業後、陸上自衛隊幹部候補生として入隊。90年、外務省に出向し、韓国駐在武官として朝鮮半島のインテリジェンスに関わる。著書に『2013年、中国・北朝鮮・ロシアが攻めてくる』(共著、幻冬舎新書)など
『防衛省と外務省 歪んだ二つのインテリジェンス組織』
幻冬舎新書 819円
「国防」の防衛省と「外交」の外務省。東アジアの緊張が高まるなか、重要性が増すインテリジェンス(情報)活動。ふたつの組織を渡り歩いた著者がインテリジェンスの重要性と、縄張り意識と省益主義によって歯車がかみ合っていない両省の現状を鋭く指摘
*上記事の著作権は[週プレニュース]に帰属します *リンク、強調(太字・着色)は来栖
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関連; 米国の諜報活動では、日本は最大敵国の1つ スノーデン事件から日本が学び、すべきこと 織田 邦男 2013-07-10 | 国際
JBpress2013.07.09(火) 織田 邦男
米国中央情報局(CIA)元職員、エドワード・ジョセフ・スノーデン氏による暴露が話題になっている。
2013年6月、スノーデン氏は香港でメディア(ガーディアン、ワシントン・ポストおよびサウスチャイナ・モーニング・ポスト)の取材を受けた際、米国家安全保障局(NSA)による個人情報収集の手口を告発した。
*各国代表団のスマホまで念入りにチェック
英紙ガーディアンによると、米当局が日本やフランスなど同盟国を含む38の在米大使館や代表部を盗聴の対象にし、特殊な電子機器などを使って情報収集を行っていたという。
38の盗聴対象には、米国と対立関係にある国に加えて、ドイツ、フランス、イタリア、ギリシャといった欧州連合諸国のほか、日本、インド、韓国、トルコなども含まれていた。
スノーデン氏が持ち出した極秘文書によると、2009年4月のG20首脳会合と9月のG20財務相・中央銀行総裁会議において、英国政府も通信傍受機関を使って秘密情報を違法に収集していたことが判明した。
手口としては各国代表団のノートパソコンを通じ、電子メールを傍受する。代表団のスマートフォンに侵入して電子メールや通信履歴を入手する。通信傍受のために、インターネットカフェを設置するなどが挙げられている。
その他、NSAがG20でロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領(当時)の衛星通話の盗聴を試みたことも暴露されている。
米国による一連の情報収集問題で日本公館への盗聴工作が明らかになったのは初めてという。菅義偉官房長官は記者会見で、外交ルートを通じて米政府に事実関係の確認を求めていることを明らかにした。
1995年、ジュネーブで行われた日米自動車交渉で、CIAが日本担当官の国際電話を盗聴したことが表面化したことがある。日本の外交関係筋は「盗聴を前提に在外公館では日常業務を行っている」と述べているが、国際社会では盗聴やハッキングは日常行われている行為だと思わなければならない。
今回の報道振りを見て、筆者は正直なところ「何を今さら」との思いを深くした。
筆者が1992年から93年にかけて、米国の大学に留学していた頃のことである。学内の関心はもっぱら冷戦の総括と冷戦後の米国戦略についてであり、連日活発な議論がなされていた。
当時の議論には大きく3つのポイントがあった。1つは冷戦で巨大化した軍隊をどのようにダウンサイズするか。2つ目は3万人にも膨れ上がった核兵器の技術者を今後どう処遇していけばいいのか。3つ目は冷戦時に対ソ監視に重点を置いてきた情報機関、諜報網をどうするのかの3点である。
*冷戦後、米国のターゲットは日本とドイツに
いずれの議論も大変新鮮であり、興味を引くものであった。1番目と2番目は本稿の主題ではないので省略するが、3番目の論点、つまり情報機関、諜報網については今回のスノーデン事件と直接関連がある。
学内では、米国に亡命した元KGB(ソ連国家保安委員会)の将軍を招聘して講演させたり、元諜報関係者の生の声を聞いたり、冷戦終焉直後ならではの企画が数多くあった。
これまで闇に埋もれていた諜報機関の実態を正確に把握したうえで、将来のあるべき姿を模索しようという超大国ならではの矜持と懐の深さを感じ、日本人留学生として非常に感銘を受けた記憶がある。
ただ、この時、学内での大勢の意見が、「冷戦が終わった現在、今後は情報機関や諜報網を経済戦争に使うべきである」といった驚くべき方向性であったことが印象的だった。
当時、米国の経済戦争の対象は、日本とドイツであることは明らかであった。セミナーには日本人、ドイツ人留学生が参加していることは、十分承知のうえで、遠慮なく堂々と、このような議論がなされることに対し、ある意味、米国の恐ろしさを感じたものである。
1993年のビル・クリントン政権発足に当たっては、この議論に参加した多くの研究者がワシントンにノミネートされ、政権の枢要なポストに就いた。その影響もあるのだろう、当時の議論の方向性は、その後の米国政策の方向性と概ね一致している。
1992年1月、当時のCIA長官ロバート・ゲイツ氏(のちの国防長官)は既に次のように語っていた。
「これまでCIAの活動は対ソ監視に重点を置いてきたが、今後は全力を挙げてその情報収集と諜報活動の狙いを米国と経済および技術競争の国に向ける」
クリントン氏は大統領選挙期間中「冷戦が終わった。そして日本とドイツが勝利した」と露骨に日本とドイツに対する非難キャンペーンを実施して勝利した。クリントン大統領は就任後、大胆な経済戦争に打って出る。その際、米国の情報機関による諜報活動を「経済および技術競争の国に向ける」という冷戦後の方向性が決定づけられた。
*日本とドイツから平和の配当を回収せよ
政権発足後、クリントン大統領がまず手がけたのは「国家経済会議(NEC)」を設置したことである。
目的は冷戦最大の受益者、日本とドイツから「平和の配当」を回収することであり、これを政権最大の経済戦略とした。CIA本部内には「貿易戦争担当室」まで設置し、手段を選ばず経済戦争に打って出た。このときのCIA長官はロバート・ゲーツ氏が留任していたのである。
こういった米国の動きは、日本ではなぜかほとんど報道されなかった。冷戦時、漁夫の利を享受しつつ、ぬるま湯にどっぷりと浸かり、惰眠から覚めやらぬ日本は、国益を巡りアンダーテーブルで熾烈な諜報活動が行われる厳しい国際社会の実態が理解できなかった。
そればかりか、同盟国である米国が日独にかざす刃にも気づかなかった。結局、これが同盟漂流、そして失われた20年の始まりだったわけである。
1993年だけでもCIAによって発覚させられた贈収賄事件は51件あり、これによって米企業にもたらされた契約金は約65億ドルと公表されている。公表されるのはもちろん、合法で差し支えないものだけである。
日本企業が外国との商談を直前になって米企業に取られたり、取引を突然、米企業に奪われた事例も数多くあった。これらは既にゲーツ長官が暗示していたことだ。もちろん、非公然活動ゆえ、真相はすべて闇に葬られ、表に出ることはなかった。
また、法と秩序を口実とした恐喝まがいの巨額訴訟で大損害を被った日本企業も多かった。
3400万ドルを支払った三菱セクハラ訴訟、燃料パイプ検知器欠陥訴訟で巨額の民事制裁金を要求されたホンダとトヨタ自動車。パソコンのキーを22万回叩けば1回出るか出ないかのバグにより東芝は1000億円支払わされている。これらも諜報組織が絡んでいたと言われている。
2000年2月には、電子盗聴網システム「ECHLON」の存在が暴露された。これはNSAが運営する暗号解読部隊を発展させた高度な技術を有する全世界通信傍受システムである。このときも欧州議会は産業スパイ疑惑解明のための暫定委員会を設置している。
クリントン氏は大統領選挙期間中「冷戦が終わった。そして日本とドイツが勝利した」と露骨に日本とドイツに対する非難キャンペーンを実施して勝利した。クリントン大統領は就任後、大胆な経済戦争に打って出る。その際、米国の情報機関による諜報活動を「経済および技術競争の国に向ける」という冷戦後の方向性が決定づけられた。
*日本とドイツから平和の配当を回収せよ
政権発足後、クリントン大統領がまず手がけたのは「国家経済会議(NEC)」を設置したことである。
目的は冷戦最大の受益者、日本とドイツから「平和の配当」を回収することであり、これを政権最大の経済戦略とした。CIA本部内には「貿易戦争担当室」まで設置し、手段を選ばず経済戦争に打って出た。このときのCIA長官はロバート・ゲーツ氏が留任していたのである。
こういった米国の動きは、日本ではなぜかほとんど報道されなかった。冷戦時、漁夫の利を享受しつつ、ぬるま湯にどっぷりと浸かり、惰眠から覚めやらぬ日本は、国益を巡りアンダーテーブルで熾烈な諜報活動が行われる厳しい国際社会の実態が理解できなかった。
そればかりか、同盟国である米国が日独にかざす刃にも気づかなかった。結局、これが同盟漂流、そして失われた20年の始まりだったわけである。
1993年だけでもCIAによって発覚させられた贈収賄事件は51件あり、これによって米企業にもたらされた契約金は約65億ドルと公表されている。公表されるのはもちろん、合法で差し支えないものだけである。
日本企業が外国との商談を直前になって米企業に取られたり、取引を突然、米企業に奪われた事例も数多くあった。これらは既にゲーツ長官が暗示していたことだ。もちろん、非公然活動ゆえ、真相はすべて闇に葬られ、表に出ることはなかった。
また、法と秩序を口実とした恐喝まがいの巨額訴訟で大損害を被った日本企業も多かった。
3400万ドルを支払った三菱セクハラ訴訟、燃料パイプ検知器欠陥訴訟で巨額の民事制裁金を要求されたホンダとトヨタ自動車。パソコンのキーを22万回叩けば1回出るか出ないかのバグにより東芝は1000億円支払わされている。これらも諜報組織が絡んでいたと言われている。
2000年2月には、電子盗聴網システム「ECHLON」の存在が暴露された。これはNSAが運営する暗号解読部隊を発展させた高度な技術を有する全世界通信傍受システムである。このときも欧州議会は産業スパイ疑惑解明のための暫定委員会を設置している。
今回のスノーデン事件と同様、ECHLONにも英国が一枚噛んでいた。この時も「大多数の先進国がやっていること」と英国が欧州議会沈静化に一役買っている。
アングロサクソンにとっては、情報を巡っての暗闘、つまり「アヒルの水かき」は日常の所作に過ぎない。歴史をひもといても、事例は枚挙にいとまがない。世界規模の盗聴システムは、ECHLON以外にもフランスやロシアが保有している可能性も指摘されている。
*最も利己的な存在が国家であり、米国はその最たるもの
2000年3月、ジェームズ・ウルジー元CIA長官(ゲイツ長官の前任者)が記者会見で次のように述べている。開き直りとも言える発言はECHLON事案の信憑性を裏づける。
「我々は過去にヨーロッパの贈収賄活動をスパイしていた。米国は今もその種の活動の監視を続けていることを期待する」「他国の民間企業や政府が行っている不正行為の情報を収集することはずっと以前から米国政府に容認されてきた」
ウルジー元長官は不正行為の摘発といった合法の分野にのみ言及しているが、合法の分野を炙り出すには非合法の分野まで活動範囲を広げなければならないことは誰でも分かる。
これら諜報活動は今回のスノーデン事件同様、全く驚くには値しない。また今さら驚くようではいけないのだ。
国際社会において、国家は最も利己的な存在であり、国益追求のためには、手段は選ばないのが「普通の国」である。日本以外の先進諸国は、どこの国でもやっているいわば公然の秘密活動なのである。
フランスのフランソワ・オランド大統領は「テロの脅威が存在するのは、我々の大使館やEUではない」と非難した。
だが、この非難をニュースに真剣に取り上げる国は日本くらいである。自分たちもやっている活動は棚に上げ、実態を百も承知のうえで米国の活動を非難する。これは実は諜報活動での米国との暗闘なのである。米国の諜報活動を萎縮させ、自らの諜報活動にフリーハンドを与えるための手段に過ぎないのだ。
今回スノーデン氏は、香港紙とのインタビューで、NSAによるハッキング工作は世界全体で 6万1000件以上に達していると述べた。これまでの電話や電信の盗聴から、活動範囲がインターネットに広がり、かつての「不正行為の摘発」という大義名分が「テロの未然防止」に変わっただけである。
英紙ガーディアンは、英国政府の通信傍受機関「政府通信本部(GCHQ)」が過去1年半、光ファイバーケーブル経由の国際電話や電子メールの通信情報を傍受し、米国のNSAとも共有していたと報じた。
同紙によると、通信傍受の対象は大西洋を横断する英米間の海底ケーブル、電話の会話、電子メールやソーシャルメディアの内容、インターネット利用者の接続記録などであり、一般市民の通信情報も傍受されていたという。
*自国以外すべての国が仮想敵国=チャーチル
英情報筋は同紙に対し、法律内で行われ、深刻な犯罪を防いだことがあったと説明している。デービット・キャメロン英首相もこれまで「英国の法律内で実行されている」と述べている。
英国は今でこそ中流国家とはいえ、もともと7つの海を制した国であり、情報を最も大切にする「ジェームズ・ボンド」の国である。米国の情報活動の陰には、必ず英国がいる。
ポーカーゲームは、手中のカードを対戦相手に知られたら、その時点でゲームセットである。国家間の交渉はポーカーゲームに似て、情報は死活的に重要である。
かつてウィンストン・チャーチルは「英国にとって仮想敵は?」と聞かれ、「英国以外のすべての国」と答えたという。
近々、日本はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉に参加する。国家を挙げての熾烈な国益争奪戦である。日本以外の国はすべて敵だとの認識がまず必要である。もちろん、同盟国の米国も例外ではない。
日本は今回のスノーデン事件に驚いているような場合ではない。国家間の盗聴やハッキングを制約するものは現在何もない。国際条約もなければ、国家間の取り決めもない。あるのは当該国の国内法の縛りだけである。国際社会では無秩序、無法状態にあるのだ。
各国は国益争奪のため、必死で諜報活動を実施していることを、改めてスノーデン事件は教えてくれた。
日本版NSA創設の議論もなされているようだが、厳しい国際社会の現実を直視した組織の設立、そして活動範囲と任務付与が求められる。
当面、TPP交渉にあたっては、我が国も急ぎ情報収集体制を構築するとともに、特に担当者の防諜意識、そして防諜体制を根本から見直すことが喫緊の課題となっている。*リンクは来栖
*上記事の著作権は[JBpress]に帰属します
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◆ CIAを凌ぐ アメリカ最大の情報機関NSAの正体 2013-07-10 | 国際
CIAを凌ぐ アメリカ最大の情報機関NSAの正体
dot. (更新 2013/7/ 9 16:00)
米国が同盟国をも盗聴やサイバー侵入の対象にしていたとの報道に波紋が広がる。米通信情報機関のNSAとは、一体どんな組織なのか。
米国の通信情報機関「ナショナル・セキュリティー・エージェンシー」(NSA)を外務省は「国家安全保障局」と訳すが、これは誤訳だ。この場合セキュリティーは機密保全の意味だから「国家保全庁」が適訳だ。
米軍は第2次世界大戦前から日本の外交暗号を解読し、大戦中に日本の陸海軍の暗号解読に成功した。解読部隊は暗号作成も行うから、「保全部隊」と称した。1952年に各軍の保全部隊を全国的に統括するNSAが大統領令で作られたが、当初は存在自体が極秘で、いまも設置法に当たる政令や人員、予算まで秘密だ。
本部はワシントンの北東約30キロのメリーランド州フォート・ミードにあり、推定人員は約3万人。最高水準の数学者、電子技術者、語学者の集団だ。組織上は国防総省の外局で、長官はキース・アレクサンダー陸軍大将。4軍などの保全(傍受)部隊約10万人を傘下に置き、全世界の在外公館、米軍施設などに約3千の受信所があるとされる。米中央情報局(CIA)の人員は約2万人と推定されるから、世界最大の情報機関だ。海外の主要拠点は日本の三沢、英国のメンウィズヒル、豪州のパイン・ギャップなどだ。
95年6月、ジュネーブでの日米自動車交渉では、当時の橋本龍太郎通産相と東京の電話をNSAが盗聴し、CIAが要約してカンター米通商代表に毎朝届けたことが米国で報じられた。日本政府は米国に真偽を問い合わせたが、回答を拒否された。
米空軍三沢基地の一角「セキュリティー・ヒル」には通信情報部隊約1600人が勤務するとみられ、冷戦終了後にアンテナが増設され、行動の活発化を示す。標的の日本政府が「思いやり予算」で三沢基地の維持費を負担する珍事態だ。
※AERA 2013年7月15日号 *リンクは来栖
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関連: インテリジェンスに関わる専門家の育成 / 日本の情報収集の弱さ 中日新聞 《特報》 2013-06-06 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉
「スパイ」国が育成 和製ジェームズ・ボンド誕生? 情報収集力強化で
中日新聞 《 特報 》2013/06/06
日本にもジェームズ・ボンドのようなスパイが誕生するのか? 安倍政権が、諜報(ちょうほう)活動(インテリジェンス)に関わる専門家の育成に乗り出そうとしている。「国家安全保障会議」(日本版NSC)の創設に合わせ、対外情報の収集能力を高める狙いがあるという。だが、諜報部門の新設に問題はないのか。(上田千秋、小倉貞俊)
■日本版NSC創設 合わせ
「相手国、相手方の内部情報の収集は極めて大事だと思っている」
菅義偉官房長官は五月二十九日の記者会見で、諜報活動に関わる人材育成の重要性を強調。「専門的、組織的な情報収集の手段や体制のあり方について、研究を深めている」と述べた。
政府高官など特定の地位、立場にいる人物に接触し、自国の利益となる情報を得る諜報活動は、「ヒューミント」と呼ばれる。政府が念頭に置いている諜報活動もこのヒューミントで、一般的なイメージの「スパイ」とは異なり、人とのつながりを重視した合法的なものという。
日本には、米国の中央情報局(CIA)や、英国の秘密情報部(SIS)のような対外的な諜報活動を行う専門組織はない。
国内の情報の収集は、警察や公安調査庁が担う。内閣官房に置かれている内閣情報調査室(内調)は、内閣の施策に関する情報の収集・分析に当たるセクションで、国内、国際、経済の各部門に分かれる。主に扱うのは公開情報が中心で、人員もあまり多くないとされる。検討されているヒューミントの専門部署はこの内調に設置される可能性がある。
ヒューミントの必要性を指摘する意見は、日本版NSCの有識者会議でも出ていたという。
安倍政権は、外交・安全保障政策の司令塔と位置付ける日本版NSCの創設を目指している。首相と関係三閣僚による「四大臣会合」を常設し情報を共有化。事務局として数十人規模の「国家安全保障局」を内閣官房に置きサポートする。近く関連法案を閣議決定し、国会に提出。秋の臨時国会での成立を目指している。
海外での日本の情報収集の弱さは、以前から指摘されてきた。今年一月に起きたアルジェリア人質事件や、二〇〇三年のイラク戦争の際には、日本政府は現地の情報を得られなかった。
日本政府はイラク戦争で、米英両国への支持を同盟国の中で真っ先に表明。大量破壊兵器を隠し持っていることが戦争の大義名分だったが、後に情報は誤りだったことが判明した。
ヒューミントの重要性は、第一次安倍内閣が設置した「情報機能強化検討会議」が二〇〇八年にまとめた報告書の中で言及した。
報告書は「情報収集の対象国や組織は閉鎖的で、内部情報の入手が困難」と課題を指摘。「質の高い情報を収集するため、研修強化や知識、経験の蓄積を通じて対外人的情報収集に携わる専門家の育成」を求める。
■防諜と対外諜報 役割が混在
外交ジャーナリストの手嶋龍一氏は「イラク戦争の誤りは、日本にはヒューミントがないことのツケが回った結果だった」とヒューミントの重要性を強調。「日本では、情報が入ってきたとしてもそれを分析し、国家に役立てるような例はないに等しい。主要国(G8)の中で、正式な対外情報機関を持っていないのは日本だけ。そんな経済大国はない」と専門組織の必要性を指摘した。
日本経済大の菅沢喜男教授(インテリジェンス マネジメント)も「新聞やテレビのニュースなどオープンになっている情報ももちろんあるが、最終的にその情報が正しいかどうかの確証は、人間から得るしかない。外交関係の中でヒューミントは極めて重要」と唱える。
安倍政権の目指すヒューミント部門に問題点はないのか。
インテリジェンスに詳しい元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は、「ヒューミント部門の位置付けが曖昧で、有効に機能するとは思えない」と話す。
インテリジェンスには二種類ある。一つは、自国内で他国への情報漏洩を防ぐカウンターインテリジェンス(防諜)で公安警察などが担当している。もう一つは、他国が隠している情報を入手するポジティブインテリジェンス(対外諜報)で、主に外交官が担う。
「そもそも、内調の本来の役割は防諜であり、ヒューミントは対外諜報だ。米国のFBIとCIAのように、各国ではどこも防諜と対外諜報は別々の機関が受け持っている。複雑な業務を一緒に内調で担当するのはナンセンスだ」
さらに佐藤氏は専門家の育成にも疑問を投げかける。「一定レベルの語学を習得するには、海外研修も含め数年は掛かる。加えて洞察力や記憶力など、必要不可欠な資質はそう簡単に伸ばせるものではなく、困難」とみる。
東京工科大の落合浩太郎准教授(安全保障・インテリジェンス研究)は「これまで、内調をはじめとする日本のインテリジェンス機関はうまく機能していなかった。そうした検証をしないままに予算やポストを増やしてしまえば、省庁を太らせるだけだ」と危惧する。
落合氏によると、内調の職員約二百人のうち、生え抜きのプロパー職員は半数。他は、外務省や警察庁などからの出向組だ。内調トップの内閣情報官は警察庁から、ナンバー2の次長は外務省などからと、幹部ポストは基本的に出向組で独占している。数年で出身官庁に戻っていくため、専門的な幹部がいない状況にあるという。
警察庁と外務省の縄張り争いも激しいとされる。佐藤氏は「まともな対外インテリジェンス機関をつくりたいなら、縄張り争いに拘らずに全ての官庁を視野に入れ、現時点で最も活躍できる優れた人物を連れてくるべきだ」と話した。
落合氏はこう強調した。「どんなに貴重な情報を入手できたところで、結局は時の政権がその情報を生かせなければ意味がない。『仏作って魂入れず』だ。政権の見識が問われるだろう」 *リンク、強調(太字・着色)は来栖
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◇ 『動乱のインテリジェンス』著者(対談) 佐藤優×手嶋龍一 新潮新書 2012年11月1日発行 2013-06-27 | 読書