【再び忍び寄るオウム(1)】「心理教」と書く学生の無知、つけこむ「オウム」…事件“風化”して再び若者の入信が激増
産経新聞2013.7.13 07:00
「この写真ですが…分かりますかね」
大阪大准教授の太刀掛(たちかけ)俊之(37)が学生たちにスライドで示したのは、オウム真理教の教祖、麻原彰晃(58)=本名・松本智津夫=が蓮華(れんげ)座を組んで“空中浮揚”する画像だった。
大阪大が5月11日、新入生向けに必修で行った特別講義「大学生活環境論」の一幕だ。薬物や飲酒など大学生活全般の注意事項を伝えた90分間のうち、実に60分間がオウム真理教やカルト宗教の説明に割かれた。
麻原が「超能力がある」と主張する根拠にした空中浮揚。オウム真理教の被害対策に取り組む弁護士が、のちにトリックを使って自ら再現した写真を撮っている。麻原の言葉がいかに荒唐無稽(むけい)かを示す有名なエピソードだが、当時を知らないからか、新入生たちの反応は薄かった。
「心理教」と誤記
「反応は年々悪くなっている。昔なら教室がざわめいたものだが…。アンケートでは、講義で初めて事件を知ったという回答や『オウム心理教』と字すら間違っているものもある」
「記憶」の風化に懸念を示しつつ講義を振り返った太刀掛は、毎年この時期に開く趣旨をこう明かした。
「カルト宗教は今もキャンパスや周辺で深く静かに活動を続け、毎年新入生が被害にあっているからだ」
太刀掛は、カルト宗教という言葉を「反社会的な行為を行う宗教団体をそう呼んでいる」という。アンケートを装って路上で声をかける悪質商法と同様、カルト宗教も団体名を名乗らず勧誘することが多い。実態を堂々と明かせない後ろめたさがあるからこそ、「正体隠し」が横行する。世間を知らない若者が大勢いる大学が草刈り場になる−。こんな危機感から、同様の講義を行う大学は多い。
平成21年、教職員や弁護士らが全国カルト対策大学ネットワークを立ち上げ、今では162校が加盟。情報交換や対策が強化されたため、大学内での正体隠し勧誘は減ったとされるが、学生への接触は絶えない。
主流派と上祐派
7年の地下鉄サリン事件に代表される化学テロや数々の殺人事件を起こしたオウム真理教は、12年2月に名称を「アレフ」と改め、19年5月には幹部の上祐史浩(50)が「ひかりの輪」を設立、分裂した。アレフは特定の個人代表でなく、合同会議による運営の形をとっている。
公安調査庁は両団体をオウム真理教と位置づけ、アレフを「主流派」、ひかりの輪を「上祐派」と呼び、団体規制法に基づく観察対象としている。
同庁によると、両団体は昨年1年間で計255人を新たに獲得した。5年間で3倍以上の増員幅だ。昨年秋現在の信者全体(約1500人)に占める青年層(34歳以下)は20年の約22%から約32%に上昇し、20歳代では約7%から約19%と大幅に跳ね上がった。
公安関係者は言う。
「アレフは一連の事件を知らない大学生などの若者を勧誘のターゲットにしている。近年は麻原の写真を堂々と出して隠そうともせず、当局との対決姿勢を強めている。危険な意思を感じる」(呼称・敬称略)
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オウム真理教が引き起こした地下鉄サリン事件から18年。当時の平成7年に生まれた世代が今春から大学に入り始めた。事件を知らない若者に忍び寄る教団の「影」に迫る。
オウム真理教
教祖の麻原彰晃死刑囚が昭和59年、ヨガ修行道場「オウム神仙の会」を設立。62年にオウム真理教に改称、平成元年に宗教法人格を取得した。坂本弁護士一家殺害事件(元年)、松本サリン事件(6年)、地下鉄サリン事件(7年)などを起こし、一連の事件で29人が死亡、6千人以上が負傷し、麻原死刑囚ら多数の幹部が逮捕された。13人の死刑が確定している。8年に宗教法人格を失い、今は「アレフ」と「ひかりの輪」に分派して活動。両団体とも団体規制法による観察処分を受け、公安調査庁の監視下に置かれている。
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【再び忍び寄るオウム(2)】負けた公安、無罪判決…勢いづくオウム、勧誘に“お墨付き”
産経新聞2013.7.13 12:00
オウム真理教の後継団体「アレフ」に侵食された有名私立大学が、近畿にある。接点のあった学生は、把握できただけで卒業生や中退者を含む約30人。学生たちは、いまなお勧誘の脅威にさらされているという。
関係者によれば、発端は、平成21年に体育会系クラブで起きたささいな出来事だった。
全日本で優勝経験のあったOBが学内での練習に参加中、瞑想(めいそう)している姿が複数の部員の目にとまった。OBは「精神統一ができて競技力の向上につながる」とアピール。OBに憧れる部員たちは、瞑想を教えるという場所に連れて行かれた。そこが、アレフの道場だったのだ。
部員たちは入会のしるしに「石」を受け取っており、主将の説得で全員、返しに行ったことになっていたが、大学当局が事情を聴いたところ、2人が「紛失したので、石は返していない」と答えた。
やがて、その2人が勧誘活動を始めた。脱会していなかったのだ。クラブをやめ、授業にも来なくなって結局、退学したが、今度は新たに入信した学生たちが、勧誘の中心メンバーになったという。
発覚から約2年間、大学当局がこうした事態を把握できないまま、水面下で信者獲得が進んでしまった。
遅れる対策
「誘われて困った」「口止めされたけど、怖くて…」。そんな相談が学生から大学当局に寄せられたのは、23年秋になってからのことだ。
アレフは「オールジャンルサークル」、つまりコンパやバーベキューなど何でも楽しめるとうたったダミーサークルを作り、対人関係のセミナーや占いに誘い込んで信者に引き合わせていたという。ヨガなどのダミーサークルを勧誘に使ったかつてのオウム真理教の手法と重なる。
大学側は非公認サークルによる学内勧誘を一切禁止し、ガイドラインを作って学生本人を呼び出すとともに保護者に連絡する体制を整えた。放置すれば教育環境を脅かしかねないという恐れがあったからだ。
だが、すでに勧誘の舞台は、若者を中心に普及している会員制交流サイト(SNS)などのインターネット空間にも移り、対面する際も信者の下宿先や飲食店など学外の場所が使われている−。関係者はアレフへの対応の難しさを指摘し、近隣の大学に注意を促してもほとんど反応がないとして、こう警鐘を鳴らした。
「オールジャンルサークルに複数の大学の学生がいることは、容易に想像できる。他大学は気づかないだけで、対策が遅れている」
手痛い「敗北」
公安当局もアレフ側に手痛い「敗北」を喫した。
今年3月、大津地裁は詐欺罪に問われたアレフの女性在家信者2人に、いずれも無罪(求刑懲役1年)を言い渡した。2人は、ヨガ教室と偽って滋賀県内の男性会社員をアレフに勧誘し、入会金など計2万円をだまし取ったとして逮捕・起訴されていた。
実は、これが教団の正体隠し勧誘に詐欺罪が適用された全国初の事件だった。
公安当局は、アレフがオウム真理教教祖、麻原彰晃(58)=本名・松本智津夫=への帰依や殺人を暗示する危険な教義を秘匿しながら信者を増やしたとみて、詐欺罪に問えば勢力拡大に歯止めがかかると期待していたという。
しかし、判決は男性会社員の供述に変遷があるとして信用性を認めず、「何らかの宗教団体への入会であることは十分認識できた」と指摘、無罪とした。閉廷後、2人は他の信者らに祝福され笑顔をみせる一方、記者の質問には堅く口を閉ざし、足早に裁判所を去った。検察側は控訴せず、判決は確定した。
公安調査庁によると、2人は京都道場(京都市南区)で、勧誘の「エース」だった。無罪確定後、アレフでは2人を評価し、公安当局と対峙(たいじ)した体験談を信者たちの前で語らせることもあるという。司法の“お墨付き”は、アレフが勧誘活動の正当性を訴える有力な材料になったのだ。
ある公安関係者は唇をかんだ。
「これで教団を勢いづかせてしまう」 (呼称・敬称略)
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【再び忍び寄るオウム(3)】「オウム事件は国家によるデッチ上げ」が若手獲得の手口…オウム時代から全く変わらぬ“洗脳体質”
産経新聞2013.7.14 07:00
「オウム真理教の事件は全部陰謀で、でっちあげだったと言われました。本当でしょうか」
心理学者や弁護士などでつくる日本脱カルト協会の理事で、オウム真理教問題に詳しい弁護士、滝本太郎(56)=横浜弁護士会=の元に平成23年ごろ、こんなメールが届いた。
差出人は関西出身の女子大学生、ユキ(仮名)。滝本はすぐに連絡を取り、ユキがオウム真理教の後継団体「アレフ」に入会していることを知った。
今も元信者らと接点のある滝本によれば、地下鉄サリン事件(7年)など一連の事件を「国家によるでっちあげ」などと教え込むのは、アレフが信者獲得で近年多用する手法だ。陰謀説に疑問を持たれると「一部信者の暴走」と変遷し、オウム真理教教祖の麻原彰晃(58)=本名・松本智津夫=の事件への関与を否定。最終的には「正しいポア(悪行をなすものを転生させる)だった」などと殺人を肯定するという。
ユキは入会当時、事件のことをほとんど知らなかった。麻原の写真が掲げられた道場に何回か通った後、不安になってインターネットで調べ、道場で事件のことを問うと「でっちあげ」と言われたというのだ。
滝本から説得を受けて、内容証明郵便で脱会届を提出したため深みにはまらなかったが、麻原のゆがんだ教義に染められる恐れは、十分にあった。
ユキはなぜ、アレフに入会したのだろうか。
「まるで遊牧民」
話は脱会の半年ほど前にさかのぼる。
大学進学で上京したユキは、高校時代の部活動の先輩で20代のアイコ(仮名)から「久しぶりに会おうよ」と連絡を受けた。何度か会ううちにヨガの話題になり、アイコの自宅でヨガをするようになった。
「教室に行こうよ」。今度は都内の公民館で行われるヨガ教室に誘われた。何回か通ううち、インストラクターから「筋が良い」「前世では修行者だったのかも」と絶賛された。本格的なヨガを、と勧められ、連れて行かれたのがアレフの道場。何気なく「書いておいてね」と手渡された書類に、住所や名前を記入した。これが入会届だった。
アレフは入会時こそ教団名を隠さなかったが、ヨガ教室では告げなかった。アイコは先輩後輩関係を利用してユキに近づき、数カ月かけて信頼関係を築いた。
滝本によれば、ヨガ教室を公民館で開くのもアレフの常套(じょうとう)手段。通常のカルチャー教室を装う。アレフだと発覚すれば次の公民館に移り、「まるで遊牧民のように渡り歩く」という。
信教の自由阻害
こうした勧誘について、アレフはどう考えるのか。アレフ広報部は取材に対し書面で回答を寄せ、法令や教団内の規定の順守を説明した上で、こう強調した。
「会員は信教の自由(憲法20条)を享受する日本国民として、それぞれの判断で自由な宗教活動を行うことが認められている」
これに対し、全国カルト対策大学ネットワークの発起人の一人、恵泉女学園大学長の川島堅二(54)=宗教学=は「仮にアレフがオウムの後継団体で麻原を最終解脱者として信じる−などと説明して入会させているなら別だが…」と述べ、こう指弾した。
「だますような形で新たに信者を募るのは信教の自由の阻害にほかならない」
善良な人々が…
「派手でもなく地味でもない、まじめな、どこにでもいる女の子」。ユキをそう評した滝本は、スムーズに脱会させられた理由を、本格的な修行の段階に移っていなかったためだと分析した上で、こう明かした。
「アレフは、神秘体験によって信者をマインドコントロールしている」
その一例が呼吸法。息を吸い込みすぎたり吐きすぎたりすると、「光が見える」「尾てい骨から力がわき出る」などの幻覚が生じるとされ、これを「麻原の力」と信者にすり込む。
公安調査庁によると、麻原への帰依を誓う文言を唱えながら、立ち上がったり床にはったりする立位礼拝を実施。休憩・睡眠を与えず極限状態に追い込む修行を課すこともあるという。
滝本は「修行が過激さを増すと、アレフが再び危険な活動へとエスカレートする恐れがある」と指摘する一方、こう強調することを忘れなかった。
アレフ信者は「善良な人々」ばかりなのだ、と。マインドコントロールを受けているだけで、麻原とその教義にだまされているだけ−というのだ。
かつてオウム真理教に命を狙われた滝本は「オウムの恐ろしさは、『善良な人々』が化学兵器やサリンを使って無差別殺傷行為に及んだ点にある」と語る。
善良な「心」を支配するマインドコントロール。ユキはアイコの脱会も試みたが、アイコは今も滝本と会うことを拒否している。 (呼称・敬称略)
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再び忍び寄る「オウム」 事件 “風化”して再び若者の入信が激増
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