『親鸞』完結編 303 [作・五木寛之][画・山口 晃]
中日新聞朝刊 2014/5/6 Tue.
夢まぼろしのごとく(1)
夜の綾小路は、人通りもなく、ひっそりと静まりかえっていた。
親鸞と唯円は、常吉に案内されて竜夫人の家の前までやってきた。
数日前、竜夫人に会ってほしい、と頼んできたのは申麻呂である。
亡きツブテの弥七は、親鸞にとって忘れることのできない大切な人だった。その息子の申麻呂のたっての頼みとあれば、断るわけにはいかない。(略)
立派な椅子が二脚おかれ、向き合った長椅子におどろくほど肥った婦人が黒い長衣を着て坐っている。そのすぐ横に申麻呂の姿があった。
はいってきた親鸞をみて、申麻呂と夫人がたちあがった。ふかぶかと頭をさげる女主人をみて、
〈美しい女人(ひと)だ〉
と、合掌しながら親鸞は思った。小山のような体つきながら、色は白く、光沢のある肌がなまめかしい。(略)
〈この目。この目はどこかで見たことがある〉
竜夫人はしばらくだまっていた。火影(ほかげ)が揺れるその顔をみつめながら、親鸞は頭の奥で、何十年間の記憶を必死でまさぐった。
竜夫人が思い決したようにいった。
「思いだしていただけましたか。五十年あまり前に、吉水の法然上人の草庵ではじめてお目にかかった者でございます」
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『親鸞』完結編 304 [作・五木寛之][画・山口 晃]
中日新聞朝刊 2014/5/8 Thu. (5月7日は休刊)
夢まぼろしのごとく(2)
親鸞は呆然と目の前の竜夫人をみつめた。
「いま、なんといわれた? 五十年前に、吉水でわたしに会うたと?」
「はい。法然上人の草庵にむかう石段の途中で、わたしが声をおかけしたのです。わたしのほうから呼びかけました。そして蝉の声がかしましい青葉の下で、いろいろお話をいたしました」
竜夫人は言葉をつづけた。
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『親鸞』完結編 305 [作・五木寛之][画・山口 晃]
中日新聞朝刊 2014/5/9 Fri.
夢まぼろしのごとく(3)
(上段略)
「その日、親鸞さまにぜひ法要の導師をつとめていただきたいのです。日ごろから専修念仏への圧迫に心細い思いを抱いて暮らしている多くのかたがたが、どれほど心強く思われることでしょう。ぜひともお願い申し上げます」
竜夫人は深く頭をさげた。親鸞はしばらくだまっていた。それから、静かだが強い意志を感じさせる声で答えた。
「それは、できない」
申麻呂と常吉が声をのんで顔を見合わせた。
竜夫人が、がっくりと肩をおとした。そして震える声できいた。
「なぜでございますか」
「わたしの信じる念仏とは、だれかが先頭にたって人びとを導いていく、そのような念仏ではないのだよ」
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『親鸞』完結編 306 [作・五木寛之][画・山口 晃]
中日新聞朝刊 2014/5/10 Sat.
夢まぼろしのごとく(4)
竜夫人はなにかいおうとして、言葉をのみこんだ。
「しかし」
と、親鸞はつづけた。
「その日は、わたしも念仏者の一人として、寺にうかがわせてもらうことにしよう。そして心から亡き安楽房遵西どのを偲ぶつもりだ。遵西どのが首を斬られたあの日のことを忘れていないのは、そなただけではない」(略)
周囲の非難にもかかわらず、法然上人が安楽房遵西を破門しなかったことを、親鸞はずっと大切に思ってきた。
その遵西と不思議な縁でむすばれた女人が、いまここにいる。
そして親鸞は、ある日、犬麻呂の妻サヨから、きびしく非難されたことを思い返した。サヨは親鸞のことを、自分の罪の深さに気づいていない身勝手な人間、とはっきり言いきったのだった。(以下略)
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『親鸞』完結編 307 [作・五木寛之][画・山口 晃]
中日新聞朝刊 2014/5/11 Sun.
夢まぼろしのごとく(5)
綾小路の竜夫人の家から西洞院の住まいまでの夜の道を、親鸞はさまざまな感慨にふけりながら歩いた。(略)
「それより気がかりなのは、落慶法要の催しのことだ」
と、しばらくして親鸞はいった。
「多くの念仏者のかたがたが一堂に集うということが、わたしにはなんとなく不安でならぬ」
申麻呂は声をおさえて、
「わたくしもそのことは考えました」
親鸞は申麻呂の顔をみた。申麻呂は大丈夫です、というように微笑した。
「専修念仏を目の敵にして動きまわっていた覚蓮坊が捕えられたとはいえ、やはり心配です。しかし、竜夫人にも、なにごとか計りごとがおありの様子で」
「そうか」
「それに、長次どのとわたくしにも、考えがございます。どうぞご心配なさいませんように。この申麻呂とて、ツブテの弥七の息子でございますから」(以下略)
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◇ 五木寛之著『親鸞』 完結編〜せまりくる足音(10) 朝廷も、鎌倉も、南都北嶺も… / [画・山口 晃] 2014-05-03 | 仏教・・・/親鸞/五木寛之
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◇ 五木寛之著『親鸞』 激動編 97 犬麻呂通信 2011-04-09 | 仏教・・・/親鸞/五木寛之
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◇ 五木寛之著『親鸞』 ?「下人は人ではなくて、物なのです。市場で売買されたり、銭や稲で手に入れる…」2008-10-27 | 仏教・・・/親鸞/五木寛之
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