【裁判員5年(上)】異様法廷「首切れる実験」放映…場違い「死刑違憲論争」を誘発する“死刑の秘密主義”
産経ニュース 2014.6.2 07:00 [westナビ]
「自分は極刑が当然と考えている」
5月中旬。大阪市都島区の大阪拘置所。アクリル板で仕切られた面会室に現れた男は、きっぱりとした口調で言い放った。
男は平成23年、堺市で主婦と象印マホービン元副社長を殺害したとして強盗殺人罪などに問われ、3月に大阪地裁堺支部の裁判員裁判で死刑判決を受けていた。一転して弱気な一面を見せたのは、死刑判決を「当然」としながら控訴した理由を問うたときだ。
「やはり死刑を恐れているところも自分の中にあるから…」
国家が個人の生命を奪う「究極の刑罰」である死刑。公判で焦点が当たったのは、男が吐露した死刑への「恐怖」だった。
弁護側は、日本が執行方法として採用している絞首刑が「憲法が禁じる残虐な刑罰にあたる」と主張。「死刑の違憲性」を争点とする異例の展開に持ち込んだ。執行に立ち会った経験のある元刑務官が証人出廷し、「心臓停止後も蘇(そ)生(せい)しないように、5分間は首をつったままにする」などと執行状況を証言した。
法壇に並ぶ裁判員も証言に耳を傾けた。しかし、裁判長から証人への質問を促されても沈黙するだけで、審理は淡々と進んだ。判決も違憲性を否定、求刑通り死刑を言い渡した。
裁判員は閉廷後の会見に応じず、胸の内を明かさないまま法廷を後にした。
*首が切れる実験映像
裁判員は異例の審理をどう受け止めたのだろうか。
同じく死刑の違憲性が争点となった大阪・此花のパチンコ店放火殺人事件(21年)の裁判員裁判=23年、大阪地裁で死刑判決、控訴棄却を経て上告=で、補充裁判員を務めた40代男性は「重荷に感じたのではないか」と推し量る。
放火殺人事件の公判では、弁護側が絞首刑で死刑囚の首が切れる−という人形の実験映像まで放映。裁判長が執行状況を法務省に照会したが、回答を拒否された。男性は真偽不明なまま死刑への恐怖感が増し、被告の男を死刑にしていいのか苦悩した。「十分な知識や情報もないのに、制度の是非を判断しろと言われても限界がある」と憤りすら覚えたという。
かつて死刑を言い渡した経験を持つ元裁判官の水島和男弁護士(大阪弁護士会)は「過度に情緒に訴えるような審理がされているとすれば問題だ」と指摘。法廷で死刑の違憲性を争うことについては「執行方法を含め、死刑制度をどうするかは本来、情報公開を前提に国民的議論に任せるべきだ」と語る。
事案の真相を解明し、適正な刑の重さを決める刑事裁判の法廷で、場違いの「違憲論争」がまかり通る背景には、死刑の実態が謎に包まれている現状がある。
*対象の決定過程不明
日本の確定死刑囚は「心情の安定」を理由に外部との接触はほぼ断たれる。どんな日常生活を送っているのか。反省しているのか。どのように執行されたのか…。法務省は詳細な情報を公開しない。近年、確定から1年数カ月のスピード執行から、30年以上執行されないケースまであるが、対象者の決定過程も不明だ。
長年、死刑執行の事実を公表していなかった法務省は10年から執行の事実と人数を、19年から氏名や執行場所を公表。22年、東京拘置所の刑場を報道陣に初めて公開したが、それ以降目立った動きはない。
内閣府の世論調査で国民の8割以上が支持する死刑制度。省内には、情報公開が制度廃止論議につながりかねないという警戒感が強いともいわれる。
*透明化徹底する米国
日本と同様に死刑を維持する米国の州では、執行に関する情報はインターネットで公開される。多くの州で死刑囚の家族に加え、被害者遺族やメディアの立ち会いを認める。
究極の刑罰と透明化は表裏一体と考える米国と「ブラックボックス」の日本。国民性や死生観が異なるとはいえ、姿勢の差はあまりにも際立つ。
全国犯罪被害者の会代表幹事代行の林良平さん(60)は「日本でも遺族の多くは執行に立ち会いたいと思っている」と指摘。「なぜまだ執行されないのかという死刑囚もいる。国民が死刑を判断する時代だからこそ、国はもっと情報を公開してほしい」と訴える。
2月中旬。裁判員経験者20人が死刑の執行停止と情報公開の徹底を求める要請書を法相に提出した。死刑判決に関わった裁判員の心情を「壮絶な重圧と葛藤がある」とし、情報公開や国民的議論がないまま執行されると「苦しみは極限に達するだろう」と強調した。
制度存廃いずれの立場を問わず、死刑の現状をめぐる情報とオープンな議論を求める声は強いのだ。裁判員裁判で言い渡された死刑判決は21人に上り、うち4人が確定した。国民が究極の刑罰と向き合い、重い判断を下した死刑囚への執行がまもなく現実となる。
裁判員制度の施行から21日で5年を迎えた。浮かび上がった課題を検証する。
=続く(次回「ロボット待望論!?」は3日に掲載)
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