【日本の議論】なぜ起こる視覚障害者や盲導犬への“非道” トラブル・嫌がらせはなくならないのか
産経ニュース 2014.9.19 14:45
何者かに刺されけがを負った盲導犬のオスカー(NPO法人「アニマルグリーンアップル」の佐藤徳壽さん提供)
埼玉県川越市のJR川越駅で全盲の女子生徒が通学中に脚を蹴られて負傷した事件から10日余りが経過した。7月には、やはり埼玉県で全盲の男性が連れていた盲導犬が何者かに刺されけがをする事件が発生するなど、視覚障害者に対する非道な行動が次々と明らかになっているが、関係者はこうした事件を“氷山の一角”と指摘する。なぜ、光を失い日常生活に不自由を強いられている人々への嫌がらせやトラブルはやまないのか。
*しばしば起きていたトラブル「いつぶつかるかと思うと…」
首都圏のベッドタウンでありながら、江戸時代の歴史的な建築物が数多く残ることで知られる埼玉県川越市。その中心部から離れた住宅地の一角に、県立特別支援学校「塙保己一(はなわほきいち)学園」はある。事件にあった女子生徒ら視覚障害を持つ児童生徒が通う盲学校だ。幼稚、小学、中学、高等部普通科、高等部専攻科の各段階で、点字や拡大文字などを使った教育が行われている。
一見、普通の学校と変わらないが、よく見れば、校内や児童生徒が通学で使用する周辺の道路には、すべて点字ブロックが設置され、教諭に付き添われた生徒が、白杖を使って歩く練習をしていることに気付く。
白杖を使い始めて間もないのだろうか。腰が引けた状態で白杖を前に突き出し、恐る恐る前に進む生徒がいた。教諭は生徒の後ろでそっと見守っている。
事件にあった女子生徒も、同校で新たな挑戦を行っていたところだった。マッサージ師の国家資格を取得できる高等部専攻科に所属している女子生徒は、今年4月から通勤の練習を兼ね、自宅から一人での通学を開始。事件直後は負傷したひざの痛みで実習にも影響が出たが「勉強が大事だから」と、学校には休まず通った。
今回の事件では、目撃情報などから、知的障害がある同県狭山市の作業員の男(44)が容疑者として特定されたが、女子生徒は産経新聞の取材に対し、これまでにもトラブルに巻き込まれることがしばしばあったと話している。「以前は白杖を折られて逃げられた。最近は音楽を聴いている人や携帯をいじったまま歩いている人とぶつかることが多い。いつ、ぶつかるのかと思うと怖い」
*被害の訴えは至難の業「多くは泣き寝入り」
視覚障害者の生活向上を目指し活動している「日本盲人会連合」の大橋由昌情報部長(64)によると、一般の人なら被害届を出すような事件にあっても、視覚障害者は泣き寝入りすることが多く、実際には表に出てこないトラブルが数多くあるという。
「今日は、自転車に白杖を引っかけられて折られたというメールが来ていた」と大橋部長。自身、小学2年生の時に抗生物質のペニシリンを投与された際に「ペニシリンショック」といわれるアレルギー反応を起こし、右目の視力を失った。左目も目の前に指を出されれば「ぼんやりと分かる程度」の視力しかなく、日常生活では白杖を使っている。
「自転車に白杖を折られても、親切な人なら、立ち止まり『大丈夫ですか』と声をかけてくれることもあるが、大抵は目が不自由であることが分かれば、そのまま立ち去ってしまう」
視覚障害者にとって、被害を警察に訴えるのは至難の業だ。容疑者がそばにいてもその顔は分からず、現場の位置だって正確には伝えられない。調書にサインをすることも難しい人さえいる。大橋部長は「今回事件にあった女子生徒は、現場に防犯カメラがあり、複数の目撃者の方がいて『何やってるんだ』と声を上げてくれるなど、被害届を出しやすい幸運なケースだった」と説明する。
視覚障害者をめぐっては、女子生徒の事件や、埼玉県内で盲導犬が何者かに刺される事件、そして今年4月に神戸市のスーパーで白杖を持った女性が男に殴られ顔面を骨折する事件など、半年間に3件の大きな事件が発生。日盲連でも、その現状を憂慮し、事件の真相究明を求める声明を発表した。
「3つの事件とも、目が見えないことをわかった上で犯行が行われており、看過できない」。大橋部長は力を込めてこう訴える。
*理不尽な障害者への差別の歴史 徐々にハード面の整備は進むも…
京都府立盲学校の教諭で視覚障害者の歴史に詳しい岸博実氏(65)によると、日本では過去、因果応報による前世の報いによって障害を持ったとする考えがあり、その中で視覚障害者をはじめとする障害者が差別を受けてきた歴史があるという。
一方で、社会的に高い地位を築いてきた視覚障害者もいる。
室町時代にできた男性視覚障害者の互助組織「当道座(とうどうざ)」は、江戸時代には幕府の庇護の下、琴や三味線、針灸、按摩といった職業訓練を行うなどしながら、視覚障害者の社会を統括。座の中には73の階級があり、そのトップである「検校(けんぎょう)」は10万石の大名をしのぐ権威と格式があったという。女子生徒が通う盲学校の名前となっている江戸時代の国学者、塙保己一(はなわほきいち)も検校の一人だ。
もっとも、一般社会から切り離されたピラミッド型の階級社会は、「社会における差別の裏返し」(大橋部長)とも言われている。「座の中の下層階級の人々は、相当悲惨な生活を送っていた」と岸氏。最終的に当道座は明治4年に新政府に解体された。
視覚障害者が社会的に福祉の庇護を受けるようになったのは、第二次世界大戦後だ。身体障害者福祉法が施行されたのは昭和24年。日本で生まれた点字ブロックは昭和42年、世界で初めて岡山市に設置された後、全国に広まった。最近では、駅で線路への落下を防止するホームドアの設置も進んでいる。
「ハード面については、徐々に整ってきている」と大橋部長。「6年後の東京五輪・パラリンピックの開催が決まったことで、少なくとも都内のバリアフリー化は加速するだろう」と期待する。しかし、一方では「心のバリアフリーは、どこまで進んでいるのだろうか」との思いも強い。
*不利益受けやすいマイノリティー 誤解から来る議論も
なぜ障害者に対する嫌がらせや差別、トラブルなどが絶えないのか。障害者施策に詳しい福島大の長谷川珠子准教授(37)は、「マジョリティー(多数派)がルールを作る社会では、マイノリティー(少数派)である障害者は、不利益を受けやすい構造になっている」と指摘する。
大橋部長も、「視覚障害者である僕の友人はかつて、兄弟の結婚式に『来ないでくれ』と言われたことがある。家族に視覚障害者がいることをおおっぴらにしたくなかったのだろう」と話す。地方では今もこうした偏見による差別的な事例が残っているという。
社会の理解の乏しさが誤解を生むこともある。
7月に盲導犬が何者かに刺された際は、盲導犬の存在自体が虐待ではないかという誤った観点で語られたこともあった。
「実際には何が起きても鳴かないようにする訓練などは行われていないのに、そのようなことをやっているかのような報道もあった」。大橋部長はこう振り返り、「事件を通じて、私たちが置かれている状況を知ってもらうのはありがたいが、できれば、あわせて正しい理解を深めてほしい」と訴える。
*解決への一歩は「相互理解」
どうしたら、視覚障害者をめぐるトラブルや嫌がらせ、差別などを減らすことができるのか。
岸氏は「平たく言えば、互いを思いやることができる人間関係を築くことが必要なのではないか」と指摘する。
目の見えない人を驚かせたり、びっくりさせたりしておろおろする様子を見て面白がる。こうした嫌がらせは、自分がその立場になったことを思えば、とてもできるはずのない愚行だ。「視覚障害者と出会ったら、その人が何をやりたいかを考え、その思いを大事にしていただけないだろうか。できれば、援助する時も」。岸氏はこう願っているという。
視覚障害者の思いを積極的に伝えていこうという動きもある。
塙保己一学園では平成22年2月から、点字ブロックへの理解を深めてもらおうと、啓発活動を始めている。県内の駅前などで「点字ブロックをふさがないで」というメッセージを添えた啓発品を教諭らが配布。「点字ブロックは視覚障害者にとって大切な通り道」と訴え続けてきた。
同校の荒井宏昌校長(56)はいう。「(今回被害にあった女子生徒は)まだ経験も少ないので、ゆっくり慎重に歩いていたのだと思う。自分からは相手をよけられない子供たちが多いので、視覚障害者に気がついたら、一歩だけずれてくださるとありがたい」
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