米国とイスラム国:再開された任務
JBpress 2014.09.29(月)The Economist
(英エコノミスト誌 2014年9月27日号)
*イスラム国との戦いを通じて、世界における米国の役割が明確になるだろう。
バラク・オバマ大統領は3年以上もの間、シリアでの戦いに足を踏み入れるのを避けようとしてきた。だが、中東の広大な地域にジハード(聖戦)主義者のナイフが突き付けられたことを受け、9月下旬、ようやくオバマ大統領も避けがたい現実に正面から向き合った。
9月23日、米国主導の下、シリアへの空爆が行われた。今回の空爆では、イスラム国(IS)に加えて、欧米への攻撃を企てていたとして、これまでほとんど知られていなかった「ホラサン」と呼ばれるアルカイダ系過激派組織も標的になった。
これまで常に、自らの主な使命として、国内での国家再建を掲げ続けてきた大統領は、これで6つの国(シリア、イラク、アフガニスタン、パキスタン、イエメン、ソマリア)で自国の軍事力を行使していることになる。
シリアでの作戦は、米国がイラクで進めている対IS攻撃に呼応する不可欠の作戦だ。ISによるカリフ制イスラム国家の樹立を阻止するためには、最低でも、シリアとイラクの両国でISに安息の地を与えないようにする必要がある。
だが、ラッカやモスルの市街地の行方にかかっているのは、ISの将来だけではない。ジハード主義組織に対処するオバマ大統領の試みは、世界の安全保障に対する米国のコミットメントを測る試験でもある。それは、オバマ大統領がこれまで落第し続けてきた試験だ。
*ISだけではない
米国が以前よりも衰退し、その状態から抜け出せずにいるという見方が、ここ数年で強まっている。米国はその間、金融危機と長く困難な2度の戦争の影に覆われ、力を衰えさせてきた。中国などの新興の富裕国は、自国の予算案の通過にさえ苦労している国の大統領に、どうして国の運営方法を教えられなければならないのか?
米国は米国で、無秩序の力に抑え込まれ、制御不能に陥りつつある世界を安定させることができないか、もしくは安定させる気がないように見える。この恐ろしい潮流を体現しているのが、ISだ。ISは専門用語で言うところの「非国家主体」で、混乱に乗じて勢力を広げている。ISは、イラクとシリアそれぞれの政府に新たな屈辱を与えながら、さらなる資金と領土、そして兵士を手に入れている。
ISの台頭は、米国の政策の反映でもある。まず、ジョージ・ブッシュ前大統領による思慮の足りない介入だ。イラク侵攻後の2003年5月、米空母エイブラハム・リンカーンはブッシュ前大統領を迎えるために「任務完了」という気の早すぎる横断幕を掲げたが、これが、イラク介入の思慮の浅さを象徴していた。
次が、オバマ大統領の念の入った「行動しない」方針だ。バシャル・アサド政権に抵抗するシリア国民が立ち上がった時、オバマ大統領は事態が自然に収束するのを期待し、距離を置く姿勢を取った――その結果、アサド大統領が自国民に残虐行為を働くことを許した。
アサド大統領が化学兵器の使用という「レッドライン(越えてはならない一線)」を越えた時でさえ、超大国である米国はアサド大統領に罰を与えなかった。シリア国民の死者は約20万人に上り、1000万人が家を追われている。シリアの穏健な反政府勢力は、早期に米国の支援を得られなかったためにばらばらになり、高度に組織化された冷酷無比なISに土地を明け渡す結果になった。
シリア以外の地域でも、米国が距離を置く方針はうまく機能していない。オバマ大統領は米国の力の限界を口にし、現在の体制に関与する他国の政府に対して、世界を安全に保つためにそれぞれ力を尽くすべきたと熱心に勧めた。オバマ大統領の狙いは、「一方的に弱い者いじめをする国」という米国の印象を和らげ、世界のオピニオンリーダーとしての見方を強めてもらうことにあった。
だが、米国があとずさると、同盟国もあとずさった。最も熱心に前へ出たのは、ロシアや中国といった米国のライバル国だった。
ISは米国民の心に変化をもたらした。残忍な極端主義を奉ずるISがモスルを占拠し、欧米人の斬首動画をソーシャルメディア上で公開し始めるまでは、米国民は中東でこれ以上軍事行動を起こすメリットがあるのかと疑いを抱いていた。
だが、ISが自分たちにとって直接的な脅威であることに気づくと、保護を求めるようになった。それゆえ、オバマ大統領は今、中東の秩序のために一撃を加えるだけでなく、悲観論者たちに再考を促すチャンスも手にしている。
*悪の枢軸から死のネットワークへ
オバマ大統領は強大な武力に恵まれている。米国が本来有している軍事力の圧倒的な潜在能力については、イラク侵攻後の大失敗のせいで低く評価されがちだが、2003年の春には、米国とその同盟国はわずか6週間で、37万5000人規模のサダム・フセインの軍隊を打ち負かしたのだ。その間の米兵の犠牲はわずか138人だった。
歴史を振り返ってみても、軍事的に1つの国がこれほどの支配力を持った例はない。その軍事的支配力が突然に消えてなくなったわけではないのだ。
それよりも大きな問題は、オバマ大統領が微妙な外交を切り抜けられるかどうかだ。イラクとアフガニスタンの経験は、武力だけでは勝てないという教訓を残した。実際、スンニ派のアラブ人に「米国はシーア派の空軍でしかない」と見なされるようになれば、空爆はISを地元民に結びつけるだけに終わるだろう。
イラクとシリアを巡る議論に勝ちたいのなら、オバマ大統領には連携と協調が必要だ。そのためには、外交を正しく進めなければならない。これまでのところ、オバマ大統領はうまくやっている。シーア派を優遇していた前イラク首相のヌリ・アル・マリキ氏に代わって、スンニ派を政権に引き入れようと努めるハイダル・アバディ氏が首相になるべきだと主張した。
ジョン・ケリー国務長官をサウジアラビアやヨルダンといった中東のスンニ派の有力国に派遣し、イラクとシリアのスンニ派の説得を依頼した。「米国はスンニ派と敵対しているのではない」と分かってもらうためだ。
米国は国連に対して、「(イラクに要請されたがシリアには要請されていない)武力介入は国連憲章51条に基づくものだ」とする文書を提出した。潘基文(パン・ギムン)国連事務総長は、この主張を受け入れたと見られている。米国支援の是非を問う採決を行う英国議会も、同様にこれを受け入れるべきだろう。
オバマ大統領には、やるべきことが山ほどある。連携の構築は、まだ完全ではない。北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコは、ようやく対IS作戦の支持を示唆し始めているが、実際に支援していると見なされなければならない。同盟をまとめ上げるためには、忍耐と柔軟性に加えて、圧力と懐柔策を思慮深く組み合わせることが必要になるだろう。
オバマ大統領に求められるのは、これまでよりもはるかに多くの時間を各国首脳との電話会談に割くことだ。そして、仮にISの壊滅に概ね成功したとしても、その後にできる空白地域を現地の穏健派が埋められるように支援しなければ、また新たな恐怖が姿を現さないとも限らない。
*米国にしかできないこと
米国民は、こうした超大国の定めに不平を言うだろう。もちろん、欧州の同盟国にもできることはある。言うまでもなく、アジアの新興国も世界秩序を支えなければならない。だが、米国が関与を続け、必要に応じて正しい側を力で支える姿勢を示すことは、明らかに米国民の利益にもかなう行動だ。たとえそれが、世界の暴君やテロリストにさらなる悪行を思いとどまらせるためだけだとしてもだ。
ISを抑え込むという任務は、長く厳しいものになるだろう。だがそれは、米国以外の国には考えることすらできない任務なのだ。オバマ大統領がその任務を再開したのは正しい。次は、最後までやり抜かなければならない。
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◇ 国際法的にグレーでも他に手段がなかったシリア空爆 オバマとイスラム国の戦争(その1) 黒井文太郎 2014-09-29 | 国際
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