WEB特集
刑務所医師不足が過去最悪に
NHK NEWS WEB 11月5日 18時45分
清水阿喜子記者
今、全国の刑務所などの矯正施設で、受刑者の診察や治療を行う医師が不足しています。常勤の医師の欠員の数は76人。定員のおよそ4分の1と過去最悪になっています。このため、全国で100人以上を刑務所に収容できないなど深刻な影響が出ています。 北見局の清水阿喜子記者が取材しました。
*深刻化する医師不足
刑務所や少年院など全国の矯正施設の多くは、医師が常駐し、施設の中で受刑者などの診察や治療を行っています。
しかし、一般の病院との間に給与など待遇の差があることから、辞職する医師が後を絶ちません。
また、法務省によりますと、医師としての経験を十分に積めないという不満や、患者と信頼関係を築くのが難しいという悩みがあることも辞職が相次ぐ理由になっているということです。
矯正施設の医師の数は、一般の病院でも、医師不足が指摘され始めた平成16年ごろから減り始め、平成23年からは急激に減っています。
NHKが、全国の法務省の機関に取材したところ、先月1日の時点で、矯正施設の常勤医師の定員327人に対して、欠員が76人と、過去最悪になっていることが分かりました。
国内最北の網走刑務所では、事態はより深刻です。
1000人を超える受刑者に対して常勤の医師は1人もいません。平成22年に唯一の医師が定年退職したあと、なり手がないのです。
一般の病院でも医師が足りない北海道北部で、後任を見つけるのは難しいといいます。今は、地元の医師に頼み、業務の合間をぬって、非常勤として交代で診療に当たってもらっていますが、診察時間は1日1時間程度が限界です。
網走刑務所では、平成25年1月、およそ200人の受刑者がインフルエンザやかぜに集団感染する事態になりました。同じ時期に受刑者2人が肺炎で死亡しました。
問題1:刑務所に収容できない
医師不足はさまざまな問題を引き起こしています。
その1つが、実刑判決が確定しても、刑務所に収容できないという問題です。法務省によりますと、10月1日の時点で、全国で112人を自宅や病院で待機させざるをえない状態になっています。
原因は腎臓病の受刑者に必要な人工透析を行う態勢です。全国の刑務所のうち、9か所に人工透析の機器が配備され、治療を行っていますが、機器を扱えるスタッフの数は限られています。
このうち、東京の八王子医療刑務所では、医師の欠員が6人になっていることなどから、これ以上、腎臓病の受刑者を受け入れることができないと言います。
透析の機器がない刑務所で受け入れて外部の病院へ連れて行く場合には、職員が同行しなければならず、今の人員では、対応には限界があると言います。この結果、実刑判決が確定しても、刑務所に収容できないという事態が起きているのです。
問題2:医療費の増加
さらに、医療費の増加という問題もあります。
医師が不足しているため、外部の医療機関に頼らざるをえないケースが増える傾向にあります。こうした場合は、施設の常勤医師が対応する場合に比べ、費用がかさむこともあります。
平成25年度に、受刑者などにかかった医療費は58億円余りと、10年前の2倍近くにまで膨らんでいます。
受刑者が高齢化している影響もありますが、医師不足は、医療費がさらに増える要因の1つになっています。*国は対策を検討
国は対策に乗り出そうとしています。
法務省から要請を受けた有識者が検討会を開き、ことし1月、報告書をまとめました。報告書は、「矯正施設における医療は、まさに『崩壊・存亡の危機』にある」という書き出しで始まっています。
強い危機感の裏には、矯正施設には、受刑者などが再び罪を犯すのを防ぎ、社会の安全を守る「最後のとりで」としての役割が求められていることがあります。
報告書では、矯正施設がその役割を果たすには、健康状態を保ったうえで社会復帰させる必要があるとして、医師不足の解消のため、給与を一般の病院と同じ水準まで引き上げる必要があると提言しています。
また、矯正施設の医師がほかの病院でも働けるように「兼業」を認めることや、定年の時期を引き延ばすことなど制度の改正も必要だとしています。
法務省は、報告書の提出を受けて、今後、法律の改正も含めて、対応を検討していくとしています。
深刻な医師不足を解消するには、待遇の改善に必要な財源をどう確保するかや、医師の働く意欲を高める環境をどう整えていくかがポイントになりそうです。
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