産経新聞 2014.11.17 11:00更新
【衝撃事件の核心】誰もが恐れていた「再犯」…メッタ刺しの凶行に蘇った「舞鶴女子高生殺害」の記憶
世間を震撼させた6年前の京都・舞鶴女子高生殺害事件で逆転無罪を勝ち取った男が今、留置場の中にいる。大阪・キタの歓楽街の雑居ビルで今月、女性(38)が刃物で刺される事件が発生し、殺人未遂容疑で逮捕されたのが無職、中勝美容疑者(66)=大阪市西成区=だった。「一番恐れていたことが現実となった」。逮捕を受け、舞鶴事件の関係者は悔しさをにじませた。窃盗事件で服役していた刑務所を9月に出所したばかりでもあった。周辺では金の無心を繰り返しており、生活は困窮していたとみられる。事件は金絡みだったとみられるが、女性に瀕死の重傷を負わせるほどの凶行に及んだ動機は何だったのか。
■血まみれの刃物握りしめ
「血だらけの男女が駆け込んできました」
5日午前8時40分ごろ、大阪市北区兎我野(とがの)町の雑居ビル。自分のいた部屋に突然、飛び込んできた2人の様子に驚いた男性は、とっさに廊下に出て110番した。間もなく大阪府警曽根崎署員が駆けつけたが、部屋に男女の姿はない。
「ここにいるんだと思います」
男性が指し示したのは、自分がいた部屋の向かいにあるレンタルルーム。署員は中に入ろうとしたが、施錠されているためドアは開かない。ノックを繰り返すと内側から鍵が外れ、ドアが開いた。
室内から作業服を着た初老の男が顔を出した。手に刃物を持っており、隣には血を流した女性が倒れていた。
「刃物を捨てろ!」
叫んだが、男は応じない。署員は刃物をはたき落とし、廊下に引っ張り出し、男を取り押さえた。激しく暴れるようなことはなく、女性を刃物で刺したことをその場で認めた。
署に連行された男は「中勝美」と名乗った。午後、同署が逮捕を発表。「あの中勝美容疑者か」。詰めかけていた十数人の報道陣は一気に色めき立った。
「再犯強く懸念される」
逮捕されたのは、6年前の京都・舞鶴女子高生殺害事件で逮捕・起訴され、すでに無罪が確定している元被告だった。
《平成20年5月8日、京都府舞鶴市の雑木林で、行方不明となっていた府立高校1年の女子生徒=当時(15)=が遺体で見つかり、頭部には鈍器で繰り返し殴られた痕があった》
直接証拠がなく、京都府警の捜査は難航したが、21年4月、別事件で服役中の中容疑者を殺人と死体遺棄容疑で逮捕。京都地検は殺人と強制わいせつ致死罪で起訴した。
「でたらめだ」。中容疑者は捜査段階から一貫して無罪を主張したが、1審京都地裁は23年5月、無期懲役を宣告。判決は検察側の証拠の信用性を認め、「犯人と強く推認される」とした。
だが2審大阪高裁では評価が一転した。高裁は24年12月の控訴審判決公判で、有罪の根拠となった状況証拠の一部を「不合理」と指摘。「犯行現場付近で中容疑者と女子生徒らしき2人を見た」との複数の目撃証言のうち1人の証言も「内容が変遷している」と信用性を否定し、「被告を犯人とするには合理的な疑いが残る」と判断、1審の無期懲役を破棄して逆転無罪を言い渡した。
「誠にありがとうございます」
大阪拘置所から釈放された中容疑者はこう話し、娑婆へと戻った。だが、平穏な暮らしは半年も続かなかった。
25年5月、大阪市西成区のコンビニで、雑誌1冊を万引したとして、窃盗容疑で現行犯逮捕。窃盗罪で起訴され、同年8月、懲役1年2月の実刑判決を受け、服役することに。
判決理由で裁判官は「社会生活を送るようになり半年もしないうちに犯行に及んでおり、今後の再犯が強く懸念される」と指弾していた。今回の女性刺傷事件はこの1年3カ月後に起きた。裁判官の懸念は現実のものとなった。
■ほんの数ミリで致命傷に
曽根崎署によると、女性は胸や顔など11カ所を刺されていた。一命は取り留めたが、瀕死の重傷だった。特に首に2カ所あった傷は、数ミリずれていれば頸動脈を損傷していたという。
強固な殺意がうかがえそうだが、中容疑者は調べに対し「女性に殴られた」と正当防衛を主張しているという。
事件の背景については「女性との間に金銭トラブルがあった」と供述。一方、中容疑者の周辺を取材すると、事件直前は金銭的に困窮していた状況が浮かび上がる。
関係者によると、窃盗罪での服役を終え、刑務所を出所したのは今年9月末。10月から西成区内の家賃月額4万2千円のマンションで新生活を始めた。住人の大半は生活保護受給者で、中容疑者も入居に際し、受給を申請したという。
「飯を食う金もない。3千円でも5千円でもいいから、金を貸してくれ。(生活)保護が出たら返す」
同じマンションに住む男性(64)は、いきなり部屋を訪ねてきた中容疑者に、こう持ちかけられた。「相当切羽詰まった様子だった」が、「(もともと)取っつきにくく、一癖ありそうな印象で、かかわりたくないと思っていたので、断った」と明かす。
また、携帯電話を持っていなかったといい、電話の必要があるときに近所の公衆電話を使っている姿がよく見かけられたという。
「(逮捕時は)げっそりとやせていた。食べ物に困っていたのは事実だろう」とある捜査関係者。逮捕後はしっかりと食事、睡眠を取っているという。
■被害者母「鼓動激しく」
「驚きとともに憤りを感じた。一番恐れていたことが現実となってしまった。捜査機関は、真相解明に向けて全力をあげてほしい」
中容疑者の逮捕を受け、舞鶴事件の被害者の母親が代理人の細川治弁護士を通じ、コメントを出した。
大阪高裁の控訴審で、中容疑者に「母親が犯人」と発言され、深く傷つけられたこともあった。中容疑者に無罪判決が告げられた瞬間には、ショックのあまり検察官の隣で泣き崩れた。それだけに今回の事件はひどく心をかき乱したのだろう。細川弁護士によると、中容疑者の逮捕を電話で知らせた際、母親は「鼓動が激しくなった」という。
中容疑者の舞鶴事件での無罪は今年7月、最高裁が検察側の上告を棄却したことから確定した。「一事不再理の原則」。一つの事件で判決が確定すれば、再び裁判を起こすことはできないという憲法の規定。舞鶴事件で中容疑者が再び罪に問われることはない。
「今回の被害者の方は、回復したら、何があったのかを話してほしい」という母親。細川弁護士はその心中をこう察する。
「(事件で亡くなった)女子生徒は何があったのか話したくても、話すことができない。そんな思いがあったのではないか」
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