特別読み物 ベテランジャーナリストが見た政権「奥の院」安倍官邸の正体
経済の死角 2015年01月03日(土)週刊現代
ごく限られた人間しか足を踏み入れられない、安倍首相と側近たちの「城」。文字通り永田町の真ん中で、この国の進む道が決められている。「もう失敗は許されない」—官邸の覚悟と策略を全て書く。
■6人が集まる「秘密会議」
時事通信社で35年間政治報道に携わり、現在は同社解説委員を務める田史郎氏が、このほど『安倍官邸の正体』(講談社現代新書)を刊行した。
国民と野党の不意を打つ解散総選挙と自民党の勝利、そして丸2年を迎えようとしている安倍政権の裏側で、何が起きていたのか。田氏は安倍晋三首相、そして菅義偉官房長官ら政権の枢要に直接取材し、肉薄した。
今年の夏、安倍へのインタビューで、「'18年9月まで続く長期政権になるのでは?」と水を向けると、こんな答えが返ってきた。
「そう簡単ではないけど、とにかく今回は続けるということも重視してるんですよ。日本が存在感を示すためには、総理大臣が長くやるというのは決定的に必要なんですよ」「途中で代わったら、いわゆるアベノミクスも当然終わるわけです。私が辞めた瞬間にね。これじゃまた道半ばになると思っている」
衆院が解散された後、かかわった自民党関係者は、「よく漏れなかったものだ」と振り返った。9月3日の内閣改造・自民党役員人事の前、つまり真夏から、安倍や菅は年内解散を選択肢に入れて解散時期の模索を始めていたからだ。
しかし、真夏の段階で解散時期を年内に絞り込んでいたわけではない。菅は「'16年夏の衆参同日選」を描き、安倍は「早くて'15年4月の統一地方選とのダブル選挙」と考えていた。実際、9月の内閣改造・党役員人事では「選挙シフト」を敷かなかった。安倍は次のように証言する。
「消費税を上げられないと思ったのは、10月初めぐらいからです」
9月から10月にかけ、自民党内で幹事長・谷垣禎一を筆頭に、副総裁・高村正彦、総務会長・二階俊博、党税調会長・野田毅らが消費再増税を予定通り実施するよう求めた。彼らの発言を聞くたびに、この「再増税包囲網」を突破するには衆院解散に打って出るほかないと、安倍や菅は次第に考えざるを得なくなっていった。
年内解散の検討を始めた安倍は、菅にも党執行部にも内緒で、自民党事務局に直接、選挙情勢調査を命じた。調査にあたって、安倍は「絶対に口外するな」と厳命した。同じ時期に、民主党も候補者が立っている130選挙区で選挙情勢調査を行っている。
調査結果は同じトレンドだった。自民党は(解散前)現有の295議席を確保し、現有議席を越す可能性がある—。安倍が「今なら勝てる」という自信を抱いたのは間違いない。
解散翌日、安倍は電話取材にこう語った。
「再増税を先延ばしすると、『政局』になってしまうと思った。でも、解散すれば、選挙になりますから、みんな地元に帰ります」
また、菅もこう話している。
「一番良いタイミングだった。最善でした」
安倍政権を見る際、最も重要な視点は'06年からの最初の首相在任時の反省の上に成り立っていることである。華々しいスタートを切った一次政権がなぜ1年で終わったか—。安倍らと話していると、「あの時、こうしたのが失敗だった」という話をよく聞く。
一次政権では、首相官邸の態勢を首相補佐官を軸とした「スタッフ重視」に切り替えた。首相補佐官同士のヨコの連絡はなく、補佐官が官房長官を経由せずに安倍とそれぞれにつながっているだけだった。「チーム安倍」は成果を上げることなく、解体された。
官邸内の態勢を改める—。安倍が失意のどん底にあった時代に書き記した「反省ノート」にはこの項目があったはずだ。
首相官邸でほぼ毎日、首相を中心に開かれている重要会議の存在を知る人はごく限られている。首相の動きを逐一伝えているはずの新聞政治面の「首相動静」にも載っていない。しかし、この会議で政権の基本的方向、すなわち日本の針路が定まる。
「隠し廊下」を通って首相執務室に集まってくるのは官房長官・菅義偉、副長官の加藤勝信、世耕弘成、杉田和博の4人。これに、執務室隣の秘書官室にいる首席秘書官・今井尚哉が加わって計6人で、「正副官房長官会議」と呼ばれる会議が開かれている。
■「一次政権の轍は踏まない」
正副官房長官会議はどんな役割を果たしているのか、何が話し合われているのか。出席者の一人はこう語った。
「だいたい総理の温度とか決意を聞く場です。『俺はこれは絶対にやりたいと思っている』とか、『これはあんまり延ばしたくない、早くやったほうがいいと思っているんだ』というような、まず半分以上はその確認の場です」
おおよそ「カジュアルな雰囲気」で行われ、安倍がチョコレートやクッキーを出して「これ、食べようよ」と勧めることもある。安倍は言う。
「雑談のことも多いんだけど、人間って雑談することも大切なんですよ、とってもね。呼吸がわかるんです。何考えてるのかなと、なんか困ったことがあるのかなと、そこで言うじゃないですか」
正副長官会議は安倍官邸における「最高意思決定機関」と言える。
官邸運営の枢軸である首相と官房長官の関係にも注目したい。安倍と菅のコンビネーションがかつて見たことがないほど良いからだ。
菅がある時、こう言った。
「私は安倍総理を尊敬しているんですよ」「私が気付かないことが総理には見えている」
昨年4月初め、北朝鮮がミサイルを日本海側に移動するなどの挑発行為を強めたことがあった。その時、安倍はいち早く「金正恩は30歳の若造だから、何をやってくるか分からない」と言って、態勢を整えるよう指示した。菅は気づかなかった。こういうことが重なって、菅は安倍に尊敬の念を抱くようになる。
安倍も菅を信頼し、国内問題の処理を全面的にゆだねている。菅も「こんなに仕事を任せてもらえるのは初めてだ」と驚くほどだ。
一次政権時代、閣僚らが辞めたり、進退を取り沙汰されたりすることによって、内閣支持率が低下し、政権の体力が衰弱していったことを、安倍はじめ当時の関係者は記憶に深く刻み込んでいる。
小渕優子経済産業相、松島みどり法務相の「ダブル辞任」は二次政権発足以来、最大の打撃となった。
安倍は10月15日午後、イタリア・ミラノで開かれるアジア欧州会議首脳会合出席のため、予定通り羽田空港を発った。ふだんは首相の外国出張に同行する腹心、今井は急遽、同行を取りやめ、官邸に残った。そして、小渕の相談相手となる傍ら、安倍と頻繁に連絡を取った。
今井は小渕を守ることを前提に調査を開始した。しかし、調べていくとあまりにずさんで、報告を受けた菅が「びっくりした」とつぶやくほどだった。小渕辞任が確定的になった時点で、官邸は「野党が次に狙うのは松島みどりだ」と考えた。
「一次政権の轍は踏まない」
安倍は18日午後、帰国すると今井から報告を受け、19日の日曜日に都内のホテルで菅と協議した。これらの協議を通じて、ダブル辞任がもっともダメージが少ないという判断に至る。
■「安倍さんは地獄を見た」
閣僚辞任を政権崩壊の序章のように見る人もいた。だが、私はまったく違った。ダブル辞任になったのではなく、あえてダブル辞任にした。いわばマネジメントされ、打撃を最小限に抑え込む辞任劇だと思ったからだ。実際、閣僚辞任の衝撃は一度で済んだ。
「安倍さんは地獄を見た政治家なんですよ」
菅は以前、こう話したことがある。地獄を見て、そこから這い上がってきたところに安倍の真骨頂がある。
私が『安倍官邸の正体』の執筆に際してインタビューした時、不遇の時期のことについて、安倍は実に率直に心の内を語った。
「そもそも、あの時(注・第一次政権の時)、本当になりたくてなったのかというと、そうじゃないんですよね。もうなるという流れの中で、これは手を挙げざるを得ないということだったんですよ」「私としてはこれ全然早すぎると思っていた。そのあとやり残したことを考えた中において、どうしてももう一回やりたいと思ったんですよ、ひそかに。なんとしても、自分は総理大臣として復活したいという気持ちが、6年前に比べて1000倍ぐらいになったわけです」
第一次安倍政権最後の日となった'07年9月12日、安倍は午後2時から緊急記者会見を開き、突然退陣を表明した。退陣を決意する引き金は安倍自身の健康管理の失敗であった。
2度目の首相就任から9日目の昨年1月3日、安倍がゴルフに出かけようとした時、世耕や今井は止めた。世耕らが「本当にいいんですか?」と尋ねると、安倍はこう言った。
「いいよ。休みの日に友人、秘書官と健康管理のためにやってるんだ。ちゃんと連絡はつくようになってるし、いざとなれば帰るルートも確保されている」
就任早々、ゴルフに興じると言う安倍の大胆な行動に、当初怪訝に思っていたメディアもいつの間にか、慣らされてしまった。なぜ、そんなにゴルフやフィットネスクラブに行くのか。
「気分転換ですね。やっぱり体を動かして汗を流すとストレス解消にはいいんですよね」「一次政権の時、眠れない日がすごく多かった。今は十分眠れるようになりました。これはかなり大きいんですよ」
「戦後レジームからの脱却」—。安倍は一次政権下でたびたびこの言葉を使った。しかし、二次政権において国会で言及したのは計4回だけだ。安倍はこの表現を封印し、意識して使わないようにしている。「美しい国」路線を引っ込め、経済成長重視のアベノミクス推進を最重要政策に据えた。
安倍は以前から内閣官房参与・本田悦朗、嘉悦大学教授・橋洋一、元日銀審議委員・中原伸之らと付き合っている。いずれも適度なインフレを主張する「リフレ派」と呼ばれる人たちだ。安倍はこの人たちとの交流を通じて、「日本経済の最大課題はデフレからの脱却」と確信するようになった。
「政権をとったら、日銀と政策議論、政策協調をして、大胆な金融緩和を行っていく。一番いいのは、インフレ目標政策を持つことだろう」
従来の経済政策を全面的に否定する政策を打ち出すのを、財務省や日銀が手伝うはずがない。安倍自身もむしろ、財務省、日銀が主導する経済政策に不信感すら抱くようになっている。
一次政権では、財務省、日銀の言う通りにやったら間違ったじゃないか—。これが安倍の経済政策を貫く基本的な考え方である。
首相と会っている官邸スタッフの一人は、経済再重視路線が政権を下支えしていると言う。
「安倍首相が本当にやりたいことは安全保障とか、憲法改正だ。しかし、それをやり遂げるのには経済がうまくいって、支持率を維持していることが前提だ。好調な経済という前提があるから何でもできる」
だが、首相側近もいまだに「あれは痛かった」と振り返ることが、二次政権発足1年で起こった。
安倍は昨年12月26日、靖国神社を参拝した。安倍が参拝した時、私が会っていた人物はテレビに映し出される参拝のシーンを見ながら、困り切った表情で「止められませんでした……官邸にいるスタッフは全員反対でした」と語り、頭を抱えた。正副官房長官会議の安倍以外のメンバー全員が反対しても、安倍は参拝したのだった。
安倍が参拝したのは、口に出して言えない理由があるからではないか。それは、安倍の強固な支持層である「強硬保守」への配慮だ。
安倍は、強硬保守の人たちを「母体」と呼んだことがある。安倍は靖国神社参拝後、首相官邸に戻ると、菅と握手し、次のように語った。
「よかった。これで落ち着いて仕事ができる」
■いつまで首相を続けるのか
安倍が順調な政権運営を続けるのであれば、東京オリンピック・パラリンピックが開催される'20年時点でも安倍が首相で良いのではないかという声を耳にする。しかし、私は賛成できない。安倍は党則を守って引き、「次の人」が失敗すれば3回目の首相に挑めばいいと思う。
では、「次の人」は誰か?地方創生相・石破茂が軸となるのは間違いない。本人の能力に加え、総裁を選ぶシステムが今年1月の党大会で代わり、石破が強い地方票が重視されるようになったからだ。
安倍は今後、石破以外の「ポスト安倍候補」を育てようとするだろう。石破のライバルとなってくるのは幹事長・谷垣、外相・岸田文雄あたりか。
安倍は、憲法96条改正を昨年夏の参院選の争点にしようとしていた。しかし、菅は「国民的理解をまだ得られている段階ではない」と異論を唱えた。その後、安倍は憲法改正に意欲は示しても、政権の目標に掲げて突き進む素振りはまったく見せなくなった。
政権は'18年9月まで続く。それまでは、石にかじりついてでも首相の座を離れないだろう。安倍はこう語る。
「憲法改正は国民投票で賛成されなければできない。相当の戦略性を持って、数年がかりでやりたいなと思っています」「やはり大きな政策を進めていく上においては、十分な戦略性が必要だということですよね。第一次政権の時は正しければいいと言う考えだけだったわけですよ」
『安倍官邸の正体』で、私は日本の国家権力の中枢を描いた。安倍に対して否定的な人にも、また肯定的な人にも、今後の「日本の在り方」を考える上で必要になる事実、判断材料をできるだけ盛り込んだつもりだ。
菅は、安倍が一次政権で辞任した直後のインタビューで、こう断言していた。
「安倍政権は必ず再評価されると思います。安倍さんが見直される時は必ず来ると思いますよ」
その「時」がやってきたか否か。安倍の評価は、今後の政権運営の中で本格的に定まってゆくだろう。(文中敬称略)
<筆者プロフィール>
たざき・しろう/'50年福井県生まれ。時事通信社政治部次長、解説委員長などを経て現在は同社解説委員。テレビでも活躍する。著書に『政治家失格』『梶山静六 死に顔に笑みをたたえて』他
「週刊現代」2014年12年27日号より
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産経ニュース 2015.1.3 11:48更新
首相「晴れ渡った一年に」 経団連会長らとゴルフ 賃上げについては…
安倍晋三首相は3日、神奈川県茅ケ崎市で経団連の榊原定征(さだゆき)会長、御手洗冨士夫名誉会長らと今年初めてのゴルフを楽しんだ。ホール移動の合間に記者団から今年の抱負を問われると、「今日の天気のような晴れ渡った一年にしたい」と語った。
首相は、経済の好循環を促すため経済界に賃上げを重ねて求めており、今回のゴルフもその一環とみられる。記者団から「今年も賃上げは実現できそうか」と問われると、榊原氏らの方を向き「皆さんに聞いて」と笑顔でかわした。
ゴルフは昨年12月21日に同じコースでプレーして以来。首相は5日に三重県伊勢市の伊勢神宮を参拝し、同市で年頭記者会見に臨む。
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