制裁とイラン:包囲されてもなお屈せず
JBpress 2012.01.24(火)The Economist(英エコノミスト誌 2012年1月21日号)
■あらゆる威嚇行為にもかかわらず、イランも米国も、まだ全面対決を望んでいない。
2012年半ばより前に完全実施されることはないと見られるものの、厳しい新制裁発動の見通しを受け、イランと西側諸国の緊張は既に高まっている。
1月23日には、欧州連合(EU)がイランからの原油輸入を禁止することを承認する見込みだ。EU向けの輸出は、イランの原油輸出高全体の5分の1を占めている。
EUによるこうした動きは、バラク・オバマ大統領が2011年12月31日に、米国議会をほぼ満場一致で通過した法案に署名し、法を成立させた一件に続くものだ。
米国の法律の目的は、外国金融機関がイランのエネルギー取引の主要なパイプ役である同国中央銀行と取引するのをやめさせることにある。EUはフランスと英国の主導で、イラン中央銀行にダメージを与える他の方法についても検討中だ。
イランはこれに対し、もし禁輸措置が実行されればホルムズ海峡を閉鎖すると脅しをかけている。ホルムズ海峡はペルシャ湾の交通の要所で、世界で生産される原油の5分の1が通過する。
さらにイランはサウジアラビアに対しても、世界の市場からイランの石油が消えた場合、生産を拡大して穴埋めするという約束を履行しないようくぎを刺している。イランに対する制裁は、国連の監視機関である国際原子力機関(IAEA)が11月に発表した最新報告もそのきっかけとなっている。しかし、イランが激怒している理由はこうした制裁だけではない。
■イランが激怒している理由
1月11日には、車に仕掛けられた爆弾によって、ナタンツのウラン濃縮施設で調達を担当する化学技術者が殺害された。イランの科学者が命を奪われたのは過去2年間で4人目だ。
この科学者が死亡する前にも、工場や軍事施設で原因不明の爆発が起きている。恐らくはイランの核開発を遅らせることを目的とした、西側の情報機関やイスラエル諜報特務庁(モサド)による秘密作戦によるものと見られる。
11日の暗殺が実行される直前、イランの裁判所は米中央情報局(CIA)のためにスパイ行為を行ったとして、米海兵隊に所属していたイラン系米国人に死刑を言い渡している。
神経質になっているイラン政府、さらには米国政府の緊張を高めているのが、イスラエルから聞こえてくる好戦的な不満の声だ。
当初新制裁を称賛したイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とモシェ・ヤーロン副首相は、制裁がすぐに実行されないことを嘆いている。ヤーロン副首相は、大統領選挙の年に原油価格が上がるのを恐れて消極的になっていると、挑発的な言葉でオバマ大統領を非難した。
■イスラエルが攻撃を仕掛ける可能性
イスラエルが2012年中にイランを一方的に攻撃する可能性は高まっているかもしれない。イラン原子力庁のフェレイドン・ダバニ・アッバシ長官は、兵器級に近い純度20%のウラン濃縮がフォルドゥで始まったと発言している。フォルドゥの核施設は聖都コムからほど近く、対空砲に周囲を守られた山あいの建物群の地下深くにあり、難攻不落とされている。
イスラエルのエフード・バラク国防相は昨年11月、イランの核開発を中止に追い込むために残された時間は1年を切ったと述べている。
ひとたびウラン濃縮作業の大部分がフォルドゥで行われるようになれば、イランは「不可侵の地」と化し、少なくともイスラエルが単独で軍事攻撃を仕掛けるという選択肢はなくなってしまうというのだ。
イスラエル国内でも防衛や安全保障部門の幹部の多くは攻撃の効果に疑問を唱えている。しかし、最終決断を下すのは、いずれもタカ派で知られるネタニヤフ首相とヤーロン副首相、バラク国防相だ。
また、ネタニヤフ首相は、もしイスラエルが軍事行動に踏み切っても、大統領選挙が終わるまではオバマ大統領もイスラエルを支持するはずだと踏んでいる可能性が高い。一方、(ネタニヤフ首相の希望に反し)無事に再選されれば、オバマ大統領が賛成するとは限らない。
もしイランがイスラエルの攻撃を懸念しているとしたら、それはオバマ政権も同じだ。
イスラエルのバラク国防相は1月18日、軍事攻撃の決断を下すのは「遠い先のことだ」と発言しているが、イラン問題を巡っては、同盟国である米国とイスラエルの関係は緊迫している。
オバマ大統領は最近、ネタニヤフ首相との電話会談で、攻撃を思いとどまるよう強く警告したと言われている。米統合参謀本部議長のマーティン・デンプシー大将は近々イスラエルを訪問する。訪問の名目は情報共有だが、オバマ大統領からのメッセージを念押しする目的もある。
米国はナタンツの技術者殺害事件からも距離を置きたがっている。米国防総省の広報担当者は暗にイスラエルの存在をほのめかしながら、「米国はこの科学者の殺害に一切関わっていない。我々はイランとの緊張関係を緩和したいとの意志を明確に示しており、最近は事態も多少落ち着いてきたと認識している」と発言した。
恐らくこの問題を考慮したものと見られるが、ホワイトハウスは既に9000人の兵士がイスラエル入りしていたにもかかわらず、春に計画されていたイスラエルとの大規模な軍事作戦演習を中止した。
ただし、国防総省は1月13日、クウェート駐留部隊を1万5000人増強すると発表している。少なくとも2つの空母部隊がこの地域のパトロールを継続する予定で、第3の部隊が加わる可能性もあると報じられている。
■米国とイスラエルの見解の相違
米国とイスラエルの論争は、イランの核兵器保有を阻止すべきか否かに関する見解の相違が発端ではない。米国のレオン・パネッタ国防長官は今年に入り、イランの件で必要であれば武力を行使すると確約する寸前まで行った。
しかし両国の見解は異なる。
バラク国防相らイスラエルのタカ派は、フォルドゥでウラン濃縮が開始された時点で越えてはならない一線を越えるとの見方をとっており、その後間もなく、2006年に北朝鮮が初歩的な核爆弾の試験を行った時のような、「強行突破」的な核保有の発表があってもおかしくないと見ている。
一方の米国は、十分な抑止力を持たないままでは、イランは攻撃を招くことになりかねないため、そのようなことはあり得ないと考えている。むしろイランは大量の核兵器や打ち上げ用の核ミサイルを製造可能な段階に達するまで、あらゆる手段を並行して進めるのではないかというのが、米国の見方だ。
そうであれば、経済的、外交的な圧力により、核兵器の大量製造という一線を越えるのはイラン自身のためにならないと説得する時間はまだある。
実際のところ、その可能性がどれくらいあるかは誰にも分からない。イランには30年以上にわたって外部からの圧力に耐えてきた誇り高い実績があり、ある程度の犠牲はあったものの、常に何らかの制裁に対処してきた。
また、既にひずみが出ているイランの経済に、新たな制裁がどれほどさらなる痛みを与えられるかも分からない。
恐らくイランは大幅な割引価格で、ほとんどの石油を中国やインドに売りさばけるはずだ。また、イスラエルのヤーロン副首相は、厳格な禁輸措置を求める西側の声は限定的なものかもしれないと考えているが、これは的を射ている。
たとえサウジアラビアが積極的に石油を増産し、リビアの生産量が予想より早く回復したとしても、在庫に余裕がない状況は変わらず、どれだけ余剰生産能力があってもアジアの需要にすぐさま食い尽くされてしまうだろう。
■制裁の効果と影響
大手銀行ソシエテ・ジェネラルは、たとえ段階的な禁輸措置が時間をかけて適用されたとしても、神経過敏なトレーダーが市場の調整の行方に恐れをなし、ブレント原油の価格が1バレル=150ドルに達する可能性もあると試算している。ここまで価格が上昇すれば、米国が景気後退に逆戻りし、ユーロ圏の危機も悪化する可能性が出てくる。
従って、新たな制裁はイランに対し、劇的というよりは徐々に効いていく可能性が高い。それでも、アラブの春、そして何よりシリアのアサド政権が失脚する可能性など、別の脅威にもさらされている中で、制裁はイランの孤立感をさらに募らせるだろう。イランにとって、シリアは中東地域で唯一の揺るぎない同盟国だ。
また、核の一線に達する、ましてやその線を越える覚悟がイラン自身にあるのかどうかも定かではない。イランは同国の核開発が「軍事的な側面」を持つことに対するIAEAの懸念を和らげようと、1月中に視察に来るよう同機関に熱心に働き掛けている。
たとえイスラエルがうずうずしていても、イランと米国の双方がどちらも生きるか死ぬかの対決を望んでいない限り、実際にはまず対決は起きないはずだ。
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イランも米国も、まだ全面対決を望んでいない/核の一線を越える覚悟がイラン自身にあるのかどうか
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