松田雅央の時事日想:石油を“武器”にできる国はどこ――今と昔の勢力図
Business Media 誠2012年02月01日 08時00分
「石油を交渉の武器にする国は強い」と思っている人も多いのでは。石油を輸入できなくなれば苦しい立場に追い込まれる国も多いが、その一方で輸出できなくなる国も痛みを伴うのだ。
EU(欧州連合)外相理事会は1月23日、核開発を続けるイランへの制裁措置として、イラン産原油の輸入禁止を正式決定した。長期契約を含めた全面禁輸は7月まで先延ばししたものの、EUとしては過去にない厳しい内容といえる。
米国とEUの措置に対抗するため、イランのガセミ石油相は29日「近く、いくつかの国への原油輸出を停止するつもり」(国営イラン通信)と発表した。イランは原油輸送の大動脈ホルムズ海峡の軍事的封鎖も示唆するなど、原油を巡る“ポーカーゲーム”が続いている。
ここではEUとドイツの視点から、イラン原油の禁輸とホルムズ海峡の状況を検討してみたい。
■影響の大きさはまちまち
イランの原油輸出先としてEU諸国は中国(25%)に次ぐ20%を占めており、イラン経済に与える禁輸の影響は非常に大きい(2011年上半期)。ちなみに日本は15%を占めている(参照リンク)。逆にEUの原油輸入に占めるイラン原油の割合は5%と、日本の10%(2010年)に比べれば格段に小さい。
従って、EUの輸入禁止措置は「イランに与える影響は大きく、EU経済が受ける影響は比較的小さい」と言える。
ただし、これはあくまでEU全体の話で国によって事情は異なる。
例えば財政破たんに直面するギリシャは原油輸入の半分以上をイランに依存しており、2011年上半期にはイランから日量16万バーレル、金額にして約1800万ドルの原油を輸入していた。EUの輸入禁止決定に伴い、急ぎ代替輸入先を見つけなければならなくなり、有力なのはサウジアラビアと伝えられている。サウジアラビアは十分な余剰能力をもつが、ギリシャがイランと結んでいた有利な条件までは引き受けてくれないため、ギリシャにとっては苦しい選択だ。
■オイルショックは再来するか?
歴史をさかのぼると、ドイツも1967年と1973年(第一次オイルショック)に石油危機を体験している。第一次オイルショック当時、OPEC(オペック:石油輸出国機構)は原油価格を1バーレル2.90ドルから5.11ドルに値上げし、さらに毎月5%減産すると発表した。パニックに襲われたドイツの消費者はガソリンと灯油の買い溜めに走り、当時のヴィリー・ブラント首相は「戦後の歴史に深く刻まれる危機」と表現している。
しかし当時の状況を分析すると、反応は政治的にも経済的にも行き過ぎであった。通常の年間原油需要3億7000万トンに対し、実際は1200万トン減ったにすぎない。中東に代わる原油輸入先を見つけることができたから、絶対量の不足は幻想でしかなかった。人々の抱いた恐怖感だけがリアルだったことになる。
石油危機が西側諸国の産業構造に与えた影響は大きい。原油の中東依存を脱却するため北海油田やメキシコ湾油田が開発され、燃費のいいクルマの開発、住宅の断熱性能や暖房器具の性能が向上した。
ドイツは省エネや再生可能エネルギー開発の先頭を走っているが、これは今回のような地政学的なエネルギー危機に振り回されない経済を作ることも目的としている。日本に比べ、石油危機に打たれ強い体質作りに成功しているのだ。
■石油は武器
中東に対する外交姿勢を日本とドイツで比較すると、介入の度合いはドイツのほうが強い。
ドイツは現在、アフガニスタンに国際治安支援として実戦部隊を派遣している。駐留する将兵は4000人を超え(2009年)、2001年からこれまでに40人以上の命が失われた。2014年以降も駐留を続けるかどうか、今国会で討議しているところだ。ドイツは中東和平に直接介入している立場から、イラン問題へもより深く踏み込む傾向にある。
産油国は原油輸出を政治的な武器として用いるが、これは諸刃の剣だ。
輸出を削減すれば消費国は他の原油輸入先を探し、代替エネルギーへの置き換えを加速させ、結局、石油消費の少ない社会へと移行してしまう。原油の減産や海峡封鎖は、それを“武器”とするはずの自国の経済を疲弊させ、自らの首を絞めるというジレンマに陥る。
ホルムズ海峡が封鎖されれば原油の輸出ルートが遠くなり、輸送コストの増加、そして小売価格の値上がりは避けられない。この夏をめどに、ホルムズ海峡を迂回(うかい)する陸上パイプライン(約120キロ)の建設が急がれている。
ギリシャのみならず他のEU諸国にとっても「イランによる石油危機」は大きな痛手であるが、総合的に考えると1970年代のようなパニックは考え難い。EUはイラン産原油の禁輸措置を決めるにあたり、経済的・政治的な威力とデメリットを冷徹に見極めた。石油は産油国だけの武器ではなく、輸入国にとっての武器でもある。
*著者プロフィール:松田雅央(まつだまさひろ)
ドイツ・カールスルーエ市在住ジャーナリスト。東京都立大学工学研究科大学院修了後、1995年渡独。ドイツ及び欧州の環境活動やまちづくりをテーマに、執筆、講演、研究調査、視察コーディネートを行う。記事連載「EUレポート(日本経済研究所/月報)」、「環境・エネルギー先端レポート(ドイチェ・アセット・マネジメント株式会社/月次ニュースレター)」、著書に「環境先進国ドイツの今」、「ドイツ・人が主役のまちづくり」など。ドイツ・ジャーナリスト協会(DJV)会員。公式サイト:「ドイツ環境情報のページ」
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