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尊厳死と安楽死/誰も死と隣り合わせ/脳死と人の死

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〔尊厳死と安楽死〕鈴木修(すずき おさむ=法医学者、浜松医科大理事)
中日新聞2011/4/9Sat.夕刊「紙つぶて」
(前段略)
 最近、老人病院を訪問すると、寝たきり老人ばかりで、胃ろう設設術(PEG)を施された患者さんが多い。つまり、上腹部皮膚に直接穴を開け、直接胃の中に管を通し、点滴と同様な要領で半流動性の栄養豊富な液状物をゆっくり胃に流し込むのだ。病院の手間は大幅に減り、口から食物を与える時に頻発する誤嚥性肺炎も回避できる。
 ところが、患者の立場からすれば、口から食物が入ってくるわけではないので、それこそ味もそっけもない。この「食事」で患者さんは、場合によっては10年以上も生きるそうだ。自分がそうなったら、そこまでして生きる必要があるだろうか考えてしまう。
 事故か何かで大病院に運ばれ、人工呼吸器で意識無く1ヵ月以上生き続けることだってある。家族は看病に疲れ果て、医者に人工呼吸器を止めてくれるよう頼むが、大抵断られる。それは、殺人罪に問われたり、マスコミで安楽死として報道されたりした過去の多くの例があり、医療側が過剰に恐れているからだ。
 延命治療を回避する1番の方法は、この業界最大手の日本尊厳死協会に入会して、「尊厳死の宣言書(リビングウィル)」を作成し、本人の意思を示しておくことだ。これを示せば、医者の方も安心して延命治療を停止できる。私も近々入会するつもりだ。
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〔誰も死と隣り合わせ〕鈴木修(すずき おさむ=法医学者、浜松医科大理事)
中日新聞2011/4/16Sat.夕刊「紙つぶて」
 今回の大震災では、膨大な数の人びとが犠牲となった。いろいろな天災や戦争は、希望を持って生きようとしている人々を、無残に殺す。
 日本では毎年100万人余の人々が死亡している。そのうち30万人以上ががんで死に、3万人以上が自殺している。1991年、私はぼうこうがんで手術を受けた。幸いにも名医にめぐり合い、再発せず、今のところ元気だ。がんを告げられたときの私の心境は、独房に投げ込まれた死刑囚のようだった。、あさに孤独の戦争だ。私の友人や親族にも現在がんと闘っている人が何人もいる。克服してくれることを切に祈るばかりだ。
 生きたいのに死ななくてはならない人々は、大震災以外でもどこにもいる。実は、死は誰にとっても、いつも隣り合わせなのだ。せっかく生きているのだから、いつかは死ぬのだから、今ある命を大切にして、笑顔を絶やさず生きてほしい。たとえ深刻な悩みを抱えていてもだ。
 阪神大震災が収まり、復興が始まったころ、多くの人々が自殺したり、アルコールや薬物乱用に走ったと聞く。今回の大震災が一段落してから、同様のことが起らないかと心配だ。しかし、テレビを見る限り、全てを失った東北の被災者の方々が大変気丈で、インタビューなどにしっかり受け答えしているのに感心する。東北地方には、昔からの日本人の良さが強く残っている。それは人と人との温かい絆だ。絆を糧にすれば、この不幸を必ず克服できると信ずる。
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〔脳死と人の死〕鈴木修(すずき おさむ=法医学者、浜松医科大理事)
中日新聞2011/3/5夕刊「紙つぶて」
 政権交代の直前2009年、混乱に乗じてといったら叱られそうだが、改正臓器移植法が国会で成立した。しかも、いわゆるA案が成立したのだ。A案では、脳死は無条件で人の死とうたっている。
 私も脳死状態の死体の解剖をたくさん経験している。司法解剖では、必ず、頭蓋腔(くう)、胸腔、腹腔を開く。脳死者の場合、首から下の各臓器は新鮮でしっかりとしているのに、大脳、小脳などは原形なく、まるで灰色の泥のようだ。頭蓋骨を電動のこぎりで切り始めると、その時点で、泥状の脳がポトポトと漏れ出してくる。やむをえず、洗面器を下にあて、頭蓋骨を開きながら、流れ出てくる泥状脳全体をすくいとる。もちろん脳の所見は取れないことが多い。
 この様に脳死者の脳の状態を見せ付けられると、脳死とは全人的に人の死と実感する。しかし、A案が通っても、まだ脳死を人の死と認めたくない人も多い。一度私どもの解剖をビデオに撮り、お見せすれば考えを変えてくれる人も出てくると思ったりする。
 もちろん、家族の気持ちも理解できる。脳死といわれても、心臓は拍動し、体は温かい。しかし、むごいかもしれないが、医学的に脳死は人の死なのだ。
 臓器だけでも他人の体の中で生きつづけることができると思って、移植を希望した家族も多いと聞く。
 改正臓器移植法が施行されてから、脳死臓器移植件数は3倍以上に跳ね上がった。それだけの数の命が救われるのだ。


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