未来の世代へ 原子力恩恵世代が核のゴミに責任を
中日新聞2012/03/27Wed.《論壇時評》金子 勝
この国は「失われた20年」に陥ってきた。不良債権処理も福祉も若年層の雇用も財政赤字も、目先の利益ばかりを追いかけて根本的な解決を避けてきた。その結果、経済も社会も行き詰まり、ツケはみな未来の世代に先送りされている。
3・11から1年がたったにもかかわらず、問題の構図は変わっていない。福島第1原発を廃炉にする見通しも立たず、事故調査の最終結果も出ないまま、国民の信頼を完全に失った原子力安全・保安院と原子力安全委員会によるストレステストの承認に基づき原発再稼働が行われようとしているからだ。
■安心な将来とは
小出裕章「恥ずかしい国、日本 核のゴミを処理できない人類に原子力という選択肢はない」(『朝日ジャーナル』=週刊朝日臨時増刊「わたしたちと原発」)は「原子力の恩恵を受けてきた私たちの世代は、核のゴミに対して責任を負っている。(中略)だとするなら、核のゴミをこれ以上出さないよう、すべての原子力をやめることが、私たちの世代にできる最低限のことだと思う」と述べた上で、こう結ぶ。「私たちが生み出した放射性廃棄物を無毒化する研究は、まず私たちの責任において進めなければならないが、私たちの世代ではおそらく到達できないだろう。そうなると、私たちの世代がつくりだした負の遺産の清算を、未来に託さなくてはならない。本当につらい」
岡野眞治・高辻俊宏・木村真三「政府発表 放射能汚染マップを点検する」(『文芸春秋』4月号)は、原発事故直後から原発周辺地域に入って独自に放射能汚染を調査してきた研究者たちの声である。その中で高辻は「ICRP(国際放射線防護委員会)が採用している100msv以下でも癌死亡率は被爆量に比例するという『LNT仮説』に従っても、「年間20msvまでの被爆を許容すると(中略)癌死亡率が1%増える」ことになるとする。一概に較べられれないとしても、副作用が問題になっている「ポリオの予防接種に使われている生ワクチン」では「子どもがポリオを発症する確率は100万分の1といわれており、これは%にすると、0・0001%」だと述べ「生ワクチンを危険だと思うならば、年間20msvという基準には耐えられないのではないでしょうか」と問う。
これに対して木村は「原発事故の前に国が定めていた年間被爆量限度の1msv以下を基準とすべきだ」と断ったうえで、福島県の浜通り、中通りで「この基準を守ろうとすれば、逆に自分たちが生まれ育った土地に住み続け、共同体を保とうとしている方々の決意を踏みにじること」になるという。そして「原発事故以後、私たちに問われているのは、将来のある子供たちも含めて自分たちが安心して暮らしていくために本当に必要なことは何か、ということ」だと指摘する。
■自分が試される
福島県の高校教師である中村晋は「福島から問う『教育と命』」(『世界』4月号)の中で、福島第1原発事故まもなくの時期に出た、自分の教室(定時制高校)の4年生男子生徒の発言を紹介する。
彼は「3号機が不調のようだね」と言った中村に対し「いっそのこと原発なんて全部爆発しちまばいいんだ!」と怒る。「だってさあ、先生、福島市ってこんなに放射能が高いのに避難区域にならないっていうのおかしいべした(だろう)。これって、福島とか郡山を避難区域にしたら、新幹線を止めなくちゃなんねえ、高速を止めなくちゃなんねえって、要するに経済が回らなくなるから避難させねえってことだべ。つまり、俺たちは経済活動の犠牲になって見殺しにされてるってことだべした(だろう)」
中村は「そのとき彼は殺気立っていた。本気でそう思っている、そう感じられた。今思えば教師としてこのときほど自分自身が試されたときはなかったように思う」と書いている。
私たちの世代に子どもたちの未来を奪う権利はない。洗浄や草むしりのような手抜きの除染でなく、なぜ子どもと妊婦を優先して、汚染された屋根や部材を交換し、周囲の道路を剥がす本格除染を行わないのか。ようやくコメの全量検査が実施される。ならばなぜ自動化されたバイオマス発電を使って森林除染を行わないのか。なぜ原発をできるかぎり早期に廃止するとともに、再生可能エネルギーに転換すると言えないのか。みなコストがかかり、東京電力を潰してしまうからなのか。確かに私たちは電力を必要としている。だが東京電力でなければいけない理由はないし、原子力である必要もない。(かねこ・まさる=慶応大学教授、財政学)
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