東京で新たに汚染肉 福島・浅川町農家出荷の牛
2011年7月15日 14時12分
福島県浅川町の肉用牛農家が餌として与えた稲わらから高濃度の放射性セシウムが検出され、汚染された可能性がある42頭の食肉が流通した問題で、東京都は15日、この農家から出荷され、仙台市の食肉処理場で処理された牛肉から、国の暫定基準値を超える1キログラム当たり650ベクレルの放射性セシウムを検出したと発表した。
都によると、牛肉は都内の食肉処理業者などが保管しており、消費者には渡っていない。また宮城県内の肉用牛に与えるわらから1キログラム当たり約3600ベクレルの放射性セシウムが検出された。(共同)
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中日新聞中日春秋(2011/07/15Fri.)より抜粋
▼もとより、この件も原発事故がなければ起き得ないこと。事故で原乳が出荷停止になり、乳牛も手放した後、自ら命を絶った同県相馬市の酪農家のことを思い出す。その男性が壁にチョークで書いた“遺書”の一文はまさに<たまきはる>命の悲痛な叫び▼<原発さえなければと思います>。一体、どれだけの人が同じ無念をかみしめていよう。
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〈来栖の独白2011/07/15〉
もう、勘弁してくれないか。農家も酪農家も、生きてはゆけぬ。原発さえなければ、このような悲しい事件は起きなかった。<原発さえなければと思います>。心が割れる。悲しみとは、心が割れることだ。
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◆福島の酪農業男性が自殺か「原発なければ」と書き残し/原発が引き裂いた人生「原発で手足ちぎられ酪農家」2011-06-14 | 地震/原発
福島の酪農業男性が自殺か 「原発なければ」と書き残し
中日新聞2011年6月14日 10時31分
福島県相馬市の50代の酪農業の男性が「原発さえなければ。仕事する気力をなくした」と書き残し、首をつった状態で死亡していたことが14日、同市や捜査関係者への取材で分かった。自殺とみられる。
市によると、男性は11日に自宅近くの小屋の中で発見された。壁に「原発さえなければ。残った酪農家は原発に負けないで頑張ってください」などと記されていた。
男性は福島第1原発事故後、妻の故郷であるフィリピンに妻と2人の子どもとともにいったん避難したが、単身で相馬市に戻っていた。原乳は3月に出荷制限を受けたため、男性は搾乳した分を廃棄していたという。
(共同)
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◆餌の藁からセシウムが検出された牛/生命が人間だけに尊重され、他の生きものの生命は無視されている2011-07-12 | 地震/原発
「原発さえなければと思います」“遺書”の一文/命の悲痛な叫び
光市事件 <弁護士懲戒呼びかけ>橋下大阪知事が逆転勝訴 最高裁判決
<弁護士懲戒呼びかけ>橋下大阪知事が逆転勝訴 最高裁判決
毎日新聞 7月15日(金)16時25分配信
橋下徹大阪府知事が知事就任前に出演したテレビ番組で、山口県光市母子殺害事件の被告弁護団に対する懲戒請求を視聴者に呼びかけた発言によって「請求が殺到して業務に支障が出た」として、弁護団のメンバーら4人が橋下氏に損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(竹内行夫裁判長)は15日、360万円の支払いを命じた2審判決(09年7月)を破棄し、弁護団側の請求を棄却した。
最高裁が今年6月に弁論を開いたため、2審判決の見直しが予想されていたが、橋下氏側の逆転勝訴が確定した。
橋下氏は07年5月、出演した民放番組で、被告少年(事件当時)の殺害動機を「失った母への恋しさからくる母胎回帰」と位置づけた弁護団を批判。「(弁護団を)許せないと思うなら、一斉に弁護士会に懲戒請求をかけてもらいたい」などと発言した結果、08年1月までに4人に約2500件の懲戒請求が寄せられた。
1審の広島地裁判決(08年10月)は「(橋下氏の)発言の一部は名誉毀損(きそん)に当たり、懲戒請求の呼びかけも不法行為になる」と判断して800万円の賠償を命じたが、広島高裁は弁護団批判の部分について「意見や論評の域を出ていない」と名誉毀損の成立を否定し、懲戒請求の呼びかけに限定して賠償を命じていた。【伊藤一郎】最終更新:7月15日(金)17時10分
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山口・光の母子殺害:弁護団賠償請求訴訟 「橋下知事発言」上告審弁論
橋下徹大阪府知事が就任前、山口県光市母子殺害事件の弁護団への懲戒請求をテレビで呼びかけたことにより業務に支障が出たとして、弁護団のメンバーら4人が知事に損害賠償を求めた訴訟の上告審弁論が17日、最高裁第2小法廷であり、双方が意見を述べて結審した。竹内行夫裁判長は判決期日を7月15日に指定した。1審・広島地裁判決は800万円、2審・広島高裁判決は360万円の支払いを知事に命じたが、弁論が開かれたことにより2審判決が見直される可能性が出てきた。
毎日新聞 2011年6月18日 大阪朝刊
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関連:光市母子殺害事件
被災者にとっては悲しむことが大切なのに「頑張ろう」で、涙を流してはいけない雰囲気になっている
中日新聞2011/07/15Fri. 「あの人に迫る」
【悲しみを忘れて社会は成長せず】野田正彰 精神科医
日航ジャンボ機墜落事故の遺族、阪神大震災の被災者らから聞き取りをして、「悲しみに共感する力」の大切さを語ってきた精神科医で関西学院大教授の野田正彰さん(67)。東日本大震災では現地に何度も足を運んだが、「頑張ろう」の掛け声ばかりが目立つ状況に、それは「悲しみを抑圧するだけだ」と警鐘を鳴らす。(増村光俊)
--日本は悲哀を抑圧する社会だと主張されています。今回も同じですか。
---悲しみを押し殺すことが善だという社会だ。今回の大震災でも「東北の人は我慢強い」「日本人の美徳だ」という声が目立つ。冗談を言うなと言いたい。
大震災で計2万人を超える人が死亡するか行方不明になっている。それなのに「頑張ろう」コールばかりだ。悲しみの人に思いやりが少ない。ある避難所に行ったとき、子どもたち向けに菅直人首相と高木義明文部科学大臣名の紙が貼ってあった。
「いま抱えている悲しみや不安から完全に逃れることはできないかもしれません。でも皆さんがこの悲しみと向き合えるようになる日まで学業やスポーツなど夢中になれるものを見つけて、この苦しい時期を乗り越えて」という内容だった。悲しみを勉強とスポーツで忘れろということだ。母を、家族を失って必死に耐えている子どもによくこんなことが・・・。人間に対する冒涜だ。
--政府の復興構想会議でもおかしなことがあったと。
---南相馬市(福島県)にいた時、宿に戻るとテレビで映像が流れていた。なんと会議に出席する全員が紅白の胸章を着けていた。着ける方も着けられる方も平気なのか。
家族を亡くした被災者にとって大切なことは、悲しむことだ。なのに今は「頑張ろう」で、涙を流してはいけない雰囲気になっている。社会は「皆さんと一緒にいます。悲しみの中で新しい社会をつくっていきましょう」というメッセージを出さないといけない。悲しみを忘れては社会は成長しない。日本の社会は悲しみにあまりに鈍感だ。
--大切な人を亡くした被災者は、どういう精神状態になっていきますか。
---二つの段階がある。最初は亡くなったり、行方不明になった人との対話だ。遺体を取り戻そうと探すのも、波に流された時、例えば父はどんな思いをしていたかと想像する。なぜ私だけを残して死んだのかと恨む、すべて対話だ。一片の服を、遺品を見つけ、生活の様子を知るのもそう。そうしたことは他人にあまり言わない。周囲の共感する力が大切だ。
それからゆっくりと故人の遺志を思いやる。「おばあちゃんは私に自立できる女性になりなさいと願っている」とか、「兄はこうした被害をもたらさない防災システムをつくることを望んでいる」とか。
子ども夫婦と孫を亡くし、消え入りそうになっているおばあちゃんは「生きていけない」と言うだろう。そんなとき「孫が生きていた証しは、おばあちゃんが長生きして孫のことを思い出してあげること、生きていたことをつなぐために、お墓参りに行ってあげることだよ」と誘導する。そういうことをじゃましない社会が大切だ。
--自殺や孤独死も心配されてきます。
---仮設住宅に入るとき、特に5、60代の男性には最初に鍵を渡さないでほしいと言っている。家族を亡くし、1人になった中年の男性に鍵を渡したら外へ出てこなくなる。孤立するのは明らかだ。最初にお茶会や食事会をして互いに自己紹介し、孤立しない仕掛けを考えないといけない。
避難所で感じたのは被災者に格差があること。お年寄りが避難所にかたまって無気力になっている。お年寄りの孤独死が心配だ。このままでは阪神大震災以上に悲惨なことになる。孤独死というが消極的自殺だからね。自分の体をいたわらない。風邪をひいても暖かい布団に入らない。食事をビールでごまかす。病院に行かない。希望を失って亡くなっていく。
--阪神大震災以降、心のケアとよくいわれます。
---うっとおしいことを忘れて明るいことを考えましょう、みたいなケアはノウハウにすぎない。人間の精神はそんなものではない。阪神大震災以降、心的外傷後ストレス障害(PTSD)という言葉がマスコミ用語になった。被災者の多くは、地震で死の恐怖にさらされて無力感を抱いたという本来の意味でのPTSDではない。「心の傷」「心が壊された」というが、文学的表現であっても医学ではない。
--被災地を歩いて感じられたことは。
---被災地で頑張っているのは、学校の先生。避難所の運営、地域の人への世話など。そこに何も分かっていない教育委員会が心のケアとかいって、疲れている教員に「眠れますか」などとアンケートをして、もっと疲れさせているところがある。そして臨床心理士に高い金を払って講義をさせている。子どもと一番接触しているのは学校の先生。創意工夫で災害を受け止めているのに、なぜ任せないのだろう。
ある避難所で、大学名を記した服を着たボランティアの男女6人が固まって食事をしていた。「たまには被災者と一緒にご飯を食べたら」と声をかけた。そしたら「大学から被災者と話をしたらいけないと言われた」と。ボランティアが行政の肩代わりになっている。被災者と交流するのが大切なのに。教委にしてもボランティアにしても、一言で言えば、鈍感だ。
4月のことだが、気仙沼市で、1軒開いていたうどん屋に入った。今回、被災者で死者を悼む花をあまり見かけなかったので、「関西から来た。阪神では1カ月もするとあちこちでコップに花を生けていた。海岸を歩いている人もいない」と話しかけた。すると主人は「花を手向ける余裕がない。がれきの中に入って歩いたりすると、金を探しているのではないかと疑われる」と言った。被災地が緊張ある社会になっていると感じた。
今回の大地震は「線」の災害だ。最初のころ、テレビなどマスコミ報道をみていると、東北は津波で壊滅しているのかと思っていたので、現実とのギャップがあった。阪神は面の災害だったが、今回は線。つまり被災地の後方は壊れていない。土地もいっぱいあり、仮設住宅も建てられる。後方へ行けば救助はやりやすい。だからこれから悲惨なことになっていくとすれば、行政の問題で人災だと思っている。
〈インタビューを終えて〉
「復興構想会議に出席した人たちが紅白の胸章を着けているのを見て何も感じなかったの?」インタビューの最中、野田さんにふいに問いかけられた。「意識しませんでした」と正直に答えると、「ほかの新聞社の幹部も同じことを言っていた」と嘆いた。
被災地の子どもについて話をしている途中だった。メモを取る手をふと止めて、野田さんを見た。「子どもは必死に耐えているのに・・・」と話す目に涙が今にもあふれ出しそうになっていた。激しい言葉で権力者らを批判する野田さんの、奥底に流れる優しく熱い心に触れた。 *強調(太字)は来栖
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東日本大震災:安易な復興ムードに警鐘 精神科医の野田氏
被災者支援について調査・提言している関西学院大学教授で精神科医の野田正彰さん(67)が15、16日、宮城県沿岸部に入り遺族や被災者の話を聞いて歩いた。東日本大震災では2度目の被災地入り。家族を失って1カ月が過ぎた遺族らと接した野田さんは「復興ばかりに重点を置いて『がんばろう』を繰り返せば、遺族の疎外感と喪失感は強まる。復興支援は一番つらい遺族の視点に立つべきだ」と安易な復興ムードに警鐘を鳴らす。
県南部、福島県境にある山元町。641人が死亡し、131人の行方が分かっていない(18日現在)。
野田さんは山元町立坂元中学校の避難所を訪ねた。「家族全員が見つかるまでは」と震災後ひげをそっていない男性がいた。目黒裕一さん(36)。両親、祖母、姉の5人家族だったが、4人の行方が分からない。「避難所にいれば、いつかみんなが顔を出すんじゃないかって。甘い考えだったかな。携帯もメールもつながらないんです」。今月上旬、姉ゆかりさん(39)に目元が似た遺体の写真を見つけた。DNA鑑定の結果を待っている。
「家族が夢に出てこない。俺って冷たい人間なんですか」。そう尋ねた目黒さんに野田さんは「そんなことはない。家族もあなたのことを思って流されたはずだよ」。目黒さんは「それならやっぱり俺が早く見つけてあげたい」とつぶやいた。
仙台市の南隣、名取市閖上(ゆりあげ)地区。「あれは、妻が育ててたんだ」。汚泥をかぶったビニールハウスを指して、荒川勝彦さん(63)は野田さんに言った。中に、ピンクや白のカーネーションが、枯れずに残っていた。
妻八千代さん(58)はあの日、ハウスにいた。近所の人の話では地震後、自宅にいた三男孝行さん(27)を迎えに車で自宅に戻り、一時公民館に避難。更に約500メートル離れた中学校に向かう途中、津波にのまれた。孝行さんは遺体で見つかったが、八千代さんは見つかっていない。
自宅から公民館まで、野田さんは荒川さんと八千代さんの話をしながら歩く。「なかなか気持ちの整理がつかなくて……」。そう話す荒川さんに、野田さんは「奥さんが生きた記憶を忘れずに生きていくんだよ。奥さんの生前の姿を一番伝えられるのはあなたなんだから」と声をかけた。八千代さんの足取りを荒川さんに追体験してもらうことで、少しでも心の整理をしてもらおうと、野田さんは考えた。
野田さんによると、遺族は被災直後、家族を失った現実をなかなか受け入れられない。遺体が見つかり数カ月が過ぎたころ、喪失感に襲われる人もいるという。そんな時「遺族に寄り添って、悲しみを共有してあげることが大切」という。
野田さんは「遺族ほど悲しみや苦しみに耐え、頑張っている存在はいない。周囲が死を見ないようにして『頑張ろう』と復興ばかり強調すれば遺族は『放っておかれている』と思う。喪失感は増し、最悪自殺という手段を選択させてしまう」と遺族の孤立化を危惧している。【村松洋】
毎日新聞 2011年4月20日 10時24分(最終更新 4月20日 12時31分)
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関連:光市母子殺害事件差し戻し審
「週刊ポスト」2007,8,17・24
弁護団の依頼により元少年被告人の精神鑑定を行った野田正彰氏(関西学院大学教授・精神科医)の話
広島拘置所の面会室。透明なアクリル板をはさんで、山口県光市母子殺害事件の被告人Aと私が初めて対面したのは、今年1月29日のことです。
Aの口調はボソボソと頼りなく、内向的な印象を受けました。感情も表にほとんど現わさない。拘置中に『広辞苑』をすべて読んだというだけあって、難解な言葉も使うのですが、概念をよく理解していない。およそ26歳とはほど遠く、中学生、否、小学生のような印象を最初に抱きました。
しかし、淡々と話していても、ひとたび父親のことが話題にのぼると、Aは心底怯えた表情を見せる。Aは「捕まったとき、これで父親に殺されなくてすむと思った」とすら語った。それは、父親の暴力がどれほどAの心を傷つけていたのかを物語っていた。
その日を機に、2月8日、5月16日と、計3回合計360分超に及ぶ面談が始まったのです----。
ここにきて、Aの主任弁護人である弁護人安田好弘弁護士ら21人の弁護団に対して、脅迫や嫌がらせが続発しています。日弁連や朝日新聞社あてに送られた脅迫文には、弁護人安田氏を「抹殺する」と脅し、銃弾のような金属片まで同封されていたと報じられています。
安田氏の依頼でAの精神鑑定をした私に対しても、<(野田は)犯人を擁護し、遺族を深く傷つける証言を行った。また、シンポジウムでは遺族本村洋に対し、「社会に謝れ」などの脅迫・侮辱的な暴言を吐いた>などと、まだ公判で証言もしていないのにデマが意図的に流されていた。さらに、勤務先である関西学院大学には、電話やメールで「辞めさせろ」「大学の恥」などの抗議がありました。ネットには、私が死刑廃止論者であるとして、Aの死刑を阻止するために弁護団に協力しているとの書き込みもありました。
私は精神科医として病気の診断をするのであり、刑の判断は司法が行うものです。
しかしマスコミ、とりわけテレビは偏向報道で大衆裁判の風潮を煽った。「凶悪犯を弁護するとは何事だ」とばかりに、弁護団を犯人と同一視し、憎悪の感情を扇情的に煽り続けた。
「父に殺されると思った」
そもそも、安田弁護士が依頼してきたのには理由があります。
Aの述べることがよく理解できず、またあまりの幼さに驚いた。その上、家庭裁判所の調査官(3名)による詳細な「少年記録」には「AのIQは正常範囲だが、精神年齢は4,5歳」と書かれていた。
また、生後1年前後で頭部を強く打つなどして、脳に器質的な脆弱性が存在する疑いについて言及していました。
さらに広島拘置所では、Aに統合失調症の治療に使う向精神薬を長期多量に服用させていました。当惑した弁護団が精神鑑定を求め、裁判所が認めたのです。
精神鑑定では、Aへの直接面談以外にも、Aの父親、実母方の祖母、実母の妹、Aの友人にも話を聞いています。Aの生育歴、人格形成の経緯を多角的に調べました。結果、私は「Aは事件当時、精神病ではなかった。しかし、精神的発達は極めて遅れており、母親の自殺時点で留まっているところがある」という結論を下しました。
なぜ、Aには精神的発達の遅れがあったのか。理由を知るためには、Aの幼少期まで遡らねばならない。
Aは1981年、山口光市で、地元の新日鉄に勤務する父と、母の間に長男として生まれました。2歳年下の弟とともに育てられましたが、家庭は常に「暴力」と「緊張」そして「恐れ」に支配されていました。
父親は、結婚直後から、母親に恒常的に暴力を振るっていたようです。これは実家の母や妹が外傷を見ています。
父親から暴力を受け続ける母親の姿は、Aにはどう映っていたのでしょうか。
Aはやがて、母をかばおうとするようになります。これを契機に、父親の暴力の矛先は押さないAにも向うようになった。「愛する母を助けてあげられない」という無力感にも苛まれる。幼児期、父親に足蹴にされ、冷蔵庫の角で頭を打ち、2日間もの間朦朧としていたこともあったそうです。
小学校1〜2年生ごろに海水浴に行った際には、一親は、泳げないAが乗ったゴムボートを海の上で転覆させ、故意に溺れさせた。また、小学3〜4年生ごろには、父親に浴槽の上から頭を押さえつけられ、風呂の水に顔を浸けられたといいます。この時、彼は「殺されると思った」と感じている。
父親の暴力は、些細なことから突然始まるために、Aは、どう対応すればいいのか分からなかった。
Aが母親を守ろうとすると、父から容赦ない暴行を受け、逆に母親がAを守ろうとすると、父は母に対して暴力を加えた。
「どうしようもなかった、何もできなかった、亀になるしかなかった。僕は守れなかった」
面接中あまり感情を表現しないAですが、母のことになると無力感に顔を歪めていました。
このようにAは、常に父親の雰囲気をうかがってびくびくするような環境で育ちました。本来、愛を与えてくれるはずの親から虐待され続けたA。そして、彼の人間関係の取り方、他人との距離の置き方は混乱してゆくのです。
「母の首つり遺体」の記憶
父親の暴力に怯える母とAは、ともに被害者同士として、共生関係を持つようになります。
母親は親族からも遠く離れ、近くに相談相手もおらず孤立した生活を送っていた。その中で、長男のAとの結びつきを深めていった。母親はAに期待し、付っきりで勉強を見た。Aも、母親が自分の面倒を見てくれることが本当にうれしかったと語っています。
そしてAが小学校の高学年になると、2人の繋がりは親子の境界をあいまいにする。母子相姦的な会話も交わされるようになりました。
母親から「将来は(母とAとで)結婚して一緒に暮らそう。お前に似た子供ができるといいね」と、言葉をかけられたことがあったといいます。
「母の期待に応えられるかどうか、本当に似た子が生まれるのか不安だった」と、Aは当時の心境を振り返っています。
Aは私との面談で、母親のことをしばしば妻や恋人であるかのように、下の名前で呼んでいました。それほど母親への愛着は深く、母親が父親の寝室に呼ばれて夜を過ごすと、「狂いそうになるほど辛かった」とも話しています。
母親は虐待により不安定になり、精神安定剤や睡眠薬にも頼るようになり、自殺未遂を繰り返しました。そして、Aが中学生(12歳)の時に38歳で自殺します。その際、自宅ガレージで首を吊った母親の遺体を、Aは目撃している。
Aにその時の状況を聞くと、求めてもいないのに詳しい図面を描き始める。それほどその時のショック、精神的な外傷体験は鮮明に記憶されている。Aは「(母親の)腰のあたりがべったり濡れていた。その臭い(自殺時の失禁)も覚えている」と語りました。
彼はまず、「父親が愛する母を殺したのだ」という念を強くします。これには二重の意味がある。
「父親の虐待で母が死を選んだ」という思い。さらに、父親が第一発見者を祖母から自分へ変えたことから、「父親が直接殺したのではないか」という疑いです。
母を殺した父を殺そうと包丁を持って、眠っている父のもとに行ったこともあったが、かわいそうで実行できなかったともいっています。弟と2人で殺すことを考えたが、まだ負けると断念したともいっています。
同時に、Aは「母親を守れなかった」との罪悪感も募らせていった。後追いして自殺しない自分を責めてもいます。
こうした生育歴と過酷な体験により、Aの精神的発達が極めて遅れた状態になったと考えられる。理不尽な暴力を振るう父親を恐怖し避ける。一方、母親とは性愛的色彩を帯びた相互依存に至った。父親の暴力がいつ始まるか、怯えながらの生活は他人との適切な距離感を育むことを阻害した。Aは、他人との交流を避け、ゲームの世界に内閉していった。
そして、母親の死の場面は、強烈な精神的外傷としてAの心に刻まれた。この精神的外傷は、以後、何度となく彼の心の内を脅かすこととなりました。
死刑になれば「弥生さんの夫に」
検察はAの犯行を、計画を立て、女性だけの家に入り込んで強姦しようとした、としています。ところが、犯行当日、Aはなんとなく友人の家に遊びに行って過ごし、友人が用事があるというので、たまたま家に帰った。そして、何となく時間を潰すために近くのアパートで無作為にピンポンを押していった。そこに、緻密な計画性は認められない。
たまたまドアを開けた本村弥生さんが、工事用の服を着ていたAを見て、「ご苦労さま」と受け入れた。その時、Aは弥生さんの先に、かつてすべてを受け入れてくれた亡き母を見ていたと考えられるのです。
弥生さんの抵抗に驚いたAは、殺害に至る。プロレス技のスリーパーホールドで絞めた行為をAは、「ただ、静かにしてもらいたかっただけ」と語っている。殺害後、ペニスを挿入したことについては、母親との思い出がフラッシュバックしたと考えられます。理由は首を絞められた弥生さんが失禁したこと。その異臭で母親の自殺の光景が蘇った。そこで母親と一体になろうとした思いに戻っていったのかもしれません。
ただし、A本人は、このセックスを「死者を蘇らせる儀式。精液を注げば生き返ると思った」とも主張していますが、これはどうか。当時、本当にそう考えていたかは疑問も残り、後付けの可能性もあります。
夕夏ちゃんを殺害して、遺体を押し入れの天袋に入れた行為はどうか。本人は、「押入にはドラえもんがいて、何とかしてくれると思った」と話していますが、彼は夕夏ちゃん殺害について私に「思い出せない、分からない」と答えている。ですから、犯行時にドラえもんの存在が思い浮かんだかどうかはわかりませんし、これも後付けの可能性がある。
ただし、彼が、自分の中に閉じこもり、ファンタジーの世界に生きていたということは事実でしょう。
また、彼は、自分の母親や弥生さんが死んでしまったこと、死は無であることを認識しているかどうか。「死んでいるが、生きている」と二重の思いを語ります。
「もし僕が死刑になって、先に弥生さん、夕夏ちゃんと一緒になってはいけないのではないか。再会すれば、自分が弥生さんの夫になる可能性があるが、これは本村さんに申し訳ない」と語るA。世間は反省の気持ちもない傲慢な主張と受け取るかもしれませんが、実際の本人は十分に反省する能力もないほど幼稚だからこそ、弁護団でさえ戸惑うようなことを平気でいうのです。
繰り返しますが、彼は事件当時、統合失調症や、妄想性障害のような精神病ではありません。しかし、精神的発達は母親の自殺の時点で停留しており、18歳以上の人間に対するのと同様に反省を求めても虚しい。本人も混乱するばかりです。さらにいえば、父親の暴力への恐怖、母親への感情を分析していけば、Aの発展を促すことは十分に可能だと考えられる。
例外なく、殺人は最悪の行為です。しかし、事件は事実に向かって調べられなければならない。精神鑑定は、精神医学に基づいて、多元的に診断されるものです。
もちろん、妻と1歳にも満たない子どもという最愛の2人が殺されている被害者遺族が、Aへの怒りと憎悪を強めていくことは痛いほど理解できます。
しかし、その感情をさらに煽るようなマスコミ報道は許されない。
Aが死刑になるかどうかは、裁判所、司法が決めることです。解明された事実を正しく伝えることが、マスコミの役割ではないか。どのメディアも、犯人憎しの報道で同じ方向を向いて、事実を追う媒体はまったくありません。これは「ジャーナリズムの放棄」を意味するのではないか。
さらにいえば、Aが苦しんできた家庭内暴力のような不幸な現実に光をあてることも、マスコミの使命ではないか。
公判の最後、「事件を通して、いったい何を考えなければならないのでしょうか」との問いが投げかけられた。私は「社会は、(Aを)殺せというだけでなく、彼がこれほどの家庭内暴力に対し誰にも助けを求めることができなかったことへの反省はないのでしょうか」と答えた。二度とこのような不幸な事件を繰り返させないためにも、皆が冷静に考えることを望むばかりです。
福島牛「出荷」停止/生命といのち 万物に「存在の価値」 他者との深い関わり
*管理人の便宜上、2つのカテゴリー「読書」「地震/原発」でエントリ
生命といのち〈上〉 万物に「存在の価値」
奈良康明(なら・やすあき)
2011/07/09 Sat.中日新聞 人生のページ
東日本大震災はひどい出来事だった。天災に人災が加わり、人々の生活基盤が崩壊した。家族を失った人も多い。私たちの心が痛んでいる。亡くなった方の冥福を祈り、一日も早い復興を願っている。
生命の尊いことは言うまでもない。モノや金は失われても回復できるが、生命は戻らない。人間の「生きる」ことの原点だし、それは他の動物たちも同様であろう。人間が生きものの生命をことさらに奪っていいものかどうか。これは文化の問題で世界各地域で事情は異なっている。
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インドでは伝統的に不殺生の徳が強く説かれ、今日に至っている。生きものを殺したくないという理由から菜食主義の人も少なくない。仏教では肉食は認めているが、ことさらに生きものの生命を奪うことは誡められているし、放生会(ほうじょうえ)の伝承も古い。捕獲された生きものを殺すことなく自然界に戻す習慣は、功徳を積む行為であるとともに、生きものの生命尊重の象徴的姿勢でもある。日本では神道にも取り入れられている。
人間中心主義の西欧では放生会などという習慣はないのではないだろうか。『創世記』には神は人間を創り、空行く鳥、地を行く獣、水ゆく魚を「治めよ」(新共同訳)と言っている。人間が恣意的に動物を殺していいということではなく、それなりの宗教的背景がある言葉のようだが、しかし近代至るまで、歴史的に、動植物そして自然を「征服」し、動物を人間利益のために殺すことを認める1つの根拠となっている。それだけに、動植物、自然を壊すことの弊害は早くから自覚されたし、環境問題への自覚が出てきたのも西欧が先である。
*
先日、アメリカ人の青年と話す機会があった。どんな動物にも「生きる権利」があるし、そのライフ(生命)を奪う権利は人間にはない、だから自分は肉食をやめて菜食に切り替えた、と言う。それでは米や麦、野菜などのライフ(いのち)は奪っていいのか、と私は訊いたら、植物にライフはないから殺してかまわない、という議論になった。
はしなくもここに西欧と東洋、日本の生命に関する意味内容の違いが浮き上がってきた。比較文化の問題として面白いし、実践上の問題もある。
日本の文化伝承には「生命」と「いのち」と仮名で書く2つの「ライフ」(life)がある。英語で話しているとライフしかないから話がややこしい。日本人にとっては、漠然としてはいても、どんなものにも「いのち」がある、ということは理解しやすい。「いのち」は生命ではない。「ビール瓶にもいのちがある。そのいのちを大切にしてリサイクル」という新聞への投書も読んだことがある。
*
かなり以前のことだが、感激したシーンに出合ったことがある。あるマンションの小さな花壇で幼児をあやしていたお母さんがいた。花壇に足を踏み込み、花に手をかけた坊やに、母親は言った。「お花を折ると、お花ちゃんが痛いって泣くわよ」。花に痛いと感じる神経があるかないかという話ではない。折り取られようとして「痛い」と感じるのは、花ではなく、母親の心である。植物にも人間的感情を及ぼす日本人的な情感といえよう。
万物にいのちを認めるのは、おそらく、古代日本のアニミズムに根拠があるのかもしれない。しかし、それ以上に中国の「自然」観の影響が強いのである。「自然」とは、英語のnatureではない。元来は「自ずから然ある」という形容詞で、人為の加わらない万物の在りようを示すものだった。中国人はそこに美的・宗教的価値を認めていた。万物があるがままの「在り方」に、いわば、「存在の価値」を認めていたのである。
日本語の「いのち」とは万物の「在る」ことそのものの価値をいうものと言っていい。「もったいない」という言葉は、物事の経済的・実利的価値が無駄に失われることだけをいうのではない。存在の価値、いのちが無駄に失われることをいうものである。
<筆者プロフィール>
なら・やすあき
1929年、千葉県生まれ。東大文学部卒、同修士課程修了。カルカッタ大学博士課程留学。駒澤大学前学長。
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生命といのち〈下〉 他者との深い関わり
奈良康明(なら・やすあき)
2011/07/16 Sat.中日新聞 人生のページ
普通に「生命」というと、科学に代表される客観的な分析、判断の対象、としての生命が意味されている。しかし、「私の生命」といったらどうだろう。それは端的に「私が生きる」ことに連なっているし、対象として説明できる生命をはるかに超える。私は他人、動植物、山川草木などすべてのものと関わっているし、1人だけでは存在し得ない。逆にいうなら、私たちはすべての他者存在に関わることによってのみ生きている。いや、生かされている。
「生き生かされている」のは私だけではない。人間や動植物などすべてのそんざい存在も他者との関わりのなかにあるにちがいない。そういう「生き、生かされ、そして生かして」いる存在であることを、すべては「いのち」をもっている、という。
*
万物をこういう視点から見ることは、実は、最近の環境理論の主流をなしているディープ・エコロジーでも同様である。この運動のアメリカでのリーダーでもある詩人、ゲーリー・スナイダーは、「石や草のlifeは完璧に美しく、本物であり賢明かつ価値あるものであることは、そう、アインシュタインのlifeに同じである」と言う。英語だからlifeとしか言いようがないが、訳せば「生命」ではなく「いのち」であろう。
彼は日本滞在も長く、禅仏教の理解も深い人であるが、万物にいのちのあることを言い、その上で人間、動植物、自然との「深い交わり、関わり」を説く。他者のlifeを奪うことも深い交わりであり、自然界の「相互の贈り物の交換」だとしている。
贈り物という表現の是非は別として、私たち人間には他者の生命ないしいのちを奪うことでしか生き得ない「業」のようなものがある。これをどう受け止めたらいいのか。仏教の不殺生戒にも関わる大きな問題なのだが、外国の2,3の例を拾ってみよう。
アメリカ・インディアンは狩りをし、動物の生命を奪う前に、その獣に対して「自分は生きるためにこの行為を為す」、そして「自分はこの行動に対する責任をすべて引き受ける覚悟がある」と言葉に出して語りかけると言う(北山耕平)。彼らには「すべては相互に依存しあっている」という理解があり、自分がその動物によって生きさせて貰っていることへの感謝と謝罪の思いがみて取れる。
アフリカで医療行為に携わったシュバイツァー博士は黒人の生命を救うために病原菌(これも生命でしょう)を殺すのに「…犠牲になった生命に対する責任を担うことを自覚している」といい、さらに、共に生きることは「どうしても常に他の生命を犠牲にして生きている」ことで、ともに苦しむことだという。
*
サンフランシスコ禅センターは曹洞宗系の禅の教団であるが、そこから「動植物の許しを請う儀式」を行ったという手紙〈1990・5・10日付〉がきた。その趣旨は、農場や山の道場での作業中に殺してしまった小動物、植物に「悲しみと哀悼の意を表する法要」を行い、「感謝と共に生きる覚悟を披歴した」という。そこでは殺した小動物、虫、植物などのいちいちに呼びかけ、いかに自分たちによって生命・いのちが奪われていったかを述べ、最後の回向文にあたるところで、「我々は君たちに呼びかけ、感謝し、そして今後とも君たちから学び続けるだろう。この法要は君たちへのものだ。我々は君たちと共に、そして君たちのために修行をする覚悟である」と結んでいる。日系の禅センターだからこその儀礼かもしれないが、生命を奪われる相手の立場に立っての、人間の側からの感謝と謝罪を表するのは旧来の西欧の考え方にはないものであろう。「不殺生戒」を守る1つの姿勢である。
そして日本には、その生命・いのちを奪われる相手への「供養」というユニークな象徴的儀礼がある。
鰻供養がその1例である。さんざん食べてしまってから、ごめんなさい、ありがとう、霊あらば安らかに眠れ、などという儀礼は西欧的な感覚からいうと、理解に苦しむものであろう。しかしこれは他者の生命、いのちを奪うことに対する私たち人間の哀しさを表明しているのである。鰻、鯨、鯉などの生きものばかりではない。針供養から始まって筆、時計、鍬、人形供養など、生命のない物への供養もある。私たち人間のために「いのち」をすり減らしてくれたことへの感謝と報恩、懺悔の儀礼なのである。
「いのち」を大切にすることの意味をもっと深く考える必要がある。
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〈来栖の独白2011/07/16 Sat.〉
先週〈上〉を読んだ。1週間愉しみに待って、本日〈下〉を読む。
このところは、福島の肉牛が放射能に汚染されていた、というニュースが喧しい。今日の朝刊は、1面トップで「福島牛の出荷停止」を伝えていた。これほど大騒ぎされれば、酪農家はやってはいけまい。どんなに苦しいだろう。追い詰められ、そして絶望のあまり、自ら命を絶たれるのではないだろうか。案じられてならない。「直ちに健康に影響を及ぼすことはない」と附けたりを報道するくらいなら、何もここまで騒ぐことはないのではないかと思うが、汚染牛は、こと命(健康)に関わることであり、また他社に後れを取りたくはないとの競争意識も働いてか、汚染牛の報道は過熱一方だ。農家の皆様を思えば、残酷な報道合戦というしかない。
地震・津波は古来より人類が経験した天災である。が、汚染牛は、違う。原発に付随する諸現象、被害は、違う。人災である。
私事だが、カトリックの信徒であり、その教えに生かされてきたという自覚がある。わけてもヨハネ15:12〜
“わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。”
の聖句は、今日なお大きな示唆を与えている。
一方、創世記1.20〜1.31は、私に違和感と深い哀しみを催させずにいない。
“ 神は言われた。
「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」
神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。神はそれらのものを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」
夕べがあり、朝があった。第五の日である。
神は言われた。
「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」
そのようになった。 神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた。神は言われた。
「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」
神は言われた。
「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」
そのようになった。神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。”〔創世記1.20〜1.31〕
人類至上主義は、他の生きもの(命もあれば感情もある生きもの)に対し「出荷」「処分」といった言葉を使わせるようにさせた。この地球は、ひとり人類だけのものだろうか。いのちあるすべてのもののためにも存在しているのではないか。その地球、美しく有機的な地球に、人類は原子力というパンドラの箱を開けることでとどめを刺したのではないか。高レベル放射性廃棄物は、リスクが消えるまで少なくとも10万年以上を要するという。この時間は、人類が支配したり責任を負うたりできる次元を遥かに超えている。
深い虚無感が私にある。すべての生きものに対する涙ばかりが無力に私の中を伝う。
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◆五木寛之著『百寺巡礼』/草木国土悉皆成仏/アニミズムだ、と近代では切り捨てられてきた2011-07-11 | 仏教/親鸞/五木寛之・・・
五木寛之著『百寺巡礼』第4巻滋賀・東海
p64〜(第33番 延暦寺)
「山にはいる」ということ。それは、日本人にとって古代から、特別な意味をもっていたのではないか。霊山というように、山にはなにか霊気がある。山岳霊場と呼ばれる場所は多い。たとえば、第2巻の北陸編で触れた白山や立山もそうだ。
古代人は、山には山の神がいると信じていたのだろう。「山に霊が宿っている」という感覚は、こうして山中に身を置くと実感できる。
山や森にも霊が宿り、命があるという古代からの信仰。それはアニミズムだ、と近代では切り捨てられてきた。しかし、日本人はむかしから山を拝み、樹木に注連縄をはって信仰の対象にしてきたのだ。
チベットでもカンリンポチェ、ヒンドゥー語ではカイラスという山が「聖なる山」とされている。その周囲を仏教の五体投地という礼法で巡拝する人たちがいる。それも、山には霊が宿っている、生命があると考えられているからにほかならない。逆に文明人は、そういう感覚を失ってしまっているのではないか。
ヨーロッパにおける登山は、人間が自然を征服するということの証明だった。たとえ、アルプスのように峻険な山々であっても、人間が知能と体力のかぎりをつくせば征服できる、というわけだ。人間の能力は偉大だ、と示すのが登山の意味だったといえるだろう。
だからこそ、山頂に誇らしげに国旗などを立てる。あの国旗はまさしく、この山は人間に征服された、ということの表現だ。(略)
日本人のむかしの登山はそうではない。富士登山なども、白装束に身を包み、「六根清浄」と声をだしながらのぼった。山にはいっていくことで、その霊気を自分の中に吸収し、自分の命をリフレッシュする、それが、山にのぼるということだったのである。(略)
日本では古来、まず山に小さな祠のようなものができ、そこに神社ができ、そのあとに仏教がはいってきて寺が建った。そのため、自然に神仏習合のかたちをとっていることが多い。この神仏習合ということも、私にとってはたいへん興味深いものだ。
p79〜
こんなふうに山中を歩きまわっていると、「自然と人間との共生」ということが肌で感じられる。ここでは猪や鹿などの動物もいる。野鳥もいる。草木も石も土もある。そして、それらすべてに命がある。谷からものすごい勢いで湧いてきたあの霧にも命がある。空の雲のたたずまい、風の吹き具合、枝の揺れ具合、なにを見ても命を感じるのである。
「生きとし生けるもの」というが、天台の思想では、命があるという意味だけででなく、石や土や山などにまで仏性があると考える。「草木国土悉皆成仏」という言葉は、自然のすべてのもの、山も草も木も、けものも虫も仏性をもっているということだ。
自然のすべては人間にとって友であり、そこには尊い命がある。
回峰行者たちは、夜明けの山中が呼吸するなかを歩く。朝露を踏みながら疾走する。真言を称え、礼拝しながら、目に見えないものを見、聞こえない声を聞くのだろう。
p83〜
日本の寺院はかつて神社と一緒に存在していた。人びとはそれを区別することなく拝んでいたのだ。とこrが、明治政府が神仏を分離するということをして、百年以上がすぎた。そのため、神仏を一緒にお参りする習慣が薄れてきた、と光永師は語る。
つまり、神仏習合が後れたものとして批判されるようになったのは、ここ百年あまりの間にすぎない。それ以前は、神と仏を一緒にお参りするのがふつうだったのである。
とはいえ、千日回峰で神社にお参りするのが重要な要素だ、というのは意外だった。
...............
五木寛之氏『天命』(幻冬舎文庫)
“たとえば、環境問題は、これまでのヨーロッパ的な、キリスト教的文明観では解決できないのではないでしょうか。
欧米の人たちの考えかたの伝統のなかには人間中心主義というものがあります。この宇宙のなかで、あるいは地球上で、人間が神に次ぐ第一の主人公であるという考えかたです。
これはルネサンス以来の人間中心主義の思想の根底にあるものですが、主人公の人間の生活に奉仕するものとして他の動物があり、植物があり、鉱物があり、資源がある。水もあり、空気もあると、考えるわけです。
そうした考えのなかから生まれる環境問題の発想というのは、やはり人間中心です。つまり、われわれはあまりにも大事な資源をむちゃくちゃに使いすぎてきた。これ以上、水や空気を汚し樹を伐り自然環境を破壊すると、最終的にいちばん大事な人間の生活まで脅かすことになってしまう。だからわれわれは、もっとそうしたものを大切にしなければいけない。----これがヨーロッパ流の環境主義の根源にあるものです。(略)
これに対し、アジアの思想の基本には、すべてのもののなかに尊い生命があると考えます。
「山川草木悉有仏性」という仏教の言葉があります。山の川も草も木も、動物もけものも虫も、すべて仏性、つまり尊いものを持っている、生命を持っているんだ、という考えかたです。
そうした考えかたから出ている環境意識とは、川にも命がある、海にも命がある、森にも命がある、人間にも命がある。だからともに命のあるもの同士として、片方が片方を搾取したり、片方が片方を酷使するというような関係は間違っているのではないか、もっと謙虚に向き合うべきではなかろうか、というものです。こういう考え方のほうが、新しい時代の環境問題には可能性があると私は思うのです。
つまり「アニミズム」ということばで軽蔑されてきた、自然のなかに生命があるという考え方こそは、遅れた考え方どころか、むしろ21世紀の新しい可能性を示す考えかたなのではないでしょうか。
狂牛病の問題で、あるフランスの哲学者が、人間のために家畜をありとあらゆる残酷なしかたで酷使してきたツケが回ってきたのだと言っていました。人間のために生産力を高めようとして肉骨粉を与え、共食いさせた。そうした人間の業というものがいま、報いを受けているのだ、と。狂牛病の問題だけではなく、すべてに関して人間中心主義というものがいま、根底から問われていると思います。”
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◆電気を流した。「豚は一瞬、金縛りのように硬直して、聞いたことのない悲鳴のような鳴き声を上げた」
五木寛之著『人間の運命』(東京書籍)より
私たち人間は、地上における最も兇暴な食欲をもつ生物だ。1年間に地上で食用として殺される動物の数は、天文学的な数字だろう。
狂牛病や鳥インフルエンザ、豚インフルエンザなどがさわがれるたびに、「天罰」という古い言葉を思いださないわけにはいかない。
私たち人間は、おそろしく強力な文明をつくりあげた。その力でもって地上のあらゆる生命を消費しながら生きている。
人間は他の生命あるものを殺し、食う以外に生きるすべをもたない。
私はこれを人間の大きな「宿業」のひとつと考える。人間が過去のつみ重ねてきた行為によってせおわされる運命のことだ。
私たちは、この数十年間に、繰り返し異様な病気の出現におどろかされてきた。
狂牛病しかり。鳥インフルエンザしかり。そして最近は豚インフルエンザで大騒ぎしている。
これをこそ「宿業」と言わずして何と言うべきだろうか。そのうち蟹インフルエンザが登場しても少しもおかしくないのだ。
大豆も、トウモロコシも、野菜も、すべてそのように大量に加工処理されて人間の命を支えているのである。
生きているものは、すべてなんらかの形で他の生命を犠牲にして生きる。そのことを生命の循環と言ってしまえば、なんとなく口当たりがいい。
それが自然の摂理なのだ、となんとなく納得できるような気がするからだ。
しかし、生命の循環、などという表現を現実にあてはめてみると、実際には言葉につくせないほどの凄惨なドラマがある。
砂漠やジャングルでの、動物の殺しあいにはじまって、ことごとくが目をおおわずにはいられない厳しいドラマにみちている。
しかし私たちは、ふだんその生命の消費を、ほとんど苦痛には感じてはいない。
以前は料理屋などで、さかんに「活け作り」「生け作り」などというメニューがもてはやされていた。
コイやタイなどの魚を、生きてピクピク動いたままで刺身にして出す料理である。いまでも私たちは、鉄板焼きの店などで、生きたエビや、動くアワビなどの料理を楽しむ。
よくよく考えてみると、生命というものの実感が、自分たち人間だけの世界で尊重され、他の生命などまったく無視されていることがわかる。
しかし、生きるということは、そういうことなのだ、と居直るならば、われわれ人類は、すべて悪のなかに生きている、と言ってもいいだろう。
命の尊重というのは、すべての生命が平等に重く感じられてこそなのだ。人間の命だけが、特別に尊いわけではあるまい。
五木寛之著『天命』幻冬舎文庫
p64〜
ある東北の大きな農場でのことです。
かつてある少女の父親から聞いた話です。そこに行くまで、その牧場については牧歌的でロマンティックなイメージを持っていました。
ところが実際に見てみると、牛たちは電流の通った柵で囲まれ、排泄場所も狭い区域に限られていました。水を流すためにそうしているのでしょう。決まった時刻になると、牛たちは狭い中庭にある運動場へ連れて行かれ、遊動円木のような、唐傘の骨を巨大にしたような機械の下につながれる。機械から延びた枝のようなものの先に鉄の金輪があり、それを牛の鼻に結びつける。機械のスウィッチをいれると、その唐傘が回転を始めます。牛はそれに引っ張られてぐるぐると歩き回る。機械が動いている間じゅう歩くわけです。牛の運動のためでしょうね。周りには広大な草原があるのですから自由に歩かせればいいと思うのですが、おそらく経済効率のためにそうしているのでしょう。牛は死ぬまでそれをくり返させられます。
その父親が言うには、それを見て以来、少女はいっさい牛肉を口にしなくなってしまったそうです。牛をそうして人間が無残に扱っているという罪悪感からでしょうか。少女は、人間が生きていくために、こんなふうに生き物を虐待し、その肉を食べておいしいなどと喜んでいる。自分の抱えている罪深さにおびえたのではないかと私は思います。
そうしたことはどこにいても体験できることでしょう。養鶏にしても、工場のように無理やり飼料を食べさせ卵をとり、使い捨てのように扱っていることはよく知られたことです。牛に骨肉粉を食べさせるのは、共食いをさせているようなものです。大量生産、経済効率のためにそこまでやるということを知ったとき、人間の欲の深さを思わずにはいられません。
これは動物を虐げた場合だけではありません。どんなに家畜を慈しんで育てたとしても、結局はそれを人間は食べてしまう。生産者の問題ではなく、人間は誰でも本来そうして他の生きものの生命を摂取することでしか生きられないという自明の理です。
ただ自分の罪の深さを感じるのは個性のひとつであり、それをまったく感じない人ももちろん多いのです。(中略)
生きるために、われわれは「悪人」であらざるをえない。しかし親鸞は、たとえそうであっても、救われ、浄土へ往けると言ったのです。
親鸞のいう「悪人」とはなんでしょうか。悪人とは、誠実な人間を踏み台にして生きてきた人間そのもです。「悪」というより、その自分の姿を恥じ、内心で「悲しんでいる人」と私はとらえています。(中略)
我々は、いずれにしろ、どんなかたちであれ、生き延びるということは、他人を犠牲にし、その上で生きていることに変わりはありません。先ほども書いたように、単純な話、他の生命を食べることでしか、生きられないのですから。考えてみれば恐ろしいことです。
そうした悲しさという感情がない人にとっては意味はないかもしれません。「善人」というのは「悲しい」と思ってない人です。お布施をし、立派なおこないをしていると言って胸を張っている人たちです。自信に満ちた人。自分の生きている価値になんの疑いも持たない人。自分はこれだけいいことをしているのだから、死後はかならず浄土へ往けると確信し、安心している人。
親鸞が言っている悪人というのは、悪人であることの悲しみをこころのなかにたたえた人のことなのです。悪人として威張っている人ではありません。
私も弟と妹を抱えて生き残っていくためには、悪人にならざるをえなかった。その人間の抱えている悲しみをわかってくれるのは、この「悪人正機」の思想しかないんじゃないかという気がしました。(中略)
攻撃するでもなく、怒るでもなく、歎くということ。現実に対しての、深いため息が、行間にはあります。『歎異抄』を読むということは、親鸞の大きな悲しみにふれることではないでしょうか。
五木寛之著『いまを生きるちから』(角川文庫〉より
いま、牛や鳥や魚や、色んな形で食品に問題が起っています。それは私たち人間が、あまりにも他の生物に対して傲慢でありすぎたからだ、という意見もようやく出てきました。
私たちは決して地球のただひとりの主人公ではない。他のすべての生物と共にこの地上に生きる存在である。その「共生」という感覚をこそ「アニミズム」という言葉で呼びなおしてみたらどうでしょうか。
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◆「原発さえなければと思います」“遺書”の一文/命の悲痛な叫び2011-07-15 | 地震/原発
◆福島の酪農業男性が自殺か「原発なければ」と書き残し/原発が引き裂いた人生「原発で手足ちぎられ酪農家」2011-06-14 | 地震/原発
◆高レベル放射性廃棄物、危険性が消えるまでには十万年/文明転換へ覚悟と気概2011-05-09 | 地震/原発
◆映画「100,000年後の安全」地下500? 核のごみ隠すオンカロ/原発から出た放射性廃棄物を10万年後まで保管2011-06-01 | 地震/原発
◆原発の「ごみ」行き場なく/「核半島」六ヶ所村再処理工場/東通原発/大間原発/核燃料 中間貯蔵施設2011-04-28
生命といのち 万物に「存在の価値」 他者との深い関わり
*管理人の便宜上、2つのカテゴリー「読書」「地震/原発」でエントリ
生命といのち〈上〉 万物に「存在の価値」
奈良康明(なら・やすあき)
2011/07/09 Sat.中日新聞 人生のページ
東日本大震災はひどい出来事だった。天災に人災が加わり、人々の生活基盤が崩壊した。家族を失った人も多い。私たちの心が痛んでいる。亡くなった方の冥福を祈り、一日も早い復興を願っている。
生命の尊いことは言うまでもない。モノや金は失われても回復できるが、生命は戻らない。人間の「生きる」ことの原点だし、それは他の動物たちも同様であろう。人間が生きものの生命をことさらに奪っていいものかどうか。これは文化の問題で世界各地域で事情は異なっている。
*
インドでは伝統的に不殺生の徳が強く説かれ、今日に至っている。生きものを殺したくないという理由から菜食主義の人も少なくない。仏教では肉食は認めているが、ことさらに生きものの生命を奪うことは誡められているし、放生会(ほうじょうえ)の伝承も古い。捕獲された生きものを殺すことなく自然界に戻す習慣は、功徳を積む行為であるとともに、生きものの生命尊重の象徴的姿勢でもある。日本では神道にも取り入れられている。
人間中心主義の西欧では放生会などという習慣はないのではないだろうか。『創世記』には神は人間を創り、空行く鳥、地を行く獣、水ゆく魚を「治めよ」(新共同訳)と言っている。人間が恣意的に動物を殺していいということではなく、それなりの宗教的背景がある言葉のようだが、しかし近代至るまで、歴史的に、動植物そして自然を「征服」し、動物を人間利益のために殺すことを認める1つの根拠となっている。それだけに、動植物、自然を壊すことの弊害は早くから自覚されたし、環境問題への自覚が出てきたのも西欧が先である。
*
先日、アメリカ人の青年と話す機会があった。どんな動物にも「生きる権利」があるし、そのライフ(生命)を奪う権利は人間にはない、だから自分は肉食をやめて菜食に切り替えた、と言う。それでは米や麦、野菜などのライフ(いのち)は奪っていいのか、と私は訊いたら、植物にライフはないから殺してかまわない、という議論になった。
はしなくもここに西欧と東洋、日本の生命に関する意味内容の違いが浮き上がってきた。比較文化の問題として面白いし、実践上の問題もある。
日本の文化伝承には「生命」と「いのち」と仮名で書く2つの「ライフ」(life)がある。英語で話しているとライフしかないから話がややこしい。日本人にとっては、漠然としてはいても、どんなものにも「いのち」がある、ということは理解しやすい。「いのち」は生命ではない。「ビール瓶にもいのちがある。そのいのちを大切にしてリサイクル」という新聞への投書も読んだことがある。
*
かなり以前のことだが、感激したシーンに出合ったことがある。あるマンションの小さな花壇で幼児をあやしていたお母さんがいた。花壇に足を踏み込み、花に手をかけた坊やに、母親は言った。「お花を折ると、お花ちゃんが痛いって泣くわよ」。花に痛いと感じる神経があるかないかという話ではない。折り取られようとして「痛い」と感じるのは、花ではなく、母親の心である。植物にも人間的感情を及ぼす日本人的な情感といえよう。
万物にいのちを認めるのは、おそらく、古代日本のアニミズムに根拠があるのかもしれない。しかし、それ以上に中国の「自然」観の影響が強いのである。「自然」とは、英語のnatureではない。元来は「自ずから然ある」という形容詞で、人為の加わらない万物の在りようを示すものだった。中国人はそこに美的・宗教的価値を認めていた。万物があるがままの「在り方」に、いわば、「存在の価値」を認めていたのである。
日本語の「いのち」とは万物の「在る」ことそのものの価値をいうものと言っていい。「もったいない」という言葉は、物事の経済的・実利的価値が無駄に失われることだけをいうのではない。存在の価値、いのちが無駄に失われることをいうものである。
<筆者プロフィール>
なら・やすあき
1929年、千葉県生まれ。東大文学部卒、同修士課程修了。カルカッタ大学博士課程留学。駒澤大学前学長。
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生命といのち〈下〉 他者との深い関わり
奈良康明(なら・やすあき)
2011/07/16 Sat.中日新聞 人生のページ
普通に「生命」というと、科学に代表される客観的な分析、判断の対象、としての生命が意味されている。しかし、「私の生命」といったらどうだろう。それは端的に「私が生きる」ことに連なっているし、対象として説明できる生命をはるかに超える。私は他人、動植物、山川草木などすべてのものと関わっているし、1人だけでは存在し得ない。逆にいうなら、私たちはすべての他者存在に関わることによってのみ生きている。いや、生かされている。
「生き生かされている」のは私だけではない。人間や動植物などすべてのそんざい存在も他者との関わりのなかにあるにちがいない。そういう「生き、生かされ、そして生かして」いる存在であることを、すべては「いのち」をもっている、という。
*
万物をこういう視点から見ることは、実は、最近の環境理論の主流をなしているディープ・エコロジーでも同様である。この運動のアメリカでのリーダーでもある詩人、ゲーリー・スナイダーは、「石や草のlifeは完璧に美しく、本物であり賢明かつ価値あるものであることは、そう、アインシュタインのlifeに同じである」と言う。英語だからlifeとしか言いようがないが、訳せば「生命」ではなく「いのち」であろう。
彼は日本滞在も長く、禅仏教の理解も深い人であるが、万物にいのちのあることを言い、その上で人間、動植物、自然との「深い交わり、関わり」を説く。他者のlifeを奪うことも深い交わりであり、自然界の「相互の贈り物の交換」だとしている。
贈り物という表現の是非は別として、私たち人間には他者の生命ないしいのちを奪うことでしか生き得ない「業」のようなものがある。これをどう受け止めたらいいのか。仏教の不殺生戒にも関わる大きな問題なのだが、外国の2,3の例を拾ってみよう。
アメリカ・インディアンは狩りをし、動物の生命を奪う前に、その獣に対して「自分は生きるためにこの行為を為す」、そして「自分はこの行動に対する責任をすべて引き受ける覚悟がある」と言葉に出して語りかけると言う(北山耕平)。彼らには「すべては相互に依存しあっている」という理解があり、自分がその動物によって生きさせて貰っていることへの感謝と謝罪の思いがみて取れる。
アフリカで医療行為に携わったシュバイツァー博士は黒人の生命を救うために病原菌(これも生命でしょう)を殺すのに「…犠牲になった生命に対する責任を担うことを自覚している」といい、さらに、共に生きることは「どうしても常に他の生命を犠牲にして生きている」ことで、ともに苦しむことだという。
*
サンフランシスコ禅センターは曹洞宗系の禅の教団であるが、そこから「動植物の許しを請う儀式」を行ったという手紙〈1990・5・10日付〉がきた。その趣旨は、農場や山の道場での作業中に殺してしまった小動物、植物に「悲しみと哀悼の意を表する法要」を行い、「感謝と共に生きる覚悟を披歴した」という。そこでは殺した小動物、虫、植物などのいちいちに呼びかけ、いかに自分たちによって生命・いのちが奪われていったかを述べ、最後の回向文にあたるところで、「我々は君たちに呼びかけ、感謝し、そして今後とも君たちから学び続けるだろう。この法要は君たちへのものだ。我々は君たちと共に、そして君たちのために修行をする覚悟である」と結んでいる。日系の禅センターだからこその儀礼かもしれないが、生命を奪われる相手の立場に立っての、人間の側からの感謝と謝罪を表するのは旧来の西欧の考え方にはないものであろう。「不殺生戒」を守る1つの姿勢である。
そして日本には、その生命・いのちを奪われる相手への「供養」というユニークな象徴的儀礼がある。
鰻供養がその1例である。さんざん食べてしまってから、ごめんなさい、ありがとう、霊あらば安らかに眠れ、などという儀礼は西欧的な感覚からいうと、理解に苦しむものであろう。しかしこれは他者の生命、いのちを奪うことに対する私たち人間の哀しさを表明しているのである。鰻、鯨、鯉などの生きものばかりではない。針供養から始まって筆、時計、鍬、人形供養など、生命のない物への供養もある。私たち人間のために「いのち」をすり減らしてくれたことへの感謝と報恩、懺悔の儀礼なのである。
「いのち」を大切にすることの意味をもっと深く考える必要がある。
-------------------------
〈来栖の独白2011/07/16 Sat.〉
先週〈上〉を読んだ。1週間愉しみに待って、本日〈下〉を読む。
このところは、福島の肉牛が放射能に汚染されていた、というニュースが喧しい。今日の朝刊は、1面トップで「福島牛の出荷停止」を伝えていた。これほど大騒ぎされれば、酪農家はやってはいけまい。どんなに苦しいだろう。追い詰められ、そして絶望のあまり、自ら命を絶たれるのではないだろうか。案じられてならない。「直ちに健康に影響を及ぼすことはない」と附けたりを報道するくらいなら、何もここまで騒ぐことはないのではないかと思うが、汚染牛は、こと命(健康)に関わることであり、また他社に後れを取りたくはないとの競争意識も働いてか、汚染牛の報道は過熱一方だ。農家の皆様を思えば、残酷な報道合戦というしかない。
地震・津波は古来より人類が経験した天災である。が、汚染牛は、違う。原発に付随する諸現象、被害は、違う。人災である。
私事だが、カトリックの信徒であり、その教えに生かされてきたという自覚がある。わけてもヨハネ15:12〜
“わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。”
の聖句は、今日なお大きな示唆を与えている。
一方、創世記1.20〜1.31は、私に違和感と深い哀しみを催させずにいない。
“ 神は言われた。
「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」
神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。神はそれらのものを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」
夕べがあり、朝があった。第五の日である。
神は言われた。
「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」
そのようになった。 神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた。神は言われた。
「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」
神は言われた。
「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」
そのようになった。神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。”〔創世記1.20〜1.31〕
人類至上主義は、他の生きもの(命もあれば感情もある生きもの)に対し「出荷」「処分」といった言葉を使わせるようにさせた。この地球は、ひとり人類だけのものだろうか。いのちあるすべてのもののためにも存在しているのではないか。その地球、美しく有機的な地球に、人類は原子力というパンドラの箱を開けることでとどめを刺したのではないか。高レベル放射性廃棄物は、リスクが消えるまで少なくとも10万年以上を要するという。この時間は、人類が支配したり責任を負うたりできる次元を遥かに超えている。
深い虚無感が私にある。すべての生きものに対する涙ばかりが無力に私の中を伝う。
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◆五木寛之著『百寺巡礼』/草木国土悉皆成仏/アニミズムだ、と近代では切り捨てられてきた2011-07-11 | 仏教/親鸞/五木寛之・・・
五木寛之著『百寺巡礼』第4巻滋賀・東海
p64〜(第33番 延暦寺)
「山にはいる」ということ。それは、日本人にとって古代から、特別な意味をもっていたのではないか。霊山というように、山にはなにか霊気がある。山岳霊場と呼ばれる場所は多い。たとえば、第2巻の北陸編で触れた白山や立山もそうだ。
古代人は、山には山の神がいると信じていたのだろう。「山に霊が宿っている」という感覚は、こうして山中に身を置くと実感できる。
山や森にも霊が宿り、命があるという古代からの信仰。それはアニミズムだ、と近代では切り捨てられてきた。しかし、日本人はむかしから山を拝み、樹木に注連縄をはって信仰の対象にしてきたのだ。
チベットでもカンリンポチェ、ヒンドゥー語ではカイラスという山が「聖なる山」とされている。その周囲を仏教の五体投地という礼法で巡拝する人たちがいる。それも、山には霊が宿っている、生命があると考えられているからにほかならない。逆に文明人は、そういう感覚を失ってしまっているのではないか。
ヨーロッパにおける登山は、人間が自然を征服するということの証明だった。たとえ、アルプスのように峻険な山々であっても、人間が知能と体力のかぎりをつくせば征服できる、というわけだ。人間の能力は偉大だ、と示すのが登山の意味だったといえるだろう。
だからこそ、山頂に誇らしげに国旗などを立てる。あの国旗はまさしく、この山は人間に征服された、ということの表現だ。(略)
日本人のむかしの登山はそうではない。富士登山なども、白装束に身を包み、「六根清浄」と声をだしながらのぼった。山にはいっていくことで、その霊気を自分の中に吸収し、自分の命をリフレッシュする、それが、山にのぼるということだったのである。(略)
日本では古来、まず山に小さな祠のようなものができ、そこに神社ができ、そのあとに仏教がはいってきて寺が建った。そのため、自然に神仏習合のかたちをとっていることが多い。この神仏習合ということも、私にとってはたいへん興味深いものだ。
p79〜
こんなふうに山中を歩きまわっていると、「自然と人間との共生」ということが肌で感じられる。ここでは猪や鹿などの動物もいる。野鳥もいる。草木も石も土もある。そして、それらすべてに命がある。谷からものすごい勢いで湧いてきたあの霧にも命がある。空の雲のたたずまい、風の吹き具合、枝の揺れ具合、なにを見ても命を感じるのである。
「生きとし生けるもの」というが、天台の思想では、命があるという意味だけででなく、石や土や山などにまで仏性があると考える。「草木国土悉皆成仏」という言葉は、自然のすべてのもの、山も草も木も、けものも虫も仏性をもっているということだ。
自然のすべては人間にとって友であり、そこには尊い命がある。
回峰行者たちは、夜明けの山中が呼吸するなかを歩く。朝露を踏みながら疾走する。真言を称え、礼拝しながら、目に見えないものを見、聞こえない声を聞くのだろう。
p83〜
日本の寺院はかつて神社と一緒に存在していた。人びとはそれを区別することなく拝んでいたのだ。とこrが、明治政府が神仏を分離するということをして、百年以上がすぎた。そのため、神仏を一緒にお参りする習慣が薄れてきた、と光永師は語る。
つまり、神仏習合が後れたものとして批判されるようになったのは、ここ百年あまりの間にすぎない。それ以前は、神と仏を一緒にお参りするのがふつうだったのである。
とはいえ、千日回峰で神社にお参りするのが重要な要素だ、というのは意外だった。
...............
五木寛之氏『天命』(幻冬舎文庫)
“たとえば、環境問題は、これまでのヨーロッパ的な、キリスト教的文明観では解決できないのではないでしょうか。
欧米の人たちの考えかたの伝統のなかには人間中心主義というものがあります。この宇宙のなかで、あるいは地球上で、人間が神に次ぐ第一の主人公であるという考えかたです。
これはルネサンス以来の人間中心主義の思想の根底にあるものですが、主人公の人間の生活に奉仕するものとして他の動物があり、植物があり、鉱物があり、資源がある。水もあり、空気もあると、考えるわけです。
そうした考えのなかから生まれる環境問題の発想というのは、やはり人間中心です。つまり、われわれはあまりにも大事な資源をむちゃくちゃに使いすぎてきた。これ以上、水や空気を汚し樹を伐り自然環境を破壊すると、最終的にいちばん大事な人間の生活まで脅かすことになってしまう。だからわれわれは、もっとそうしたものを大切にしなければいけない。----これがヨーロッパ流の環境主義の根源にあるものです。(略)
これに対し、アジアの思想の基本には、すべてのもののなかに尊い生命があると考えます。
「山川草木悉有仏性」という仏教の言葉があります。山の川も草も木も、動物もけものも虫も、すべて仏性、つまり尊いものを持っている、生命を持っているんだ、という考えかたです。
そうした考えかたから出ている環境意識とは、川にも命がある、海にも命がある、森にも命がある、人間にも命がある。だからともに命のあるもの同士として、片方が片方を搾取したり、片方が片方を酷使するというような関係は間違っているのではないか、もっと謙虚に向き合うべきではなかろうか、というものです。こういう考え方のほうが、新しい時代の環境問題には可能性があると私は思うのです。
つまり「アニミズム」ということばで軽蔑されてきた、自然のなかに生命があるという考え方こそは、遅れた考え方どころか、むしろ21世紀の新しい可能性を示す考えかたなのではないでしょうか。
狂牛病の問題で、あるフランスの哲学者が、人間のために家畜をありとあらゆる残酷なしかたで酷使してきたツケが回ってきたのだと言っていました。人間のために生産力を高めようとして肉骨粉を与え、共食いさせた。そうした人間の業というものがいま、報いを受けているのだ、と。狂牛病の問題だけではなく、すべてに関して人間中心主義というものがいま、根底から問われていると思います。”
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◆電気を流した。「豚は一瞬、金縛りのように硬直して、聞いたことのない悲鳴のような鳴き声を上げた」
五木寛之著『人間の運命』(東京書籍)より
私たち人間は、地上における最も兇暴な食欲をもつ生物だ。1年間に地上で食用として殺される動物の数は、天文学的な数字だろう。
狂牛病や鳥インフルエンザ、豚インフルエンザなどがさわがれるたびに、「天罰」という古い言葉を思いださないわけにはいかない。
私たち人間は、おそろしく強力な文明をつくりあげた。その力でもって地上のあらゆる生命を消費しながら生きている。
人間は他の生命あるものを殺し、食う以外に生きるすべをもたない。
私はこれを人間の大きな「宿業」のひとつと考える。人間が過去のつみ重ねてきた行為によってせおわされる運命のことだ。
私たちは、この数十年間に、繰り返し異様な病気の出現におどろかされてきた。
狂牛病しかり。鳥インフルエンザしかり。そして最近は豚インフルエンザで大騒ぎしている。
これをこそ「宿業」と言わずして何と言うべきだろうか。そのうち蟹インフルエンザが登場しても少しもおかしくないのだ。
大豆も、トウモロコシも、野菜も、すべてそのように大量に加工処理されて人間の命を支えているのである。
生きているものは、すべてなんらかの形で他の生命を犠牲にして生きる。そのことを生命の循環と言ってしまえば、なんとなく口当たりがいい。
それが自然の摂理なのだ、となんとなく納得できるような気がするからだ。
しかし、生命の循環、などという表現を現実にあてはめてみると、実際には言葉につくせないほどの凄惨なドラマがある。
砂漠やジャングルでの、動物の殺しあいにはじまって、ことごとくが目をおおわずにはいられない厳しいドラマにみちている。
しかし私たちは、ふだんその生命の消費を、ほとんど苦痛には感じてはいない。
以前は料理屋などで、さかんに「活け作り」「生け作り」などというメニューがもてはやされていた。
コイやタイなどの魚を、生きてピクピク動いたままで刺身にして出す料理である。いまでも私たちは、鉄板焼きの店などで、生きたエビや、動くアワビなどの料理を楽しむ。
よくよく考えてみると、生命というものの実感が、自分たち人間だけの世界で尊重され、他の生命などまったく無視されていることがわかる。
しかし、生きるということは、そういうことなのだ、と居直るならば、われわれ人類は、すべて悪のなかに生きている、と言ってもいいだろう。
命の尊重というのは、すべての生命が平等に重く感じられてこそなのだ。人間の命だけが、特別に尊いわけではあるまい。
五木寛之著『天命』幻冬舎文庫
p64〜
ある東北の大きな農場でのことです。
かつてある少女の父親から聞いた話です。そこに行くまで、その牧場については牧歌的でロマンティックなイメージを持っていました。
ところが実際に見てみると、牛たちは電流の通った柵で囲まれ、排泄場所も狭い区域に限られていました。水を流すためにそうしているのでしょう。決まった時刻になると、牛たちは狭い中庭にある運動場へ連れて行かれ、遊動円木のような、唐傘の骨を巨大にしたような機械の下につながれる。機械から延びた枝のようなものの先に鉄の金輪があり、それを牛の鼻に結びつける。機械のスウィッチをいれると、その唐傘が回転を始めます。牛はそれに引っ張られてぐるぐると歩き回る。機械が動いている間じゅう歩くわけです。牛の運動のためでしょうね。周りには広大な草原があるのですから自由に歩かせればいいと思うのですが、おそらく経済効率のためにそうしているのでしょう。牛は死ぬまでそれをくり返させられます。
その父親が言うには、それを見て以来、少女はいっさい牛肉を口にしなくなってしまったそうです。牛をそうして人間が無残に扱っているという罪悪感からでしょうか。少女は、人間が生きていくために、こんなふうに生き物を虐待し、その肉を食べておいしいなどと喜んでいる。自分の抱えている罪深さにおびえたのではないかと私は思います。
そうしたことはどこにいても体験できることでしょう。養鶏にしても、工場のように無理やり飼料を食べさせ卵をとり、使い捨てのように扱っていることはよく知られたことです。牛に骨肉粉を食べさせるのは、共食いをさせているようなものです。大量生産、経済効率のためにそこまでやるということを知ったとき、人間の欲の深さを思わずにはいられません。
これは動物を虐げた場合だけではありません。どんなに家畜を慈しんで育てたとしても、結局はそれを人間は食べてしまう。生産者の問題ではなく、人間は誰でも本来そうして他の生きものの生命を摂取することでしか生きられないという自明の理です。
ただ自分の罪の深さを感じるのは個性のひとつであり、それをまったく感じない人ももちろん多いのです。(中略)
生きるために、われわれは「悪人」であらざるをえない。しかし親鸞は、たとえそうであっても、救われ、浄土へ往けると言ったのです。
親鸞のいう「悪人」とはなんでしょうか。悪人とは、誠実な人間を踏み台にして生きてきた人間そのもです。「悪」というより、その自分の姿を恥じ、内心で「悲しんでいる人」と私はとらえています。(中略)
我々は、いずれにしろ、どんなかたちであれ、生き延びるということは、他人を犠牲にし、その上で生きていることに変わりはありません。先ほども書いたように、単純な話、他の生命を食べることでしか、生きられないのですから。考えてみれば恐ろしいことです。
そうした悲しさという感情がない人にとっては意味はないかもしれません。「善人」というのは「悲しい」と思ってない人です。お布施をし、立派なおこないをしていると言って胸を張っている人たちです。自信に満ちた人。自分の生きている価値になんの疑いも持たない人。自分はこれだけいいことをしているのだから、死後はかならず浄土へ往けると確信し、安心している人。
親鸞が言っている悪人というのは、悪人であることの悲しみをこころのなかにたたえた人のことなのです。悪人として威張っている人ではありません。
私も弟と妹を抱えて生き残っていくためには、悪人にならざるをえなかった。その人間の抱えている悲しみをわかってくれるのは、この「悪人正機」の思想しかないんじゃないかという気がしました。(中略)
攻撃するでもなく、怒るでもなく、歎くということ。現実に対しての、深いため息が、行間にはあります。『歎異抄』を読むということは、親鸞の大きな悲しみにふれることではないでしょうか。
五木寛之著『いまを生きるちから』(角川文庫〉より
いま、牛や鳥や魚や、色んな形で食品に問題が起っています。それは私たち人間が、あまりにも他の生物に対して傲慢でありすぎたからだ、という意見もようやく出てきました。
私たちは決して地球のただひとりの主人公ではない。他のすべての生物と共にこの地上に生きる存在である。その「共生」という感覚をこそ「アニミズム」という言葉で呼びなおしてみたらどうでしょうか。
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◆「原発さえなければと思います」“遺書”の一文/命の悲痛な叫び2011-07-15 | 地震/原発
◆福島の酪農業男性が自殺か「原発なければ」と書き残し/原発が引き裂いた人生「原発で手足ちぎられ酪農家」2011-06-14 | 地震/原発
◆高レベル放射性廃棄物、危険性が消えるまでには十万年/文明転換へ覚悟と気概2011-05-09 | 地震/原発
◆映画「100,000年後の安全」地下500? 核のごみ隠すオンカロ/原発から出た放射性廃棄物を10万年後まで保管2011-06-01 | 地震/原発
◆原発の「ごみ」行き場なく/「核半島」六ヶ所村再処理工場/東通原発/大間原発/核燃料 中間貯蔵施設2011-04-28
経産省官僚古賀茂明氏への肩たたき/民主党政権よ、霞が関の改革派潰しにまで手を貸すのか
Diamond online 岸博幸のクリエイティブ国富論【第146回】 経産省解体は難しくない
2011年7月15日 岸 博幸 [慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]
私がかつて20年ほどお世話になった経産省は、原発事故以来、菅首相の攻撃対象としてすっかり悪者になってしまいました。しかし、問題が多いのも事実。もういっそ経産省は、“解体的出直し”といった甘い次元ではなく、解体すべきではないでしょうか。
経産省の罪
実際、経産省の罪はたくさんあります。原発事故への対応では、官邸が混乱していて可哀想だった面もありますが、保安院は多くの対応ミスや情報開示の遅れなど、人命に関わる言い訳できない失敗をしています。
そして何よりも、事前の安全規制に問題があった面は否めません。“耐震設計審査指針”全15ページのうち津波への言及はわずか3行のみで、そこで想定された福島第一原発の津波の高さも、震災時の14メートルを遥かに下回る5.7メートルでしかありませんでした。こうした規制の甘さは、経産省の幹部と電力会社の密接な関係の延長と言われても仕方ないでしょう。
そして、原発事故の損害賠償スキームにおいても、中堅クラスはともかく幹部は東京電力の延命を優先し、かつ事故の責任のある経産省は予算の削減と供出などの痛みを何も負っていないのに、安易に電力料金に転嫁しようとしています。
更に言えば、原発の再稼働を急ぐあまり、6月18日に海江田大臣が安全宣言をする根拠となった2回目の緊急安全対策は、実質わずか一週間で取りまとめ、水素爆発への対応などは今後時間をかけて対応と答えた原発も多いのに、安全より電力不足の経済への影響を優先して安全宣言しました。保安院は自らの役割を放棄したに等しいです。
それに加え、不祥事も目立ちます。保安院の西山英彦前審議官の不倫もさることながら、資エ庁前次長のインサイダー取引疑惑まで出てきて、組織内のガバナンスの欠如も明らかです。
そして極めつけは、今やすっかり有名人になってしまった古賀茂明さん(経産省大臣官房付)に対する勧奨退職です。本日7月15日に退職しろと事務次官から言われているようですが、そもそも民主党政権はこうした勧奨退職は禁止したはず。政権が禁ずることを堂々とやり、有能な人材を省益に沿わないという理由だけでクビにして国のために活用しないというのは、行政組織としては失格です。
経産省はこうすれば解体できる
そして、経産省の解体は難しくありません。まず俎上にあげるべきは、原発事故の責任の大きい保安院と資エ庁です。安全規制を確実なものとするとともに、経産省と電力会社の癒着を確実に断ち切るためにも、
● 保安院を原子力安全委員会と統合して内閣府の下の独立委員会に改組
● 資エ庁(+産業技術環境局の環境部門)と環境省を統合して“資源・エネルギー省”を新設
とすべきではないでしょうか。
また、その他の部局についても、例えば、
● 経済産業政策局は内閣府(経済財政)に移管
● 通商政策局と貿易経済協力局は外務省に移管
● その他の産業関係の部局と中小企業庁、特許庁は農水省と統合して“産業省”を新設
と整理してしまえば、経産省は解体できます。
もちろん、被災地の復旧・復興と福島第一原発への対応が最優先な中で、そんな大規模な省庁再編をやっている余裕はないかもしれません。その場合でも、原発事故対応とエネルギー政策の再構築が正しく行われるようにするためには、最低限、保安院と資エ庁については他省庁への移管を行うべきではないでしょうか。
ちなみに、菅政権は保安院を経産省から他へ移管する方針を表明していますが、それだけでは不十分です。経産省の下に資エ庁がぶら下がる構造が残る限り、霞ヶ関の中の力関係では保安院+原子力安全委員会よりも資エ庁の方が確実に強いままですし、かつ、本省の幹部&資エ庁と電力会社の密接な関係を完全には断ち切れないからです。
“目立つテーマはぶち上げるけど具体策は官僚任せか何もなし”という菅首相では、官僚がもっとも激しく抵抗するこうした改革は絶対に無理でしょう。次の首相がこうした英断を下してくれることを期待しましょう。
そして、解体されるのがイヤならば、経産省内の良識派の官僚には是非とも自浄作用を発揮してほしいものです。中堅や若手はもちろん、幹部にもまだ良識を持った人がいることは私自身よく知っています。そうした人たちがクーデターを起こしてでも省の体質を変えるべきではないでしょうか。
いずれにしても、古賀さんが15日に辞職しなかった場合(公務員の身分保障の下では辞める必要ありません)、当面は、経産省が古賀さん問題への対応でどう迷走するかに注目すべきではないでしょうか。それでこの役所の本質が分かるはずです。
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官僚肩たたき 改革派を追放するのか
中日新聞【社説】2011年7月16日
経済産業省の改革派官僚として知られた古賀茂明氏が「肩たたき」された。事実上のクビ宣告である。脱官僚・政治主導を唱えた民主党政権は、いまや霞が関の改革派つぶしにまで手を貸すのか。
古賀氏はかねて霞が関、永田町で筋金入りの改革派として知られていた。産業再生機構の執行役員当時はダイエー再建に辣腕(らつわん)をふるい、政府の国家公務員制度改革推進本部事務局では審議官として抜本的改革案をとりまとめた。
ところが、徹底した改革姿勢が官僚の既得権益を守りたい霞が関の怒りを買う。推進本部から本省に戻った後、一年半にわたって「官房付」という閑職に飛ばされた。このポストでは実質的な仕事がなかった。
最近では東京電力福島第一原発の事故を受けて、東電株式の100%減資や銀行の債権カットを柱とする独自の賠償案をまとめて公表した。同案を収録した著書「日本中枢の崩壊」は二十万部を超えるベストセラーになっている。
海江田万里経産相は就任当初「能力を発揮できる場所で仕事をしていただく」と語っていたが結局、閑職にとどめたまま放置し、六月末に事務次官を通じて古賀氏に早期退職勧奨をした。三週間後の昨日が退職期限だった。
国家公務員は法律で身分を保障されており、退職勧奨に強制力はない。古賀氏は辞職しない意向を通告しているので当分、身分は中ぶらりんの状態が続く。
古賀氏の肩たたき問題が示しているのは、民主党政権が霞が関をどう改革し、そのために有能な官僚をどう活用しようとしているのか、さっぱり見えない点だ。
脱官僚と政治主導こそが政権の出発点だった。仙谷由人氏は一時、古賀氏を補佐官に起用しようとしたが、発令直前に断念してしまう。菅直人政権は今国会に公務員制度改革や公務員給与削減の法案を提出しながら、審議入りもせず先送りの方針だ。
そもそも民主党は退職勧奨こそ天下りの元凶と言っていた。そうではなく、本当は官僚の能力・実績をどう評価し、適正に処遇するか。それによって官民の人材交流をどう活発にするか、が真の問題だったはずだ。
そうした根本の議論を避けただけでなく、自分たちが厳しく批判してきた「肩たたき」という不透明な手段で古賀氏を退職に追い込もうとしている。まったく本末転倒と言わざるを得ない。
海江田経産相に再考を求める。
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◆官僚・古賀茂明氏の出処進退にみる 公務員制度の摩訶不思議2011-07-14 | 政治
◆原発問題の裏にある経産省・東電「天下り・利権の構図」/退職勧奨を受けた古賀茂明キャリア官僚2011-07-12 | 地震/原発
新日本原発紀行 茨城・東海村/これだけ原発関連施設が集まっているのは政策、国家の意思/でも、脱原発志向
新日本原発紀行 茨城・東海村
東海第二原発や研究所、核燃料サイクル施設、燃料工場−。茨城県東海村は、原子力に関するあらゆる施設がひしめいている。なぜこれほど原子力施設が集まったのか。収束しない福島第一原発の事故後、日本有数の「原子力村」の首長はどんな思いでいるのか。東京都心からJR特急列車で北へ約一時間半。日本の原子力発祥の地を歩いた。(篠ケ瀬祐司)
原電通り 原研通り 動燃通り
東海村は東西、南北それぞれ8?ほど。1時間もあれば車で1周できるこじんまりとした街に、12もの原子力関連事業所が集まっている。
太平洋沿いには「日本初」の施設が並ぶ。
通称「原電通り」の東の突き当りには、日本原子力発電の「東海」「東海第二」という2つの原子力発電所がある。
東海原発は日本初の商業用原子力発電所だ。原子炉は英国製の黒鉛減速炭酸ガス冷却型を改良したもので、1966年7月に営業運転を始めた。出力は小さく、98年に運転を停止し、現在は廃炉(廃止措置)中。
隣接する東海第二原発は沸騰水型軽水炉だ。73年の着工当時、出力は百十万キロワットと、日本初の大型原発と呼ばれた。
「原研通り」を行くと、日本原子力研究開発機構の原子力科学研究所(旧日本原子力研究所)に行き着く。57年8月、米国から輸入された沸騰水型実験原子炉が臨界実験に成功し、日本で初めての「原子の火」がともった。
63年10月26日には国産の動力試験炉が発電試験に成功。「原子力の日」は、これを記念して定められた。
敷地内には、「世界最高クラス」の大強度陽子加速器がある研究施設(J-PARC ジェイパーク)もある。
「動燃通り」の先には同機構の核燃料サイクル工学研究所(旧動力炉・核燃料開発事業団)がある。ここで59年に日本初の金属ウラン製造に成功した。以来、各種研究や、原発から出る使用済み核燃料などの処理を行ってきた。
東海村は3月の東日本大震災で震度6弱の大きな揺れに見舞われ、今も道路に陥没が残る。原子力関連施設も大きな被害を受けた。
東海第二原発は地震で自動停止。外部電源が失われた上、非常用ディーゼル発電機も3台のうち1台は、高さ5・4?の津波の影響で止まった。このため冷却が十分に進まず、水温が100度未満の冷温停止状態となるまで3日半もかかり、綱渡り状態だった。
同機構原子力科学研究所も敷地内が地盤沈下した。7つの原子力関連装置は今も点検などを理由に停止している。J-PARCも自動停止し、復旧作業中だ。
同村の西側を走る国道6号沿いには、核燃料関連事業所などが集まっている。
住友金属鉱山の子会社ジェー・シー・オー(JCO)東海事業所もその一つ。99年、核燃料加工施設で作業中に核分裂が続く臨界事故を起こし、1万〜2万?シーベルトの放射線を浴びた作業員2人が亡くなった。半径10?圏内の住民が屋内退避したが、それでも6百人以上が被ばくした。
2003年に操業再開を断念。ドラム缶8千本分の低レベル放射性廃棄物や施設の管理を続けている。
発祥地 ひしめく施設
「これだけ原発関連施設が集まっているのは政府の政策、国家の意思でしょう」。東海村の村上達也村長(68)は、同村の歩みを振り返る。
東海村史には、村民不在で原子力施設の設置が決まる様子がつづられている。
1956年1月、原子力研究所の場所を決める選定委員会で候補に挙がったのは千葉県習志野市、群馬県高崎市、埼玉県川越市、神奈川県横須賀市、水戸市近郊など。東海村が急浮上したのは同年2月1日に、選定委が水戸市郊外を視察する際、茨城県側が同村を視察対象に加えていたからだ。
2週間後に横須賀市が同研究所設置の第1候補に、東海村が将来の動力試験炉の候補地に決定。その後、政府内で「横須賀は都市部に近すぎる」「米軍が使用中で、返還されれば自衛隊の訓練基地として使いたい」などの反対論が強まり、同年4月6日に東海村への研究所設置が決まった。
核燃料関連事業所や研究施設も次々と同村に進出した。「原子力施設からの固定資産税、電源三法交付金が村の財政力の中心」(村上氏)になり、「雇用先の3分の1は原子力関連」(政策推進課)と、原子力との共生が定着した。
村の一般会計予算は2009年度で約2百億円。交付金は約13億円。それでも村上氏は福島第1原発の事故を目の当たりにした今、「脱原発」志向を鮮明にする。
福島直視 真剣に脱原発
「もし東海村を10?の津波が襲っていたら、(東海第2原発も)メルトダウンし、ここに住んでいられなかった。紙一重だった。原発を持つことで故郷が奪われ、子どもたちの将来にかかわるようなことが起きた。日本人は脱原発を真剣に考えるべきだ」
村上氏は太陽光や風力、地熱などの再生可能エネルギーの開発を進め、原発については「技術のため、人材を残すために必要なら、完璧にコントロール(制御)できる必要最小限に絞るべきだ」と考えている。
人材育成に関連し、同村ではJ-PARCを中心とした研究センターをつくり、世界に貢献する構想を進めている。
原子力に関する村上氏の原体験は、1期目に直面したJCO事故。政府や業界の危機に対する鈍感さや、技術過信に警鐘を鳴らしてきた。
「だが変わらなかった。逆に私の言動に異質の文化をかぎ、(推進派は)3期目、4期目の村長選に対抗馬を立てた。違うことを言うとつぶそうとする世界で、私は生きてきた」
東海第2原発の運転再開にはどう臨むのか。
政府は再稼働に関して突然、原発のストレステストの実施を前提にする方針を示したが、村上氏は「それだけでOKというわけにはいかない」と言う。
「技術的なこともさることながら、まず福島第1原発事故の収束だ」と強調した上で、「避難している人々の将来見通しや、政府や電力業界による補償をどうするかも明らかにする必要がある。安全規制体制の強化も不可欠。原子力安全・保安院や原子力安全委員会を温存したまま『安全』と言われてもだめだ」と、被災住民救済などを再稼働の前提に掲げた。
市民や団体などでつくる「反原子力茨城共同行動」で世話人を務める河野直践(なおふみ)茨城大教授(農業経済論)も電力事業者の運営について「住民の声が反映する仕組みを考えていく必要がある」と、従来の仕組みの見直しを訴える。
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◆新日本原発紀行 青森・大間/電源三法交付金は約67億円/固定資産税収は15年度から16年間で440億円2011-06-11 | 地震/原発
◆新日本原発紀行 鹿児島・川内/温排水による海水温上昇/塩素の垂れ流し/磯焼け2011-05-22 | 地震/原発
◆新日本原発紀行 宮城・女川 町の歳入は今も、電源交付金や固定資産税など原発関連で5割近くを占める2011-07-07 | 地震/原発
◆原発の「ごみ」行き場なく/「核半島」六ヶ所村再処理工場/東通原発/大間原発/核燃料 中間貯蔵施設2011-04-28
「原子力」天下り 結ぶ 「原子力村」霞が関一帯に密集
「原子力」天下り 結ぶ
中日新聞 特報 2011/05/18 Wed.
連休の谷間に当たる今月2日、経済産業省は幹部OBの電力会社への再就職状況を公表した。過去50年に68人。これはこれで驚くべき数字だが、調べてみると、電力会社のほかにも、原子力関連の公益法人や独立行政法人への「天下り」の実態が分かった。電力会社に中央省庁、そして関連の公的な法人。一覧にすると、都心に根付いた「原子力村」の存在が浮かび上がってくる。(篠ケ瀬祐司)
関係17団体に36人 経産・文科省出身者目立つ
本紙が、原子力行政に携わる経産省と文部科学省が受け持つ公益法人を中心に、原子力や放射線に関連する29の公益法人や独立行政法人をピックアップし、これらの団体の監事以上の役員について経歴を調べたところ、官僚のOBは17団体に36人(うち非常勤15人)いた。
目立つのは、両省の出身者。東京電力福島第1原発の事故以来、有名になった原子力安全・保安院の元幹部や、原子力安全委員会の事務局を経験した人もいる。
こうした団体の業務内容をチェックした。財団法人「日本立地センター」(東京)は原発や核燃料サイクル施設などの建設のため、地域住民らに広報する団体。同じく「原子力安全技術センター」(同)は、試算結果の公表遅れが問題となった放射性物質の拡散予測システム「SPEEDI」を運用する。
いつものことだが、こうした法人に再就職した官僚OBはどの程度の報酬を手にしているのか。
発展途上国の原子力導入に関する技術協力を行う社団法人「海外電力調査会」(東京)の専務理事の報酬年額は、上限で約2千90万円まで認められている。
この団体の2009年度の事業収入約14億4千万円の8割ほどは、東京電力など全国の電力10社と、電源開発、日本原子力発電の会費・分担金が占めている。
*高給の原資に電気料や税金
電力会社を支えているのは市民らの電気料金。その1部が官僚OBの高給の原資にも使われていることになる。
原子力施設での核燃料物質の分析などを担う財団法人「核物質管理センター」(東京)の専務理事の報酬年額は約千5百万円。09年度事業収入のうち、9割以上は国からの事業だ。官僚OB役員の報酬を市民の税金が支える仕組みだ。
原子力施設の検査や原発設計などの安全性を評価するという独立行政法人「原子力安全基盤機構」(東京)。公開されている09年度の理事長の報酬は年額で約千9百万円。原発など発電施設のある地域の振興を事業内容とする財団法人「電源地域振興センター」(同)の理事長報酬も年額千9百万円(上限)だ。
こうした実態に対し、政界からも厳しい目が向けられている。
衆院で経産省OBの電力会社への再就職を追及した塩川鉄也衆院議員(共産)は「電力業界本位の原発政策推進の見返りに、経産省官僚が電力会社に天下っている。この構造は電力会社を頂点に広範な関係団体への天下りで成り立っている。関係団体への天下りも禁止し、産官の癒着構造を断ち切るべきだ」と指摘する。
ナトリウム漏れ事故などトラブル続きで休止中の高速増殖原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)を設置した独立行政法人「日本原子力研究開発機構」(茨城県東海村)では、3人の官僚OBが役員を務める。機構側は「3人はいずれも専門家としての知見を期待され、公募で選ばれた」と説明する。
同機構にはもう1人、文科省から現役出向中の役員がいる。こうした現役出向や公募をどう考えるか。
公務員制度改革を掲げるみんなの党の山内康一衆院議員は「若手官僚の現役出向は現場経験を積ませる意義があるが、50代以降の官僚では事実上の勧奨退職(肩たたき)による天下りだ。公募でも、募集要件が官僚出身に有利になったり、募集側、応募者双方が行政を介して知り合いなら“原子力村”的ななれ合いが生じたりする可能性がある」と語る。
「こうした『偽装現役出向』や『やらせ公募』がないか、チェックする必要がある」
霞が関一帯に密集
「原子力村」とは、産・官・学が一体となって原子力行政を推進してきた体制を指すが、官僚OBの再就職を調べる過程で、中央省庁がある東京・霞が関近くに原子力関連団体が多く集まっていることに気付いた。
原発事故での避難区域同様、経産省総合庁舎を中心に半径5百?の円を描いてみた。すると、官僚OBの役員がいない団体を含め、原子力関連の財団法人など3か所、電力会社の東京支社2か所がこの範囲に収まった。同省別館にある原子力安全・保安院はもちろん、文科省、原子力安全委員会もこの圏内だ。
半径1?まで拡大すると、さらに3つの財団法人などがエリア内に入る。東京電力本店や、電力2社の東京支社、首相官邸や国会議事堂もこの「1?圏内」だ。
中央省庁と関係団体の距離について、前述の山内氏は「原子力に携わってきた人たちは出身校が同じだったり、長年仕事での付き合いがあったりして、気心が知れていることが多い。そうした人たちが物理的に近接した『原子力村』にいると、癒着を生みやすい」と警鐘を鳴らす。
*物理的近さも癒着の一因に
官僚OBが役員を務める場合は、特に注意が必要だとみる。山内氏は「“スープの冷めない距離”に事務所を置くと、簡単に現役官僚を呼び付けることができるし、自分も役所に乗り込みやすい。現役時代と同じ地域に勤め、同じようなメンバーと慣れ親しんだ店で飲食する。原子力村のやすらぎを覚える分、まだ権限があると錯覚しやすい」と、市民との距離を案じた。
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◆経産省官僚古賀茂明氏への肩たたき/民主党政権よ、霞が関の改革派潰しにまで手を貸すのか2011-07-16 | 政治
◆官僚・古賀茂明氏の出処進退にみる 公務員制度の摩訶不思議2011-07-14 | 政治
◆原発問題の裏にある経産省・東電「天下り・利権の構図」/退職勧奨を受けた古賀茂明キャリア官僚2011-07-12 | 地震/原発
「核心的利益」中国は主権や領土に関わる問題で外国に妥協しない姿勢を強めた
拡大する「核心利益」 中国外交を懸念する
2011年7月18日中日新聞【社説】
中国は主権や領土にかかわる問題を「核心的利益」として外国に妥協しない姿勢を強めた。その範囲も野放図に広げ、周辺諸国の警戒を招いている。
「国家の主権と安全、発展は外交の最優先任務だ」「国家の核心的利益にかかわる問題は絶対に、いかなる妥協も譲歩もしない」
中国外務省の馬朝旭報道局長が最近、党機関紙に発表した文章の一節。軍やマスコミばかりか外交官にも勇ましい発言が目立つようになった。今月下旬、インドネシアで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)などの外相会議では中国への対応が焦点になる。
*2009年の大転換
とう小平時代、中国は経済発展を最優先に融通を利かせた外交を展開した。日本の尖閣諸島に対する領有権を主張しても外交の争点にせず「次世代に任せよう」と問題を棚上げしたのは代表例だ。
江沢民時代はとう路線を基本的に引き継ぎ、それに続く胡錦濤政権も二〇〇二年の発足以来、「隣国を友」とする協調的な外交姿勢をとってきた。それがおかしくなるのは、〇八年の金融危機を中国が各国に先駆けて克服し「突如、大国になった自分を発見した」(中国人研究者)ころからだ。
〇九年七月に世界から大使を集めて開いた第十一回駐外使節会議で、胡国家主席は「外交は国家の主権、安全、発展に貢献しなくてはならない」と言い切った。
とう氏が示した「韜光(とうこう)養晦(ようかい)、有所作為」(能力を隠して力を蓄え少しばかりのことをする)という抑制的な外交方針を「堅持韜光養晦、積極有所作為」に修正した。能力を隠し、力を蓄える姿勢を堅持するが、これまでより積極的に外交に出るという意味か。
*台湾から南シナ海へ
同月開かれた初の米中戦略・経済対話で、胡主席側近の戴(たい)秉国(へいこく)国務委員(副首相級)は核心的利益を「第一に(社会主義の)基本制度と国家安全の擁護、第二に国家主権と領土の保全、第三に経済社会の安定した発展」と述べた。
それまで中国は外国に譲歩や妥協ができない核心的利益を台湾問題に限ってきた。その範囲を大幅に広げたのは外交の「〇九年転換」ともいえる重要な変更だったが、外国は気付くのが遅れた。
その証拠に、同年十一月、オバマ大統領訪中時に発表された米中共同声明には、主権と領土で「両国が核心的利益を尊重し合う」との一節が入った。米国は後に、うかつさに気付き一一年一月の胡主席訪米時の共同声明では「核心的利益」という言葉を拒否した。
その後も核心的利益論は独り歩きを始める。〇九年十二月に来日した習近平副主席は「台湾、チベット、新疆ウイグル自治区の問題は核心的利益」と述べた。
一〇年三月には訪中したスタインバーグ米国務副長官に、中国政府高官が「南シナ海は核心的利益」と語ったといわれる。米国は強く反発し、介入を避けてきた中国と東南アジア諸国による南シナ海の島々の領有権争いに対し「航海の自由」を掲げて中国をけん制し東南アジアに肩入れを始める。
あわてた中国は「指導者が南シナ海を核心的利益と公式に語ったことはない」(外務省高官)と言い訳し、米国との対決回避を図った。しかし、東シナ海や南シナ海など外国との係争地域を核心的利益から除くと表明することもなく周辺国の疑いは消えていない。
主権や領土問題で妥協を拒否する政府の姿勢は、対外強硬論が勢いづく軍や海上実力部隊による独断専行の危険を高めた。
〇八年十二月、尖閣周辺の日本領海に、中国の海上保安庁に当たる国家海洋局東海海監総隊の巡視船二隻が進入し、九時間も徘徊(はいかい)して尖閣への主権を主張する事件が起きた。
中国の外交関係者によると、その後の内部会議で航行を指揮した司令官が尖閣周辺進入を独断で決意し、進入時は無線を切り本部の帰還命令をさえぎったと得意げに報告したという。南シナ海でも今年五月、中国艦船がベトナムの資源探査船のケーブルを切断する事件が相次いだ。ベトナム政府は中国指導部による指示ではなく、海洋当局による「功名争い」が原因と判断していると報じられた。
*抑えきかない下克上
こうした「下克上」も政府が核心的利益をふりかざし、勇ましい物言いを続けている以上、処分や規制のしようがない。戦前の日本は前線の司令官が政府や軍中央さえ無視して中国の戦線を拡大した。マスコミが報じる戦果に国民は熱狂し、破滅の道をたどった。
外交当局がふりかざす核心的利益論と前線の功名争いで中国は同じ轍(てつ)を踏むおそれがある。中国政府は一刻も早く核心的利益の範囲から外国との係争地域を除き、過剰な宣伝を戒めるべきだ。 *強調(太字)は来栖
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◆北方領土、ロシア側の呼び方「南千島」に / ロシア軍、北方領土にミサイルまで配備するか2011-03-02 | 政治〈国防/安全保障/領土〉
北方領土が「南千島」に
2011/03/01Tue.中日新聞夕刊「清水美和のアジア観望」
中国メディアに北方領土を「南千島群島(日本名・北方四島)」と呼ぶ報道が目立ってきた。外務省ホームページや人民日報など党機関紙は「北方四島(ロシア名・南千島群島)」と表記している。
「南千島」はロシア側の呼び方「南クリール諸島」の中国語訳。メディアでは北方領土問題でロシア寄りになる傾向がはっきりしてきた。
■「日本の正義の闘い」
「北方領土返還を求める日本人民の正義の闘いを支持する!」。1970年代に中国を訪れると、中国のホストは必ず、こう繰り返した。
中国と旧ソ連は社会主義の路線対立から60年代末には国境で武力紛争を起こすまで関係が悪化した。「第三次世界大戦を起こすのはソ連」と決め付けた中国はソ連の北方領土占領を「拡張主義」の表れとして日本を応援した。
80年代に中ソ関係が正常化に向かうと、中国は北方領土について「日本とソ連(ロシア)の間で歴史的に残された問題で両国が解決すべきだ」(外務省)と語るようになった。しかし、中国で出版されている地図は今でも北方四島に日本と同じ色を付け日本領として扱っている。
■核心的利益を支持
こうした態度が微妙に変化したのは昨年9月末、ロシアのメドベージェフ大統領が訪中し胡錦濤国家主席とともに発表した共同声明で「主権と統一、領土不可分など核心的利益に関わる問題での相互支持」を申し合わせてから。
同時に発表した第二次世界大戦終結65周年の中ロ共同声明では「歴史の改ざんを許さない」と述べ歴史認識の一致を宣言した。これらが第二次大戦の結果として北方領土の占領を正当化するロシアへの中国の同調を意味するかどうかははっきりしない。
しかし、共同声明が尖閣衝突事件で日中が対立する中で発表され、直後にメドベージェフ大統領が北方領土訪問計画を明らかにしたため、中ロが尖閣諸島と北方領土の領有を相互に支持することで合意したとの観測が浮上した。
その後、ロシアは北方領土への中国企業進出を呼びかけた。人民日報系の国際情報紙「環球時報」(2月16日付)には「大胆に南千島群島の開発に参加すべきだ」と応える国際関係研究機関トップの寄稿が掲載された。
しかし、その2日後には同じ新聞に「中国企業が北方四島の開発に参加すべきかどうかは難しい。こうしたビジネスは日本を不必要に緊張させる」と否定的な外交研究者の意見も掲載されている。
実際には日ロ対立で、どちらにつくかをめぐる論争は中国で決着していないようだ。それがメディアに「北方四島」「南千島群島」の表記が混在する現状に表れている。
■機敏な外交が必要
70年代のように、中国に日本への全面的な支持表明を期待できる状況ではない。しかし故周恩来首相が「北方領土をいまだ返還しない」ソ連を糾弾した歴史(党10回大会報告)を中国も否定しにくいはずだ。北方領土の表記がすべて「南千島」に変わるのを阻止する機敏な外交が問われている。
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北方領土 ミサイルまで配備するか
産経ニュース2011.3.3 02:48
ロシア軍が北方領土に対艦巡航ミサイルや新型対空ミサイルを配備する軍備増強計画をまとめ、国防相に提出した。
国後、択捉両島には、すでに3500人の部隊が駐屯している。これに最新兵器を加え、軍事面でも不法占拠を強化しようという狙いだ。
根室から目と鼻の先の日本固有の領土で、主権を侵害する危険極まりない計画は断じて許されない。枝野幸男官房長官は「わが国の立場と相いれず、大変遺憾だ」と述べるにとどまった。日本は強く抗議すべきだ。
また、ロシア軍参謀総長は先月末、フランスから購入予定のミストラル級強襲揚陸艦4隻のうち、少なくとも1隻をロシア太平洋艦隊に配備し、北方領土などの防衛任務にあてる可能性を示した。
この強襲揚陸艦はヘリコプター16機、兵員900人を輸送する能力をもつ。ソ連崩壊後、ロシアが欧米から購入する最大規模の艦艇である。日本政府はロシアに対してだけでなく、フランスにも強く抗議すべきだ。
ロシアは新型原潜を開発したのに続いて、昨秋、核搭載可能な新型弾道ミサイルの原潜からの発射にも成功した。このミサイルは米国のミサイル防衛網を突破する可能性がある。
近く、新型原潜はオホーツク海に配備されるようだが、問題の対空ミサイルなどは、同海の「聖域化」を図る狙いがあろう。北方四島を一切返還する意思がないことを示している。菅直人政権は米国と連携し、この方面での防衛体制を強化すべきだ。
先月末、国後島の農場で、複数の中国人労働者がロシアの労働許可を得て農作物の栽培に従事していることも明らかになった。北方領土でのロシアの管轄権を認めることになる中国人労働者の雇用は、日本として認められない。
先に発表された同島でのナマコ養殖の中露合弁事業を含め、こうした経済活動による不法占拠の既成事実化にも注意を払い、その都度、抗議していく必要がある。
尖閣事件後の昨年9月、中露両国は「主権や領土保全にかかわる核心的利益」での協力をうたった共同声明を発表した。以来、ロシアは不法占拠の固定化に向け露骨な敵対行動を繰り返している。
ロシアの不当な行為を逐一、指摘し、それを国際社会に知らしめていかねばならない。
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◆北方領土 仮に裁判となった場合、日本が負ける確立が高いというのが国際法の専門家の意見2011-02-20
日露の病根を除く機会に
ロナルド・ドーア〈英ロンドン大学政治経済学院名誉客員〉
中日新聞2011/02/20Sun.
時どき日本の外務省は、一度採用した外交路線を放棄できずに成り行きに任せ、しまいにはにっちもさっちもいかなくなってしまうことがある。北方領土問題をめぐる対ロシア関係が正にその典型であろう。
日本政府はこれまで、旧総務庁の前に「北方領土が帰る日・平和の日」という大きな石碑を建てたり、国後も択捉もわれわれの島だという国民感情に訴えてきた。
これに対しロシアは、日本の主権を認めるような考えは基本的にしないが、勃興日本の経済力や、少しずつ増大してきた外交力に敬意を表し、日本の国民感情の手前もあって、日本のクレームには一応、真面目に対応してきた。ところが、日本の経済力・外交力の衰退も1つの原因だろうが、最近ではメドベージェフ大統領が国後島入りして以降、ロシア閣僚の訪問が相次ぎ、軍事的な防衛強化も発表するなど、「日本が主張する『主権の問題』は毛頭ない。交渉する意思はもうない」と、きっぱり告げた格好だ。
2カ国外交で日本の主張を唱え続けても、日ロ摩擦の時代が永遠に続くだけだろう。極論になるが、諦めるのも賢明な道で、尊厳ある主権国として面目を失わない諦め方を探さねばならない。
そういう道を国際司法裁判所(ICJ)が与えてくれそうだ。ロシアの北方四島占領は不法だと、日本が訴えればいい。もちろん、ロシアに根回しし、訴えられたら応じるとの確約を取り付けることが前提となる。それに、優秀な外交官の長い努力が必要だろう。小泉純一郎元首相の北朝鮮訪問の準備工作として、田中均氏が北京で交渉し、拉致の事実を認める約束を取り付けたようにだ。
仮に裁判となった場合、日本が負ける確立が高いというのが、国際法の専門家の意見だ。理由は、サンフランシスコ条約で日本ははっきりと主権を放棄してしまったからだ。ただ、日本は裁判に負けてもそのままいれば、世界の目にはロシアにいじめられた国ではなく、平和的国際関係の法的秩序構築に貢献した国として映る。漁業権など実質的な利益を守るのも、逆にやりやすくなるかもしれない。
日本の最近の北方領土問題に関する主張は、歴史的事実に訴えないのでおかしかった。明治8(1875)年の樺太千島交換条約で、樺太はロシア、安政条約で既に認められた国後、択捉2島のほかに、それ以北の千島列島も日本の所属と決まった。日露戦争の戦果として日本領土となったのは樺太の半分だけである。
戦争が終ろうとするときのヤルタ会談で、連合国が「日独には帝国主義的侵略によって得た領土を返還させる」という原則を決めたが、千島列島がそうして得た領土ではないことが当時は分かっていなかった。その間違いはダレス米国務長官によってサンフランシスコ条約に持ち込まれ、吉田茂首相が苦情を言ったが、ダレス長官は「ロシアとの関係が微妙なときにうるさいことを言うな」と抑えてしまった。さらに、日ロ両国の親睦を邪魔しようと横槍を入れ、「沖縄を返すのも危うくなるぞ」と脅した。
その後、日本は「明治8年の条約がある。国後、択捉は戦果ではない。ヤルタ会談での米国の誤解だった」などの論法を展開せず、条約における「千島列島」の定義など、些細な法文解釈に基づいた論法しか続けてこなかったからだ。
いずれにせよ、これを機会に60年間の日ロ関係の病根を国際司法裁判所が取り除いてくれれば、さっぱりするだろう。
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◆自分の国は自分で守る決意/境外を保護するのは法律、正義、自由ではない。国際法も国力の強弱に依存2011-01-12
日本抹殺を目論む中国に備えはあるか?今こそ国家100年の計を立てよ、米国の善意は当てにできない
JB PRESS 2011.01.12(Wed) 森 清勇
今日の国際情勢を見ていると、砲艦外交に逆戻りした感がある。そうした理解の下に、今次の「防衛計画の大綱」(PDF)は作られたのであろうか。「国家の大本」であるべき国防が、直近の政局絡みで軽々に扱われては禍根を千載に残すことになる。
国家が存在し続けるためには国際社会の現実から目をそらしてはならない。日本の安全に直接的に関わる国家は覇権志向の中国、並びに同盟関係にある米国である。両国の国家としての在り様を検証して、国家百年の計を立てることこそ肝要である。
中国は日本抹殺にかかっている
1993年に中国を訪問したポール・キーティング豪首相(当時)に対して、李鵬首相(当時)が「日本は取るに足るほどの国ではない。20年後には地上から消えていく国となろう」と語った言葉が思い出される。
既に17年が経過し、中国は軍事大国としての地位を確立した。日本に残された期間はわずかである。
中国の指導者の発言にはかなりの現実味がある。毛沢東は「人民がズボンをはけなくても、飢え死にしようとも中国は核を持つ」と決意を表明した。
当時の国際社会で信じるものは少なかったが実現した。?小平は「黒猫でも白猫でも、ネズミを捕る猫はいい猫だ」と言って、社会主義市場経済を導入した。
また香港返還交渉では、交渉を有利にするための「一国両制」という奇想天外なノーブルライ(高貴な嘘)で英国を納得させた。
政治指導者ばかりでなく、軍高官も思い切ったことをしばしば発言している。例えば、朱成虎将軍は2005年に次のように発言している。
「現在の軍事バランスでは中国は米国に対する通常兵器での戦争を戦い抜く能力はない。(中略)米国が中国の本土以外で中国軍の航空機や艦艇を通常兵器で攻撃する場合でも、米国本土に対する中国の核攻撃は正当化される」
「(米国による攻撃の結果)中国は西安以東のすべての都市の破壊を覚悟しなければならない。しかし、米国も数百の都市の破壊を覚悟せねばならない」
他人の空言みたいに日本人は無関心であるが、日米同盟に基づく米国の武力発動を牽制して、「核の傘」を機能不全にしようとする普段からの工作であろう。
2008年に訪中した米太平洋軍司令官のティモシー・キーティング海軍大将は米上院軍事委員会公聴会で、中国海軍の高官が「太平洋を分割し、米国がハワイ以東を、中国が同以西の海域を管轄してはどうか」と提案したことを明らかにしている。
先の尖閣諸島における中国漁船の衝突事案がらみでは、人民解放軍・中国軍事科学会副秘書長の要職にある羅援少将が次のように語っている。
「日本が東シナ海の海洋資源を握れば、資源小国から資源大国になってしまう。(中略)中国人民は平和を愛しているが、妥協と譲歩で平和を交換することはあり得ない」と発言し、また「釣魚島の主権を明確にしなければならない時期が来た」
こうした動きに呼応するかのように、中国指導部が2009年に南シナ海ばかりでなく東シナ海の「争う余地のない主権」について「国家の核心的利益」に分類したこと、そして2010年に入り中国政府が尖閣諸島を台湾やチベット問題と同じく「核心的利益」に関わる問題として扱い始めたと、香港の英字紙が報道した。
中国の「平和目的」は表向き
1919(大正8)年、魚釣島付近で福建省の漁民31人が遭難したが、日本人が救助し無事に送還した。それに対して中華民国長崎領事が「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島・・・」と明記した感謝状を出している。
中国が同諸島の領有権を主張し始めたのは国連の海洋調査でエネルギー資源が豊富にあることが判明した1970年代で、領海法を制定して自国領に組み入れたのは1992年であるにもかかわらず、「明確な日本領」を否定するためか、最近は「古来からの中国領土」とも言い出している。
実際、首相が横浜APECで“首脳会談を開けた”だけで安堵している間に、ヘリ2機搭載可能で機銃まで装備していると見られる新鋭漁業監視船を含む2隻が接続水域に出没している。
海保巡視船の警告に対しては「正当に行動している」と返事するのみである。
中国の言う「正当な行動」とは中国の領海法に基づくもので、尖閣諸島に上陸しても正当化されるということにほかならない。現に、石垣市議2人が上陸したことに対し、中国外務省は「中国の領土と主権を著しく侵犯する行為」という談話を発表した。
漁船がさほど見当たらないにもかかわらず漁業監視船が接続水域を彷徨しているのは、日本人の感覚を麻痺させる(あるいは既に上陸しているかもしれない)のを隠蔽する作戦のように思われる。
係争の真っ只中で、そうした行動が取れるはずがないという識者も多いが、「尖閣は後世の判断に任せる」、あるいは「ガス田の協議をする」などの合意を平気で反故にしてきた中国である。何があってもおかしくない。
20年余にわたって2桁台の軍事力増強を図ってきた中国に透明性を求めると、「平和目的」であるとの主張を繰り返す。中国の「平和目的」は異常な軍事力増強の言い逃れであり、露わになってきた覇権確立のカムフラージュでしかない。
軍事力増強と尖閣沖漁船衝突のような異常な行動、さらには北朝鮮の無謀をも擁護する中国の姿勢が日米(韓はオブザーバー)や米韓(日本はオブザーバー)の合同軍事演習の必要性を惹起させたのであるが、中国はあべこべに自国への脅迫であるとクレームをつけている。
現時点では指導部の強権でインターネット規制などをしながら、人民には愛国無罪に捌け口を求めさせることで収拾している。
しかし、矛盾の増大と情報の拡散で人民を抑えきれなくなった時、衣の下に隠された共産党指導部の意図が、ある日突然行動に移されないとは言えない。
米国を頼れる時代は終わりつつある
日本人で米国の「核の傘」の有効性に疑問を呈する者は多い。歴史も伝統も浅い米国は、「国民の国民による国民のための政治」を至上の信条としており、行動の基本は世論にあると言っても過言ではないからである。
フランクリン・ルーズベルトは不戦を掲げて大統領選を戦い、国民はそれを信じて選んだ。しかし、第2次世界大戦が始まるや、友邦英国の苦戦、ウィンストン・チャーチルの奮戦と弁舌巧みな哀願を受けた大統領は、米国民のほとんどが反対する戦争に参加する決心をした。
当初はドイツを挑発して参戦の機会を探るが、多正面作戦を嫌うドイツは挑発に乗らなかった。
そこでルーズベルトは日本を戦争に巻き込むことを決意し、仕かけた罠が「ハル・ノート」を誘い水として真珠湾を攻撃させることであった。
日本の奇襲作戦を「狡猾(トリッキィー)」と喧伝し、米国民には「リメンバー・パールハーバー」と呼びかけて国民を参戦へと決起させたのである。
逆に、世論が政府を動かないようにさせることも当然あり得る。核に関して言うならば、被害の惨状に照らして、国民が政府に「核の傘」を開かせないという事態が大いにあり得る。
虎将軍ら中国軍高官の発言は、普段から米国民にこうした意識を植え付けて、米国が日中間の係争に手を出せないように仕向ける下地つくりとも思われる。
米国初代のジョージ・ワシントン大統領は「外国の純粋な行為を期待するほどの愚はない」と語っている。
日米安保が機能するように努力している現在の日本ではあるが、有事において真に期待できるかどうか、本当のところは分からない。能天気に期待するならば、これほどの愚はないということではないだろうか。
今こそ、日米同盟を重視しながらも、「自分の国は自分で守る」決意を持たないと、国家としての屋台骨がなくなりかねない。
中でも「核」問題が試金石であると見られる。親米派知識人は、「日本の核武装を米国が許すはずがない」の一点張りであるが、あまりにも短絡的思考である。
日本の核論議が日米同盟を深化させ、ひいては米国の戦略を補強するという論理の組み立てをやってはいかがであろうか。
米国が自国の国益のために他国を最大限に利用し、また国家戦略のために9.11にまつわる各種事象を操作(アル・ゴア著『理性の奪還』)したりするように、日本も自立と国益を掲げて行動しないと、米中の狭間に埋没しかねない。
核拡散防止条約(NPT)は高邁な趣旨と違って、保有を認められた5カ国の核兵器削減は停滞しているし、他方で核保有国は増大している。
「唯一の被爆国」を称揚する日本であるゆえに、道義的観点並びに核に関するリアリズムに則った新条約などを提案する第一の有資格者である。
同時に、地下鉄サリン事件の防護で有効に対処できた経験を生かし、核にも有効対処できるように準備する必要がある。
その際、形容矛盾の非核三原則ではなく、バラク・オバマ大統領の言葉ではないが、「日本は核保有国になれるが、保有しない」(Yes, we can, but we don’t)と闡明し、しっかり技術力を高めておくのが国家の使命ではないだろうか。
ヒラリー・クリントン米国務長官は「尖閣には日米安保条約第5条が適用される」と言明した。
しかし、かつて一時的にせよ、ウォルター・モンデール元駐日米大使が「適用されない」と発言したように、政権により、また要人により、すなわちTPO(時・場所・状況)に左右されると見た方がよい。
米国では従軍慰安婦の議会決議に見た通り、チャイナ・ロビーの活躍も盛んである。
ましてや、既述のように決定の最大要因が国民意思であるからには、核兵器の惨害が米国市民数百万から1000万人に及ぶと見られる状況では、「核の傘」は機能しないと見るのが至当ではなかろうか。「有用な虚構」であり続けるのは平時の外交段階だからである。
先人の血の滲む努力を無にするな
日本は明治維新を達成したあと、範を欧米に求めた。新政府の要路にある者にとって自分の地位が確立していたわけでもなく、また意見の相違も目立つようになり内憂を抱えていた。
しかし、それ以上に外患に備えなければ日本の存立そのものが覚束ないという思いを共有していた。そこで、岩倉具視を団長とする米欧使節団を送り出したのである。
一行には木戸孝允、大久保利通、伊藤博文などもいた。1年10カ月にも及ぶ長期海外視察は、現役政府がそのまま大移動するようなもので、不在間の案件処理を必要最小限に留めるように言い残して日本を後にしたのもゆえなしとしない。
よく言われるように、英国を観ては「40年も遅れている」とは受け取らず、「40年しか遅れていない」と見て、新興国日本の明日への希望を確認した。
また、行く先々で文明の高さや日本と異なる景観に感服するところもあったが、その都度、好奇心を発揮して記憶にとどめ、また瀬戸内海などの素晴らしい景観があるではないかと、「日本」を決して忘れることはなかった。
米国のウエストポイント陸軍士官学校を訪れた時は射撃を展示され、そのオープンさにびっくりするが、日本人ならばもっと命中させると逆に自信の程を高めている。
ことほどさように、初めて外国を視察しているにもかかわらず、その目は沈着で、異国情緒に飲み込まれることもなく、基底に「日本」を据えて比較検証しようとしている。
こうした見識はひとえに、為政者として日本の明日を背負って立たなければならないという確固たる信念がもたらしたと見るほかはない。
代表団が特に関心を抱いたことは、小国の国防についてである。オランダ、ベルギー、デンマーク、さらにはオーストリア、スイスなどを回っては、日本の明日を固める意志と方策を見出そうと懸命である。
もう1つ、国際社会に出ようとする日本が関心を持ったのは万国公法(今日の国際法)についてであった。プロシアの鉄血宰相ビスマルクの話には真剣に耳を傾け、また参謀総長モルトケの議会演説にも強い関心を持った。
概略は次のようなものだった。
「世界各国は親睦礼儀をもって相交わる態度を示しているが、それは表面上のことでしかない。内面では強弱相凌ぎ、大小侮るというのが実情である。万国公法は、列国の権利を保全する不変の法とはいうものの、それは大国の利のあるうちでいったん不利となれば公法に代わる武力をもってする」(ビスマルク)
「政府はただ単に国債を減らし、租税を軽くすることばかりを考えてはならない。国の権勢を境外に振るわすように勤めなければならない。法律、正義、自由などは国内では通用するが、境外を保護するのは兵力がなければ不可能である。万国公法も国力の強弱に依存している」(モルトケ)
このことは、現在にも通用する。しっかり反芻し、記憶することが大切である。
日本は「唯一の被爆国」や「平和憲法」を盾に、国際情勢の激変にもかかわらず官僚的手法の「シーリングありき」で累次の「防衛計画の大綱」を策定してきた。
こうした日本の無頓着で内向的対応が、周辺諸国の軍事力増強を助長した面はないのだろうか。
明治の為政者たちが意識した外国巡視に比較して、今日の政治家の海外視察はしっかりした歴史観も日本観も希薄に思えてならない。
歴史の教訓を生かす時
ここで言う歴史の教訓とは、明治の先人たちが命懸けで体得した「国際社会は力がものをいう」というリアリズムである。今日ではそのことが一段と明確になっている。
アテネはデモクラシー(民主主義)発祥の地であり、ソクラテスやプラトンを輩出したことで知られている。
そのアテネでは人民(デモス)の欲望が際限なく高まり、国家はゆすり、たかりの対象にされ、過剰の民主主義が国力を弱体化させていく。
専制主義国家スパルタとの30年戦争の間にも国民は兵役を嫌い、目の前の享楽に現を抜かし道徳は廃れ、ついに軍門に下る。
その後、経済も復興するが、もっぱら「平和国家」に徹し続け、スパルタに代わって台頭した軍事大国マケドニアに無条件降伏を突きつけられる。一戦を交えるが惨敗して亡国の運命をたどった。
例を外国に求めるまでもない。日本にも元禄時代があった。男性が女性化し、風紀は乱れ、国家の将来が危ぶまれた。この時、出てきたのが「武士道といふは死ぬことと見つけたり」で膾炙している『葉隠』である。
ことあるごとに死んでいたのでは身が幾つあってもたまらないが、真意は「大事をなすに当たっては死の覚悟が必要だ」ということである。
こうした考えが、自分たちのことよりも国家の明日を心配した米欧派遣の壮挙につながった。日本出発から1カ月を要してようやくワシントンに着くが、いざ条約改正交渉という段になって天皇の委任状のないことを指摘され、大久保と井上博文はその準備に帰国する。
往復4カ月をかけて再度米国に着いた時には、軽率に条約改正する不利を悟り代表団が米政府に交渉打ち切りを通告していた。
何と無駄足を運んだかとも思われようが、当時の彼らにとっては、国力の差を思い知らされる第1章と受け取る余裕さえも見せている。
国家を建てる、そして維持することの困難と大切さを身に沁みて知ったがゆえに、華夷秩序に縛られた朝鮮問題で無理難題を吹っかけられても富国強兵ができる明治27(1894)年まで辛抱したのであり、三国干渉の屈辱を受けても臥薪嘗胆して明治37(1904)年までの10年間を耐えたのである。
佐藤栄作政権時代に核装備研究をしていたことが明らかになった。「非核三原則」を打ち出した首相が、こともあろうにという非難もあろう。
しかし、ソ連に中立条約を一夜にして破られた経験を持つ日本を想起するならば、「日本の安全を真剣に考えていた意識」と受け取り、その勇気に拍手喝采することも必要ではないか。
国際社会は複雑怪奇である。スウェーデンもスイスも日本人がうらやむ永世中立国である。その両国が真剣に核装備を検討し、研究開発してきたことを知っている日本人はどれだけいるであろうか。また、こうした事実を知って、どう思うだろうか。
「密約」を暴かずには済まない狭量な政治家に、そんな勇気はないし、けしからんと難詰するのが大方ではないだろうか。しかし、それでは国際社会を生き抜くことはできない。
終わりに
漁船衝突事案では、横浜APECを成功させるために、理不尽な中国の圧力に屈した。日本は戦後65年にわたって、他力本願の防衛で何とか国家を持ちながらえてきた。
しかし、そのために国家の「名誉」も「誇り」も投げ捨てざるを得なかった。今受けている挑戦は、これまでとは比較にならない「国家の存亡」そのものである。
米国から「保護国」呼ばわりされず、中国に「亡失国家」と言われないためには、元寇の勝利は神風ではなく、然るべき防備があったことを真剣に考えるべきである。
そのためにはあてがいぶちの擬似平和憲法から、真の「日本人による日本のための日本国憲法」を整備し、名誉ある独立国家・誇りある伝統国家としての礎を固めることが急務であろう。
〈筆者プロフィール〉
森 清勇 Seiyu Mori星槎大学非常勤講師
防衛大学校卒(6期、陸上)、京都大学大学院修士課程修了(核融合専攻)、米陸軍武器学校上級課程留学、陸幕調査部調査3班長、方面武器隊長(東北方面隊)、北海道地区補給処副処長、平成6年陸将補で退官。その後、(株)日本製鋼所顧問で10年間勤務、現在・星槎大学非常勤講師。また、平成22(2010)年3月までの5年間にわたり、全国防衛協会連合会事務局で機関紙「防衛協会会報」を編集(『会報紹介(リンク)』中の「ニュースの目」「この人に聞く」「内外の動き」「図書紹介」など執筆) 。
著書:『外務省の大罪』(単著)、『「国を守る」とはどういうことか』(共著)
国防 日米安保条約が締結されてから50年目が経ち、いつしか日米安保は空気のような存在となった。そんな折、日本では自民党政権が倒れ、沖縄にある普天間基地の国外・県外への移設を掲げる民主党政権が誕生した。普天間基地の移設問題では早くも日米間できしみが生じるなど、日本の国防が根底から揺らぎそうな雰囲気だ。一方、中国が軍事力、なかんずく海軍力を大幅に増強、北朝鮮からは核ミサイル発射の危険性も現実のものとなり、国を守ることを国民一人ひとりが真剣に考えなければならない時代を迎えている。 *強調(太字・着色)は来栖
小児臓器提供進まず 「脳死は人の死」根付かぬ日本
クローズアップ2011:小児臓器提供進まず 「脳死は人の死」根付かぬ日本
15歳未満の小児患者からの脳死臓器提供に道を開き、家族承諾での臓器提供を可能にした改正臓器移植法の全面施行から17日で丸1年を迎えた。施行後、全体の脳死臓器提供は急増したが、小児からの提供は1例だけ。提供が進まない背景には、脳死を受け入れがたい親の心情や医師の間でも見解がまとまらないことなど、提供を阻むさまざまな課題がある。【比嘉洋、藤野基文、久野華代】
◇実施施設「返上」の病院も
小児の脳死臓器提供実施施設として毎日新聞のアンケートに答えた東海地方の病院で2月7日午前9時ごろ、入院中の男児(1歳5カ月)の自発呼吸が止まった。脳波も平たん。脳死とみられる状態だった。
「脳の活動が非常に乏しいです」
同日午後7時、男児のいる集中治療室の隣室に集められた両親とそれぞれの祖父母計6人に治療を担当する女性医師(27)が告げた。人工呼吸器をつけた男児は眠っているように見える。だが、意識が再び戻ることはない。説明を受けた20代の母親が涙をこぼした。
男児は1月下旬に40度の高熱と激しいけいれんで救急搬送され、インフルエンザ脳症と診断された。投薬治療を続けていたが、意識が回復しないままこの日を迎えた。男児の祖母が詰め寄った。「孫は脳死なんですか」。医師は男児に臓器提供の機会があることを説明し、提供する場合にのみ脳死かどうかを判定するという現行の制度を説明した。家族はすぐに臓器提供を断った。脳死と認めなくてよいのなら、「うちに連れて帰りたい」。
女性医師とともに診療に当たった男性小児科医(43)は「家族が提供の意思を示したら、おそらく脳死と判定されるケースだった」と振り返る。
病院は治療を継続し、母親は3歳になる姉を連れてほぼ毎日見舞いに訪れている。男児は脳死とみられる状態でも脊髄(せきずい)反射などにより手足が動き、排便もする。女性医師によると、母親はその度に喜び、動きが少ないと「きょうは機嫌が悪いみたい」と悲しむという。人工呼吸器などの生命維持装置の管理の方法を家族が習得すれば、男児は今月中にも帰宅できる。
成人は脳死から数日で心停止に至ることが多いが、小児は心停止まで長期間にわたる場合がある。小児科医は「(臓器移植が進む欧米各国のように)『脳死は人の死』とする死生観が日本に根付かない限り、特に小児の脳死臓器提供は増えないだろう」と指摘する。
小児脳死臓器提供から手を引く施設も出ている。ある病院は改正法施行後の昨年12月の時点では、小児臓器提供実施施設として表明していたが、数カ月後に取り下げた。県内の別の医療施設から「小児からの提供については独自で見解を出すべきでない。先に地域の医師の間で議論を深め、方針を統一すべきだ」との指摘を受けたためだ。取り下げた病院関係者によると、県内の小児救命救急に携わる医師の一部は、救命を願う親の気持ちを傷つけかねないなどの理由から、移植医療自体に抵抗感を持っている。一方で、臓器移植を望む子どもの希望に応えるべきだとする医師も多く、話し合いを続けているという。
改正法に対応した臓器移植マニュアルをまとめた厚生労働省研究班のメンバー、岡田真人・聖隷三方原病院院長補佐は「脳死について議論を十分尽くさないで、臓器を提供する時に限って脳死を人の死とした。これは世界的にも特殊な状況で、問題を複雑にしている。臓器提供をする時だけ親に子どもの死の時期を判断させるというのは、社会に受け入れられないのではないか」と指摘する。
◇海外移植も困難に 心停止後含め提供数伸びず
改正臓器移植法施行で家族承諾による脳死臓器提供が可能となり、最大でも年間13例だった提供数がこの1年間で55例と急増した。しかし、施行前から家族承諾で行うことができた心停止後の提供数は減り、脳死と心停止を合わせた年間臓器提供数は大きな伸びを示していない。
専門家の間では、脳死提供の手続きの緩和に伴い、従来は心停止後に提供を承諾するケースで脳死での提供を認めるようになったため、心停止後の提供が減ったと考えられている。移植ネットなどによると、この1年間の脳死提供55例のうち49例は家族が承諾したケース。移植を受けた患者は心臓が37人(過去最多は年11人)、肝臓51人(同13人)と大幅に増えた。一方、改正法全面施行後の臓器提供は心停止後の76例(6月末まで)を含め計131例。法施行直前の3年間は▽09年105例(脳死7例、心停止後98例)▽08年109例(脳死13例、心停止後96例)▽07年105例(脳死13例、心停止後92例)で、2割程度伸びた形だ。
大阪大の福嶌教偉(のりひで)・移植医療部副部長は、施行後、医療施設側も臓器提供の機会があることを説明するようになってきたことや、患者の家族から主治医に臓器提供を申し出るケースが増えてきていることを挙げ、「移植医療は国民の中に徐々に浸透してきているのではないか」と話す。
海外での移植などを支援しているNPO法人「日本移植支援協会」によると、これまで年間5〜10人ほど渡航移植を支援してきたが、改正法施行後は国内での臓器提供が増えたため支援は1人のみに減った。協会の高橋和子理事長は「渡航移植の自粛を求めるイスタンブール宣言(08年5月)の採択の影響もあり、施行後も小児の臓器提供が1例しかない現状は、小児の移植希望者にとっては非常に苦しい」と語る。
■ことば
◇脳死と改正臓器移植法 ◇心臓、数年動く場合も
脳死は、心臓は動いているが、脳の全機能が失われた状態。呼吸などの調節を行う脳幹の機能が残り、自ら呼吸できる「植物状態」とは異なる。脳死状態でも人工呼吸器などを装着すれば、生命力の強い小児の場合、数年間心臓が動き続けることもある。脳死判定は移植に関わらない判定医が、脳波活動や自発呼吸の消失の確認など5項目について、6時間以上の間隔を空け2回行う。蘇生力の高い6歳未満は間隔を24時間以上空ける。昨年全面施行された改正臓器移植法で、本人が生前に拒否していない限り家族の承諾で脳死臓器提供ができるようになったほか、対象年齢も生後12週未満を除く全年齢で可能になった。一方、虐待を受けていた小児(18歳未満)からの臓器提供を禁じている。
<小児脳死臓器提供についての実施施設の意見>
◆心臓が動いている体にメスを入れて臓器を取り出すという行為は親に受け入れがたい。
◆小児の脳死状態は長期生存の可能性があるため(親の承諾が得にくく)、臓器提供者が少ないのは予想通り。◆小児に限らず、臓器移植という治療法が「陰」とされる傾向が日本にはまだ残っている。
◆成人の提供が広く社会に受け入れられるようになって初めて、小児も事例が増えるのでは。
◆虐待の可能性を否定しなければならないのが大変。大人の提供より現場の負担が大きい。
◆子供が脳死になったら臓器提供するかどうか決めておいてもらうような社会環境を作る必要がある。
※毎日新聞実施のアンケートより主な意見を抜粋
毎日新聞 2011年7月18日 東京朝刊
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関連:〈脳死〉頭蓋骨を電動のこぎりで切り始めると、その時点で、泥状の脳がポトポトと漏れ出してくる2011-03-08 | 死と隣合わせ/臓器移植
〔脳死と人の死〕鈴木修(すずき おさむ=法医学者、浜松医科大理事)中日新聞2011/3/5夕刊「紙つぶて」
政権交代の直前2009年、混乱に乗じてといったら叱られそうだが、改正臓器移植法が国会で成立した。しかも、いわゆるA案が成立したのだ。A案では、脳死は無条件で人の死とうたっている。
私も脳死状態の死体の解剖をたくさん経験している。司法解剖では、必ず、頭蓋腔(くう)、胸腔、腹腔を開く。脳死者の場合、首から下の各臓器は新鮮でしっかりとしているのに、大脳、小脳などは原形なく、まるで灰色の泥のようだ。頭蓋骨を電動のこぎりで切り始めると、その時点で、泥状の脳がポトポトと漏れ出してくる。やむをえず、洗面器を下にあて、頭蓋骨を開きながら、流れ出てくる泥状脳全体をすくいとる。もちろん脳の所見は取れないことが多い。
この様に脳死者の脳の状態を見せ付けられると、脳死とは全人的に人の死と実感する。しかし、A案が通っても、まだ脳死を人の死と認めたくない人も多い。一度私どもの解剖をビデオに撮り、お見せすれば考えを変えてくれる人も出てくると思ったりする。
もちろん、家族の気持ちも理解できる。脳死といわれても、心臓は拍動し、体は温かい。しかし、むごいかもしれないが、医学的に脳死は人の死なのだ。
臓器だけでも他人の体の中で生きつづけることができると思って、移植を希望した家族も多いと聞く。
改正臓器移植法が施行されてから、脳死臓器移植件数は3倍以上に跳ね上がった。それだけの数の命が救われるのだ。
総ての牛の処分を終えて/牛には十分な飼料は与えられない/一生懸命乳を出す牛ほどやせていくんです
安易な原発再開論に怒る、飯舘村の酪農家 二度と同じ生活に戻れないかもしれない人々の悲しみ
JBpress 2011.07.19(Tue)川井龍介
東日本大震災から4カ月が過ぎた7月11日、たまたま新聞休刊日であったせいかもしれないが、3.11から1カ月、2カ月、3カ月という節目に比べて被災への関心が薄れていっているのではないかという感が否めない。
*原発に対する国民の関心が冷めつつある
福島県飯舘村で長谷川健一さんが酪農家を営んでいた頃の牛舎
出版関係者によると、このところ一気に店頭に並んだ原子力発電所や核・放射能に関わる書籍の売り上げも止まりつつあるという。
しかし、被災地ではもちろんまだまだ厳しい現実に変わりなく、原発・エネルギーをこれからどうする、といった課題は粘り強く議論していく必要がある。
この日、福島県飯舘村の酪農家、長谷川健一(58)さんと久しぶりに電話で話をした。震災後2カ月して長谷川さん宅を訪れて以来、話をするのは3回目だった。長谷川さんはこの村で長年酪農を営んできた。
しかし、原発事故による放射線の危険から飯舘村が計画的避難区域に指定されたことなどでやむなく廃業を決意した。
いまはまだ、長谷川さんは村内の自宅にとどまっている。「牛はすべて片づきました」と言った彼は、酪農という自分の仕事には終止符を打った。
*すべての牛の処分を終えて・・・
事故後村外に預けた育成牛や妊娠牛も前月いっぱいで競りにかけるなどして処分したという。廃業に追い込まれた長谷川さんに残されたのはもはや用のないからっぽの牛舎だけだ。
しかし、区長としての責任感から、区内に住む54戸(205人)を村から完全に避難させるまでは、自分は家を離れないつもりだ。現在、区内の住民の約9割が避難を終えているという。
アパートを借りるなど自分で避難先を探して移動した人もいるが、仮設住宅に入る住民については、できるだけまとまって移住するように働きかけている。
というのは、このままただ入居可能な仮設住宅に順番に入っていけば、かつてのコミュニティーはばらばらになる可能性が高く、お年寄りたちが孤独に陥るのではないかと心配するからだ。
こうした配慮から、長谷川さんは村や地区の住民に働きかけて、まとまって入居できる仮設住宅を検討、すでに別の仮設住宅を予定していた人の了解も得てキャンセルしてもらった。
*防犯上の理由から避難しても遠くには行けない
その結果、17〜18軒が飯舘に隣接する伊達市にある仮設住宅に入居することが決まった。ここは仮設の中では珍しく木造で、木のぬくもりを感じられるという。
日本ログハウス協会などが建設を手がけ、福島県産の杉を使うなどで断熱性を高め、結露を防ぐといった配慮がされている。
また、長谷川さんによればこの地区は大きな病院やスーパーも近くにあり、飯舘へも40分ほどで行くことができるという利便性がある。
いまでも、防犯上の理由から故郷を見まわる必要もあり、遠く離れることはできないのが現実だ。名前は仮設でも、これからしばらくはそれが日常となる。1カ月、2カ月の話ではない。住宅そのものの住み心地は重要だし、周りの環境も無視できない。
「近くに知り合いもいるので畑も借りた。桃の果樹園もあるし緑の中で静かな環境です」と、長谷川さんは厳しい現実を前によりよいものを目指している。苦境を前にしても彼の責任感と前向きな姿勢には感服する。
*牛の移動を禁止した不合理な国への怒り
振り返れば、初めて長谷川さんの牛舎を訪れた震災から2カ月後の5月11日夕、長谷川さんの牛舎の牛は見るも無惨にやせ細っていた。原発事故以来、搾乳した牛乳の放射線量は基準値以下だったのにもかかわらず、牛は移動を禁じられたままだった。
毎日搾乳しては、それを処分する。えさ代だけがかかるため牛には十分な飼料は与えられない。「一生懸命乳を出す牛ほどやせていくんです」と、長谷川さんは教えてくれた。
当時、育成牛は移動できたが、妊娠している牛なども国から移動を禁じられている状況は、どう見ても不合理だった。
村外で飼育を委託するなどの方法で、大切な牛を飼い続ける選択肢は封じられていた。管理さえしっかりすれば移動は問題のないはずだった。一方、住民に対しては、最も放射線量が高い時に避難させなかったことに長谷川さんは憤っていた。
長谷川さんは、かつて村内の若い人たちがスクラムを組んで酪農に取り組んでいる姿を見て、会社員をやめて酪農の道に入り、徐々に牛を増やし50頭を抱えるまでになった。
*脱サラし親子2代で酪農事業を拡大させていた矢先の事故
6年前に長男も酪農に未来を託して勤めをやめて父とともに酪農に従事、牛の“美人コンテスト”にも熱心に参加するなど、親子2代で事業を充実させていた時に、今回の原発事故に遭ったことになる。
混乱の中で廃業を決めて、仕方なく育てた牛を次々に肉として処分するため牛舎から送り出した。「大型トラックに積まれていく牛の姿を見て、家族みんなで泣いた。見てらんねぇ」と、その時の気持ちを話す。
飯舘村を訪れてみれば分かる。瑞々しい緑が広がり、なだからな丘陵が優しい風景を描く。田んぼを前にした商店では、食料品や酒、そして日用雑貨が並んでいる。
道を尋ねれば地図を書いて教えてくれる店主がいる。気温の差が大きいことが色合いの鮮やかな花を咲かせる。地酒や飯舘牛といった名産もなかなかの評判だった。
こうした自然の恵みとともにあるのどかな暮らしが、放射能の汚染によって一気に破壊された。見た目は何も汚れたり傷ついたところはないのに、放棄されなければならない家、田畑、そして仕事の現場。
*大災害が目に見える海岸沿いとは被害の質が全く異なる
三陸から福島にかけての海岸線をたどってきて目にした破壊し尽くされた光景とはまた別の意味で、何とも言えない悲しい風景として心に映る。
戦災でも自然災害でも破壊は形となって表面化されたが、全く見た目には変化のない放射線による生活の破壊というものは、これまで我々が経験したことのないものだ。
6月11日、福島県相馬市で50代の酪農家の男性が、小屋で首をつった状態で見つかった。自殺だった。彼は長谷川さんと同じく牛乳が出荷停止となり、乳を搾っては捨てざるを得ず、自分の飼っている乳牛も処分した。
小屋の壁には白いチョークで「原発さえなければ」「残った酪農家は原発にまけないで」といったメッセージが残されていた。事故前から悩みを抱えていたという話もあるが、原発事故と死との関係は疑いようはない。
村の将来と自分たちの暮らしがどうなるのかついて、長谷川さんも見通しがつかない。二度と戻れないだろうと思う一方で、自分自身は戻る可能性もあるという。
*海外で人気だった青森リンゴが売れなくなった
「2〜3年後に戻っていいと言われたら、私より上の年代の人たちは戻るだろう。でも、子供たちは戻らない。そうなれば、家族は離散という状態になる。別の地が見つかれば、村として新しいところへ移るということも、この2〜3年のうちに考えなければならないだろう」
長谷川さんは移住の準備のかたわら、いま全国各地で講演活動をしている。酪農家の人たちをはじめ多くの人に、飯舘村が味わった苦しみを伝えるためだ。
飯舘村の酪農家の現実だけを見ても分かるように、いったん原発が事故を起こしたら放射線によって長年にわたって取り返しのつかない被害をもたらす可能性がある。
直接的な被害だけでなく、観光地や農産物などへの風評被害が東北全域や北関東へも広がっていることを考えると、まさに未曾有の悪影響を招く。一例を挙げれば、高級品として人気を博していた青森のリンゴが台湾で売れなくなっている。
こうした現実を見れば、原発に対してはより慎重に存否を含めてそのあり方を根本から議論する必要がある。しかし、現在問題になっている原発の再稼働を巡る動きをみれば、まことに残念ながらこの大惨事の教訓が生かされていない。
*九電のやらせメールに見る原発行政の異常
九州電力玄海原子力発電所を巡る動きがその一例だ。再稼働を認められたいがために、九州電側が仕かけたやらせメールという、恥知らずの犯罪的な行為がこの期に及んで行われたという事実を見れば、いかにこれまでの原発建設に関わる公開ヒアリングなどが、言葉は悪いがインチキ臭かったかが想像できるというものだ。
原発の安全性の再確認や再稼働の是非についての国の方針については、その一貫性に問題があるといった批判が噴出している。その通りだろう。
しかし、心配なのは国の対応への批判が、「いったいいつになったら再稼働できるのか」、あるいは「このままでは将来電力需要をまかないきれない」といった、安易な原発容認論へとすり替わっていく風潮が、新聞、とくに地方紙の論調に表れていることだ。
脱原発を推進する菅直人首相への批判が、脱原発批判に利用される危険性には注意しなければならない。原発の将来を巡っては、開かれた情報のもとで、民主的な議論を尽くすなど公正な手続きを踏んだうえで決めたいものだ。
原発を抱える地方自治体からも、目先の利益にとらわれている感のある議論が聞こえてくる。長谷川さんはこう憤慨する。
「先日テレビを見ていたら、(青森県大間町の)大間町議が、原発(建設中の大間原子力発電所)の建設を急いでくれと言っている。この人は何を考えているんだ。被害に遭っている現地を見てみろって言いたい」
地方の抱える問題はそれぞれにあるだろうが、ことの重大性を考えれば長谷川さんの声をまずは広めたい。
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◆「原発さえなければと思います」“遺書”の一文/命の悲痛な叫び2011-07-15 | 地震/原発
◆福島の酪農業男性が自殺か「原発なければ」と書き残し/原発が引き裂いた人生「原発で手足ちぎられ酪農家」2011-06-14 | 地震/原発
◆原発20?圏に家畜65万匹超、置き去りか 餓死か/牛に「ごめん」牛を解き放とうと悩んだが、近所迷惑と考え2011-04-22 | 地震/原発
原発20キロ圏に家畜65万匹超置き去りか
< 2011年4月19日 20:41日テレ>福島第一原子力発電所の事故で避難指示区域に指定されている半径20キロの圏内に、家畜のウシ3300頭やブタ、ニワトリなど計65万匹以上が取り残されているとみられることが、福島県の調べでわかった。大半は死んでいるとみられる。
県は、行方不明者の捜索も難航していることから対応は難しいとしている。
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牛3千頭・豚3万匹、原発20キロ圏に…餓死か
読売新聞 4月19日(火)14時33分配信
東京電力福島第一原子力発電所の事故で、避難指示区域(原発の20キロ圏内)に牛約3000頭、豚約3万匹、鶏約60万羽が取り残されたことが19日、福島県の調べでわかった。
避難指示から1か月以上が過ぎ、すでに多数が死んだとみられる。生き残っている家畜について、畜産農家らは「餓死を待つなんてむごい。せめて殺処分を」と訴えるが、行政側は「原発問題が収束しないと対応しようがない」と頭を抱えている。
県によると、20キロ圏内は、ブランド牛「福島牛」の生産地や大手食品メーカーの養豚場などがあり、畜産や酪農が盛んな地帯。しかし、東日本大震災発生翌日の3月12日、同原発1号機が爆発し、避難指示が出たため、畜産農家や酪農家は即日、家畜を置いて避難を余儀なくされた。 .最終更新:4月19日(火)14時33分
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<福島第1原発>牛に「ごめん」 警戒区域化で最後の世話
(毎日新聞-04月21日 21:23)
「一時帰宅はどこまで認められるのか」「放射線量が高いのに大丈夫なのか」。福島第1原発の20キロ圏内を22日午前0時から立ち入り禁止にするとの21日の政府発表を受け、福島県内外で避難生活を送る約7万8000人の住民に大きな波紋が広がった。一時帰宅への期待が高まる一方、やり残したことを「最後の1日」で済ませようと圏内を行き来する人の動きも目立った。原発事故の影響は圏内で暮らしていた約7万8000人の営みを翻弄(ほんろう)し続けている。
◇楢葉町牧場主
同県楢葉町の蛭田(ひるた)牧場。20キロ圏外のいわき市に避難している経営者の蛭田博章さん(42)は21日、約130頭の牛たちに最後の餌を与えた。強制力のない「避難指示」の段階では、3日に1回のペースで餌やりのため牧場に入っていたが、22日午前0時以降は不可能になる。蛭田さんは「何もしてやれず、ごめん」と牛たちにわびた。
この日、蛭田さんが干し草を積んだトラックで到着すると、エンジン音を聞いた牛舎からは一斉に鳴き声が起きた。まず飲み水を与え、次に干し草を一列に並べると牛たちは我先にと食べ始めた。与えたのは1日分。牛が飲まず食わずで生きられるのは約1カ月が限度という。
子牛の牛舎を見ると生後3カ月の雌牛が栄養不足で死んでおり、別の1頭が絶えそうな息で横たわっていた。蛭田さんは重機で掘った穴に死んだ子牛を埋め、瀕死(ひんし)の子牛の背中をずっと、なでた。「ごめんな、ごめんな」。涙が止まらなかった。
立ち入りが禁止される今回の事態を前に、牛舎から牛を解き放とうと何度も悩んだが、近所迷惑になると考え、思いとどまった。最後の世話を終えた蛭田さんは「一頭でも生かしてやりたかったけど、もう無理みたいです。次に来るときは野垂れ死にしている牛たちを見るのでしょう。つらいです」。それ以上、言葉が続かなかった。【袴田貴行】
◇検問で列
政府による「警戒区域」の設定が発表された21日、福島第1原発の半径20キロ圏に取材で入った。主要道路は、警戒区域に切り替わる22日午前0時より前に圏内の自宅から荷物を持ち出そうとする住民の車で混雑した。
国道6号の原発20キロ地点に設置された楢葉町の検問所も列ができていた。警察官は「今日までは立ち入りを認めているが、明日からは完全に入れなくなる」と説明し「短時間で出てください。出た後は(被ばくの有無を調べる)スクリーニング検査を受けてください」と念押ししていた。
夕方、圏内からUターンを始めた車には、多くの家財が積まれていた。マスク姿の運転者が目立ち、防護服代わりのような雨がっぱで頭を覆った女性もいた。荷台に犬を乗せた軽トラックも通り過ぎていった。
この日、出会った楢葉町の森田孝広さん(35)は家財道具を持ち出すためトラックを借りて「家にある7割くらいは持ち出した」という。仕事があるため妻と小1の長男、1歳の長女を東京の実家に預け、いわき市内で単身の避難生活を送る。自宅が警戒区域になることに「何も考えられない。目の前で起きることを一つ一つこなしていくだけ」とうつむいた。
町内には今回の問題を生み出した原発の復旧に当たる前線基地「Jヴィレッジ」がある。施設内では、この日も多くの作業員が防護服に身を包み、原発に向かうワゴン車やバスに乗り込んでいた。
スクリーニング検査を実施しているいわき市保健所によると、この日は圏内の楢葉町や富岡町にいったん戻った人を含めた検査が平常より3割増えた。持ち出した家財道具の検査ができるかの問い合わせもあり、職員らは遅い時間帯まで対応に当たっていた。【町田徳丈、石川淳一】
◇郡山避難女性
福島県内外の避難所などに身を寄せる住民の関心は、今後実施されるとみられる一時帰宅に集中した。
最も多い避難住民を受け入れている「ビッグパレットふくしま」(郡山市)には21日、菅直人首相が訪れた。
津波で集落全体を流された富岡町のパート、佐藤恵美子さん(50)は首相に「よろしくお願いします」と声を掛けたが、本音では「早く帰らせて」と怒鳴りたかった。震災から一度も帰宅できておらず、アルバムや思い出の品も捜したい。ただ佐藤さんは「放射線で汚れたものをそのまま避難所に持ってくるわけにもいかないだろう」と、複雑な思いをのぞかせた。
家族4人と寝泊まりする同町の会社員、遠藤和也さん(43)は今まで2回、帰宅して通帳などを持ってきたが、両親の保険証を回収できていない。一時帰宅に期待しているが「本当はみんなで戻りたいが、放射能が怖いので子供2人は連れて行けない」と話した。
山形県米沢市の避難所に身を寄せる浪江町の会社員、金沢良行さん(48)は警戒区域設定のニュースを知り、車を飛ばして自宅に家財道具を取りに行った。国の一時帰宅の方針については「一時帰宅は乗り合いバスで移動するというが、多くの荷物が載せられない。もう少し自由にできないのか」と訴えた。
一方、第1原発の3キロ圏内は一時帰宅の対象外に。双葉町長塚から米沢市に避難している東電協力会社員、渡部恵丞(けいすけ)さん(32)は「一時帰宅できたら衣類や日用品、3人の子供のアルバムを持ってきたかったが……。こんなことなら自己責任で戻って回収しておけばよかった」と肩を落とした。【前谷宏、荻野公一、金寿英】
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福島からの牛豚避難に壁 風評被害、東海の受け入れ先断念
中日新聞2011年4月22日 10時38分
福島県や農林水産省は、福島第1原発事故で「計画的避難」や「屋内退避」の対象になっている地域の牛や豚を、圏外に避難させる方針だ。ただ、受け入れを表明した東海地区の酪農家が、インターネット上で中傷され、断念するケースも出始めるなど、難航も予想される。
1カ月をめどに避難対象となる「計画的避難」区域の福島県飯舘村。黒毛和牛を育てる庄司武実さん(57)は「牛を飼っている者は不安で仕方がない。こんな状態では当たり前でしょ」と憤りをあらわにする。
父親の後を継いで30年。「草原の草を食べて育つ。うちの牛は赤身が多くて、うまいんだ」。競りに出した子牛が、三重県や山形県で育てられ、全国でも屈指のブランド牛になる。それを誇りにしてきた。
福島県の調査によると、今月上旬、村内の土壌からは1キログラムあたり最大2万ベクレル以上(規制値5000ベクレル)のセシウムが検出された。県は「計画的避難」区域の牛や豚の飼育数は把握していないが、原発から半径20〜30キロ圏内の「屋内退避」区域だけでも、牛1万頭、豚1万3千頭が飼育されている。
家畜の世話をするために自宅にとどまったり、餌をやるために避難先から通う農家もいる。
農水省は今月上旬、農協などを通じて、全国の酪農家や畜産農家に、家畜の受け入れ希望を調査した。数十の農家が「可能」と回答したという。
東海地方のある酪農家も「被災地の助けになりたい」と、牛数十頭の受け入れを申し出た。しかし、直後にインターネット上で「放射能で汚染された牛が××県に来る」などと中傷されたことから、風評被害を恐れ、受け入れを断念した。
庄司さんは、母牛や子牛に餌をやりながら考える。「来月予定される競りに、飯舘の牛は出せないだろう。国や東電はどう補償してくれるのか」。丹念に育ててきた雄の子牛は今、9カ月。ちょうど出荷の時期を迎えている。
◆宮崎牛、口蹄疫 「人間は、地上における最も兇暴な食欲をもつ生物だ」2010-05-17 | 社会
・五木寛之著『人間の運命』(東京書籍)より
私たち人間は、地上における最も兇暴な食欲をもつ生物だ。1年間に地上で食用として殺される動物の数は、天文学的な数字だろう。
狂牛病や鳥インフルエンザ、豚インフルエンザなどがさわがれるたびに、「天罰」という古い言葉を思いださないわけにはいかない。
私たち人間は、おそろしく強力な文明をつくりあげた。その力でもって地上のあらゆる生命を消費しながら生きている。
人間は他の生命あるものを殺し、食う以外に生きるすべをもたない。
私はこれを人間の大きな「宿業」のひとつと考える。人間が過去のつみ重ねてきた行為によってせおわされる運命のことだ。
私たちは、この数十年間に、繰り返し異様な病気の出現におどろかされてきた。
狂牛病しかり。鳥インフルエンザしかり。そして最近は豚インフルエンザで大騒ぎしている。
これをこそ「宿業」と言わずして何と言うべきだろうか。そのうち蟹インフルエンザが登場しても少しもおかしくないのだ。
大豆も、トウモロコシも、野菜も、すべてそのように大量に加工処理されて人間の命を支えているのである。
生きているものは、すべてなんらかの形で他の生命を犠牲にして生きる。そのことを生命の循環と言ってしまえば、なんとなく口当たりがいい。
それが自然の摂理なのだ、となんとなく納得できるような気がするからだ。
しかし、生命の循環、などという表現を現実にあてはめてみると、実際には言葉につくせないほどの凄惨なドラマがある。
砂漠やジャングルでの、動物の殺しあいにはじまって、ことごとくが目をおおわずにはいられない厳しいドラマにみちている。
しかし私たちは、ふだんその生命の消費を、ほとんど苦痛には感じてはいない。
以前は料理屋などで、さかんに「活け作り」「生け作り」などというメニューがもてはやされていた。
コイやタイなどの魚を、生きてピクピク動いたままで刺身にして出す料理である。いまでも私たちは、鉄板焼きの店などで、生きたエビや、動くアワビなどの料理を楽しむ。
よくよく考えてみると、生命というものの実感が、自分たち人間だけの世界で尊重され、他の生命などまったく無視されていることがわかる。
しかし、生きるということは、そういうことなのだ、と居直るならば、われわれ人類は、すべて悪のなかに生きている、と言ってもいいだろう。
命の尊重というのは、すべての生命が平等に重く感じられてこそなのだ。人間の命だけが、特別に尊いわけではあるまい。
・五木寛之著『天命』幻冬舎文庫より
p64〜
ある東北の大きな農場でのことです。
かつてある少女の父親から聞いた話です。そこに行くまで、その牧場については牧歌的でロマンティックなイメージを持っていました。
ところが実際に見てみると、牛たちは電流の通った柵で囲まれ、排泄場所も狭い区域に限られていました。水を流すためにそうしているのでしょう。決まった時刻になると、牛たちは狭い中庭にある運動場へ連れて行かれ、遊動円木のような、唐傘の骨を巨大にしたような機械の下につながれる。機械から延びた枝のようなものの先に鉄の金輪があり、それを牛の鼻に結びつける。機械のスウィッチをいれると、その唐傘が回転を始めます。牛はそれに引っ張られてぐるぐると歩き回る。機械が動いている間じゅう歩くわけです。牛の運動のためでしょうね。周りには広大な草原があるのですから自由に歩かせればいいと思うのですが、おそらく経済効率のためにそうしているのでしょう。牛は死ぬまでそれをくり返させられます。
その父親が言うには、それを見て以来、少女はいっさい牛肉を口にしなくなってしまったそうです。牛をそうして人間が無残に扱っているという罪悪感からでしょうか。少女は、人間が生きていくために、こんなふうに生き物を虐待し、その肉を食べておいしいなどと喜んでいる。自分の抱えている罪深さにおびえたのではないかと私は思います。
そうしたことはどこにいても体験できることでしょう。養鶏にしても、工場のように無理やり飼料を食べさせ卵をとり、使い捨てのように扱っていることはよく知られたことです。牛に骨肉粉を食べさせるのは、共食いをさせているようなものです。大量生産、経済効率のためにそこまでやるということを知ったとき、人間の欲の深さを思わずにはいられません。
これは動物を虐げた場合だけではありません。どんなに家畜を慈しんで育てたとしても、結局はそれを人間は食べてしまう。生産者の問題ではなく、人間は誰でも本来そうして他の生きものの生命を摂取することでしか生きられないという自明の理です。
ただ自分の罪の深さを感じるのは個性のひとつであり、それをまったく感じない人ももちろん多いのです。(中略)
生きるために、われわれは「悪人」であらざるをえない。しかし親鸞は、たとえそうであっても、救われ、浄土へ往けると言ったのです。
親鸞のいう「悪人」とはなんでしょうか。悪人とは、誠実な人間を踏み台にして生きてきた人間そのもです。「悪」というより、その自分の姿を恥じ、内心で「悲しんでいる人」と私はとらえています。(中略)
我々は、いずれにしろ、どんなかたちであれ、生き延びるということは、他人を犠牲にし、その上で生きていることに変わりはありません。先ほども書いたように、単純な話、他の生命を食べることでしか、生きられないのですから。考えてみれば恐ろしいことです。
そうした悲しさという感情がない人にとっては意味はないかもしれません。「善人」というのは「悲しい」と思ってない人です。お布施をし、立派なおこないをしていると言って胸を張っている人たちです。自信に満ちた人。自分の生きている価値になんの疑いも持たない人。自分はこれだけいいことをしているのだから、死後はかならず浄土へ往けると確信し、安心している人。
親鸞が言っている悪人というのは、悪人であることの悲しみをこころのなかにたたえた人のことなのです。悪人として威張っている人ではありません。
私も弟と妹を抱えて生き残っていくためには、悪人にならざるをえなかった。その人間の抱えている悲しみをわかってくれるのは、この「悪人正機」の思想しかないんじゃないかという気がしました。(中略)
攻撃するでもなく、怒るでもなく、歎くということ。現実に対しての、深いため息が、行間にはあります。『歎異抄』を読むということは、親鸞の大きな悲しみにふれることではないでしょうか。
・五木寛之著『いまを生きるちから』(角川文庫〉より
いま、牛や鳥や魚や、色んな形で食品に問題が起っています。それは私たち人間が、あまりにも他の生物に対して傲慢でありすぎたからだ、という意見もようやく出てきました。
私たちは決して地球のただひとりの主人公ではない。他のすべての生物と共にこの地上に生きる存在である。その「共生」という感覚をこそ「アニミズム」という言葉で呼びなおしてみたらどうでしょうか。
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◆「牛は処分を察してか悲しい顔をする。涙を流した牛もいた」担当者ら、悲痛〜心のケアを2010-05-26 | 社会
◆わが子を死なせる思い。これまで豚に食わせてもらってきた。処分前に せめて最高の餌を
◆電気を流した。「豚は一瞬、金縛りのように硬直して、聞いたことのない悲鳴のような鳴き声を上げた」
◆ハイチの“マザーテレサ”須藤昭子医師(クリストロア宣教修道女会)に聞いてみたい、牛や豚のこと。
◆「子牛もいた。何のために生まれてきたんだろう」処分用薬剤を140頭もの牛に注射し続けた獣医師
証拠がなくなった以上、小沢氏の強制起訴裁判は成立しない/喫緊の課題=指定弁護士による小沢裁判公訴取消
【裁判所も認めた!世紀の謀略「小沢事件」全内幕】 菅が総理になることはなかった
日刊ゲンダイ2011年7月19日
*でっち上げ事件で招いた2年間の政治空白、誰が責任をとるのか
小沢元代表の秘書3人に対する「陸山会裁判」は、20日が論告求刑公判。大詰めだ。有力調書をことごとく裁判所に却下された検察がどのツラ下げて求刑をするのか見ものだが、ジタバタしても醜態でしかない。
いくら体裁をつくろったところで特捜検察は負け、すでに勝負はついているのだ。検察の事件デッチ上げは根底から崩れ、小沢本人の関与ナシと無罪は動かしようがない。
それだけに、腹立たしくなってくるのが、この2年間の政治混乱と空白だ。小沢の「政治とカネ」スキャンダルにどれだけ永田町は無駄な時間を浪費してしまったのか。
2年前の西松建設「違法献金」事件で大久保隆規秘書をいきなり逮捕し、それがモノにならないと、今度は水谷建設「ウラ金」事件を持ち出し、小沢の政治活動をことごとく封じ込めた検察捜査。揚げ句に、「小沢排除」しか政策のない菅直人のような男を総理にしてしまい、今日のテイタラクを招いている。お笑いではないか。 剛腕・小沢に政権を握られ、既得権を崩壊されるのを恐れた旧自民党勢力や官僚機構、大マスコミが検察を動かしてやった構図から考えれば、連中は小沢封じの“目的”を達成したのだろうが、救われないのは何も知らない国民だ。実体のない「政治とカネ」問題に振り回され、政権交代に託した期待をことごとく潰されてしまった。バカみたいな話だ。
当初から、小沢捜査の政治的思惑を看破していた弁護士であり、民主党議員の辻恵氏が言う。
「時計の針を2年前に戻すのは無理としても、小沢さん本人に対する公訴は即刻取り消すべきですよ。今回の陸山会裁判では、小沢さんが政治資金の虚偽記載に関与したとされる検察調書がすべて却下された。この調書を唯一の証拠として検察審査会が2度議決し、小沢さんを強制起訴したわけですが、その前提である証拠がなくなったのだから、小沢さんの強制起訴裁判は成り立たない。容疑のない、無意味な裁判を続けるのは、無駄な時間と政治停滞をさらに積み上げることになるだけなのです」
指定弁護士による小沢裁判の公訴取り消し――これが緊急課題なのである。
裁判そのものが消えれば、くだらない党員資格停止処分も消える。小沢は思いっ切り菅降ろしや震災対策で動き回れる。このドン底の政治状況で唯一の光明だ。
旧体制と菅一派にだまされ、ハメられ、損ばかり押し付けられている国民は「指定弁護士は小沢裁判を取り消せ」と、声を大にして怒るしかない。
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◆「陸山会事件」異議を棄却/検察側は主要な調書を欠いたまま20日の論告求刑に臨むことになった2011-07-12 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
「ミスター面従腹背」細野豪志原発事故担当相の政界遊泳術
菅総理をたぶらかした「ミスター面従腹背」細野原発担当大臣
現代ビジネス2011年07月19日(火)週刊現代
「私はすべてをかける」
「力の限りを尽くす」
6月27日に行われた菅首相の時期外れ内閣改造で、首相補佐官から一躍レベルアップした細野豪志原発事故担当相(39歳)は、初の大臣会見でそう力んだ。
細野氏と言えば、元タレントの山本モナとの親密交際・・・・・・ではなく、最近は菅政権の原発問題スポークスマンとしておなじみだ。
「事故対応はオレがやる、という意気込みが相当に強く、後から入った馬淵澄夫前首相補佐官と水面下で縄張り争いをしていましたが、今回、追い出しに成功した格好です」(官邸関係者)
大臣に昇格し、思わず高揚し過ぎたのか、「海江田万里経産相との住み分けは」と聞かれたのに、「玄葉(光一郎・国家戦略)大臣が」「玄葉大臣が」と何度も言い違えたのは、ご愛嬌だ。
ただこの細野氏、確かにやる気は十分だが、自らを大抜擢した菅首相への忠誠心が厚いのかと言えば、実はまったくそうではない。
「震災直前の今年2月ごろは、細野氏もすっかり『菅は終わり』ムードで、『菅さんも、昔の輝きをすっかり失っちゃったね』と、見放していた。その後、原発事故が発生して、彼のもとには菅首相から頻繁に電話が入るようになりましたが、たいてい冷めた顔で『あうあう言ってるだけで、何を言ってるのか分からない』と吐き捨てていましたよ」(全国紙政治部記者)
しかし、?面従腹背?こそが細野氏の政界遊泳術。同氏は本来、小沢一郎元民主党代表のシンパで、オフレコでは「小沢氏に首相をやらせてみたい」などと言っていた。ところが菅政権ができると瞬時に態度を翻し、小沢グループからは、「コウモリ野郎」などと、コキ下ろされた経緯がある。
「飲み会で、モナや他の女性との?詳細?を自慢げに開陳したり、お調子者で、信用できないところもある。今は菅首相をたぶらかしていますが、政権が潰れたら、すぐに仙谷由人官房副長官あたりに寝返るのでは」(民主党中堅代議士)
原発事故への対応には日本の命運がかかっている。細野氏の覚悟は?ホンモノ?なのか、ともあれお手並みを拝見したい。 「週間現代」 2011年7月16・23日号より
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◆細野豪志は、小沢一郎伝授の「中国パイプ」を活かし「フジタ」社員3人を救出、「政治家の交渉術」を磨いた2010-10-01 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
推測推認でつくりあげた論告求刑 石川知裕被告に禁錮2年/ 8月22日,弁護側最終弁論/ 9月26日,判決
<陸山会事件>検事調書依存否定 検察側に当惑も
毎日新聞 7月20日(水)19時33分配信
6月30日の公判期日外の手続きで捜査段階の多くの調書を地裁に却下された検察側は、この日の論告求刑にあたり、約3週間で修正して臨むことを迫られた。「供述に頼らずとも有罪立証できる事件」(幹部)と自信をのぞかせるが、間接的証拠を並べて推認を求めたり、裁判官を前にした勾留質問で被告らが容疑をいったん認めた内容の調書を支えにした記述も目立つ。これまでの「検事調書依存」でなく、法廷供述を重視しようという今回の地裁の姿勢に当惑している様子がうかがえる内容だ。
地裁の却下決定は、捜査段階で検事の「特捜部は恐ろしいところだ。何でもできる」「小沢さんは起訴にならないから」などの発言を「心理的圧迫」や「利益誘導」に当たると判断。他の被告が自白したとの虚偽情報を告げて供述を得ようとする「切り違え尋問」もあったとして特捜部の手法を批判した。その上で、石川被告と池田被告が、会計責任者だった大久保被告や小沢元代表に陸山会の収支報告書の虚偽記載を報告したとの調書を大量却下した。
検察側が「修正」で力を注いだのが、直接証拠がほぼ消えた「事務担当者と大久保被告の共謀」部分の補強だった。大久保被告が土地購入にあたって契約や登記時期の繰り延べに深く関与していた状況を詳述することで「会計責任者が不正を知らなかったはずはない」との推認を裁判官に求める形をとった。
もう一つの争点である虚偽記載に関する「石川被告の認識」については、土地購入前に小沢元代表からの4億円を分散入金したり、同時に同額の銀行融資を受けるなどした客観的経緯から証明を図った。そのうえで「元代表の4億円や、水谷建設からの裏献金を隠すための偽装工作」と読むのが自然とした。
公判では石川被告自身が、報告書の記載の仕方を「合理的に説明できない」と窮する場面もあった。却下決定で「検察のストーリー」を排した地裁が法廷でのやりとりを基に「小沢事務所の経理」をどう推認し、説得力ある判決を出すのか。その内容は秋にも始まる小沢元代表の公判にも影響を与えるのは必至だ。【鈴木一生】
◇地裁が却下や信用性に疑問符を付けた主な供述(検察官調書)の部分
【石川被告】
・小沢元代表から(陸山会が)借りた4億円は、元代表が政治活動の中で何らかの形で蓄えた簿外の資金で、表に出せない資金だと思った=却下
・土地の取得やその原資が小沢元代表からの借り入れであることが(陸山会の)04年分収支報告書に記載されると、資金管理団体での土地所得やその原資の不透明さが報道され、民主党代表選で元代表に不利に働きかねないと思った。それを回避するために土地の登記を05年に先延ばしして、銀行から4億円の定期預金を設定した。04年10月中・下旬ごろに、元代表と大久保被告にその旨説明をして2人の了解を得た=却下
・土地を購入するのに銀行から4億円の定期預金を設定することを元代表に説明して了解を得た。04年分収支報告書が完成した時点で提出前に元代表に概要を説明して決裁を受けた=却下
【池田被告】
・05年分以降の収支報告書は原案作成後、大久保被告に報告して決裁を受けた。石川被告から「必ず先生にも報告しなければならない」と引き継ぎを受けたので、小沢元代表と毎年会って原案や関係5団体の一覧表をもとに寄付金を中心とした全体の収入金や支出金の総額などを報告して、元代表の決裁を得ていた=却下
【大久保被告】
・提出前の04年分の収支報告書案をチェックした段階で、小沢元代表からの4億円の借り入れや土地代金の支払いの不記載を見落としてしまったとしか説明しようがない=採用しつつ、信用性の問題を示唆
最終更新:7月20日(水)23時0分
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◆検察描いたシナリオ、軌道修正の必要
民主党・小沢一郎元代表の収支報告書にウソの記載をした罪に問われた元秘書3人に対し、検察側は禁錮3年6か月から1年を求刑しました。重要な証拠を欠くなか、20日の論告求刑で検察側は当初描いていたシナリオを大きく軌道修正する必要がありました。
東京地裁は先月、罪を大筋で認めた石川被告らの供述調書の大部分について、「心理的圧迫や利益誘導があり、任意性がない」などとして、証拠として採用しないという異例の決定をしました。
ある検察幹部が「立証に致命的な問題はない。客観的事実で証明する土台はできている」と話したとおり、検察側は直接証拠がない大久保被告の関与についても「会計責任者として当然、聞いて了解していたとしか考えられない」などと、推認を交えながら強気の立証を行いました。
一方、石川被告ら3人は一貫して無罪を主張していて、弁護側も「推測でつくりあげた論告だ」などと検察側の姿勢を痛烈に批判しました。
今回、採用されなかった証拠は、小沢元代表を強制起訴した検察審査会の議決の重要な根拠にもなっていました。9月に言い渡される判決は、その後、10月にも始まる見通しの小沢元代表自身の裁判の行方をも占うものとなります。(TBSニュース2011/07/20日15:40) *強調(太字)は来栖
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石川議員、求刑禁錮2年に「無罪判決信じる」
十勝毎日新聞社ニュース 2011年07月20日 14時32分
小沢一郎民主党元代表(69)の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる政治資金規正法違反罪で、禁錮2年が求刑された衆院議員石川知裕被告(38)は20日午後、十勝毎日新聞の取材に、「裁判官は必ず無罪判決を出すと信じている」と語った。
公判での石川議員の供述は信用性がないと主張した検察官の論告に対し、「逮捕・勾留中に検察が作った調書は大幅に却下された」と反論。水谷建設からの裏金授受を改めて否定し、「検察が組み立てたストーリーに何とかはめようとする意図を感じる」と批判した。判決公判が9月26日に指定されたが、「予算編成に向けた十勝関係者らとの意見交換など国会議員として通常に活動し、淡々と当日を迎えたい」と話した。
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陸山会事件 小沢一郎にも録音データあり!?
日刊SPA!ニュース 2011.07.13
小沢一郎・元民主党代表の資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡って、衆議員・石川知裕氏ら元秘書3人が政治資金規正法違反(虚偽記載)罪に問われている“陸山会事件”。7月20日の論告求刑を前に、8日、石川議員が自由報道協会主催の記者会見に登場した。
おさらいしておくと、この陸山会事件は2009年に陸山会が東京都世田谷区の土地を2004年に購入した際に政治資金収支報告書に虚偽記載していたとして、市民団体が政治資金規正法違反容疑で告発したことで明るみに。2010年1月には東京地検特捜部が政治資金規正法違反容疑で、2004年当時の陸山会事務担当だった石川議員や小沢氏の元秘書、大久保隆規氏、池田光智氏の3人を逮捕。3人が2月に起訴される一方、小沢氏には嫌疑不十分で不起訴処分が下されたのだ(検察審査会による3度の「起訴相当」「不起訴不当」議決により強制起訴へ)。
今年2月に公判開始となった元秘書3人の起訴事実は2つだ。
1)2004年10月に小沢氏の東京都世田谷区の自宅に近い土地を約3億5000万円で購入しながら、2004年でなく2005年の報告書に記載したこと。
2)土地代金の原資となった小沢氏からの借入金4億円を2004年の報告書に記載しなかったこと。
起訴事実だけみれば、「うっかり記載漏れ」の可能性もあるが、特捜部のシナリオはまったく別物。「平成の政商」こと水谷功・水谷建設元会長が、小沢氏の地元・岩手県で行われた胆沢ダム建設工事に絡んで裏金を提供したという証言を引き出していたからだ。
裏金を渡した人物とされているのが、川村尚・水谷建設前社長。4月27日に開かれた公判で、川村氏は「5000万円は宅急便の袋に入れて折りたたみ、それを一回り大きい紙袋に入れて全日空ホテル(現ANAインターコンチネンタルホテル)で会った、(大久保元秘書の代理として来た)石川氏に床をスライドさせるような形で渡しました」と証言したのだ。当然、石川氏はこれを全面否定している。
ただし、この裏金の有無は政治資金規正法違反事件で問われるものではない。政治資金規正法違反(虚偽記載)で起訴しておきながら、まったく別物のダム建設の受注をめぐる贈収賄について法廷で追及することによって、“汚職事件を印象づけよう”という検察の狙いが透けて見えているのは確実だ。
しかし、その検察のシナリオは脆くも崩れ去ろうとしている。
今年6月30日に東京地裁は検察側が証拠申請した元秘書3人の調書、計38通のうち、石川氏の分10通と池田氏の分2通を却下。ほかにも多数の調書を部分的に却下したのだ。実に3分の1もの調書が証拠不採用となったわけだ。
なぜこれほど大量の調書が不採用となったのか? 理由は簡単。地裁が、検察の強引な取り調べについて認めたためだ。石川氏が保釈後に受けた事情聴取の様子を録音したデータの存在が大きかったと考えられる。
(※録音データとともに弁護人が証拠請求した書類は、岩上安身氏のオフィシャルサイトで公開中 http://iwakamiyasumi.com/archives/6536)
「71ページにも及ぶ裁判所の決定書があるんですけど、正直、これは素人が読んでもわかりません。けど、ポイントのところだけ見ると、『録音テープがなければ“水かけ論”になっていた』と書かれていますから、録音データの存在が証拠不採用に繋がったのは確か」
自由報道協会の会見で石川氏もこのように認めている。
その録音データには、検察官がしきりに「捜査段階の供述を変更すると小沢氏に不利になる」という趣旨の発言を繰り返している様子が記録されている。
加えて、2人の担当検事が「石川氏が水谷建設から5000万円受け取ったとは思っていない」という趣旨の発言をしていることも……。虚偽記載で起訴しておきながら、虚偽の証言を引き出そうとしていたというわけだ。これこそ、揺るぎない証拠!
が、気になるのは、どうやって録音したのか、だ。検事の前で、堂々とICレコーダーを回すなんてことができるのか? SPA!は素朴な疑問を石川氏にぶつけてみた。石川氏は秘書に「カバンを持ってきてください」と言いつつ、取り調べの様子を語った。
「録音するってのは佐藤優さん(元外務官僚で作家。週刊SPA!連載「インテリジェンス人生相談」でもお馴染み)に強く勧められました。ただし、取り調べのときには『録音してないよね?』としきりに聞かれます。まず携帯電話の電源は切らされます。ポケットの中身を出して(ICレコーダーなど)何も持っていないことを証明させられます。この『録音してないよね?』と聞かれて、録音する神経というのはたいへんなものです。私の場合は、カバンの脇のポケットにICレコーダーを入れておきました。それだけだと、鮮明に録音できない可能性があるので、これに高度な集音マイク(値段は『秘書に買いに行かせたのでわからない』とのこと)をつけて、カバンに入れておきました」
完全にダマシ打ちで「盗聴」したってこと。当然、メチャクチャ緊張したという。
「私、痛風じゃないんですけど、尿酸値が高くて、よく水を飲むように言われているんです。毎日、水を2リットルぐらい飲まなくちゃいけないので、気分転換も兼ねてよくトイレに行くんです。その間、カバンは取調室に置きっぱなしです。トイレに行っている間に、ICレコーダーが『ガチャ』っとか鳴って止まったらどうしようって緊張しっぱなしでした。後に弁護士さんに証拠として提出するのもためらいました。約束破って、録音していたんですからね」
録音データには、検察官の「検察が石川議員再逮捕しようと組織として本気になったときに、まったくできない話かっていうとそうでもない」という発言が記録されている。“絶対的権力者”から脅しめいた言葉を浴びながら、録音することのハードルの高さは推して測るべし……。
なお、石川氏は「取り調べの録音は法的に認められているんです」というが、元検事によれば「録音を禁止する法律はないが、検察は『庁舎管理権』という権利を主張して録音を認めない」もの。検察が「録音するな」と念押しすることに法的拘束力はないが、禁止する大義名分ぐらいはあるようだ。
となると、気になるのは1つ。佐藤優氏が付き合いのある人物は石川氏のみにあらず……もしかして、小沢さんも録音してたりして?
「録音されてたかはわかりません。これからの切り札が消えますので、お答えできません(笑)」
そう“リップサービス”を交えて、回答してくれた石川氏。果たして切り札はあるのか? 今秋から始まる小沢氏の公判にも注目したい!
取材・文・撮影/池垣完
「佐藤優さんも『ここまで書くとは……』と驚いていた」(上杉隆氏)という、石川知裕議員の著書『悪党〜小沢一郎に仕えて〜』が発売中
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◆政治資金規正法を皆さん勘違い。小沢さんがいなくなることはプロの政治家がいなくなること=安田弁護士2011-01-08 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
7/19緊急シンポジウム!! ''ニッポン''は何を守ろうとしているのか!H.22-06-08
「唯一はっきりしている条文があるんです。政治資金規正法で処罰されるのは、会計責任者だけなんです。政治家は処罰されないんです。政治家は処罰の対象から外れているんです。始めから、そういう法律なんです。そもそも法律の目的というのは、会計責任者が責任を持って会計の結果について報告する、ということが義務付けられているんです。ところが皆さん、勘違いしている。小沢さんが秘書と一蓮托生で処罰されるべきだと。これほど法律違反、法律の主旨に反することは、ないんです。つまり、どこかで法律が歪められて、トリッキー歪められて、つまり、政治資金規正法は政治家取締法なんだというふうに完全に勘違いしている。この勘違い、実は検察審査会も、まったく同じ評決をしているわけですね。小沢さんは、これだけ権力を持っている人間が、小沢さんの指示なしに物事が行われるはずがない、と。しかし法律の枠組みは、およそそんなことは無いんです。もし小沢さんが有罪になるとすればですね、責任者との共犯なんです、あくまでも。単に、知っていたとか、報告受けていたとか、そんなことでは共犯になるはずありませんね。これは、税理士さんが「これで申告しますよ」と言って「ああ、はい、どうぞ」って言ったら共犯になるか、といえば、そんなことはないわけなんです。ですからもし小沢さんが共犯になるとすれば「おい、石川、こうやれ」という形ですね。「こうやらんと許さんぞ」と、指示・命令、絶対的に服従させたと、そういう場合に初めて共犯として存在する。それを皆さん、完全に誤解している。大変な誤解(笑)。それで、皆さん、恐らくテレビなどで論評していらっしゃる。
次の問題です。政治資金規正法の中に、何を記載せよとか、どのような会計原則に則れとか、何一つ書いてないんです。ですからたとえば、ちょっとお金を借りましたとか、立て替えて貰いましたとか、或いは、今日帳簿に載せるよりは来年のほうに載せとこうか、というような話は、本当に虚偽記載になるのかどうか、或いはそれを載せなければならないのかどうか、それさえもあの法律の中には書いてないんですよ。つまり、虚偽を記載してはいかん、という話だけなんですよ。何が虚偽なのか、さえ書いていない。しかしそれを検察が勝手に解釈してですね、例えば今回の場合の、今年載せずに来年載せたということが犯罪だと、虚偽だと、やったわけです。或いはAという政治団体からお金貰った、それを実はこうだった、違う人だった、と言って、それは虚偽だというわけですね。しかしAという政治団体を通して貰ったんだから、それを記載するのは当たり前の話でして、それを虚偽といえるかどうか、それこそ大変大きな問題なわけです。ですから小沢さんの一昨年の問題、或いは今年の問題、いずれも法律の解釈を彼らがやって初めて有罪に出来るだけの話でして。ですから立法者の条文とは違うんですね。
ですからこの間(かん)も法律が守られずにどんどんどんどんきている。今回典型的なことはですね、石川さんが逮捕されました。しかしその2日後、3日後ですかね、3日後には国会が開かれるわけです。国会が開かれた場合、国会議員を逮捕するためには国会の議員の議決の承諾がないといけないわけなんです。それを抜き打ち的に、先達する形で石川さんを逮捕する。これは立法権に対する侵害じゃないですか。つまり憲法違反の事を彼ら、やっているわけです。つまり憲法に違反している行為に対する批判がどこにもない。これは、私ももう、大変びっくりしたわけです。
検察はしっかりと政治をやっている、というふうに私は理解しているんです。例えば今回、石川さんの弁護をやっていて3日目か4日目ですかね、あ、検察はこれを狙っているな、というのは大体、私も、石川さんが検察にどういうことを言われているかというのを聞いて分かるんです。
つまり検察は小沢さんを逮捕することは恐らく不可能だろうと最初から思った。しかし検察審査会で勝負をかける、ということを彼らは考えている。彼らのやり方はこうだな、と。検察審査会で起訴相当を取ることによって小沢さんの政治生命を奪う、と。そのシナリオ通りに見事に小沢さんの政治生命はなくなってしまった。ま、これが今回のシナリオでですね。小沢さんを直接起訴すれば当然全面戦争になってしまうわけでして。むしろ国民を総動員して、或いは市民という名を、怒れる11人の市民を使って小沢さんの政治生命を奪うという戦術に彼ら、でてきた。
で検察審査会も、トリック、ま、検察審査会には助言者といってですね、弁護士がその場に同席していろんな助言をするわけです。法律の解釈とかそういうものを。恐らくその助言者がとんでもない助言をしたんだろうと思うんです。どういうことかというと、政治資金規正法は政治家の犯罪、取締法なんだという解説をしたんだと思うんです。
ですからとんでもない、検察でさえ起訴しなかったものを検察審査会が起訴相当という結論をだしたんだろうと、そしてそのことを検察は最初から予想、予定していたんだろうと、そう思うわけです。
先に、情緒的な風潮の中で有罪無罪が決まっていくと、そういう話がありましたけど、私は思うんですね。弁護士は弁護士として、政治家は政治家として、メディアの人間はメディアの人間として、それぞれの人間がプロ的な精神を持ってそれぞれの職責を全面的に発揮すれば、おそらくこんな体たらくな状態にはならんだろうと思うんです。法廷でも、捜査段階から弁護士が弁護人として責任をしっかりと果たせば、恐らく情緒的な社会の動きに対してたえることが出来る、或いは十分に弁護して勝つことが出来るだろうと思うんですね。
プロ性がどんどん抜けていく、今回の政権交代でも、ま、アマチュアの集団というか、益々プロがなくなる。小沢さんがいなくなることは、プロがいなくなる、そういうことだろうな、と。崩壊の社会が来たな、と。プロが居なくなるということは、結局情緒的なものに流されるし、或いは、世間の風潮に流される、とこういう時代に益々突入したな、と思っているんです。
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◆証拠がなくなった以上、小沢氏の強制起訴裁判は成立しない/喫緊の課題=指定弁護士による小沢裁判公訴取消2011-07-19 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
◆石川知裕:最後に特捜部にエールを送って、この事件を終わりにしたい「陸山会事件」2011-07-07 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
◆「陸山会事件」東京地裁 検察のデッチ上げ調書を証拠採用せず/小沢強制起訴の根幹崩れる2011-07-06 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
◆「小沢事件」全内幕/裁判所も認めた世紀の謀略/「調書」大量却下2011-07-13 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
◆検察改革 捜査・公判を根本から問え/陸山会事件〜検察側供述調書、地裁が証拠不採用2011-07-13 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
◆「陸山会事件」異議を棄却/検察側は主要な調書を欠いたまま20日の論告求刑に臨むことになった2011-07-12 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
◆「特捜部は恐ろしいところだ」ストーリー通りの供述を取らなければ、という強いプレッシャー〈陸山会事件〉2011-07-11 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
◆陸山会事件 ニコ生7月10日23時から<徹底検証!検察調書大量却下はなぜ起きたか>小沢氏裁判に与える影響2011-07-10 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
◆もはや小沢氏を法廷に縛りつける理由はないのに、検察官役の指定弁護士、前田元検事を証人申請2011-07-06 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
やらせメール・ネット監視など、なぜ赤旗ばかりがスクープ飛ばすのか/大手メディアの劣化
なぜ赤旗ばかりがスクープ飛ばすのか―「やらせメール」「ネット監視」など
WSJ Japan Real Time 2011/7/20 13:31 きょうのWSJ日本版「金井啓子のメディア・ウオッチ」より
九州電力の原発に関する「やらせメール」が注目を集めた。また、資源エネルギー庁が「不適切・不正確な情報への対応」のために新聞やインターネットを監視し、原発に関する言論を収集していたことも判明した。このニュース、どちらも日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」が報じたスクープである。
ジャーナリズムが帯びている役割は、国民にとって大切な問題であるのに、なぜか知らされていない出来事を世の中に知らせるというのがひとつである。そして、もうひとつ非常に大切なのが、権力の監視という役割である。
九州電力そのものは民間企業だが、原子力発電という国家的な事業を担っており、政府の方針とも密接に関わっている話である。その半国家企業が世論を誘導する「やらせメール」問題を起こしたのだ。また、資源エネルギー庁の件はまさに権力そのものに関するニュースだ。このように、権力が暴走しないよう監視を行い、暴走の危険性が高まった時は、取材を繰り返して真実を暴き出して市民に伝えるというのが、ジャーナリズムの理想的な姿であり、負わなければならない最大の責務でもある。
私は特に支持政党を持たない、いわゆる無党派層である。報道機関に関しても、各々の主義主張には関係なく幅広く目を通すようにしているし、果たすべき役割を果たしているメディアは率直に評価するよう心がけている。
さて、これだけ大きなスクープが2本、なぜ間をあまり置かずに赤旗から出てきたのか。言い方を変えると、なぜ赤旗からしかこうしたスクープが出ないのか。私はこれを単なる偶然とは見ていない。誤解を恐れずに言えば、また陳腐な言い方ではあるが、既存の大手メディアの劣化が著しいように感じるのだ。ただし、高い志とあくなき探究心でニュースを追いかけている記者を何人も現実に知っており、劣化が感じられるのはあくまでも一部の記者である。それでも、大きな責務を担うジャーナリズムに関わる人間が劣化すれば、その責務を果たせなくなり、重大な結果をもたらしかねない。
九州電力の件は、経済産業省が主催し6月26日にケーブルテレビで放送した県民向け説明番組が発端となった。その番組にやらせメールが送られていたことを赤旗が報じたのは7月2日だが、当初はあまり反響がなかった。しかし、6日の衆院予算委員会で共産党の議員がこの件について取り上げ、九州電力の真部利応社長が同日夜に記者会見で謝罪すると、急に大きな問題として他のメディアも取り上げ始めるという展開を見せた。
大手紙の中には、赤旗の報道後に九州電力に問い合わせたものの、同社に否定されるとそのまま矛を収めてしまった記者もいたと聞く。最終的には当事者の九州電力の社長が認めるような、これだけ重大な真実が控えていたにも関わらず、である。その記者が他にどんな取材をしたのかは知る由もないが、なんとかもう少し粘れなかったのだろうか。
今回のやらせメールに関しては、内部告発がきっかけとなって明るみに出た。この告発者はそもそも赤旗だけに事実を明かしたのか。それとも、他のメディアにも伝えたのだろうか。もし前者であれば、共産党や赤旗に共感を寄せていたためとも考えられなくはないが、これまでの赤旗の報道ぶりを目にし、「この新聞ならば報じてくれるのでは」という期待が高かった可能性もあるだろう。一方、後者であった場合、赤旗だけが真剣に取り組み裏取りに成功して報道し、他のメディアは関心を寄せなかったか、あるいは裏が取れなかったか、といったあたりということになるだろうか。いずれにせよ、やらせメールの依頼という重大なニュースを当初は赤旗のみが報じていたという事実だけは残るのだ。
経緯はどうあれ、結局のところ、やらせメールに関して多くのメディアが大々的に報じるようになり、玄海原発の運転再開に「待った」をかける動きに変わったことはご存じの通りである。そうした中で、もうひとつ気になるのは、赤旗のみが先行して報道していたことには口をぬぐって何も触れず、他のメディアが淡々とこのニュースを報道している点だ。私もジャーナリズムの世界に長い間身を置いていた人間なので、ある社がスクープしたネタについて、他のメディアは何とかして独自に裏を取って追随しようとするし、スクープを放った社の名前にはできるだけ触れたくないという心情も理解している。それでも、当初は大した扱いもしていなかったネタを、あたかも自分たちは最初からそのニュースの価値を評価していたかのように報道する、というのはどうにも腑に落ちないのだ。
原発をめぐっては、一部の人々がなんとか隠しおおせたいと願うようなネタはまだ尽きないはずだ。次こそは赤旗以外の社に、権力への遠慮をすることなく、また簡単に諦めることなく食い下がって、鮮やかなスクープを放って欲しいと期待している。 *強調(太字)は来栖
原発問題の裏にある経産省・東電「天下り・利権の構図」/退職勧奨を受けた古賀茂明キャリア官僚 VOL.1〜2
*管理人の便宜上2つのカテゴリー「地震/原発」「政治」でエントリ
「原発問題の裏にある経産省・東電『天下り・利権の構図』」退職勧奨を受けた改革派官僚を直撃 VOL.1
古賀茂明(経産省キャリア)×長谷川幸洋(ジャーナリスト)
現代ビジネス2011年07月12日(火)
長谷川: 古賀さんは、6月24日に松永事務次官(松永和夫経産省事務次官)から退職勧告と受けたと聞いてます。その日の夜の『朝まで生テレビ』で初めてその話を公にされています。事務次官から、「早期退職干渉を受けた」ということでしょうか?
古賀: そうですね。
長谷川: そもそも、今でも役所は、「退職干渉ができる」のですか?
古賀: もともと民主党政権は、「早期退職干渉をやると天下りを斡旋しなくてはならないので、退職干渉は止めるべき」と、政策として掲げていたんですね。一時期は、禁止する法案を提出したこともあったほどです。つまり、本来は「早期退職干渉はやらない」というのが民主党の建前なのですが、実際には政権についてからずっと行われている。なぜかというと、ウラで「天下り斡旋」があるからです。証拠はありませんが、斡旋がない限り、そんな干渉を受諾する人はいないですから。
長谷川: 実際には、天下りの斡旋を受ける代わりに、"肩たたき"に応じているということですね。でも古賀さんの場合は、天下り先はなく、文字通り「辞めてくれ」ということなんですか?
古賀: そうです。そもそも私は、天下りは絶対にしません。
長谷川: 国家公務員法上では、退職干渉は、本人がイヤだと言ったら拒否できるんですよね?
古賀: できます。
長谷川: 古賀さんは今後どうしようと思っているのですか?
古賀: 現段階では回答は留保しています。ただ、もともと私は、「幹部職員が身分保障をされていて、絶対に辞めなくていい」というのはおかしいと思っています。幹部職員に対しては、身分保障をなくした上で仕事を評価をし、いつ首を切られても仕方がないという制度にしろと自分で言っていたので、クビにされること自体はあまり問題にするつもりはありません。
ただ、大事なことは、政治主導において、大臣が政策に見合った布陣を作ることなんです。つまり、大臣の政策をきちんと行ってくれる官僚を集めて、実施できる体制にしなくてはいけない。ところが、官僚が、自分の役所のために働かない人間をクビにしたいがために大臣を使うのであれば、これは本来の趣旨とはまったく違うわけです。
ですから、まずは、「身分保障をしない」というルールを作ることですね。そして、辞めさせる際の決まりを作ることです。「明日から来なくていい」というのではあまりにもひどいので、三ヵ月の猶予を与えるとか。僕はもともとクビになる覚悟があるから良いのですが、その後に続く人たちのことも考えたいなと思うのです。
海江田大臣は答えるべきだ
長谷川: 民主党政権は2年前の総選挙で「脱官僚」、「政治主導」という建前を掲げて300を越える議席を得ていますが、この主張の根幹に関わる問題ですね。
また、原発問題においても、政権の根幹に関わる問題であると思います。原発事故は、地震や津波という自然災害が直接の引き金であったとはいえ、これだけの惨事に発展した遠因には、政、官、行、学、場合によっては報道も含めて、すべてがもたれ合いの関係になっていたことが背景にあるのではないでしょうか。
つまり、古賀さんを経産省から追放しようとするのは、原発問題の根幹に関わることだと私は認識しています。実は、古賀さんの問題が28日に行われた海江田大臣(海江田万里経産相)の記者会見で取り上げられているんです。テレビ朝日の記者が一体どうするつもりなのか大臣に質問したところ、大臣の回答は、「私と話したい人がいれば、いつでも大臣室に来ていただき、お話するのはやぶさかではありません」ということでした。正直、記者の質問にまったく答えていないのですが、古賀さん自身も自分が"肩叩き"に遭った理由について真意を問いたいとのことなので、いずれ大臣と話し合う予定はありますか?
古賀: 大臣がそのようにおっしゃっているのであれば、出来ればお会いしてお話しさせていただきたいと思います。大臣は、地震や原発への対応でお忙しいだろうと思っていたのですが、前向きなお考えだということであれば、ぜひお話ししたい。
長谷川: 私たちメディアの人間としても、重要な問題だと思っています。海江田大臣は記者会見で質問を受けたわけですから、自分がどのようにこの問題をとらえているのか、考えを示すべきです。会見で問われた質問に対しては答える責任がありますよね。
加えて、『朝まで生テレビ』でも言ったんですが、国会でもきちんと答えるべきですね。ある野党議員は、「この件について、国会で必ず質問する」と言っていますし、みんなの党では答弁書、質問趣意書を用意しているそうです。今回は、記者の質問から逃げたわけですが、いずれ国会で大臣としての考えも語らないといけないと思います。
原発問題の裏にある天下りや利権の構造
古賀: 私の人事についていえば、海江田大臣がどのようにお考えなのか聞いてみないと分からないですが、官僚が人事もお膳立てして、大臣に上げているという印象を受けています。大臣は限られた時間と情報の中で判断を迫られる立場です。私は、非常に不思議に思うのが、「なぜ今の時期なのか」という点です。普通、大臣のことを慮れば、今の時期に私を辞めさせるよりも、国会が閉会して、代表選などで混乱している時にしたほうが、大臣に傷が付かないと思うのですが・・・。
今、経産省は強引ともいえる勢いで原発を推進していますよね。ですから、国会の質問で私が呼び出されることがあるかもしれませんし、多少大臣に傷が付くことがあっても私を早目に辞めさせたほうがいいと考えたのではないでしょうか。海江田さんがどのように考えているのか分からないですが、これまでせっかく静かにしていたのに最後にこんなババを掴まされるとはお気の毒ですね。
原発問題は単に技術的な問題ではなくて、組織のガバナンスの問題です。東京電力は、根本的には競争がなく、消費者や国民の方を向くという姿勢になりえない。公務員もそういう意味で一緒です。絶対に潰れないですから。つまり、国民不在の組織になっていると思うんです。本来は経産省や保安院も、国民の側に立ち安全を守らなくてはいけない。電力会社は、経産省や保安院に規正される側であり、両者には緊張感がないといけないのに、同好会的な感じになっていた。そのウラには天下りや利権の構造があるわけです。
長谷川: つまり、公務員改革の問題と原発の問題が表裏一体だということですね。僕も今度の原発で経産省はいったいどこに目が向いている組織なのかがかなりハッキリしたなと思いますね。
たとえば、私が書いた細野哲弘資源エネルギー庁長官のマスコミの論説委員懇談会での話です。エネ庁は東電処理案を作っているわけですが、その本質は東電をまず守ることなんです。でも、賠償しないわけにはいかないので、そのツケは国民に回す。そういう構図を描いていたワケですね。
本来は、国民負担を少しでも和らげるためには、東電を解体し、株式を100%原資し、金融機関の債権を放棄させる。それによって多少なりともといっても国民負担を下げるというのが、基本のはずです。
しかし、枝野官房長官が銀行に債権を放棄させる考えを示したときに、細野長官は「今さら官房長官がそんなことを言うのなら、私たちの苦労は一体なんだったのか?」と発言したのです。つまり、「国民に負担をまわそうと思っているのに何を言っているんだ」という意を正直に言ったわけです。経産省というのは、つくづく東電の利益を代弁しようとして爆走している感じがしますね。
古賀: そうですね。もともと民主党が政権を取った時に、「幹部に辞表を出させる」などの議論ありました。でも、あの時鳩山前首相は、「公務員が身分保障があるからクビにできない」言っていたんです。ですので、皆クビにならないと思っていたんですが、今回私はクビになる。非常に矛盾がありますよね。
では、なぜ私がクビになるのかですが、もしも、経産省に都合の悪いことを言ったからもしクビになるのであれば、今まで民主党が主張していたことは非常におかしいということになります。原発推進や東電擁護のために人事権を行使する---つまり、官僚の論理のために大臣が使われる構造は、政治主導の逆の官僚主導です。それが人事に端的に現れている気がします。
圧殺される「改革派官僚」
長谷川: 今、省内に改革派はいないのですか?
古賀: 隠れ改革派のような人はまだいると思いますが、昔みたいに威勢よく表に出て主張する人はほとんどいなくなりました。東電についても、東電を守るべく、銀行の債券放棄はさせないという大きな方針が最初に次官から発せられているので、それに逆らうことはできなかった、と若い官僚から聞いています。
先日、エネ庁の担当者が、ある国会議員のところに賠償機構法案について説明に来たそうです。議員は、法案の疑問点などをどんどん突いて問い詰めたところ、担当者は答えられなくなってしまったそうです。でも、どうやらその担当者は改革をしたい人のようで、奥歯に物が挟まったような顔しながら言い訳をしていたそうなんですよ。
そして、「これ以上は勘弁してください」という表情になり、帰り際に「こういうことに一番詳しいのは古賀さんなので、古賀さんに聞いてください」と言って帰っていったそうです。つまり、"隠れ改革派"は存在しているんです。でも、自分の口から改革を主張することはできないんでしょう。
長谷川: 圧殺されてしまっているんですね。経産省の立ち居地は今回の古賀さんの件で非常に鮮明になったと思います。そして、海江田大臣がどのような判断をするのか、問われることになるでしょう。
古賀茂明(経産省キャリア)×長谷川幸洋(ジャーナリスト)「経産省は電力会社に天下り役員の退職を要請せよ」退職勧奨を受けた改革派官僚を直撃VOL.2 現代ビジネス2011年07月21日(木)
長谷川: 菅首相は、公債発行特例法案と再生エネルギー特別措置法案、第2次補正予算案の3つを成立させると言ってます。
最近は、菅首相は「原発派」であるかのように振る舞っています。しかし、現状の再生エネ法案では、自然エネルギーは広がらないと思いますよ。というのも、現状の法案では、自然エネルギーを買う価格や機関は経産相が、つまり政府が決めることになっている。この法案がいかに社会主義的かを象徴しています。古賀さんはどのように思っていますか
古賀: 再生可能エネルギーの普及を後押しするための法案なので、何らかの形で政府が市場に関与することは、本来の目的からすると自然だと思います。
ただ、長谷川さんがおっしゃたように、経産相が定める機関、あるいは価格で買い取りますとあるのですが、「全量買い取る」とは書いていないんですよ。一般的には「全量買取法案」と言われているのですが、たとえば太陽光の全量買取となると、太陽光発電は、家庭にも普及しているので、家庭の太陽光の電力もすべて買い取るということになるので、かなり面倒です。
案の定、条文を見たら、「全量買取」と明記されていなかったので、本当に全量が買い取られるのか不安ですね。それが出来ないとなると、「看板に偽りあり」ですから。
では、なぜ「全量買取」だけがクローズアップされ、この事実が広く報道されていないのでしょうか。実は、会見で記者に説明するときに、条文全体は長くて分厚くなってしまうので、概要のみが書かれた紙を配布するんです。
その概要には書いていないのですが、条文では「電力の安定供給に支障が出る場合には買取をやめられる」という意の条項がついています。電力会社は、「風力発電光や太陽光のシェアが増えると、天候によって発電量が大きく変化する。それが送電ネットワークに負荷を与えて、安定供給に支障が出る」と常々主張しています。
つまり、もし風力や太陽光の競争力が増してきたら「変動が大きくて安定供給が危ない」とばかりに恣意的にカットすることができる条項だと読めるわけです。
長谷川: 発電方式や買取価格を明らかにすることで、買う側が電力会社を選択できるのが一番良い。「原発は危険だから、多少コストが高くても太陽光を応援しよう」といったようにね。
そうなれば、太陽光発電で競争が起き、技術革新も盛んになるでしょう。風力や地熱も太陽光に負けじと頑張るようになるかもしれません。おのずとマーケットが収斂されていくわけです。
その出来上がりの姿を想像すると、経産相が機関と価格をまず決めるというのは、頷けない。その裏側には、官僚の思惑や既得権益がついてきてしまう。
*何がなんでも東電を守りたい
古賀: 非常に好意的にみれば、これは過渡的な措置だと考えることもできます。むしろ、過渡的なものとして扱わなければならないと思いますね。
いずれにしても、何らかの形で、原発はものすごく優遇されて、有利な条件で整備されてきた。実際は立ち上がりの時期から今日まで補助金漬けで出来上がっているんです。
そのような意味では、再生可能エネルギーも何らかの形で政府の後押しが入るのは悪いことではないと思いますが、最終的にはマーケットにゆだねられていかないといけません。その道筋がこの法律には用意されていないんです。本当は、段階的にシフトしていけるような仕組みを入れておくべきでしょう。
長谷川: 出来上がりの電力供給市場をどうやって整備していくのかがまったく見えないですよね。電力供給市場を整備する話と東電の処理は表裏一体。先日、東電の株主総会ありましたが、東電存続の姿勢は変わりません。何が何でも東電を守りたいということですね。
古賀: 現状の原子力損害賠償支援機構法案(以下、賠償機構法案)は、様々な意味で最悪の選択だと私は思っています。東電という企業から見ても、先が見えない。永久に塩漬けの会社になるという前提なので、東電で働いている人にとっても暗く、将来のない案になっている。
もちろん、東電は賠償を払わなくてはいけません。どう考えても、賠償はもちろん、原子力を安定化させるだけでもものすごく費用がかかりますよね。廃炉にするコストだってかかります。すべて合わせて10兆、いや数十兆円かかるかもしれない。それが本当に国民負担ゼロで払うなんて無理だと国民も分かっている。だけど、民主党政権はそれを認めない。
長谷川: 海江田経産相も認めていないですね。
古賀: まずはそれを認めるところから始めないといけません。私は以前、「不人気政策をきちんとやることが責任政治家だ」と財務省官僚に言われたことがあるのです。菅首相は消費税増税の時だけは、不人気政策をきちんと言いましたが、東電問題については国民に不人気なことは一切言いませんよね。金額が分からないからハッキリしたことは言えませんが、国民の皆さんに何らかの形で負担してもらわざると得ないと説明することから始めないといけません。
*電力会社から天下り経営者を追放せよ
長谷川: 今までの政府の説明は、国民負担を極小化するために最善の努力を払うということでした。「東電は、資産売却やリストラもやるし、国がチェックしていく」と海江田大臣も言っていましたが、そんな言葉を信じる国民はもはやいないでしょう。虚構の話をするのはもうやめろということですね。
古賀: もう一つ、大事なことを経産省は忘れています。今回の問題は技術の問題だけではありません。人と組織の問題なんです。事故が起きたことやその後の対応を巡り、政府も信用できないし、東電も信用できないと国民は皆思ってるでしょう。それなのに、東電を塩漬けにして、政府の有り方も同じままで、「心を入れ替えて頑張ります。信じてください」と言われたって、信用できませんよね。
今まで原発を推進してきたのは自民党と官僚。その仕組みで失敗したわけです。ですから民主党政権は、正直に「とんでもない間違いを犯してしまった。だからケジメをつけたい」とまず言わなくてはいけない。
「どうせ経産省も電力会社も癒着しているのでしょ」と国民は思っているのですから。
癒着の一つの象徴が天下りです。だから、電力会社に天下りしている役職員については、経産相が直接各社長に退職させるよう要請しないといけません。また、保安院の幹部や経産省の幹部で原発に携わっていた人たちは、現在のポジションから引かせ、若手を抜擢して改革する体制を作るべきでしょう。
保安院の幹部や経産省の幹部といったって、もともと原発の素人だったわけですから人員を変えても問題ありませんよ。大臣が人事改革を実行すれば、大臣は官僚や電力会社と一体ではなく、官僚と政治の間には仕切りや緊張感があり大臣が官僚をコントロールしてると国民も実感できると思うんです。
*経産省の「最終防衛ライン」
長谷川: 保安院は経産省から分離すると言われていますが、私は少し疑っています。保安院の切り離しは事故直後から指摘されていましたが、ようやく認めたのはIAEAの報告の中でなんですよ。
本来なら、政府の組織改革に関わるような政策方針の変更は、まず国内で記者会見を開いて、大臣や総理が会見して発表するべきなんです。つまり、IAEAをさすがにだませないし、もっともらしい改革をやっているフリをしないといけないから、事後的に「保安院切り離し」を唱えたと考えることができます。少なくとも経産省は切り離しに対して反対姿勢だということは明らかですよ。
内閣改造で、細野豪志氏が原発担当相になりましたが、海江田さんは依然として経産相のまま。原発対応のために、たとえば細野大臣が自分の方針を決めて動かさそうとしても、海江田は法律の改革や政令については自分がやると言っている。つまり、経産相が所管する法律や予算は一切、細野氏には触らせないといっているわけですよ。
海江田大臣がもし改革派に立つならば、お手並み拝見ということになるわけですが、もしも海江田が経産省の役人から羽交い絞めに合っているのだとすれば、物事はいっこうに進まないでしょう。
古賀: 海江田大臣には頑張っていただきたいのですが、おそらく経産省が保安院の切り離しについて、キッパリ宣言しないのは、なるべく高く売りたいという思惑があるのだと思うんです。
さすがにこれだけの問題があって、引き続き今までの体制でやるというのは国民から考えて許されないですから、最終的には分離の覚悟はできていると思います。
ただ、経産省官僚が考えているのは、それで終わりだということです。それ以上踏み込ませないためには、最初に保安院分離というカード切ってしまうと、世間が「それだけで本当に良いのか」という風潮になったときに、本当に困った問題に突っ込まれると経産省の解体になりかねない。ですから、そうならないようにするために、ギリギリまで粘って最後の最後についに保安院を分離し、「よく決断した!」という論調に世間が傾くようにしたいのです。
長谷川: 官僚は「防御ラインをどこに引くか」という発想が常にあって、最初のうちは出来るだけ本丸から遠いところに防御ラインを引く。そして、危険が身近に迫ってくると、最終的に本丸の手前で落としどころを見つけるということですね。そうすると本丸はそのまま守られることになる。
古賀: 保安院のもともとの成り立ちについて説明しましょう。以前、日本中に鉱山があった頃、経産省に鉱山を保安監督するという組織があったのですが、次第に鉱山がなくなり組織存続の危機に瀕していました。一方で、その頃原発が拡大化してきたので、合併した、それがいまの保安院のルーツです。リストラすべき人もそこで救われたんです。
そのように保安院は、経産省から見るとそれほど花形の部署というわけではないんです。ですから、そこは切られても仕方ないとは、早い段階で考えていたと思うのです。しかし、それ以上侵食されたら大変だと考えているでしょう。
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◆官僚・古賀茂明氏の出処進退にみる 公務員制度の摩訶不思議2011-07-14 | 政治
「政治資金規正法を皆さん勘違い。小沢さんがいなくなることはプロの政治家がいなくなること」安田弁護士
◆政治資金規正法を皆さん勘違い。小沢さんがいなくなることはプロの政治家がいなくなること=安田弁護士2011-01-08 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
7/19緊急シンポジウム!! ''ニッポン''は何を守ろうとしているのか!H.22-06-08
「唯一はっきりしている条文があるんです。政治資金規正法で処罰されるのは、会計責任者だけなんです。政治家は処罰されないんです。政治家は処罰の対象から外れているんです。始めから、そういう法律なんです。そもそも法律の目的というのは、会計責任者が責任を持って会計の結果について報告する、ということが義務付けられているんです。ところが皆さん、勘違いしている。小沢さんが秘書と一蓮托生で処罰されるべきだと。これほど法律違反、法律の主旨に反することは、ないんです。つまり、どこかで法律が歪められて、トリッキー歪められて、つまり、政治資金規正法は政治家取締法なんだというふうに完全に勘違いしている。この勘違い、実は検察審査会も、まったく同じ評決をしているわけですね。小沢さんは、これだけ権力を持っている人間が、小沢さんの指示なしに物事が行われるはずがない、と。しかし法律の枠組みは、およそそんなことは無いんです。もし小沢さんが有罪になるとすればですね、責任者との共犯なんです、あくまでも。単に、知っていたとか、報告受けていたとか、そんなことでは共犯になるはずありませんね。これは、税理士さんが「これで申告しますよ」と言って「ああ、はい、どうぞ」って言ったら共犯になるか、といえば、そんなことはないわけなんです。ですからもし小沢さんが共犯になるとすれば「おい、石川、こうやれ」という形ですね。「こうやらんと許さんぞ」と、指示・命令、絶対的に服従させたと、そういう場合に初めて共犯として存在する。それを皆さん、完全に誤解している。大変な誤解(笑)。それで、皆さん、恐らくテレビなどで論評していらっしゃる。
次の問題です。政治資金規正法の中に、何を記載せよとか、どのような会計原則に則れとか、何一つ書いてないんです。ですからたとえば、ちょっとお金を借りましたとか、立て替えて貰いましたとか、或いは、今日帳簿に載せるよりは来年のほうに載せとこうか、というような話は、本当に虚偽記載になるのかどうか、或いはそれを載せなければならないのかどうか、それさえもあの法律の中には書いてないんですよ。つまり、虚偽を記載してはいかん、という話だけなんですよ。何が虚偽なのか、さえ書いていない。しかしそれを検察が勝手に解釈してですね、例えば今回の場合の、今年載せずに来年載せたということが犯罪だと、虚偽だと、やったわけです。或いはAという政治団体からお金貰った、それを実はこうだった、違う人だった、と言って、それは虚偽だというわけですね。しかしAという政治団体を通して貰ったんだから、それを記載するのは当たり前の話でして、それを虚偽といえるかどうか、それこそ大変大きな問題なわけです。ですから小沢さんの一昨年の問題、或いは今年の問題、いずれも法律の解釈を彼らがやって初めて有罪に出来るだけの話でして。ですから立法者の条文とは違うんですね。
ですからこの間(かん)も法律が守られずにどんどんどんどんきている。今回典型的なことはですね、石川さんが逮捕されました。しかしその2日後、3日後ですかね、3日後には国会が開かれるわけです。国会が開かれた場合、国会議員を逮捕するためには国会の議員の議決の承諾がないといけないわけなんです。それを抜き打ち的に、先達する形で石川さんを逮捕する。これは立法権に対する侵害じゃないですか。つまり憲法違反の事を彼ら、やっているわけです。つまり憲法に違反している行為に対する批判がどこにもない。これは、私ももう、大変びっくりしたわけです。
検察はしっかりと政治をやっている、というふうに私は理解しているんです。例えば今回、石川さんの弁護をやっていて3日目か4日目ですかね、あ、検察はこれを狙っているな、というのは大体、私も、石川さんが検察にどういうことを言われているかというのを聞いて分かるんです。
つまり検察は小沢さんを逮捕することは恐らく不可能だろうと最初から思った。しかし検察審査会で勝負をかける、ということを彼らは考えている。彼らのやり方はこうだな、と。検察審査会で起訴相当を取ることによって小沢さんの政治生命を奪う、と。そのシナリオ通りに見事に小沢さんの政治生命はなくなってしまった。ま、これが今回のシナリオでですね。小沢さんを直接起訴すれば当然全面戦争になってしまうわけでして。むしろ国民を総動員して、或いは市民という名を、怒れる11人の市民を使って小沢さんの政治生命を奪うという戦術に彼ら、でてきた。
で検察審査会も、トリック、ま、検察審査会には助言者といってですね、弁護士がその場に同席していろんな助言をするわけです。法律の解釈とかそういうものを。恐らくその助言者がとんでもない助言をしたんだろうと思うんです。どういうことかというと、政治資金規正法は政治家の犯罪、取締法なんだという解説をしたんだと思うんです。
ですからとんでもない、検察でさえ起訴しなかったものを検察審査会が起訴相当という結論をだしたんだろうと、そしてそのことを検察は最初から予想、予定していたんだろうと、そう思うわけです。
先に、情緒的な風潮の中で有罪無罪が決まっていくと、そういう話がありましたけど、私は思うんですね。弁護士は弁護士として、政治家は政治家として、メディアの人間はメディアの人間として、それぞれの人間がプロ的な精神を持ってそれぞれの職責を全面的に発揮すれば、おそらくこんな体たらくな状態にはならんだろうと思うんです。法廷でも、捜査段階から弁護士が弁護人として責任をしっかりと果たせば、恐らく情緒的な社会の動きに対してたえることが出来る、或いは十分に弁護して勝つことが出来るだろうと思うんですね。
プロ性がどんどん抜けていく、今回の政権交代でも、ま、アマチュアの集団というか、益々プロがなくなる。小沢さんがいなくなることは、プロがいなくなる、そういうことだろうな、と。崩壊の社会が来たな、と。プロが居なくなるということは、結局情緒的なものに流されるし、或いは、世間の風潮に流される、とこういう時代に益々突入したな、と思っているんです。
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陸山会事件:検察が石川議員に禁錮2年を求刑するも、調書不採用で論告は精彩を欠く
小沢一郎民主党元代表の政治資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐり、石川知裕氏ら元秘書3人が政治資金収支報告書の虚偽記載で政治資金規正法に問われている事件で、検察側は20日、東京地裁で論告求刑を行い、石川氏に禁錮2年、大久保隆規氏に同3年6ヶ月、池田光智氏に同1年を求刑した。
検察側は、「『政治とカネ』をめぐって国民に政治への不信感を蔓延させた」などと被告人を強く批判。水谷建設の裏金疑惑についても「石川氏はアリバイを立証できていない」と、虚偽記載の背景事情について5000万円のヤミ献金があったとあらためて主張した。
一方、6月30日に裁判官が被告人の供述調書を多数不採用にしたことで検察側の論告が難しくなり、「虚偽記入は小沢氏の政治生命を危うくするものであり、虚偽記入をしたのは理由がある」「大久保氏に知らせないで虚偽記入できないことは明らか」など、客観的証拠や証言ではなく、推論にもとづく論告が多く見られた。
日本全国を揺るがせた西松建設事件と陸山会事件は、8月22日の弁護側の最終弁論をもって結審する。裁判の焦点は、土地購入の時期の記載を意図的にずらした「期ずれ」や小沢氏から借り受けた4億円を政治資金収支報告書に記載していなかったことに、裁判官がどのような判断を下すかとなる。判決は、9月26日の13時30分より言い渡される。
なお、石川氏は閉廷後に本誌編集部の取材に応じた。一問一答は下記の通り。
▽ ▲ ▽
──求刑を聞いての感想は
検察が「無罪」と言ってくるいってくるわけはないので、相応の求刑があると思っていた。「こんなものかな」という感じです。
──検察側の論告で気になったところは
驚いたのは、私への論告の半分ぐらいが水谷建設の裏献金に関わることだったこと。特に、水谷建設の裏金5000万円の受け渡しについて、検察が「石川氏はアリバイの立証も何らできていない」と語ったことには驚きました。架空の話をデッチあげてるんだから、(証明できないのは)当たり前。じゃあ、あなた方は「5年前の何月何日の何時何分に何をしていたのか」ということを立証できるのかと。これにはビックリしました。
──論告求刑が終わった後、区切りがついたような表情を見せたが
そうですね。後は弁護側による最終弁論だけなので、これでようやく一つの区切りが付いたと感じました。終わった後、控え室で大久保さんと池田と3人と話したときは、「会計責任者(=大久保氏)の責任は重いんだな」という話だけはしました。
──今後については
今は9月26日の判決まで淡々と自分の仕事をするだけです。(判決が)無罪になるのか、どういう罪がつくのかによって、その時に判断したいと思います。
投稿者: 《THE JOURNAL》編集部 日時: 2011年7月20日 22:25 |
◆推測推認でつくりあげた論告求刑/石川知裕被告に禁錮2年/ 8月22日 弁護側最終弁論/ 9月26日 判決2011-07-20 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
古賀茂明著『官僚の責任』/霞が関は人材の墓場/優秀なはずの人間たちがなぜ堕落するのか
本日、少し早めに出て、サロンコンサートのまえに三省堂書店へ。いろいろ物色して、古賀茂明氏の本を購入。内容については、著作権のことがあるので、今、多くは書けない。ただ購入については、古賀さんも「はじめに」に書いておられるように“新書という、一般の方々がより手に取りやすいかたちで世に出ることになった”のと、やはり内容が面白そうだから、である。
たとえば、次のように古賀さんは書く。
“「これは、大チャンスだ----」
震災が起きたとき、少なくない数の幹部官僚がそう考えたはずだ。少なくとも頭の片隅にそのような考えがよぎる、それは官僚の本能といってもよい。悲しい性なのだ。復旧・復興のためには国民負担が避けられず、非常事態であるだけに増税を口にしても反対は起きにくい。したがって、長年の懸案だった増税に堂々と踏み切れるだけでなく、今後「復興のため」という名目でさまざまな組織や機構が立ち上げられると予想される。一部の官僚は、ほくそ笑んだことだろう。
「これで新たな利権と天下りポストを確保できるぞ・・・」”
“しかし、これだけの国難にあたってもなお、無意識のうちに省益のことを考え、みずからの利権確保に奔走する(略)”
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『官僚の責任』古賀茂明(著)PHP新書745 2011年7月29日第1版第1刷
辞職を迫られた改革派官僚“覚悟の証言”
「霞が関は人材の墓場」――優秀なはずの人間たちがなぜ堕落するのか
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◆原発問題の裏にある経産省・東電「天下り・利権の構図」/退職勧奨を受けた古賀茂明キャリア官僚 VOL.1〜2 2011-07-21 | 政治
◆経産省官僚古賀茂明氏への肩たたき/民主党政権よ、霞が関の改革派潰しにまで手を貸すのか2011-07-16 | 政治
東電女性殺害事件/身体上のことや私生活をここまで暴かれる苦痛/無罪推定原則
東電女性殺害 新事実に目を凝らせ
社説:東電女性社員殺害 再審で審理やり直せ
驚くべき事実だ。97年に起きた東京電力の女性社員殺害事件で、被害者の体から採取された精液のDNA鑑定をした結果、無期懲役が確定したネパール人受刑者とは別人で、現場に残された身元不明の体毛と型が一致したことが分かったのだ。
元飲食店従業員のゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者の再審請求審で、東京高裁の求めに応じ、東京高検が専門家に鑑定を依頼していた。
直接的な証拠がない事件だと言われた。だが、現場である東京都渋谷区のアパートの部屋のトイレに残されていた精液と、落ちていた体毛1本のDNA型がマイナリ受刑者と一致したことなどから、マイナリ受刑者は逮捕・起訴された。
しかし、マイナリ受刑者は捜査段階から一貫して否認した。1審・東京地裁は2000年4月、トイレにあったマイナリ受刑者の精液を「犯行のあった日より以前に残された可能性が高い」と認定。さらに、遺体近くに別の第三者の体毛が残っていたことを指摘し「状況証拠はいずれも反対解釈の余地があり不十分」などとして、無罪を言い渡した。
しかし、東京高裁は同12月、マイナリ受刑者以外が現場の部屋にいた可能性を否定し、無期懲役を言い渡し、03年11月に最高裁で確定した。
再審は、無罪を言い渡すべき明らかな新証拠が見つかった場合に始まる。最高裁は75年の「白鳥決定」で「新証拠と他の全証拠を総合的に評価し、事実認定に合理的な疑いを生じさせれば足りる」と、比較的緩やかな判断基準を示した。
新たな鑑定結果は、現場にマイナリ受刑者以外の第三者がいた可能性を示すもので、確定判決の事実認定に大きな疑問を投げかけたのは間違いない。裁判所は再審開始を決定し、改めて審理をやり直すべきだ。
それにしても、被害者の体から精液が採取されていたならば、容疑者の特定に直結する直接的な証拠ではないか。トイレに残っていたコンドームの精液をDNA鑑定する一方で、体に残った精液のDNA鑑定をしなかったとすればなぜか。整合性が取れないとの疑問が残る。
警察・検察当局は、鑑定技術の問題なのかを含め、再審請求審までDNA鑑定がずれ込んだ経緯を十分に説明してもらいたい。また、なぜ公判段階で証拠調べができなかったのか弁護団も検証すべきだ。検察側の証拠開示に問題があったのか、弁護側に落ち度があったのか責任の所在を明らかにすることが、今後の刑事弁護に生かす道につながる。
DNA鑑定は、容疑者の特定に直結する。再鑑定ができるよう複数の試料を残すことなど保管についてのルール作りも改めて求めたい。毎日新聞2011年7月22日2時32分
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<来栖の独白>
「こういう事件、裁判があったのか」という感懐。私は、つい昨日まで、この事件のことは知らずにきた。あらためていくつかの記事に目を通し、「疑わしきは被告人の利益に」の条文が頭に浮かんだ。
犯人でない者を罪に定め(1審判決は無罪だったという)懲役刑を科すなどはあってはならないことだが、この種の事件に出会っていつも考えてしまう。被害者(女性)としては身体上のことや私生活等をここまで暴かれ世間の口の端に上ることの苦痛は決して小さくないだろう、と。記事・社説には、究極のプライバシーといえるワードがあまた躍る。同じ女性として、非常に辛い。果たしてこれ以上の捜査を被害者は望んでいるだろうか、などと意気地のない私は考えてしまう。
*「疑わしきは被告人の利益に」
無罪推定の原則は犯罪の明確な証明があったときにのみ有罪となり、それ以外の時は無罪となることを意味すると同時に、犯罪の立証責任を検察官に負担させ、立証できないときは被告人を無罪とする原則でもある。
無罪推定原則の法的根拠は憲法31条の適正手続き保障の規定の解釈や刑事訴訟法336条後段によるとされる。
憲法31条「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」
重要なのは「法律の定める手続きによらなければ」という文言である。憲法31条は”原則被告人は無罪である。しかし、例外的に法律(=刑事訴訟法)の定める手続きによれば有罪とできる”と解釈されているのである。
刑事訴訟法336条「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪を言い渡さなければならない。」
これは犯罪の証明がないときは無罪という直接的な規定である。無罪推定原則が刑事裁判で鉄則とされるのは、刑事訴訟法の条文があることも理由だが、それ以上に無罪推定原則が憲法上の保障を受けているためである。言うまでもないことだが、憲法上の保障は法律上の保障よりも強い保障である。
大阪府の「君が代起立条例」が施行 [教育]「大阪維新の会」の?強行?に批判と不満
大阪府の「君が代起立条例」が施行 [教育]「大阪維新の会」の?強行?に批判と不満
現代ビジネス2011年07月22日(金)毎日フォーラム
大阪府議会で6月3日、教職員に君が代斉唱時の起立を義務付ける条例が成立し、13日に施行された。橋下徹知事が代表を務める首長政党「大阪維新の会」が提出したもので、府議会で過半数を占める維新は他会派の抵抗を押し切り、わずか2日間の審議で可決させた。「義務化の必要性の論議が十分尽くされていない」との不満が渦巻いている。
条例は「我が国と郷土を愛する意識の高揚」「服務規定の厳格化」などを目的に掲げて府立と政令市を含む市町村立の小中学校、特別支援学校の教職員を対象としている。「学校行事において行われる国歌の斉唱にあたっては起立により斉唱を行うものとする」と明記。さらに府施設での「日の丸」の常時掲揚も義務付けた。
きっかけは、橋下知事が5月初め、今春の入学式で起立しなかった教諭に関する新聞記事を読んだことだった。府立高校で38人もいた事実を知った橋下知事は府幹部らにメールで「組織のルールに従えないなら辞めてもらう」と激しい怒りをぶつけた。一方で維新幹部にも問題点を投げかけ、条例案の作成を促した。議員提案という形式はとるものの、事実上は知事の発案によるものだ。
もともと橋下知事は08年2月の知事就任以降、公務員組織の改革に力を注いできた。だが、「教育の政治的中立」などの観点から直接の権限が及ばない教育委員会の制度に対しいら立ちを募らせ、府教委が持つ教職員の人事権を市町村に移譲するなどの改革にも徐々に手を広げてきた。今秋に自ら知事を辞職し大阪市長選と知事選のダブル選挙に持ち込む戦略を描く橋下知事にとっては、今回の君が代不起立問題は教職員をも「統率」させるという実績作りに向けた格好の「突破口」を見いだしたという側面もある。
「追い風」も吹いた。卒業式の君が代斉唱時の不起立を理由に東京都教委が教諭の定年後の再雇用を拒否したことを巡って行われた訴訟で、最高裁は5月30日、「校長の起立斉唱命令は合憲」とする初判断を下し、橋下知事も「きちんとした判断が出た」と評価した。
こうした中で維新の動きも加速した。
幹部らで条例案の原案をまとめると3週間足らずで最終的な条例案を練り上げ議会に提出。6月2日の委員会、3日の本会議の2日間の審議で採決に踏み切った。公明、自民、民主など他会派は一斉に「条例案は拙速に出てきた。反対の意見もしっかり聞くべきだ」と反発したが、維新側は「政治のスピード感の違い。十分丁寧に説明している」と一蹴。
橋下知事も答弁で全面支援。学校の組織マネジメントの必要性を訴え、起立しない教員を「自由横暴きわまりない」と批判し「組織の命令に従わない教員をたたき直す」と述べた。「日本が軍国主義に走るのを教員が止める必要はない。学力向上をしっかりしてもらえばいい」とまで言い切り突っぱねた。
だが「橋下維新」の突進ぶりに不満の声も渦巻く。
教育現場においては99年に国旗・国歌法が成立した後も、起立しない教師の処分は慎重にされてきた歴史がある。府教委は02年に日の丸掲揚と起立斉唱を文書で指示したが、09年度卒業式で初めて職務命令違反による戒告処分を出すまでは厳重注意にとどめていた。思想・良心の自由に関わる問題で慎重に論議されてきたためで、府教委内ではいまだに「条例で従わせるより、粘り強く指導すべき」との意見が根強く、中西正人府教育長は府議会の答弁で「条例は必要ない」と異例の反対姿勢を示した。
君が代斉唱を巡っては、66年前の戦争の記憶はどんどん遠ざかり、五輪やW杯でも君が代が流れ、若い世代には国歌として自然に受け入れられている。だが、歴史観は人によって大きく異なり、違和感を口にする府民も少なくない。
4月の統一地方選で大勝した維新の会は「府民の意思」を盾に、起立しない教員の排除に乗り出したが、君が代関連の条例は、選挙公約にはなかった。同会は「条例は(公約に掲げた)公務員改革」と説明するが「府民が真っ先に期待する改革がこの問題とは到底思えない」との声も出ている。
*府教委「無用な反発招く」
条例制定後、知事と府教育委員の意見交換会では委員からは「条例は100%の民意を受けているわけではない」との批判も出され、中西教育長も「無用な反発を招くことを恐れる」と述べるなど、慎重な対応を求める意見が相次いだ。
現場では不起立を続ける教員のみならず、起立している教員からも不満は広がる。条例提案をきっかけに君が代を巡る議論が起きていることを授業で取り上げた府立高の男性教諭(54)は「条例成立で、今後学校ではこの問題に触れるべきではないという空気になるのでは」と懸念。小学校の男性教諭(41)も「さまざまな思いを抱えながら、教委と現場の信頼関係で起立してきた面もある。条例で強制すれば、反発の動きもでてくるのでは」と話す。
特に大阪の場合は在日韓国・朝鮮人などアジアにルーツを持つ教員も多く「君が代」はアレルギーにもなりかねない。橋下知事は「子どもや保護者は別だが、教員はどんな思いがあっても公務員である以上起立すべき」と強調するが、小学校の女性教諭(24)は「教師は起立を強制されているのに、子どもには『いろんな考え方があっていい』と教えることはできない」と反発する。
そうした中で、橋下知事は9月議会で公務員の処分基準を定める条例案を提出し、不起立を繰り返す教員には免職処分まで盛り込む方針を明言。圧力を強める橋下知事に対して、府教委ではあくまでも「現場のねばり強い指導」で解決する姿勢を鮮明にし抵抗を示している。
条例制定後、府教委は府立学校の校長を招集。全教職員に起立斉唱を命じる職務命令を行うよう教育長名の通達を行うことを宣言した。これまで校長が不起立の恐れのある教員のみに対して行ってきた起立を命じる職務命令の対象を全教職員に拡大し注意喚起を強め「処分条例は不要」との姿勢を示した格好だ。府教委幹部は「何回違反したから免職とか、処分内容を画一的に決めるのは行き過ぎだ」と反発を強める。雑多で自由な空気が魅力である大阪で起きた「君が代騒動」の第2幕はすでに始まっている。
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◆光市事件懲戒呼びかけ 橋下知事が逆転勝訴/これでもう、あの種の刑事弁護の引き受け手はいなくなるだろう2011-07-15 | 光市母子殺害事件